12 / 56
星降りの丘
しおりを挟む人獣は、獣の姿になれば馬を使わなくても早く駆けることができる。
しかし、彼らは獣の姿になることをしない。特に貴族、そして王族もだが──獣の姿を嫌っている。
知性がない姿だと言い、領民たちにそれを禁止をする者もいるぐらいである。
そう考えると、ディルグが幼い頃に獣の姿にしかなれなかったことは、彼にとっては忌避したい思い出だろう。
「ティーナ、俺にしっかり捕まっていろ。舌を噛まないようにな」
ディルグは護衛も連れず、ただの一騎で街を出る。広い街道に出ると、馬の綱を軽く引いて徐々に速度をあげて走らせ始める。
メルティーナは、馬車に乗ったことはあるが、馬ははじめてだ。
そのあまりの早さに驚きながら、ディルグの逞しい体にしがみついた。
風がメルティーナのミルクティー色のふんわりした髪を揺らす。
出かけるからと、ディルグにプレゼントをしてもらったドレスと首飾や髪飾りを身につけていた。
髪が乱れるのではと思い頭を押さえたかったが、揺れる馬上ではディルグにしがみついているだけで精一杯だった。
どれほど走っただろうか。
辿り着いたのは小さな街だ。石造りの建物が並び、街の中央には小川が流れている。
その街の宿に、ディルグは馬と荷物を預けた。
それからメルティーナの手を引いて、街の入り口へと向かっていく。
「あの、ディルグ様。どこにいかれるのでしょうか」
「人のいないところに」
小さな街では、メルティーナの装いはとても目立つ。
ディルグはさほど目立っていない。服装もお忍び用で、ディルグの顔を知っている者など街にはいないようだった。
「お忍びだと知っていれば、もう少し地味な格好をしたのですけれど……」
「可愛いよ、ティーナ。俺の贈ったドレスに、髪飾り。首飾りもだ。君が俺の贈り物を身につけてくれているのが嬉しい。君はそのままでいい」
「ですが、目立たないほうがよかったのですよね?」
街の外に出たディルグは、周囲に誰もいないことを確認する。
それから胸に手を当てて、深く息をついた。
「……連れていきたい場所があるんだ。だが、馬では行くことができない。徒歩でも困難だ」
「では、どうやって……?」
「俺は幼い日以来、獣の姿になっていない。獣の姿になったが最後、人の姿に戻れないような気がしてな。人前で、あの姿になるつもりはない。だが、君になら見せてもいいと思っている」
「ディルグ様……!」
ディルグは、メルティーナの前でするりと、姿を変えた。
瞬きをするほどの一瞬のうちに、ディルグの姿は白く美しい狼に似た大きな獣の姿になる。
ふさふさの毛が風に靡いている。
手を伸ばすメルティーナに、ディルグは頭をさげた。
撫でていいと言われているのを感じて、メルティーナはふわふわの頭や大きな耳をそっと撫でる。
「……くすぐったい」
「す、すみません。あまりにも、ふわふわで、つい」
「いいんだ。君になら、どれほど触られても構わない。メルティーナ、背に乗れるか? しがみつけるか? あまり、速く走らないように気をつける」
「は、はい……!」
とくんと、胸が高鳴った。
人獣にとって獣の姿とは特別なものだ。
触らせてもらうのも。そして──背に乗るなんて。
余程のことでもなければ、させたりはしない。ディルグからの愛情と信頼を感じて、メルティーナは必死に頷いた。
馬にも乗れないのに、ディルグの背に乗れるのかという一抹の不安は過ぎったが、ここで断ることなどできない。
姿勢を低くしてくれるディルグの背に、メルティーナは乗った。
ドレスだったので足を開くことができず困っていると、またがずに横向きに乗るように言われた。
首にしがみつくように言われたので、苦しくないかと心配になりながらもそのようにする。
ディルグは滑るように歩き出す。それから軽快な足取りで、街道を横切り草原を駆ける。
馬よりも衝撃が少なく、あまり揺れない。
けれど手を離すと、振り落とされてしまいそうだった。
必死にしがみついているメルティーナを乗せて、ディルグは山を軽々とのぼっていく。
辿り着いた先には、広い丘がある。丘の先は切り立った崖になっていて、深い森が広がっている。
その丘には人が住んでいるような、木と布を組み合わせてできた小屋が一つある。
焚き火の後があり、質のいいキルムディック織りの布が敷かれていた。
メルティーナはディルグから降りると、ぺたんと丘の草原にしゃがみ込んだ。
「大丈夫か、ティーナ」
人の姿に戻ったディルグがすぐに手を差し伸べてくれる。
ディルグはメルティーナを抱き上げると、布の上に降ろした。
「ディルグ様、ここは……」
「秘密基地だ」
「秘密基地……?」
「星降りの丘と、名付けた。俺しか知らない場所だ。夜になると、流れ星がよく見える。星がまるで空から落ちてくるように近くで輝いて、とても綺麗なんだ」
ディルグは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと揺らした。
メルティーナは呆気にとられながら、ディルグと、その背後に美しく広がる空を眺めた。
349
あなたにおすすめの小説
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる