あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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星降りの丘

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 人獣は、獣の姿になれば馬を使わなくても早く駆けることができる。
 しかし、彼らは獣の姿になることをしない。特に貴族、そして王族もだが──獣の姿を嫌っている。

 知性がない姿だと言い、領民たちにそれを禁止をする者もいるぐらいである。
 そう考えると、ディルグが幼い頃に獣の姿にしかなれなかったことは、彼にとっては忌避したい思い出だろう。

「ティーナ、俺にしっかり捕まっていろ。舌を噛まないようにな」

 ディルグは護衛も連れず、ただの一騎で街を出る。広い街道に出ると、馬の綱を軽く引いて徐々に速度をあげて走らせ始める。
 メルティーナは、馬車に乗ったことはあるが、馬ははじめてだ。
 そのあまりの早さに驚きながら、ディルグの逞しい体にしがみついた。

 風がメルティーナのミルクティー色のふんわりした髪を揺らす。
 出かけるからと、ディルグにプレゼントをしてもらったドレスと首飾や髪飾りを身につけていた。

 髪が乱れるのではと思い頭を押さえたかったが、揺れる馬上ではディルグにしがみついているだけで精一杯だった。

 どれほど走っただろうか。
 辿り着いたのは小さな街だ。石造りの建物が並び、街の中央には小川が流れている。
 その街の宿に、ディルグは馬と荷物を預けた。
 それからメルティーナの手を引いて、街の入り口へと向かっていく。

「あの、ディルグ様。どこにいかれるのでしょうか」
「人のいないところに」

 小さな街では、メルティーナの装いはとても目立つ。
 ディルグはさほど目立っていない。服装もお忍び用で、ディルグの顔を知っている者など街にはいないようだった。

「お忍びだと知っていれば、もう少し地味な格好をしたのですけれど……」
「可愛いよ、ティーナ。俺の贈ったドレスに、髪飾り。首飾りもだ。君が俺の贈り物を身につけてくれているのが嬉しい。君はそのままでいい」
「ですが、目立たないほうがよかったのですよね?」

 街の外に出たディルグは、周囲に誰もいないことを確認する。
 それから胸に手を当てて、深く息をついた。

「……連れていきたい場所があるんだ。だが、馬では行くことができない。徒歩でも困難だ」
「では、どうやって……?」
「俺は幼い日以来、獣の姿になっていない。獣の姿になったが最後、人の姿に戻れないような気がしてな。人前で、あの姿になるつもりはない。だが、君になら見せてもいいと思っている」
「ディルグ様……!」

 ディルグは、メルティーナの前でするりと、姿を変えた。
 瞬きをするほどの一瞬のうちに、ディルグの姿は白く美しい狼に似た大きな獣の姿になる。
 ふさふさの毛が風に靡いている。
 手を伸ばすメルティーナに、ディルグは頭をさげた。
 撫でていいと言われているのを感じて、メルティーナはふわふわの頭や大きな耳をそっと撫でる。

「……くすぐったい」
「す、すみません。あまりにも、ふわふわで、つい」
「いいんだ。君になら、どれほど触られても構わない。メルティーナ、背に乗れるか? しがみつけるか? あまり、速く走らないように気をつける」
「は、はい……!」

 とくんと、胸が高鳴った。
 人獣にとって獣の姿とは特別なものだ。
 触らせてもらうのも。そして──背に乗るなんて。
 余程のことでもなければ、させたりはしない。ディルグからの愛情と信頼を感じて、メルティーナは必死に頷いた。
 
 馬にも乗れないのに、ディルグの背に乗れるのかという一抹の不安は過ぎったが、ここで断ることなどできない。

 姿勢を低くしてくれるディルグの背に、メルティーナは乗った。
 ドレスだったので足を開くことができず困っていると、またがずに横向きに乗るように言われた。
 首にしがみつくように言われたので、苦しくないかと心配になりながらもそのようにする。

 ディルグは滑るように歩き出す。それから軽快な足取りで、街道を横切り草原を駆ける。
 馬よりも衝撃が少なく、あまり揺れない。
 けれど手を離すと、振り落とされてしまいそうだった。
 必死にしがみついているメルティーナを乗せて、ディルグは山を軽々とのぼっていく。

 辿り着いた先には、広い丘がある。丘の先は切り立った崖になっていて、深い森が広がっている。
 その丘には人が住んでいるような、木と布を組み合わせてできた小屋が一つある。
 焚き火の後があり、質のいいキルムディック織りの布が敷かれていた。
 メルティーナはディルグから降りると、ぺたんと丘の草原にしゃがみ込んだ。

「大丈夫か、ティーナ」

 人の姿に戻ったディルグがすぐに手を差し伸べてくれる。
 ディルグはメルティーナを抱き上げると、布の上に降ろした。

「ディルグ様、ここは……」
「秘密基地だ」
「秘密基地……?」
「星降りの丘と、名付けた。俺しか知らない場所だ。夜になると、流れ星がよく見える。星がまるで空から落ちてくるように近くで輝いて、とても綺麗なんだ」

 ディルグは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと揺らした。
 メルティーナは呆気にとられながら、ディルグと、その背後に美しく広がる空を眺めた。

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