あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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秘密の場所とやりなおしのキス

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 ディルグは自分の姿を確認すると、ほっとしたように息をついた。

「人の姿に、戻れているな。君がいてくれるからだ、ティーナ。服も髪も、おかしなところはないな」
「はい、いつものディルグ様です」
「よかった。うまくいかなかったらと、心配だった。俺は、人の姿になれる。よかった」

 心底安堵したように、ディルグはメルティーナの隣に長い足を投げ出して座った。
 人獣の獣化を見るのは、これがはじめてだ。
 侍女のステラから色々と話を聞いてはいたが、ステラも獣化をしたことは一度もなかった。

 獣化をする場合は、身につけた衣服も共に変化させることができる。持っていた荷物なども同様に、変化に巻き込まれる。
 そこには何か魔法のような、不思議な力が働いているのだという。
 皮膚と衣服などが一体化しているというような感覚があると言っていた。

「ディルグ様は、もう大丈夫です。私がいてもいなくても、獣化は問題なく……」
「君がいないと駄目だ」
「そうでしょうか」
「駄目なんだ、ティーナ。……君は、俺の運命だから」

 真剣な声音で、ディルグは言う。
 手が重なり握られる。他には誰もない、二人きり。メルティーナとディルグの他に、人の気配はない。
 小鳥の囀りが遠く聞こえる。木々が風にざわめく。
 メルティーナは視線をさまよわせたあと、こちらを見つめているディルグを見上げた。

「……あの、ディルグ様。秘密基地というのは」

 運命とは、番とは違うのだろうか。
 その疑問は口に出せなかった。話題を変えるために尋ねるメルティーナに、ディルグは恥ずかしそうに笑う。

「城も学園も窮屈で、君にどうしても会いたくなる日が度々あった。けれど、突然会いに行くのはリュディック伯爵に失礼だろう。俺が訪れるとなると、護衛やら何やらで大騒ぎになる。だから、一人で……できるだけ空に近い場所を探していたんだ」
「確かに、ここは空が近いですが」
「あぁ。ここにいると、君の住む場所が見えるような気がした。ティーナは何をしているだろうと考えながら、夜を過ごした。一晩ぐらいは留守にしても、鍛錬に行くと言えば許される」

 つまり、ディルグはこの場所で薪を燃やして、天幕で夜を過ごしていたということだ。
 メルティーナはその姿を想像して、口にてをあてて笑った。

「まぁ、すごい。王太子殿下というよりも、狩人のようです」
「そうだろう。猟をして、釣りをして、肉や魚を焼くんだ。それから、ぼんやり星を眺めて、君のことを考える」
「……ディルグ様の想像の中の私は、何をしているのでしょうか」
「そうだな。俺に、美しい文字で手紙を書いてくれている。それから、踊りの練習をしたり、庭園を散策したり。お気に入りの本を読んだり、母君と一緒にパイを焼いたり」
「どうして知っているのですか?」

 ディルグはメルティーナの小さな手を撫でる。
 硬い皮を持つ指先がメルティーナの手のひらを撫でて、メルティーナは頬が染まるのを感じた。
 
「君の手紙に書いてあった。君が伯爵家でどんなふうに過ごしているのか」
「そ、そうでしたね。書きました。私の毎日は、変わり映えがないものですから……面白みのない手紙でしたでしょう?」
「そんなことはない。ここで君の手紙を読み返し、君の姿を想うだけで心が晴れた」
 
 そんなふうに──ずっと想っていてくれたのかと想うと、勝手に頬が染まる。
 ディルグの指が、メルティーナの頬に触れた。
 視線が絡まり、ディルグの空色の瞳が愛おしそうに細められる。

「ティーナ、久々に君の笑顔を見た。俺の婚約者になってから、君はずっとぎこちなく笑っていただろう。ご両親が亡くなって、君の心は悲しみに沈んだ。でも、今日の笑顔は──俺の頭を撫でてくれた時の君のものだ」
「……ディルグ様、私」
「俺の立場や、俺が人獣であることが、君を不安にさせていたのだろう。理解している」
「申し訳ありません。……あなたのことが、私は、好きです。でも」
「わかっている。そのつもりだった。だが、ティーナ。俺は君にひどいことをした」
「ひどいことですか?」

 ひどいことなど何もされていない。
 首を傾げるメルティーナの耳や首を、ディルグは指先で撫でる。
 背中が、そわりとする。両親の葬儀の日の口付けを思い出して、メルティーナは軽く眉を寄せた。

「あぁ。……心の弱った君に、はじめて口付けた。するべきではなかったと、あれからずっと後悔していた」
「なぜですか?」
「俺は、君の弱みにつけ込むような真似をした」
「そんなことは……」

 あの時、メルティーナはディルグに助けられた。
 弱みにつけ込んだなどとは思わない。

「ティーナ。だから、やり直しをさせてほしい」
「やり直しですか……?」
「あぁ。口付けというのは愛しいから行うものだろう? 愛している、ティーナ。君と、キスがしたい」

 メルティーナはこくんと頷いた。
 ディルグの整った顔が近づき、視界がぼやける。
 唇が重なる。一度重なり、すぐに離れる。
 それからまた、何度も。啄むように触れては、離れていく。

「ディル、グ、さま……」
「ティーナ」

 低く密やかな声で名前を呼ばれる。
 メルティーナは恥ずかしさにきつく目を閉じて、幾度も重なるディルグの唇を受け入れる。
 閉じた瞼に、頬に、唇が落ちた。

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