あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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運命の人 1

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 ディルグはずっと、メルティーナが好きだと伝えてくれていた。
 メルティーナが一人で不安がっていただけで、その愛情は何の陰りもなく、真っ直ぐなものだった。

 星ふりの丘で、そして一夜を共に過ごした二人きりでの旅行のあとから、メルティーナはディルグに心からの感情を返すことができるようになっていた。

「メルティーナ様は人間よね?」
「どう見てもそうだわ。耳も尻尾もないもの」
「それなのに、ディルグ殿下の婚約者なのかしら?」
「暫定、ということではないかしら。ディルグ殿下がお心代わりをしたら、きっと誰かに下賜されるわ。今までもずっと──そうだったでしょう」

 学園で過ごしていると、時折そんな噂話が耳に入ってくる。
 人獣の貴族の子供たちは特に、メルティーナが人間であることを問題視していいた。
 そこに悪意などはないのだ。ただ事実を確認しているだけである。

「ディルグ殿下はメルティーナ様にご執心でしょう? 朝も夕も傍においているわ。私たちが話しかける暇もないぐらいに。メルティーナ様も、王妃教育で忙しくなさっているし、不安はないように思うけれど」
「人と人獣の恋愛はうまくいかないことのほうが多いのよ。人獣と人獣同士だって、相手が番だとわかっていないときは、どんなに熱烈な恋愛だとしても、根っこの部分では火遊びだと割り切っているものなのよ」

 人間の友人などはメルティーナの擁護をしてくれるが、人獣の友人は、メルティーナのいないところでは、ディルグとメルティーナの関係を冷静に評価していた。
 無理もない話だ。実際、そうなのだから。

 今まではそんな噂を耳にすると気が滅入っていたメルティーナだが、ディルグと信頼と愛情で結ばれることができたと実感してからは、堂々と前を見ていられた。

 夏を過ぎて、秋が来た。
 そして──季節は冬を迎えた。

 その日は、朝から分厚い雪雲が空を覆っていた。
 ちらちらと雪が降りはじめて、メルティーナが学園寮を出る頃には、地面に薄らと積もっていた。
 メルティーナは制服の上から、ディルグからのプレゼントの羊毛のショールを羽織っていた。

 白いショールは、腰のしたまでの長さで、ふわふわとしていて肌触りがいい。
 青いリボンはディルグの瞳の色だ。
 贈り物のドレスや宝石にさえ現れるディルグからの想いが嬉しく、ショールを羽織るとディルグに抱きしめられているような気がして、胸が高鳴った。

「ティーナ、おはよう。寒いな」
「ディルグ様、おはようございます。初雪ですね!」
「あぁ、そうだな。……その服、着てくれたのだな。よく似合っている」

 寮の前まで迎えに来たディルグは、メルティーナの片手をとると手の甲に口付ける。
 それでは足りないという様子で、メルティーナの両腕を優しく掴んで、唇を触れあわせる。

「ディルグ様、人が……」
「可愛い、ティーナ。雪は苦手だ。だが、君の姿を見たら憂鬱さも吹き飛んだ」
「雪はお嫌いですか?」
「あぁ。獣の姿になれば寒さには強いが、人の姿だとこたえる。毛がないからだな。君は人獣ではないのだから、いっそうあたたかくしなくては」

 登校のために、他の生徒たちが寮から出てくる。
 ディルグやメルティーナに頭をさげて、通り過ぎていく。
 メルティーナはもしかして見られていたかもしれないと恥ずかしく思いうつむいたが、ディルグは気にしていない様子だった。
 
 メルティーナのつるりとした頬を撫でて、「寒そうだ」と心配そうに言う。

「大丈夫ですよ。これでも体は丈夫なほうです。病気になったことも、ほとんどありませんし」
「だが、油断はしてはいけない。俺にとっては君以上に大切な人はいない。俺よりもずっと、君が大切なんだ」
「私もあなたが大切です。ディルグ様にも、何か……マフラーなど……編んだら、ご迷惑ではないでしょうか」
「嬉しい。編んでくれるのか?」
「はい……実は、途中まで編んでいて。恥ずかしいので、言えなかったのですが」
「言ってくれたらよかったのに。君からのプレゼントなら、たとえ小石でも嬉しい」
「小石……は、さすがに……」
「今のは冗談だ。楽しみにしている。今年の冬は君がいるから、寒くないな。君の手はいつもあたたかい」
 
 ディルグはメルティーナの手に、うっとりと自分の頬をすりつける。
 子犬がじゃれついているようだ。メルティーナよりもずっと背が高いのに、可愛らしい仕草だった。
 メルティーナはくすくす笑った。人前だという恥ずかしさも、いつの間にか消えてしまっていた。

 ディルグのために編んでいたマフラーは、あと少しで完成する。
 彼の銀の髪に映えるように黒の毛糸で編んだ。制服の上に巻いてもおかしくないように、余計な飾りはつけずにシンプルなものにした。
 編んでいる最中は迷惑かもしれないと心配にもなったが、ディルグが本当に嬉しそうにしながらぱたぱた尻尾を揺らすので、メルティーナの心もふわりと弾んだ。
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