26 / 56
あなたを愛しているからこそ
しおりを挟む白い花びらが、まるで雪のように落ちてくる。その中で、メルティーナはディルグと手を繋いで微笑み合っている。
婚礼着が風に揺れ、メルティーナの視界は白い花弁で埋め尽くされる。
ふと気づくと、ディルグの隣に立っているのは、メルティーナではなかった。
ヴィオレットが嬉しそうに微笑んでいる。ディルグが愛しい人へ向けるまなざしを、ヴィオレットに向けている。
メルティーナは遠くからそれを眺めていた。
ここに、私の居場所はないのだと感じて、涙がこぼれる。けれどもう、優しく涙をぬぐってくれる人はいない。
「……っ」
ぱちりと目を覚ます。一瞬、ここが夢の中なのか現実なのかわからなかった。
胸にあいた穴を冷たい風が通り抜ける。全身を苛む虚無感は、きっと夢のせいだ。
メルティーナは制服のまま、執務室のソファに寝かされていた。
制服は整えられていて、体には毛布がかけられている。部屋には火桶がおかれて、あたためられていた。
火桶の炎が部屋を照らしている。窓の外は明るい。今は何時だろう。
「……っ、あ」
ソファから起き上がったメルティーナは、腰が立たずにそのまま床に座り込んだ。
徐々に意識がはっきりとしてくる。昨日の記憶が蘇り、メルティーナは体を震わせた。
激しく、残虐なほどに求められて、暗い喜びを感じた。
それはヴィオレットに対する優越感だと、メルティーナにはわかっている。
『殿下を体を使って篭絡すれば、側妃ぐらいにはしてもらえる』
兄嫁の言葉が蘇り、吐き気を感じた。
メルティーナにはそんなつもりはなかった。けれど、兄嫁の言ったとおりになってしまった。
かつてディルグは、メルティーナの両親が亡くなった時にメルティーナにキスをしたことを、弱みにつけこんだと言っていた。
メルティーナも、同じことをしてしまった。
ディルグの弱みにつけこみ、本当に愛している『つがい』ではなく、メルティーナを抱くように仕向けた。
「……最低だわ、私」
いつからこんなに、ひどい女に成り下がってしまったのだろう。
ディルグを苦しめるだけだ。あの真面目で優しい人は、ヴィオレットへの愛と、メルティーナへの責任の狭間で深く苦悩することになるのだろう。
メルティーナを側妃において、本当はヴィオレットだけを愛していたい心に嘘をついて。
父からも母からも言われていた。それなのに、ディルグのことを諦められなかった。
──ディルグを、傷つけてしまった。
「……ディルグ様、ごめんなさい」
家に居場所を失った。どこにも居場所がないと感じていた。
ディルグの傍だけが、自分の居場所だと縋っていた。彼に心を明け渡して、愛される喜びに依存していた。
あんな残酷なことを、ディルグにさせてしまった。
ずっと大切にしてくれていた。女性を乱暴に扱うことなどできないような人なのに。
メルティーナが、ディルグの元を訪れたせいだ。
こうなることを期待していなかったとは言えない。メルティーナはヴィオレットの代わりにしてほしいと願ってしまったのだから。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
謝っても遅い。傷つけた事実は変わらない。そしてメルティーナがここにいるかぎり、ディルグは苦悩し傷つき続ける。
──ディルグを愛している。
何をされても、どんなことが起こっても。彼を愛している気持ちに嘘はない。変わることもない。
だから──。
「……行かなきゃ」
メルティーナはふらふらと、なんとか立ちあがった。
もう、ここはメルティーナの居場所ではないのだ。
家にも、帰ることができない。
『逃げよう、一緒に』
ディルグの言葉が想起されて、メルティーナは「逃げなきゃ」と呟く。
ディルグと一緒ではない。一人で。どこか、遠くに。誰にもみつからない場所に。
ディルグを愛しているからこそ、彼の幸せを心から願わなくてはいけない。
願いたいのだ。ヴィオレットに嫉妬して、彼女とディルグの不幸を望みたくない。
あの優しい人が、優しいままでいられるように。
「……遠くに、いこう。大丈夫、私は、大丈夫だから」
今までずっと、メルティーナは誰かの庇護下で暮らしていた。
外に足を踏み出すことを考えると、恐怖に決意が揺らぎそうになる。
小さな声で何度も自分を励ましながら、メルティーナは部屋を出た。
誰もいない、朝の光が降り注ぐ長い廊下を、ゆっくりと進んでいく。
メルティーナの髪や白い肌を、降り積もった雪に反射した強い光が輝かせた。
それはまるで、メルティーナの旅立ちを祝福してくれているかのようだった。
568
あなたにおすすめの小説
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる