あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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抵抗と失望

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 ──どうして、ヴィオレットの気配がわからなかったのだろう。
 ディルグは確かに疲弊していた。そして感情的になっていた。
 だが、これが罠だと気づかないほどに──心が、摩耗していたのか。
 
 それともメルティーナがみつかったと言われて、彼女に会えるかもしれないという期待で注意が散漫になっていたのか。
 そうとしか、思えなかった。もう一年以上、彼女の声を聞いていない。その姿を見ていない。
 メルティーナが消えてしまったのは冬のはじまり。

 季節はもう一巡し、冬を通り過ぎて今は春を迎えようとしている。
 嘘だと、偽りだとわかっていた。心のどこかで、気づいていた。
 それでも、縋りたかった。メルティーナに、会いたかった。

 彼女の声も、ぬくもりも、柔らかさも匂いも味も、すべて覚えている。
 忘れるはずがない。忘れられるわけがない。
 メルティーナはディルグの、全てだったのだから。

「くそ、くそが……っ! ふざけるな、あけろ、出せ! 全員、殺してやる……!」

 体に滾る熱を叩きつけるように、ディルグは閉じられた扉を殴りつけた。
 ディルグの腕に白い獣の体毛がはえていく。筋肉が隆起して、爪がのびる。
 犬歯が突き出て、美しい顔を醜く変化させた。

「ディルグ様……!」
「あぁ、そうだった……なるほど、理解した。俺は、どうしてはじめからそうしなかったのだろう」
「ディルグ様、どうか正気に戻ってください! 私はあなたを愛しています、そしてあなたは私を愛している。魂が求めあっているのがわかるでしょう!?」

 悲壮な表情で、まるで悲劇を一身に浴びているような顔で、ヴィオレットがディルグにすがろうとしてくる。
 ディルグはその首を、鋭い爪のある手で握りしめた。

「お前たちはよほど俺を、罪人にしたいらしい。なにが、王だ。なにがつがいだ。そんな立場はいらない、そんなものはいらないと言ったはずだ! 俺が愛しているのはメルティーナただ一人、邪魔をするのなら、お前たちも、国も、滅びるがいい!」
「や、やめて……苦しい……っ」

 ディルグは呼吸ができずにあえぐヴィオレットを、無造作にベッドに投げ捨てる。
 ヴィオレットは喉を両手でおさえながら、ヒューヒューと不自然な息をついた。

「お前はそれほど死にたいのか。そうまでして俺の邪魔をする理由はなんだ」
「あなたはなにもわかっていない……王太子たるあなたのつがいでありながら、選ばれず捨てられた女に未来などない! 私に恥をかかせるの!? メルティーナなんて人間の弱小貴族に負けるなど、あってはならないのよ、私は辺境伯家の娘なのだから!」

 大人しい女に見えていたヴィオレットもまた、ディルグのつがいになってしまったせいで、その人生は歪み、感情も性格も何もかもが歪んでしまったのだろう。
 ──本当に、血の呪いだ。
 
「抱けば、満足するのか?」
「ええ、もちろん……! ディルグ様、どうかご慈悲を……! このままあなたがいなくなれば、私は誰にも顔向けできない。生きていけないほど、恥をかくことになるのです。そうすればどのみち、私は死を選びます!」
「馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿なものですか! 私は貴族の娘、誇り高き辺境伯家の娘です。恥を晒して生きるぐらいなら、死を選びます。ここまで私がしているのに、あなたは私を殺すという。なんてひどい……メルティーナはきっと今頃、運命の相手をみつけています……っ」

 ──そうなのだろうか。
 そうかもしれない。可憐で優しいまるで春の花のような彼女を、手に入れたい男は多いはずだ。

「……愚かだな。誰も、彼もが」

 心の炎が、消えていく。
 この一年、ディルグを支えていた怒りが、嘆きが、悲しみが──蝋燭の炎が消えるように。

 投げやりになってしまった。どうでもよくなってしまった。
 ディルグの中にあった正しさや優しさが、怒りや嘆きの感情と共に、消えていく。

 目の前の女を殺し、両親を手にかけて、ここを出よう。

 王太子という身分でありながら、王国民を見捨てることになっても。王国を混乱に陥れることになっても。
 ──なにもかもが、どうでもいい。

「……っ」

 ヴィオレットにのしかかり、その首を絞めようとした。
 けれどディルグの手は空を切り、糸の切れた人形のように、どさりとベッドに崩れ落ちた。

「……ごめんなさい、ディルグ様。私は、あなたが欲しい。どんなにひどい男でも、あなたが欲しいの」

 ヴィオレットの手には、薬を塗った針が握られていた。
 もしもの時に使えと言われ、王妃から渡されていた鎮静剤である。
 大きな獣を一撃で眠らせるものだった。

 ディルグは霞む視線の先に、その針を見た。
 意識が暗闇に沈んでいく。ただ一人の女性を愛したいだけなのに──。

 それが許されない世界を、呪った。

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