あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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一週間後の返事

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 ◇

 ジュリオの言葉を、メルティーナは幾度も反芻した。
 ずっとここで、一人で身を潜めて生きていくよりも、ジュリオの手を取り彼に頼り別の場所に行くべきだ。

 頭ではわかっている。そうするべきだと。そのほうが、幸せになれるのだと。

(でも……私の幸せって、何……?)

 メルティーナは、古びたベッドに横になって考える。
 燃料の節約のために、夜には灯りをほとんどつけない。

 星あかりと月明かりで、十分夜目がきいた。
 ここにきたばかりのころは、一人きりの家の、暗闇が怖かった。けれどそれにももう慣れた。

(ジュリオ様と共に暮らすのが、私の幸せ? ディルグ様を、忘れて……?)

 悩んでいるうちに、約束の日がきてしまった。
 答えは出ない。
 いや、違う。メルティーナの中では答えが出ているのだ。
 愛しているのは、ディルグだけ。他の愛はいらない。けれど。
 ディルグにとっては、そうではないかもしれない。彼はこれからヴィオレットと婚姻をして、王として栄華の道を歩んでいく。何年も何年もメルティーナが彼を思い続けて、一人寂しく死んでしまっとしたら。
 
 ディルグは、気に病むのではないか。彼の心に、罪悪感という棘を刺してしまうのではないか。

 だとしたら、私は──。

 今日の分の納品はもう終わった。このところぼんやりをしていたメルティーナを心配し、粉挽屋の女主人は「明日は休みでいいよ」と言ってくれていた。
 メルティーナはパン作りで汚れた服を着替えて、水浴びをすませた。食欲はなかったが、いただきものの蜂蜜を入れた薬草茶をなんとか飲んだ。

 そうして、昼過ぎ。
 扉が叩かれた。開くと、そこにはジュリオが立っていた。

「ジュリオ様……」
「メルティーナ、中に入ってもいいか」
「はい」

 メルティーナは彼を家の中に案内する。沸かしてあった湯で薬草茶を入れて、テーブルの上に置いた。

「返事を聞きにきた」

 ジュリオはそれには手をつけず、茶を出した後、彼から離れようとしたメルティーナの腕を掴んで尋ねる。
 嫌悪感に、ぞわりとした。ジュリオのことは嫌いではない。世話にもなった。恩人だ。
 それでも明確な意思を持って皮膚に触れられると、拒否感が先に立つ。

「私と共に行こう、メルティーナ。君に不自由はさせない。隣国に渡って、二度とこの国には帰らない。どんなに耳障りのいいことを言ったとしても、それは表面上だ。人獣と人はわかりあえない」
「ジュリオ様は、人獣がお嫌いですか? ディルグ様の、ご友人なのに」
「友人ではない。従者だ」

 思えば、メルティーナはジュリオのことをまるで知らない。
 彼と親しくなりたいと思っていなかったし、聞く機会もなかった。

「私の母は、君と同じ。人獣の男にかつて捨てられた、人間の女だ」
「そう……なのですね……」
「あぁ。人獣のことを、嫌ってはいない。人間に悪人とそうでないものがいるように、人獣もそうでないものがいる。人はかつて彼らに首輪をつけて、まるで愛玩動物のように扱っていた。それは人としての恥だと、私は思っている」
「ええ。私もそう思います」

 それはメルティーナが生まれるよりもずっと以前の話だ。
 教科書の中で学んだ知識である。その時代を生きたものは、もうほとんど残っていない。

「彼らは知性があり、力がある。私たちとの違いは、耳と尻尾があるか、獣の姿になれるか。それだけだ。だが、一点だけ、どうしても相入れない。彼らは愛情に対して、不義理だ」
「ジュリオ様の母君は、苦しまれていたのですか?」
「母は、伯爵家の娘だった。夜会で、人獣の公爵にみそめられて契りを結んだ。結婚して一年後、公爵につがいが見つかり、母を捨てた。私の父は母を憐れみ妻に迎えたが、そこに愛はなかった。少なくとも母はずっと、公爵を愛していたし、恨み続けていた」

 そんな母親の姿を、ジュリオは見て育った。
 ジュリオの父はいつまでも過去に囚われ続ける妻に愛想を尽かして、平然と浮気をするようになったという。

「つがいがみつかったと喜び合い、愛しあう。結構なことだ。そこには激しい激情がある。互いを唯一無二として裏切らない愛情がある。だが、愛し合い幸せになったものたちは、その下に築かれる屍の山に気づかない」
「お辛い思いをしたのですね」
「辛くなかったといえば、嘘になる。人と人獣は愛し合うべきではない。同じ姿をしていても、所詮は種族が違う。本当の意味で、わかりあうことなどできないのだから」

 メルティーナは俯いた。
 ジュリオの考えは、理解できる。過去に囚われた母と、浮気をする父。その間に生まれて、寂しい思いをしたのだろう。
 それでも人獣を悪だと言い切らない彼の清廉さは、好ましく思う。

「君はディルグ殿下の婚約者になるべきではなかった。立場をわきまえ、断るべきだった。愛しあってはいけなかった。それは、さらなる不幸を呼ぶだけだ。メルティーナ、隣国に行こう。君は全てを、忘れるべきだ」
「そうなのかもしれません。そうするべきなのでしょう、きっと。けれど、私は……」
「いつまで、こんな場所で落ちぶれているつもりだ? 君の両親が君の今の姿を見れば、きっと悲しむ。私は君に苦労をさせない。穏やかで、豊かで、静かな喜びに満ちた生活を約束しよう」

 ジュリオはメルティーナの掴んだ手を引き寄せる。
 腰を抱かれて抱きしめられたとき──激しく音を立てながら、勢いよく扉が開いた。






 
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