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嘘と真実
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メルティーナは元々貴族令嬢として生活していた。
そのため、村での一人きりの生活は楽ではなかった。
料理も洗濯も、全部一人で行わなくてはいけない。冬の水汲みは手が切れたし、包丁を握れば指を切ることも多かった。
幸いにして村の人々は親切だった。
ものを知らないメルティーナに、色々と教えてくれた。血止めの薬草もその一つだ。
包丁で指を切った時、布にしみ込ませて切り傷にあててから包帯を巻くと、早く傷が塞がったし、傷口も綺麗に治った。
薬草は森にはえている。それを摘んで、すりつぶして瓶詰にしているものを抱えて、それから村の人々から、仕事の手伝いの礼として貰ったガーゼやありったけの包帯を集めて、メルティーナはディルグの元に戻る。
ディルグは床にうずくまっていた。
ジュリオが傷をおさえているが、布の隙間からじわじわと血が滴っている。
「ディルグ様、戻りました。大丈夫ですから、動かないでください」
まるで、あの時のようだ。
庭園でみつけた子犬の手を治した時と同じ。
あの子犬は、こんなに大きくなった。そしてメルティーナも、幼い少女から大人の女性になった。
年月は、色々なことが変えてしまった。けれど、変わらないものがある。
それはメルティーナの、彼に対する思いだ。
メルティーナはディルグに恋をした。
恋心は変わっていない。遠く離れていても、もう二度と会えないとわかっていても、彼を思う気持ちは変わらなかった。
「ごめんなさい、ディルグ様。私はあなたを、信じていなかった。自分の気持ちばかりでいっぱいになって、あなたの言葉も、あなたの想いも、裏切ってしまったのです」
ガーゼに薬草を塗りこんで、ジュリオが布を外すと露わになった傷口に押し当てる。
白い獣の体毛に血がべっとりとはりついて、いくつかの毛束になっている。
それを避けるようにしながら傷を分厚くしたガーゼで押さえると、上から、頭を包むようにして幾重にも包帯を巻いた。
白い獣は、目を閉じて動かない。メルティーナはディルグの残された三角形の耳を優しく撫でる。
それから、涙をためた瞳で、ジュリオを見据えた。
「……ジュリオ様、嘘を、ついていたのですか? ディルグ様に一体何があったのですか、ディルグ様はヴィオレット様と幸せになったのではなかったのですか……?」
そうでなければ──なんのために、メルティーナはここにいるのか。
ディルグの幸せだけを望んでいたのに。優しいディルグが傷つかないように、彼の元から姿を消したのに。
「──謝罪は、しない。したとしても、受け入れてなどもらえないだろう。私は君に許されたいと思っていない」
「……ジュリオ様は私の恩人です。あなたを恨むようなことはしません。けれど、知りたいのです。どうして、ディルグ様は……っ」
「私は殿下を信じなかった。違う、殿下だけではなく、人獣の愛を信じなかった。彼らは簡単に愛を裏切る。つがいが現れれば、つがいに対する愛情で心も体も支配され、今まで愛した者のことなど歯牙にもかけない」
それは──ジュリオの母がそうだったからだろう。
そしてメルティーナの両親もそうだった。両親は、ディルグのメルティーナに向ける愛情を信じたことなど一度もなかった。メルティーナも両親の言葉を信じ、ディルグを長い間疑っていた。
メルティーナはディルグの大きな頭を抱きしめながら、ジュリオの話を聞いている。
ディルグの耳にも、彼の声は届いているのだろうか。
多くの血を失ったからか、痛みと苦痛と疲労のせいか、ディルグは深い眠りについているように見えた。
「ヴィオレットが現れてすぐに、私は王妃に頼まれた。君を殿下から引きはがすように、と。ヴィオレットは泣きながら訴えたのだという。殿下は婚約者を裏切れないと言って、つがいである自分を拒絶したと。優しい殿下は、君がいる限りヴィオレットを愛することができないのだと」
「……っ」
メルティーナの記憶に、あの庭園での出来事が思い出される。
学園で、メルティーナはディルグとヴィオレットが二人きりで話している姿を見た。
──ディルグはヴィオレットを求めているのだと、メルティーナは思い込んだ。
けれどそれは勘違いだったのか。
ディルグはヴィオレットを、拒絶した──?
「私は、王妃の駒になった。それは、家のためでもあった。そして、国のためであり、殿下や君のためだと信じた。つがいへの欲を押し込めて君を傍におけば、必ずどこかで破綻する。殿下はやがてヴィオレットを受け入れ、君を捨てる。子がいれば、世継ぎ争いになるだろう。そうすれば、国が乱れる」
「ええ。そうですね……」
ジュリオの危惧はもっともだ。
王家の中で血の争いがおこれば、国が乱れる。つがいであるヴィオレットを傍においたほうが、国の為。王家の繁栄のため。それは、正しい。
「君や殿下が不幸になることをわかっていて、何もしないという選択肢を私は選べなかった。実際、殿下は君をいたぶるように抱いた。私は見張りをしていた。声が、聞こえた」
「……っ、あれは、違うのです。私が、願ったのです」
「あのようなことが続けば、君は心を病む。殿下も同じだ。……君が殿下の元を離れることは、正しいと思った」
ジュリオはメルティーナを攫おうとしていたが、執務室の外鍵を開いたときに、内側から扉が開いた。
咄嗟に身を隠していると、メルティーナがふらふらと部屋から出てきた。
どこかに向かおうとしているメルティーナに、ジュリオは声をかけた。
攫うまでもなく、メルティーナはディルグの元から離れる覚悟をしていた。
「……殿下はずっと、君を探していた。長い間、ずっと。城に戻らず身を隠していた。ヴィオレットには殿下の居場所がわかる。だから追手をさし向けても、みつからないように逃げ続けていたんだ」
「ディルグ様……」
ディルグが城に戻ったのはつい最近のこと。
ヴィオレットと王妃、そして国王の罠にはまるように騙されて、自ら城に戻ったのだという。
ジュリオは王妃から全て聞かされていた。
メルティーナの監視を命じられていたからだ。メルティーナとディルグが会っていないかと、たびたび呼び出され、報告を求められていた。
王妃は悪気がない。ヴィオレットも同じ。自分たちは正しいことをしていると信じている。
だから、口が軽かった。ジュリオが尋ねれば、何でも答えてくれた。
ジュリオが信用されていたということもあるのだろう。
「城に戻った殿下は、見ている私が苦しくなるほどに憔悴していた。けれど私は殿下に君の居場所を教えなかった。そして君に、殿下は壮健であると嘘をついていた。それは殿下のことを信じていなかったから。だがそれよりも……私は君に、恋をした」
「それもきっと、嘘です」
「嘘ではない。君を見ているうちに、私が君を幸せにするべきだと考えるようになった。全て本心だ。殿下が現れなければ、君を連れて隣国に向かおうと思っていた。二人で、生きようと」
メルティーナは首を振る。
どうしてジュリオはホワイトローズの香水を、くれたのだろう。
それはディルグに、メルティーナの居場所を知らせるためではないのか。
「……ホワイトローズは、私の最後の同情だった。殿下がもし気づかなければ、私は君を、強引に私のものにしていただろう」
「ジュリオ様は、殿下のご友人です。……だから、殿下を助けようとしてくださった」
「私は優しくない。親切な人間でもない。人獣など、信用していない。だが」
ジュリオは床に膝をつく。
自分の胸にてをあてて、ディルグに向かい頭をさげた。
「あなたのメルティーナへの愛情は、本物であると、信じます。……隣国に身を隠すための準備は整っています。この場所はもしかしたらすぐに知られてしまうかもしれない。静養のための屋敷も手配します。どうか、傷を癒やしてください。私は二度と、あなたとメルティーナの前に顔を見せることはないでしょう」
ディルグは薄く目を開いた。
それから「ジュリオ。お前を許す」と、掠れた声で呟いた。
そのため、村での一人きりの生活は楽ではなかった。
料理も洗濯も、全部一人で行わなくてはいけない。冬の水汲みは手が切れたし、包丁を握れば指を切ることも多かった。
幸いにして村の人々は親切だった。
ものを知らないメルティーナに、色々と教えてくれた。血止めの薬草もその一つだ。
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薬草は森にはえている。それを摘んで、すりつぶして瓶詰にしているものを抱えて、それから村の人々から、仕事の手伝いの礼として貰ったガーゼやありったけの包帯を集めて、メルティーナはディルグの元に戻る。
ディルグは床にうずくまっていた。
ジュリオが傷をおさえているが、布の隙間からじわじわと血が滴っている。
「ディルグ様、戻りました。大丈夫ですから、動かないでください」
まるで、あの時のようだ。
庭園でみつけた子犬の手を治した時と同じ。
あの子犬は、こんなに大きくなった。そしてメルティーナも、幼い少女から大人の女性になった。
年月は、色々なことが変えてしまった。けれど、変わらないものがある。
それはメルティーナの、彼に対する思いだ。
メルティーナはディルグに恋をした。
恋心は変わっていない。遠く離れていても、もう二度と会えないとわかっていても、彼を思う気持ちは変わらなかった。
「ごめんなさい、ディルグ様。私はあなたを、信じていなかった。自分の気持ちばかりでいっぱいになって、あなたの言葉も、あなたの想いも、裏切ってしまったのです」
ガーゼに薬草を塗りこんで、ジュリオが布を外すと露わになった傷口に押し当てる。
白い獣の体毛に血がべっとりとはりついて、いくつかの毛束になっている。
それを避けるようにしながら傷を分厚くしたガーゼで押さえると、上から、頭を包むようにして幾重にも包帯を巻いた。
白い獣は、目を閉じて動かない。メルティーナはディルグの残された三角形の耳を優しく撫でる。
それから、涙をためた瞳で、ジュリオを見据えた。
「……ジュリオ様、嘘を、ついていたのですか? ディルグ様に一体何があったのですか、ディルグ様はヴィオレット様と幸せになったのではなかったのですか……?」
そうでなければ──なんのために、メルティーナはここにいるのか。
ディルグの幸せだけを望んでいたのに。優しいディルグが傷つかないように、彼の元から姿を消したのに。
「──謝罪は、しない。したとしても、受け入れてなどもらえないだろう。私は君に許されたいと思っていない」
「……ジュリオ様は私の恩人です。あなたを恨むようなことはしません。けれど、知りたいのです。どうして、ディルグ様は……っ」
「私は殿下を信じなかった。違う、殿下だけではなく、人獣の愛を信じなかった。彼らは簡単に愛を裏切る。つがいが現れれば、つがいに対する愛情で心も体も支配され、今まで愛した者のことなど歯牙にもかけない」
それは──ジュリオの母がそうだったからだろう。
そしてメルティーナの両親もそうだった。両親は、ディルグのメルティーナに向ける愛情を信じたことなど一度もなかった。メルティーナも両親の言葉を信じ、ディルグを長い間疑っていた。
メルティーナはディルグの大きな頭を抱きしめながら、ジュリオの話を聞いている。
ディルグの耳にも、彼の声は届いているのだろうか。
多くの血を失ったからか、痛みと苦痛と疲労のせいか、ディルグは深い眠りについているように見えた。
「ヴィオレットが現れてすぐに、私は王妃に頼まれた。君を殿下から引きはがすように、と。ヴィオレットは泣きながら訴えたのだという。殿下は婚約者を裏切れないと言って、つがいである自分を拒絶したと。優しい殿下は、君がいる限りヴィオレットを愛することができないのだと」
「……っ」
メルティーナの記憶に、あの庭園での出来事が思い出される。
学園で、メルティーナはディルグとヴィオレットが二人きりで話している姿を見た。
──ディルグはヴィオレットを求めているのだと、メルティーナは思い込んだ。
けれどそれは勘違いだったのか。
ディルグはヴィオレットを、拒絶した──?
「私は、王妃の駒になった。それは、家のためでもあった。そして、国のためであり、殿下や君のためだと信じた。つがいへの欲を押し込めて君を傍におけば、必ずどこかで破綻する。殿下はやがてヴィオレットを受け入れ、君を捨てる。子がいれば、世継ぎ争いになるだろう。そうすれば、国が乱れる」
「ええ。そうですね……」
ジュリオの危惧はもっともだ。
王家の中で血の争いがおこれば、国が乱れる。つがいであるヴィオレットを傍においたほうが、国の為。王家の繁栄のため。それは、正しい。
「君や殿下が不幸になることをわかっていて、何もしないという選択肢を私は選べなかった。実際、殿下は君をいたぶるように抱いた。私は見張りをしていた。声が、聞こえた」
「……っ、あれは、違うのです。私が、願ったのです」
「あのようなことが続けば、君は心を病む。殿下も同じだ。……君が殿下の元を離れることは、正しいと思った」
ジュリオはメルティーナを攫おうとしていたが、執務室の外鍵を開いたときに、内側から扉が開いた。
咄嗟に身を隠していると、メルティーナがふらふらと部屋から出てきた。
どこかに向かおうとしているメルティーナに、ジュリオは声をかけた。
攫うまでもなく、メルティーナはディルグの元から離れる覚悟をしていた。
「……殿下はずっと、君を探していた。長い間、ずっと。城に戻らず身を隠していた。ヴィオレットには殿下の居場所がわかる。だから追手をさし向けても、みつからないように逃げ続けていたんだ」
「ディルグ様……」
ディルグが城に戻ったのはつい最近のこと。
ヴィオレットと王妃、そして国王の罠にはまるように騙されて、自ら城に戻ったのだという。
ジュリオは王妃から全て聞かされていた。
メルティーナの監視を命じられていたからだ。メルティーナとディルグが会っていないかと、たびたび呼び出され、報告を求められていた。
王妃は悪気がない。ヴィオレットも同じ。自分たちは正しいことをしていると信じている。
だから、口が軽かった。ジュリオが尋ねれば、何でも答えてくれた。
ジュリオが信用されていたということもあるのだろう。
「城に戻った殿下は、見ている私が苦しくなるほどに憔悴していた。けれど私は殿下に君の居場所を教えなかった。そして君に、殿下は壮健であると嘘をついていた。それは殿下のことを信じていなかったから。だがそれよりも……私は君に、恋をした」
「それもきっと、嘘です」
「嘘ではない。君を見ているうちに、私が君を幸せにするべきだと考えるようになった。全て本心だ。殿下が現れなければ、君を連れて隣国に向かおうと思っていた。二人で、生きようと」
メルティーナは首を振る。
どうしてジュリオはホワイトローズの香水を、くれたのだろう。
それはディルグに、メルティーナの居場所を知らせるためではないのか。
「……ホワイトローズは、私の最後の同情だった。殿下がもし気づかなければ、私は君を、強引に私のものにしていただろう」
「ジュリオ様は、殿下のご友人です。……だから、殿下を助けようとしてくださった」
「私は優しくない。親切な人間でもない。人獣など、信用していない。だが」
ジュリオは床に膝をつく。
自分の胸にてをあてて、ディルグに向かい頭をさげた。
「あなたのメルティーナへの愛情は、本物であると、信じます。……隣国に身を隠すための準備は整っています。この場所はもしかしたらすぐに知られてしまうかもしれない。静養のための屋敷も手配します。どうか、傷を癒やしてください。私は二度と、あなたとメルティーナの前に顔を見せることはないでしょう」
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