あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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メルティーナの覚悟

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 ジュリオは村の人たちに頼み、荷馬車を用意してもらった。
 メルティーナのことを心配してくれた皆は、快く傷ついたディルグを運ぶ手伝いをしてくれた。

 一日かけて移動して、国境付近の街に辿り着く。
 ジュリオは周到だった。ディルグがメルティーナの元にやってくるのを見越して、ディルグとメルティーナを王家から隠すための屋敷を手配していた。
 
 それは元々、ジュリオがメルティーナを連れて隣国へ亡命するために用意していた屋敷だった。
 だが、もしディルグがホワイトローズの香りに気づいたのなら、ディルグを国から逃がすために使用するつもりだったのだという。

「メルティーナ、君はある程度の給金の蓄えがあり、今まで一人で暮らしてきた生活の知恵がある。だから、しばらくは二人きりで大丈夫だな」
「……ジュリオ様は、何故私たちを助けてくださるのですか?」
「贖罪だ。……もし私が殿下を信じることができたのなら、その時はもう二度と殿下を裏切らないと決めた。殿下は君への愛を示した。獣の本能よりも、君への愛を選んだ。それはとても気高いことだ。私の君への感情は、殿下には勝てない」

 森を背にした場所にある、ひっそりとした小さな街である。
 街はずれの空き家をジュリオは買い取っていた。
 獣の姿のディルグは夢と現実の間を行ったり来たりしているらしく、メルティーナが首を優しく撫でて促すと、薄く目を開けてふらふらと立ち上がり、メルティーナと共に屋敷の中へと入ってくれた。

「殿下の傷が癒えたら、二人で隣国に逃げるべきだ。この国は、殿下や君を傷つける。……殿下には別の考えがあるかもしれないが」
「ありがとうございます、ジュリオ様。この御恩は、必ずお返しします」
「必要ない。私は裏切り者で、嘘つきだ。……どれほど理由をつけていいわけをしても、その事実は変わらない」
「ディルグ様は、ジュリオ様を許す、と──」
「器の違いを思い知らされるようだった。私は……殿下を信じることができなかったというのに。殿下は私を許した。私は自分を許すことはできない。ではな、メルティーナ。君の幸運を、祈る」

 ジュリオは屋敷の床でうずくまっているディルグに再び礼をすると、馬車を引いていなくなった。
 もう二度と彼に会うことはないのかもしれない。
 
 メルティーナはジュリオの背に向かい礼をした。
 嘘をつかれていたことは、悲しいと感じる。けれど世話になったのは確か。
 
 それに──ディルグが己の身を傷つけるまで思いつめたのは、メルティーナのせいだ。
 
 メルティーナは扉を閉めて、内鍵をした。
 ジュリオは王都からできる限り離れた場所に、隠れ家を選んだのだろう。
 ヴィオレットにはディルグの居場所がわかる。だが、遠く離れた場所では、明確な居場所までは判然としないはずだ。近づけば、その気配を明瞭に感じることができるのだろうが。

 しばらくは、追手は来ないはず。
 少なくとも、ディルグの傷が癒えるまでは。

「ディルグ様、まずはゆっくり休みましょう。大丈夫です、私が傍にいます。私が、あなたを守ります」
「……」

 虚ろな瞳でディルグはメルティーナを見つめて、それから、太い両足に顔を埋めるようにして頭をさげると目を閉じた。
 メルティーナはディルグを引っ張り、なんとか絨毯の敷かれたリビングルームまで連れてくる。
 きつく巻かれた包帯はまだ、ほどけていない。
 時刻は、夕方。徐々に日が陰ってきている。

 強い眩暈を感じた。ずっと緊張をしていたが、ディルグと二人きりになって静かな部屋にいると、気が抜けた。
 足の力がふらりと抜けて、ディルグの傍に座り込む。
 ディルグのふわふわの体に身を埋めるようにしながら、メルティーナも目を閉じる。
 
 ディルグの鼻先が、そして尻尾が、メルティーナの体を守るようにして、メルティーナを包み込んだ。

「ディルグ様……ごめんなさい」

 小さく呟いたメルティーナは、ディルグのあたたかさと、香りに包まれながら、深い眠りへと落ちていった。
 よく晴れた日の、お日様の匂いがした。

 気づくと、朝になっていた。
 ふと目を覚ましたメルティーナは、自分を包み込む柔らかい体毛のくすぐったさに、僅かに眉を寄せる。
 ディルグが眠っている。
 ディルグが、傍にいる。信じられないが、これは、現実だ。
 そして──ディルグが片耳を失ったことも、また現実だった。
 その光景を思い出して、メルティーナは悲しみに表情を曇らせた。

「ディルグ様……」

 返事はない。荒い呼吸をついている。メルティーナはディルグの首周りの体毛に手を突っ込んで、皮膚に触れた。
 熱い。もしかしたら傷から菌が入り、熱が出ているのかもしれない。

「ディルグ様、待っていてください。大丈夫、すぐに戻ります」

 メルティーナはディルグの体を撫でて、言い聞かせるように言った。
 聞こえているかどうかはわからない。
 ただ、ディルグに不安な思いをさせたくなかった。

 ディルグはずっとメルティーナを支えてくれていた。
 今度は──自分の番だ。
 
 もう二度と、彼から逃げたりしない。
 それがどんな結果になるとしても、ディルグが求めてくれるのなら、メルティーナは両手を広げて彼を抱きしめたいと思うのだ。

 
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