あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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看病の日々

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 メルティーナは小さな家の裏庭から奥に広がっている森の中に分け入り、薬草を摘んで戻ってきた。
 街に薬を買いに行くことも考えたが、メルティーナの一年暮していた村では、薬は買いに行くものではなく自分たちで作るものだったので、森で採集をするほうが早いし慣れてもいた。
 
 井戸から水をくんできて、水瓶を満たす。それから、薪をかまどにくべて、火打ち金で火をつけた。
 湯を沸かしている間に、薬草をすり鉢ですり潰す。
 
 幸いにして、家には生活に必要なものは一式そろっていた。
 ジュリオの準備のよさに感謝しながら、メルティーナはすり潰した薬草を、湯の中で煮出していく。

 薬草を煮出して作った薬と、タライに入れた湯と布をディルグの元に運んだ。
 ディルグは絨毯の上に寝そべり、ぐったりとうずくまったままだ。
 
 まずは包帯を外して、傷口の確認をする。
 血止めの薬草が効いたのだろう、耳の付け根から少し耳を残した場所ですっぱりと斬られた耳の傷は、血が止まって瘡蓋になっていた。

 瘡蓋を剥がさないように慎重に、周囲のこびり付いた血液をお湯にひたした布で拭う。
 それから傷口を洗浄して乾いた布で抑え拭きをする。
 
 村から持ってきたガーゼを傷口に乗せて、新しい包帯を巻き直した。
 傷を綺麗にしたあと、メルティーナはディルグの顔を丁寧に拭いた。
 
「ディルグ様、薬草です。飲んでください。熱を冷まして、体の中の悪いものを取り除く効果があります」

 ディルグの牙のはえた口を無理矢理こじ開けて、長く赤い舌のある口の奥へと薬草湯を少しずつ流し込む。
 噎せて、ディルグはそれを吐き出したが、メルティーナは根気よく何度も続けて、ようやく薬湯をコップ一杯程度飲ませることに成功した。
 口の周りを拭いて、それから体を布で丁寧に清めていく。
  
 全て拭き終わると、メルティーナはディルグの頭を膝に乗せて、その頭を優しく撫でた。

「ディルグ様、私はここにいます。たくさん眠って、体を休めてください。ずっと、苦しかったですね。ごめんなさい。ディルグ様、あなたが二度と人の姿にならなくても、あなたがどんな姿でも、私はあなたを愛しています」

 ディルグは『君と同じになりたい』と言っていた。
 人獣でなかったら、メルティーナは自分を信じたのだろう、捨てなかったのだろうと。
 
 その言葉を思い出すと、針で刺されるように胸が痛んだ。
 それはずっと、メルティーナが考えていたことだ。
 自分が彼と同じ人獣なら。
 自分が彼のつがいなら。
 
 ずっと、傍にいられるのに。愛してもらえるのに。彼を信じることができるのに、と。

「あなたは私に言ってくれました。私とあなたは何もかもが違う。手の大きさも、声も、体のつくりも。男と女で、人間と人獣で、年齢も違うし生まれた場所も違うし、生まれた環境も違う。好きなものも、嫌いなものも、全部、違う」

 それでも──愛しあうことができる。
 そう言ってくれたのはディルグだったのに、耳と尻尾を切り裂いて、メルティーナと同じ形になろうとした彼が、悲しい。

「ごめんなさい、愛しています。あなたを忘れた日なんて一度もなくて、忘れることを恐れるぐらいに、あなたが好き。あなたが、大好きです」

 メルティーナはディルグの傍で、彼の顔を撫で続ける。
 人の温もりを感じると、弱っているときは安心するものだ。
 長い間そうしていると、薬草が効いてきたのかディルグの呼吸が穏やかになってくる。

 どんな思いで、一年間王国を彷徨い続けたのだろう。
 たった一人で、追ってから逃げて、メルティーナをずっと探してくれていた。

 痩せてやつれて、瞳から光が消えて、暗い笑みを浮かべるようになったディルグは、メルティーナの知る彼とは別人のようだった。
 そこまで追い詰められたのだ。それぐらい、メルティーナを──求めてくれていた。

「……ごめんなさい。あなたを傷つけたくせに、私は、嬉しいと思ってしまう」

 涙がぽたりと落ちて、ディルグの顔に落ちる。
 かつてメルティーナは、ディルグに自分を抱くように仕向けたとき、心の内に生まれた仄暗い喜びを嫌悪した。
 
 けれど、今ならわかる。愛とは、明るい光と幸せに満ちたものばかりではないのだろう。
 その感情も、メルティーナがディルグに向ける愛に、他ならない。
 そんな感情を抱く自分も、自分自身だ。
 輝きも暗闇も全て受け止めて、認めて──全てを受け入れて、彼を、愛したい。

 ディルグはずっと眠っていた。
 夜になって、朝に朝になって。何も食べていないメルティーナの腹は空腹を訴えはじめた。
 そろりとディルグから離れて、家の裏庭の井戸で水浴びと着替えを澄ませる。
 
 汚れた包帯と服をあらって、干した。
 それから森に入り、薬草を摘んだ。野いちごを見つけたので、その場でいくつか食べて、カゴいっぱいに摘んで戻った。
 ふと視線を巡らせると、白い星屑のような花が目に入る。
 
 ディルグとはじめて出会った庭園にはえていたのと同じ、エルダーフラワーが群生していた。
 何本か枝を切って、持って帰る。枝には小さな白い花が沢山開いている。
 まだ花が咲くには早い季節だ。
 けれどこうして咲いているのにはもしかしたら──見えない何かの力が、そこにはあるのかもしれない。
 たとえば、メルティーナの亡くなった両親が、ディルグのために花を咲かせてくれたのかもしれない。

 わからないけれど、メルティーナはそれを信じた。
 花を持って帰ると、ディルグの傍に花瓶に入れて生けた。

 それから、再び薬草湯を作って、ディルグに飲ませた。


 
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