41 / 56
看病の日々
しおりを挟むメルティーナは小さな家の裏庭から奥に広がっている森の中に分け入り、薬草を摘んで戻ってきた。
街に薬を買いに行くことも考えたが、メルティーナの一年暮していた村では、薬は買いに行くものではなく自分たちで作るものだったので、森で採集をするほうが早いし慣れてもいた。
井戸から水をくんできて、水瓶を満たす。それから、薪をかまどにくべて、火打ち金で火をつけた。
湯を沸かしている間に、薬草をすり鉢ですり潰す。
幸いにして、家には生活に必要なものは一式そろっていた。
ジュリオの準備のよさに感謝しながら、メルティーナはすり潰した薬草を、湯の中で煮出していく。
薬草を煮出して作った薬と、タライに入れた湯と布をディルグの元に運んだ。
ディルグは絨毯の上に寝そべり、ぐったりとうずくまったままだ。
まずは包帯を外して、傷口の確認をする。
血止めの薬草が効いたのだろう、耳の付け根から少し耳を残した場所ですっぱりと斬られた耳の傷は、血が止まって瘡蓋になっていた。
瘡蓋を剥がさないように慎重に、周囲のこびり付いた血液をお湯にひたした布で拭う。
それから傷口を洗浄して乾いた布で抑え拭きをする。
村から持ってきたガーゼを傷口に乗せて、新しい包帯を巻き直した。
傷を綺麗にしたあと、メルティーナはディルグの顔を丁寧に拭いた。
「ディルグ様、薬草です。飲んでください。熱を冷まして、体の中の悪いものを取り除く効果があります」
ディルグの牙のはえた口を無理矢理こじ開けて、長く赤い舌のある口の奥へと薬草湯を少しずつ流し込む。
噎せて、ディルグはそれを吐き出したが、メルティーナは根気よく何度も続けて、ようやく薬湯をコップ一杯程度飲ませることに成功した。
口の周りを拭いて、それから体を布で丁寧に清めていく。
全て拭き終わると、メルティーナはディルグの頭を膝に乗せて、その頭を優しく撫でた。
「ディルグ様、私はここにいます。たくさん眠って、体を休めてください。ずっと、苦しかったですね。ごめんなさい。ディルグ様、あなたが二度と人の姿にならなくても、あなたがどんな姿でも、私はあなたを愛しています」
ディルグは『君と同じになりたい』と言っていた。
人獣でなかったら、メルティーナは自分を信じたのだろう、捨てなかったのだろうと。
その言葉を思い出すと、針で刺されるように胸が痛んだ。
それはずっと、メルティーナが考えていたことだ。
自分が彼と同じ人獣なら。
自分が彼のつがいなら。
ずっと、傍にいられるのに。愛してもらえるのに。彼を信じることができるのに、と。
「あなたは私に言ってくれました。私とあなたは何もかもが違う。手の大きさも、声も、体のつくりも。男と女で、人間と人獣で、年齢も違うし生まれた場所も違うし、生まれた環境も違う。好きなものも、嫌いなものも、全部、違う」
それでも──愛しあうことができる。
そう言ってくれたのはディルグだったのに、耳と尻尾を切り裂いて、メルティーナと同じ形になろうとした彼が、悲しい。
「ごめんなさい、愛しています。あなたを忘れた日なんて一度もなくて、忘れることを恐れるぐらいに、あなたが好き。あなたが、大好きです」
メルティーナはディルグの傍で、彼の顔を撫で続ける。
人の温もりを感じると、弱っているときは安心するものだ。
長い間そうしていると、薬草が効いてきたのかディルグの呼吸が穏やかになってくる。
どんな思いで、一年間王国を彷徨い続けたのだろう。
たった一人で、追ってから逃げて、メルティーナをずっと探してくれていた。
痩せてやつれて、瞳から光が消えて、暗い笑みを浮かべるようになったディルグは、メルティーナの知る彼とは別人のようだった。
そこまで追い詰められたのだ。それぐらい、メルティーナを──求めてくれていた。
「……ごめんなさい。あなたを傷つけたくせに、私は、嬉しいと思ってしまう」
涙がぽたりと落ちて、ディルグの顔に落ちる。
かつてメルティーナは、ディルグに自分を抱くように仕向けたとき、心の内に生まれた仄暗い喜びを嫌悪した。
けれど、今ならわかる。愛とは、明るい光と幸せに満ちたものばかりではないのだろう。
その感情も、メルティーナがディルグに向ける愛に、他ならない。
そんな感情を抱く自分も、自分自身だ。
輝きも暗闇も全て受け止めて、認めて──全てを受け入れて、彼を、愛したい。
ディルグはずっと眠っていた。
夜になって、朝に朝になって。何も食べていないメルティーナの腹は空腹を訴えはじめた。
そろりとディルグから離れて、家の裏庭の井戸で水浴びと着替えを澄ませる。
汚れた包帯と服をあらって、干した。
それから森に入り、薬草を摘んだ。野いちごを見つけたので、その場でいくつか食べて、カゴいっぱいに摘んで戻った。
ふと視線を巡らせると、白い星屑のような花が目に入る。
ディルグとはじめて出会った庭園にはえていたのと同じ、エルダーフラワーが群生していた。
何本か枝を切って、持って帰る。枝には小さな白い花が沢山開いている。
まだ花が咲くには早い季節だ。
けれどこうして咲いているのにはもしかしたら──見えない何かの力が、そこにはあるのかもしれない。
たとえば、メルティーナの亡くなった両親が、ディルグのために花を咲かせてくれたのかもしれない。
わからないけれど、メルティーナはそれを信じた。
花を持って帰ると、ディルグの傍に花瓶に入れて生けた。
それから、再び薬草湯を作って、ディルグに飲ませた。
851
あなたにおすすめの小説
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
いっそあなたに憎まれたい
石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。
貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。
愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。
三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。
そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。
誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。
これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。
この作品は小説家になろうにも投稿しております。
扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる