49 / 56
王になる決意
しおりを挟む◇
震えながらディルグにしがみついているメルティーナは、それでも気丈に、膝をつくアルバやライオスを見据えていた。
怖かっただろう。
長い間ずっと。ディルグが彼女を婚約者に選んだ時から、怖いことばかりだっただろう。
捨てられる恐怖や、信じる恐怖、そして、ディルグのために何もかもを捨てて一人で生きる恐怖。
それら全てを飲み込んで、メルティーナはディルグに手を差し伸べてくれた。
彼女のほうがよほど、強い。
もう少しで、失うところだった。
ディルグは己を恥じた。そして同時に、己に対してどうしようもない怒りが湧いた。
父も母も、ヴィオレットも、そしてライオスもアルバも──もちろん、憎い。
だが一番腹立たしいのは、自分自身だ。
──あまりにも、弱かった。
今まで、あまりにも。覚悟が、なかった。
誰かを守るため、そして自分を守るために、誰かを傷つけるという覚悟が、足りなかったのだ。
「ライオス、アルバ。メルティーナを殺そうとした罪、今ここでお前たちを私刑に処してもいい。その権利が、俺にはある」
二人はびくりと震える。
ディルグが本気であることが伝わったのだろう。
それに、その力がディルグにあることも、彼らは理解している。
本能で、ディルグには勝てないと。彼は簡単に、自分たちの首を食いちぎり、骨をへし折ることができると察知している。
「だが、それでは俺も、お前たちけだものと同じだ。お前たちは、国の法に則り処断する。お前たちにそれを命じたヴィオレットもだ。俺に従うのならば、多少の酌量はしてやろう。だがそうでないのならば──その命、ないものと思え」
「殺さないと言ったではないですか……!」
明瞭な、感情の籠らない声でそう告げるディルグに、ライオスは両手を地面について叫ぶ。
「ここではな。抵抗や逃亡をするのなら、王家に叛意があると判断し、皆の前で然るべき方法で殺す。イルマール家は潰し、お前たちの家族も全員、処断する」
「我らは、武名ある辺境伯家の……」
「だからどうした、アルバ。俺は──王だ。王になると、決めた。ライオス、アルバ、選べ。今ここで死ぬか、それとも石を投げられ恥をかきながら死ぬか、俺に従い命を繋ぐか」
ライオスとアルバはしばらく黙り込んで、それから項垂れた。
「ついてこい。余計なことはするな。もし俺やティーナに危害を加えようとしたら、その首をすぐに圧し折る。二人だから、勝てると思うな。お前たちを殺すことなど簡単だ。これは、ただの脅しではない」
「……殿下……わかりました」
「殿下、申し訳ありません」
──これも、人獣の性なのだろう。
己よりも強い存在に対して、従うように体ができている。
だから、王とは誰よりも強さを示す必要がある。
かつて人の王から玉座を奪った初代リンウィル王は、誰よりも強い獣の王だった。
とはいえ、王家の血が流れているかと言われれば、そんなことはないのだろう。
人の王には、神の血が流れているという言い伝えがあったようだが、人獣の場合は違う。
強い人獣が、王になるのだ。
──ディルグは、己の中の獣の血を厭うとともに、その獣の性も嫌っていた。
だが、ディルグは人獣だ。
どんなあなたでも、あなたが好きだと、メルティーナが言ってくれた。
彼女を守るため、彼女が暮らすこの国を守るため、自分自身を認めなくてはいけない。
弱いままでは。子犬のままでは。
何も、誰も、守ることができない。
「ティーナ、怪我は……」
「私は大丈夫です。それよりもジュリオ様が……ジュリオ様に尋問をしたと、二人は言っていました」
「そうか。……急ぎ、助けに行かなければな。ジュリオはどこにいる?」
「それは……」
「余計な言葉は無用だ。場所を言え」
「国境の、西の物見砦に」
言い淀むライオスの代わりに、アルバが答える。
ライオスもだが、アルバにも子がいる。逃亡や抵抗をすれば全員殺すとディルグは告げた。
無論、幼い子であっても処断するつもりだ。同情や甘さなどはそこには必要ない。
そんなディルグの決意を、アルバは感じ取っているのだろう。ライオスよりも繊細なところがある男だ。
ライオスは馬鹿だが、アルバはまだ少しはまともだと、ディルグは思っている。
家の前で待っていろと、二人に告げる。
逃げるだろうかと、ふと思う。どちらでもいい。逃げれば殺す、それだけだ。
「無事でよかった、ティーナ。もっと早く、気づいていれば」
「気づいてくださいました、ディルグ様。家の中にいたのに。人獣は、耳がいいのですね。片耳を失っても、私の声が、届いたのですね」
メルティーナは、ディルグの失われた耳に触れる。
切った耳は、メルティーナのおかげですっかり傷が塞がっていた。痛みももうない。
体のふらつきもめまいも、常時あった吐き気も、嘘のように消えていた。
ディルグはメルティーナをソファにおろして、シーツを剥がして包んだ。
水浴びをしていた彼女は何も身につけていない。白い肌は寒さのせいか、さらに白くなっている。
癖のあるミルクティー色の髪に、水の滴が滴っている。
誰よりも優しいヘーゼルナッツ色の瞳が、柔らかく細められる。
「助けてくださって、ありがとうございます、ディルグ様」
「間に合って、よかった。ティーナを失ったら、生きる理由がなくなる。俺も、後を追う」
「ディルグ様、私は生きています。そのようなことは、おっしゃってはいけません」
「そうだな。気をつける」
「……ジュリオ様が、心配です。助けに、向かわれるのですよね?」
彼女の口からジュリオの名が出ることに、ほんの少しの苛立ちを感じた。
だが、そんな感情に惑っている場合ではない。
ディルグが頷くと、メルティーナはすぐに身支度を済ませた。
「行きましょう。私はあなたの傍から離れません」
服を着替えて髪を結び、メルティーナはディルグに手を差し伸べる。
窓から差し込む光の中で、彼女の優しく、けれども意志の強い瞳は美しく輝いている。
差し伸べられた指先は、ディルグよりもずっと細くて小さいのに。
あまりにもしなやかで、強い。
まるで、女神のようだと、ディルグは感じた。
790
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。
石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。
すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。
なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる