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王になる決意
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震えながらディルグにしがみついているメルティーナは、それでも気丈に、膝をつくアルバやライオスを見据えていた。
怖かっただろう。
長い間ずっと。ディルグが彼女を婚約者に選んだ時から、怖いことばかりだっただろう。
捨てられる恐怖や、信じる恐怖、そして、ディルグのために何もかもを捨てて一人で生きる恐怖。
それら全てを飲み込んで、メルティーナはディルグに手を差し伸べてくれた。
彼女のほうがよほど、強い。
もう少しで、失うところだった。
ディルグは己を恥じた。そして同時に、己に対してどうしようもない怒りが湧いた。
父も母も、ヴィオレットも、そしてライオスもアルバも──もちろん、憎い。
だが一番腹立たしいのは、自分自身だ。
──あまりにも、弱かった。
今まで、あまりにも。覚悟が、なかった。
誰かを守るため、そして自分を守るために、誰かを傷つけるという覚悟が、足りなかったのだ。
「ライオス、アルバ。メルティーナを殺そうとした罪、今ここでお前たちを私刑に処してもいい。その権利が、俺にはある」
二人はびくりと震える。
ディルグが本気であることが伝わったのだろう。
それに、その力がディルグにあることも、彼らは理解している。
本能で、ディルグには勝てないと。彼は簡単に、自分たちの首を食いちぎり、骨をへし折ることができると察知している。
「だが、それでは俺も、お前たちけだものと同じだ。お前たちは、国の法に則り処断する。お前たちにそれを命じたヴィオレットもだ。俺に従うのならば、多少の酌量はしてやろう。だがそうでないのならば──その命、ないものと思え」
「殺さないと言ったではないですか……!」
明瞭な、感情の籠らない声でそう告げるディルグに、ライオスは両手を地面について叫ぶ。
「ここではな。抵抗や逃亡をするのなら、王家に叛意があると判断し、皆の前で然るべき方法で殺す。イルマール家は潰し、お前たちの家族も全員、処断する」
「我らは、武名ある辺境伯家の……」
「だからどうした、アルバ。俺は──王だ。王になると、決めた。ライオス、アルバ、選べ。今ここで死ぬか、それとも石を投げられ恥をかきながら死ぬか、俺に従い命を繋ぐか」
ライオスとアルバはしばらく黙り込んで、それから項垂れた。
「ついてこい。余計なことはするな。もし俺やティーナに危害を加えようとしたら、その首をすぐに圧し折る。二人だから、勝てると思うな。お前たちを殺すことなど簡単だ。これは、ただの脅しではない」
「……殿下……わかりました」
「殿下、申し訳ありません」
──これも、人獣の性なのだろう。
己よりも強い存在に対して、従うように体ができている。
だから、王とは誰よりも強さを示す必要がある。
かつて人の王から玉座を奪った初代リンウィル王は、誰よりも強い獣の王だった。
とはいえ、王家の血が流れているかと言われれば、そんなことはないのだろう。
人の王には、神の血が流れているという言い伝えがあったようだが、人獣の場合は違う。
強い人獣が、王になるのだ。
──ディルグは、己の中の獣の血を厭うとともに、その獣の性も嫌っていた。
だが、ディルグは人獣だ。
どんなあなたでも、あなたが好きだと、メルティーナが言ってくれた。
彼女を守るため、彼女が暮らすこの国を守るため、自分自身を認めなくてはいけない。
弱いままでは。子犬のままでは。
何も、誰も、守ることができない。
「ティーナ、怪我は……」
「私は大丈夫です。それよりもジュリオ様が……ジュリオ様に尋問をしたと、二人は言っていました」
「そうか。……急ぎ、助けに行かなければな。ジュリオはどこにいる?」
「それは……」
「余計な言葉は無用だ。場所を言え」
「国境の、西の物見砦に」
言い淀むライオスの代わりに、アルバが答える。
ライオスもだが、アルバにも子がいる。逃亡や抵抗をすれば全員殺すとディルグは告げた。
無論、幼い子であっても処断するつもりだ。同情や甘さなどはそこには必要ない。
そんなディルグの決意を、アルバは感じ取っているのだろう。ライオスよりも繊細なところがある男だ。
ライオスは馬鹿だが、アルバはまだ少しはまともだと、ディルグは思っている。
家の前で待っていろと、二人に告げる。
逃げるだろうかと、ふと思う。どちらでもいい。逃げれば殺す、それだけだ。
「無事でよかった、ティーナ。もっと早く、気づいていれば」
「気づいてくださいました、ディルグ様。家の中にいたのに。人獣は、耳がいいのですね。片耳を失っても、私の声が、届いたのですね」
メルティーナは、ディルグの失われた耳に触れる。
切った耳は、メルティーナのおかげですっかり傷が塞がっていた。痛みももうない。
体のふらつきもめまいも、常時あった吐き気も、嘘のように消えていた。
ディルグはメルティーナをソファにおろして、シーツを剥がして包んだ。
水浴びをしていた彼女は何も身につけていない。白い肌は寒さのせいか、さらに白くなっている。
癖のあるミルクティー色の髪に、水の滴が滴っている。
誰よりも優しいヘーゼルナッツ色の瞳が、柔らかく細められる。
「助けてくださって、ありがとうございます、ディルグ様」
「間に合って、よかった。ティーナを失ったら、生きる理由がなくなる。俺も、後を追う」
「ディルグ様、私は生きています。そのようなことは、おっしゃってはいけません」
「そうだな。気をつける」
「……ジュリオ様が、心配です。助けに、向かわれるのですよね?」
彼女の口からジュリオの名が出ることに、ほんの少しの苛立ちを感じた。
だが、そんな感情に惑っている場合ではない。
ディルグが頷くと、メルティーナはすぐに身支度を済ませた。
「行きましょう。私はあなたの傍から離れません」
服を着替えて髪を結び、メルティーナはディルグに手を差し伸べる。
窓から差し込む光の中で、彼女の優しく、けれども意志の強い瞳は美しく輝いている。
差し伸べられた指先は、ディルグよりもずっと細くて小さいのに。
あまりにもしなやかで、強い。
まるで、女神のようだと、ディルグは感じた。
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