あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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人と獣と

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 ◇

 多くの貴族たちが、広い円柱状の建物の中で歓談をしている。
 それぞれが今日の為にあつらえた、贅を尽くした煌びやかな正装に身を包んでいる。

 美しいドレスに、煌びやかな宝石。最先端の服装や、個性的な装いをすることは、それぞれの権力や財力を誇示する意味もある。

 式典用の大広間には、ほとんど全ての、王国中の貴族たちが集まっていた。

「皆、今日はよく来てくれた。ヴィオレットとディルグの婚礼の儀式は無事に終わり、正式に二人は夫婦となった」

 国王フェンリスが、壇上から厳かに口を開く。
 談笑していた皆は水を打ったように静まり、国王の声に耳を傾けた。

 半数以上が、半獣の貴族たちだ。
 人間の貴族は少数である。かつての革命戦争の時、革命軍の旗頭だった獣の王リンウィルに従い武功をあげたものに、領地が分けられ貴族となった。
 人獣を虐げていたその時の貴族たちは、爵位を剥奪され、家も土地も奪われた。

 命があればまだいいほうで、多くの血が流れたのだと王家の保管している記録書には残っている。
 人と人獣の関係は穏やかだ。

 そう──リンウィル王は望んだ。二度と、人獣が苦しまないように。
 そして人獣が、かつて自分たちがされたことを、人間たちにしないように。

 どんな種族であれ、平等を。
 そう望んだリンウィル王の願いは、今でも石碑に残り、王国の至る所に王の像と共に刻まれている。

「ディルグは体調を崩し、今日は皆の前には顔を出せない。だが、回復したらすぐに王を譲ろう。妻となった辺境伯イルマール家のヴィオレットと共に、王国を立派に支えていってくれるだろう」

 国王の隣に、白い婚礼着を着たヴィオレットが進み出た。
 肉付きのよい体のラインに沿った婚礼着は、裾が広く花弁のように広がっている。
 垂れた白いうさぎの耳を覆い隠すヴェール。首には大粒の宝石。この世の全ての贅をただ一人に集めたような、広間の貴族女性たちが陰ってしまうほどの、煌びやかな姿だ。
 その隣には王妃フラウディーテが寄り添っている。

「ヴィオレット、顔をあげよ」
「はい、陛下」

 ヴィオレットのヴェールが、従者たちによってあげられる。
 本来ならばそれは、ディルグがあげるものだ。そしてその隣に寄り添うのも、ディルグであるはずだった。

 夫不在の結婚式を──ヴィオレットは、あげざるを得なかった。
 なぜならば、二人の兄に任せたはずなのに、ディルグは城に戻らなかった。
 兄たちからの連絡も途絶え、イルマール辺境伯家に幾度手紙を送っても、返事がくることはなかった。

 どうなっているのか、まるでわからなかったが、すでに挙式の準備は整えてしまった。
 ディルグ不在のままに内密に儀式をあげ、ディルグは不調だと言い、ヴィオレットだけ皆の前に顔を出す。
 そうするしか、なかったのだろう。

 辛いだろうと、メルティーナは思う。
 だが──もう、同情はしない。
 ただの、恋敵であれば、その気持ちも正しいのだろう。
 しかしメルティーナは、ヴィオレットの命令によって命を奪われそうになった。
 
 水の冷たさを、息苦しさを、呼吸をしようとしても口の中に水だけが入ってくる恐怖を、腕を掴む男のおそろしい力を──今でも、覚えている。
 憎む気持ちもない、恨む気持ちもない。
 彼女に感じるのは、ただ、悲しさだけだ。
 
 それでも、哀れんだりはしない。それを、彼女も求めてはいないだろう。

「ヴィオレット・リンウィルは──唯一無二のつがいであるディルグ様と共に、二人で王国を守っていきます。どうか、皆様、お力添えをよろしくおねがいいたします」

 儚げで可愛らしい風貌のヴィオレットは、緊張に震えながらそう口にする。
 あるいは、ディルグの存在に気づいているのかもしれない。
 いや、きっと気づいているのだろう。それは、つがいの本能だ。
 希望に縋るように、彼がこの場に現れることを期待している。
 だが反面──そうはならないことを理解して、必死にそれを否定しているのかもしれない。

 貴族たちの中にはディルグが不在ということを訝しむ者もいるようだったが、この場でそれを口にするような者はいなかった。
 誰かが拍手をはじめ、そして──会場が、拍手と歓声に包まれる。

 そこに──。

 歓声を切り裂くように、怒声が響いた。

「殿下不在の婚礼とは、馬鹿馬鹿しい!」

 薄く開いた大広間の扉が、大きく開かれる。
 扉の前に居並ぶのは、メルティーナの兄と、リュデュック家の私兵たち。
 そして、メルティーナの兄嫁の、侯爵家の私兵たち。
 そして、体の至る所に包帯を巻いたジュリオと、彼の生家の侯爵家の者たち。
 ディルグの悲痛な慟哭に心を痛めていた、城の兵士や侍女たちの姿もある。

 それから、イルマール家の、ライオスとアルバを拘束して連れている、彼らの父、前辺境伯である。

「体調が優れないだと、愚かな誤魔化しをしおって! 殿下はここにいるぞ!」

 前辺境伯、虎の耳と尻尾を持つ、老齢だが雄々しい偉丈夫であるファティマ・イルマールが、まるで落雷のような怒声をもう一度あげる。

 人間と人獣が入り交じった者たちの前に、堂々たるたたずまいで立つのは、片耳を失ったディルグだ。
 メルティーナは、母が残してくれた婚礼着を着て、ディルグの隣に立っている。
 伸ばしたままだった髪も、ぼろぼろの肌も、綺麗に手入れをされている。

 それは、今にも敵陣に切り込もうとしているような眼差しをした、勇ましい、花嫁の姿だった。

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