あなたのつがいは私じゃない

束原ミヤコ

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ディルグの戴冠 1

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 西の物見砦の牢に入れられていたジュリオは、腕が一本折れて、爪も全てはがされていた。
 体中に無数の棒打ちの跡があり、その拷問の苛烈さは、牢の床にぼろくずのように横たわる彼の姿を見ればすぐにわかるほどだった。
 彼を助け出した時、ディルグは冷たく激しい怒りを滾らせて、メルティーナは悲しみで胸が潰れそうになるほどだった。

 それでもジュリオは目を開き、ディルグとメルティーナに「申し訳ありません」と、小さな声で言った。
 ディルグはジュリオの体を抱きあげて、その忠誠に深く頭をさげた。

 ジュリオにはすぐに治療が必要だった。だが、アルバもライオスも信用できない。
 ディルグは二人を牢に入れ、ジュリオを抱えたメルティーナを背に乗せて、ライオスたちの父である前辺境伯の元へ向かった。

 彼はライオスが爵位を継いでから、表舞台には出ずに別宅で静かな日々を送っていた。
 妻をなくして久しく、孫や子供たちの成長を楽しみに生きていたファティマ卿にとって、ディルグの報告はまさしく青天の霹靂。

 ジュリオの姿を見て、ディルグの話を聞いた彼の怒りようといったら、館が全体が震えあがるほどに激しいものであった。

 ヴィオレットは兄たちにのみ、ディルグやメルティーナのことを報告し、実父にはディルグの妻になるのだという喜びに満ちた手紙しか送っていなかったようだ。
 二人の息子も当然、ファティマ卿に今回のことは全て隠していた。

 そこには、実父に心配をかけたくないという気持ちと、それから恥をかきたくないという自尊心、二つの気持ちがあったのだろう。
 何も知らなかったと愕然として、ファティマ卿はメルティーナに何度も謝ってくれた。
 そして、侯爵家の子息でありディルグの側近のジュリオをこんな目に合わせるとは、あり得ないことだと、すぐさまジュリオの傷の手当てを家の者に命じてくれた。

 彼は人獣であったが──ディルグとメルティーナの味方だった。
 ディルグが脅すまでもなく「殿下がメルティーナさんを選んだからといって、メルティーナさんを害しようとするとは、畜生の所業だ」と言って、己の息子たちと娘に激怒をした。

 ファティマ卿との話し合いで、フェンリスからディルグに王位を譲渡させるということに決まった。
 ただ譲れと言っても、うまくいかない可能性がある。
 メルティーナの身を、再び誰も見ていないところで奪おうとする可能性もある。

「やるなら、派手にやろう。皆が見ている前で、全ての貴族たちの前でだ。そのためには、我がイルマール家だけではなく、もっと多くの後ろ盾が欲しい」
「でしたら、私のリュデュック家に行きたいのですが、いいでしょうか。お兄様と、それからお義姉様と、きちんと話をしたく思います」

 ファティマ卿に、メルティーナは提案をした。
 今まで──義理の姉から目を背けていた。ただ、怖いというだけで彼女を忌避していた。
 けれど今思い返してみれば、彼女はずっと正論を言い続けていた。
 ファティマ卿はライオスとアルバを罪人用の鉄馬車に拘束して入れると、二人とジュリオを連れて、ジュリオの生家である侯爵家に向かった。
 メルティーナはディルグの背に乗って、リュデュック家に戻った。

 姿を見せたメルティーナに侍女が泣きながら「お嬢様、ご無事でなによりでした」とすがりついた。
 兄も心配をしたと瞳を潤ませていた。
 義姉はただ一言「苦労をしたようですね」と、メルティーナの姿を見て口にして、それからディルグに臣下の礼をした。

 今まで何があったのかをメルティーナが話して、ディルグが謝罪をしたとき、怒っていたのは兄よりもむしろ義姉のほうだった。

「なんていうこと……嫁に来た以上、私はリュデュック家の人間、メルティーナさんの姉です。殿下とメルティーナさんの関係を憎んだ挙句そのような暴虐、けして許せることではありません」

 そして彼女はメルティーナの手を取って、頭をさげた。

「私の態度が、あなたを追い詰めてしまったのかもしれないと、この一年考えていました。私の言葉は人を傷つけるのだと幾度も、父や母に言われたというのに、私は気にもしていなかった。……これからは、家族としてあなたを支えます」

 メルティーナも、自分の気持ちを言えなかったこと、何も言わずに姿を消したことを兄や義姉、そして心配をかけてしまった侍女に謝罪した。

 そして──今。
 メルティーナやディルグを支えてくれる者たちと共に、大広間に集まる貴族たちの間を、メルティーナはディルグと手を取り、真っ直ぐに進んでいく。

 ヴィオレットの表情に怯えが走る。
 兄たちがファティマ卿に縄を掴まれ引きずられているのを見て、全てを悟ったのだろう。

 フェンリスはフラウディーテを背に庇っていたが、ヴィオレットは、多くの人々の視線が集まる中、たった一人だった。

「ディルグ、どういうつもりだ。式典の場に、軍をつれてくるとは。これではまるで」
「リンウィル王の、革命軍のようだろう」

 震える声で言うフェンリスに、ディルグは淡々とした声音で返した。
 集まった貴族たちは、何が起こったのか理解でいないのだろう、戸惑いの表情を浮かべるばかりだ。
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