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11 ボールガールは考えた③

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「エナン伯爵、三日後に妹に会いに行くので爵位を譲る証書を用意できればついでに持って行って先に話してきますよ。……妹にも心の準備が必要でしょうからね」

 子爵が先に説明してくれるなら、面倒事が省けて助かる。
 妻はともかく父はうるさそうだ。
 俺は少しも躊躇ためらうことなく頷く。
 
「では明日には作って持ってきます」

 俺達が浮かれた気持ちで離れに戻ると、使用人達が皆いなくなっていた。
 どういうことだ。

 しかも、退職金代わりとでも言うように銀器やカトラリーが盗まれていた。
 家のことを全くできない二人だけで過ごすのか?
 その夜は硬くなったパンとチーズと林檎を食べ、朝は空腹のまま身支度を整えた。

「じゃあ、証書を届けてくる。それと使用人の募集を出してくるから」
「すぐに使用人を寄越してね!」

 子爵に届け、紹介所に顔を出してすぐ来てくれる人を頼む。
 それから俺はすぐには離れに帰りたくなくて、これまで逢瀬のあった女性達の元へ訪れた。
 きれいな風呂に入りたいし、最後に挨拶もしたい。
 意気揚々と訪ねると、

「金のない男に用はないわ。さようなら」
「一緒に楽しい夜を過ごしたじゃないか」

 みな同様に鼻で笑い、あしらわれた。
 
「あれが? それなら別の相手を選ぶわ」
 
 どいつもこいつもプレゼントしてきた宝飾品が目当てだったのか!
 それに女達から何度も夜の相手としてつまらないと仄めかされると嫌な気分になる。
 美しかったはずの思い出はなんだったんだ。

 仕方なく離れに戻ると、衣類が脱ぎ散らかされ、変な匂いがした。
 林檎の食べかすや、風呂に入っていないからかもしれない。

 前日に使用人が風呂の掃除をする前に逃げ出したから、俺達は仕方なくそのまま寝たのだが……。
 彼女も家にいたなら風呂に入ればよかっただろうに。
 
「ボールガール、遊んで来たのね? ずるいわ! ああ、早く引越ししたい! 使用人はまだなの?」

 翌日にようやくやってきたのは老婆一人で、仕事が遅く食事の準備だけで一日が終わる。
 とりあえず温かいものが食べられるようになったが塩辛かったり、甘すぎたりする。
 再度使用人の募集をかけたが誰一人来ない。

 それに女性と触れ合っていないから、すっきりしない。

「セゴレーヌ……」

 抱きしめて彼女に誘いをかけると大きなため息。

「そういうのは他で。面倒くさいわ」

 今、演技する余裕もないとつぶやいたか……?
 
「きれいな姿じゃないから申し訳ないわ」

 セゴレーヌがそう取り繕った通り、風呂も肌の手入れも満足にできていない。
 俺は元気がなくなり大人しく横になった。

 五日目に妻の兄から手紙が届き、二人の男が名乗りをあげたが値段が安いからあと一週間待ってほしいと連絡があった。
 待つのはつらいが金はあればあるほどいい。

 使用人がいなくなって、いつも小綺麗なセゴレーヌがボサボサの髪にすっぴんで、だらしない格好をするしかなくなった。
 汚れた服が積み上がっている。

 それにしても、彼女がずいぶん歳をとったのに気がついた。

「あと一週間も! ああ、新しい服が欲しいっ。着替えがなくなってしまうわっ」
「セゴレーヌ……一度洗うしかなさそうだ」

 紹介所に行っても、手が空いてる者がいないと断られる始末。
 結局、誰一人やって来なかったのは賃金を踏み倒されると思われたのかもしれない。

 一週間耐えるしかないのか。

「いやよ! あなたがやって! だってもう、肌がカサカサで痛いの。早く美味しいものが食べたいわ!」
「…………」

 セゴレーヌが下着同然の姿で癇癪を起こす。
 見るに耐えないが、お互いに仕方ない。
 老婆にやり方を聞いて、なんとかその一週間を乗り切った。







「お待たせしました。……不便はなかったですか?」
「いや、とくには……」
 
 子爵に呼び出されて、ようやく小切手を受け取れる。
 世間話などどうでもいいから、早く寄越せと内心イライラしていると、苦笑いを浮かべながら小切手を渡された。

 ああ、これで金を気にせず暮らせるな。
 しかし金額を見て驚く。

「これは、一桁間違っていないか?」

 俺を見つめていた子爵が困ったような顔をした。

「これでもだいぶ上げてもらったんですよ。やはり急ぎで買い取ってほしいとなると、足元を見られてしまいますね」
「…………」

 これではこの国なら十年もあれば使い切ってしまう金額だ。
 手持ちの金と合わせても、ゆとりはない。
 目の前が真っ暗になる。

「隣国の物価はこちらの半分以下と聞きますから……それに、餞別として私から隣国までの馬車を出しますよ。妹のところに寄るのでしょう? よく道をわかっている御者がいますので」
「いや、色々と手配をありがとう。世話になったな」
「いえ、ではお元気で」

 旅費は浮いたのだし、足りない分はできる限り妻から搾り取ればいい。
 








 馬車に詰められるだけ家財を詰め、窮屈な思いをしながら久しぶりに領地へ着いた。
 向かいに化粧っ気のないセゴレーヌが座り、取り留めのない話ばかりするものだから解放されて、ほっとする。

 そういえば領地に来たのは結婚式以来かもしれない。
 いつの間にか改装されたきれいな屋敷に入ると、初めて見る家令がお待ちしておりました、と案内してくれた。

 すれ違うのは若く美しい使用人達。
 隣国に行かず、ここに住んでもいいかもしれない。
 俺は伯爵の父親だからな。

「ボールガール、ここ、いいわねぇ」

 セゴレーヌも同じことを思ったようで、やはり俺達は気が合う。
 お互いに目を合わせて頷き合った。

 家令が扉を開けた先に、深く椅子に腰かけた茶髪の美しい女性がいて、視線を上げてこちらを見てにこりと笑う。

「お久しぶりですね、どうぞおかけになって」

 まさか、彼女は俺の妻か?
 髪も目も面影があるが、すっきりと痩せて女らしく、美しくなった。
 
「……ミレイユなの? ずいぶん田舎の空気が合ったのねぇ」

 セゴレーヌのほうが反応が早かった。

「ひさしぶりだね。……領地のこと、子供のこと、任せっぱなしですまなかった」
「……いえ、子供はみな可愛いですもの」

 俺達が席につくと、妻の後ろに二人の男が立った。
 兄弟なのかまあまあ似ているが、身体の大きい男が小さな子供を抱えている。
 子供の年齢などわからないが、赤子というには大きく、一人では歩けないくらいの年齢だろうか。

「まさか、アルシェとダミアン? いい男に育ったわね! もしかして、その子はダミアンの子? 父親になったなんて……いやだわ、私が歳をとったみたいで」

 セゴレーヌは見分けがついているのか。
 子どもを抱いている方がダミアンで、細身の方がアルシェか。

 それから俺はセゴレーヌと妻を見比べる。
 俺は夫なのだから妻といるべきだろう?
 今ようやく女性として熟してきた。
 セゴレーヌは孫のいる女だ、もう関係を清算してもいい。
 
「金髪で髪色も一緒じゃない! 瞳の色は……あぁ、うるさくなるのは嫌だから起こさなくていいわよ」
「…………」

 ダミアンは不機嫌な表情を浮かべて少し考えてから口を開きかけたところで、

「私の子ですわ。とても可愛い男の子ですの」

 振り返って二人に微笑みを向けた。

「彼らがずっとそばで支えてくれました。おかげさまでこんなに愛らしい子も授かりましたわ」

 ダミアンもアルシェも二十歳を超えたくらいで、顔立ちの整った青年であるし、妻は二十代の半ばだ。
 俺よりも歳が近いのだから、関係を持ってもおかしくない。
 だが。

「君は俺を好きなんだろう⁉︎」
「嘘でしょ⁉︎ 私の子供達に手を出すなんて!」

 二人同時に叫んで、その言葉の意味にセゴレーヌと俺は見つめ合った。

 

 




******

 
  お読みくださりありがとうございます。
 ボールガール(&セゴレーヌ)の主観です。
 この先の展開について不安を覚えた方向けに下記に少しネタバレがあります。↓



























 逆ハーにはなりませんし、婚外恋愛(不倫)ではありません。
 ボールガールパートの後、8話目の続きの恋愛パートに入ります。
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