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7 領主様と婚約? ①
しおりを挟む「私と婚約、ですか……?」
バレンティ様は私のことも領民として受け入れてくれる懐深い領主様。
領主様からしたらこんなに小さな問題まで手を差し伸べてくれるなんて、なんて慈悲深いんだろう!
「住まいが領主館になるが、作業の必要な時は修道院で過ごせばいい。祈る時間は今までより少なくなるだろうが、見習いの身分なのだから院長に話せばわかってくれるだろう」
「私が成人するまで守ってくださるのですか?」
「……そうだ。きっと伯爵家から迎えがくるだろうから、備えたほうがいい。レアルが婚約者になってくれたら俺も見合いから逃れられて助かる。……それほど悪い提案ではないと思うのだが、どうだろうか……?」
私も修道女になるまで守られて、バレンティ様の婚約者になれば助けになる?
今はまだ結婚するより仕事が忙しいとか楽しいのかな。どんどん住みやすくなっているらしくて領民が増えているらしいから。
「わかりました。お受けします。これからよろしくお願いします」
「あ、あ……そうか。よかった。……では院長に挨拶して一緒に帰ろう」
「今日からですか?」
「今日からだ」
「…………」
「…………?」
さすがに急すぎるし、みんなにも説明する時間がほしい。それに修道院長にちゃんと話さないと。
さっきまでずっと黙っていたベルニ様が口を挟んだ。
「今日にだって到着してもおかしくないよ。こういうことは素早く行動しないと。領主館は広いからどの部屋を使うか選ばないとね。ちなみに俺の部屋もあるから気楽にしたらいいよ」
言われてみればそうかもしれない。
もし本当に連れ戻しにくるとしたら……お兄様が長期休暇をとってくるなんて考えられない。仕事に復帰した私の侍女だったアダが来てくれるなら会いたい気持ちはあるけど。
アダはあの後すぐに結婚して子どもも産まれて、今は侍女長として働いている……お兄様は独身のままで、使用人は一度限界まで減らしてから、数名雇い直したらしい。
アダは衣類の手入れや整理がとても上手だったし、ほかの仕事も手早くて有能。
お兄様はあまり家にいないし、人を呼ぶこともないそうだから今はそれほど大変じゃないそうだけど、アダには子どもがいるからここまで来ることはできないだろうな。
「婚約相手が直接来る可能性もあるから、その場合断りづらくなるかもしれないよ。こう言ってはなんだけど……修道院にいる妹をわざわざ呼ぼうとするなんて、借金の形にしようと考えているかもしれない、最悪の場合だけど」
考え事をしていたら、ベルニ様がそんなことを言う。
お母様は愛人宅で静かに暮らしているみたいだし、お兄様の性格がアダの手紙どおり変わっていないのなら……。
「兄は借金して利子を払うなんてもったいないと考えそうです……持参金なしで結婚支度金を高額用意できる方とか」
お姉様の旦那様みたいな方とか。
お兄様が平民とつき合うとは考えにくいけど、金持ちの商人とか先の短い高齢の方とか……政略結婚はいやだと伝えてあるけど、ものすごく莫大な財産があって兄にも支援してくれるとか?
だんだん悪い方に考えて気持ちが沈んだ。
「心配しなくていい。俺がエメテリオ伯爵を黙らせる金額を用意しよう」
バレンティ様の言葉に横に振る。
「そこまでご迷惑をかけられません。領主館の片隅に置いてくださるだけで私は大丈夫ですから」
「いや、そこはしっかりけじめをつけないといけない。俺のためでもある。レアル、あとはまかせてほしい」
バレンティ様にはっきり言われて私は口を閉じた。
真摯な青い瞳を見ていたら、だんだんなんとかなりそうな気がしてくる。
「ありがとうございます」
「心配いらない」
それからしばらくして修道院長が戻ってきて、ベルニ様が私とバレンティ様が婚約することになったから、これから領主館で暮らすと説明していた。
修道院長に嘘はつきたくないのに、ベルニ様の説明はふわっとしていて、いつか結婚する婚約者という立場に私はなってしまったみたい。
「見習い期間ですから問題ありませんよ。領主様、おめでとうございます。とてもいいご縁ですね。……レアル、しっかり努めなさいね」
「はい! あの……私とバレンティ様は」
「あらあら、私になれ初めなど説明しなくても良いのですよ。二人の心の中に秘めておいてくださいな」
いつもは厳しい修道院長が口元を押さえて笑う。
「えっと、これからのことなんですが」
「レアル、あなたがいると修道院が明るくなりますからいつでも大歓迎ですよ。みんなには私から説明しますから今日は大切なものだけ持って領主館に向かうといいでしょう」
本当にいいのかな?
半年だけの婚約者で、その後はまた戻ってくるって伝えなくていいのかな。
嘘をついていることにならないのかな?
説明が足りない気がしてバレンティ様を見上げると、
「暗くなる前に行こうか」
立ち上がって私の手をとった。
私は背が高いだけじゃなくて手も大きいって言われるのに、バレンティ様の手にすっぽり包まれてびっくりする。
大きくて温かい手の感触に考えていたことが吹っ飛んでしまった。
女性の手と違って骨太で肉厚なのは男性だから?
ちらりと見比べたベルニ様の手は大きいけどすらっとしていて、私はバレンティ様の手が好ましく思えた。
思わず私も握ったら、バレンティ様の手がピクンと動く。
婚約者役だから手をつないだままここから出ていくの?
意識してしまったらもっと握ったほうがいいのか、力を抜いたほうがいいのかわからなくて困ってしまった。
手が熱い。汗をかいてきたような気がして手を緩めたらバレンティ様がぎゅっと握る。
「……二人ともとてもお似合いだわ。いつの間にか愛を育てていたのですね」
「そうですね。……修道院長、急なことに対応してくださいましてありがとうございました。それでは失礼します」
ベルニ様がそう言って私は何もいえないままお辞儀をして部屋を出た。
ちらりと見たバレンティ様の首が赤くて、きっと私も一緒だと思った。
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