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第1章

第13話 慣らし戦闘

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 照準器を覗いて、主照準点付近にアナグマのような獣を捉えると、ゆっくりと引き金を絞った。反動はあるものの、ほとんど射撃音を立てないまま、照準器の中でアナグマが跳ね転がる。明滅して消えた数値は、516。
 アナグマらしき魔物は即死していた。

(HPが516以下という事・・だよな?)

 正しい理解をするために、念のため本を開いて確認をする。

 何匹か撃って分かったことは、1発撃つと、MPが10減るということ。命中する場所によって、ダメージポイントが変化するということ。時々、CPという文字が出て、10倍近いポイント数値が出ること・・などだ。

(十分な威力だ)

 このVSSという"銃"は、シュンの戦い方に合っている。何より、この"銃"は嵩張らない。収納を意識すれば、瞬時に何処かへ消えて無くなるのだ。もちろん、即座に取り出すことも出来る。

 弾の補充は自動で行われる。その際、一発につきMP5が消費される。

(MPは移動を止めて、じっとしていると回復していく)

 3秒でMP1の回復量だった。HPも、同様に3秒間移動を止めると、HPが1回復する。
 これが分かったことで、シュンの気持ちが少し明るくなっていた。

 さて、問題は・・。

 分銅鎖というやつだった。基本的な使い方は知識として頭に入ってきたが、実際に使ってみると、まず鎖が肩に触れて先についていた分銅で自分の頬を打った。ダメージポイントは30だった。細造りの鎖の先に、分銅錘が付いているだけの武器なのに案外痛い。

(自殺は出来るんだな)

 妙なことに感心しつつ、シュンはとりあえず封印することにした。この武器は無理だ。不安定過ぎて自分には合わない。

 そして、召喚:水馬である。
 灰色の馬だった。鬣と尾は緑に近い青。

 俺を乗せるくらいは出来そうな大きさだったが、これが全く言う事をきかない。召喚すると暴れ狂って、そこら中を水浸しにするだけして消えて居なくなる。唯一分かった事は、召喚して60秒で消えるということ。そのために、MPが100も消え去るという悲しい事実だった。

 まあ、概ね理解できた。

 斃したアナグマを確認に行くと、やはり小さな石と毛皮を残して消えていた。これで、毛皮が10枚、爪が4本、小さな石は15個だ。

 右手首内に刻まれた耳の刺青は、文字通りに神様の贈り物だった。これを使用すると、両耳の耳朶に紅い宝石のような物が顕れる。護耳の神珠という名称で、効果は"銃"の轟音から耳が護られるということ。突然の轟音、大きな衝撃音などを軽減して鼓膜を守ってくれるのだった。頭に刷り込まれた知識によれば、魔獣の咆哮にも耐えられるのだとか。
 パーティのリーダーをやっていれば、メンバーに与えることができ、離れたメンバー間での念話が可能になるそうだ。

 四角い刺青は、扉を表しているらしい。実際に使用したら何も無い空間に扉が現れて、開けて入ってみると便所だった。便所の使い方が難解で、使用方法が刷り込まれていなければ大変だったかもしれない。

 これの優れている点は、使用時間が0だという点だ。入って、用を足して、出て来る。この「用を足す」時間が0なのだ。中に滞在中は1分間にMPが1減るし、中に居る間は移動中と認定されるのかMPが回復しないので、いつまでも滞在するわけにはいかない。

 しかし、安全に大小便ができるというのは、計り知れない安心感だ。

 時折、遠くから銃の発射音が響いてくる。
 異邦人の少年少女達も狩りをして宿代を稼いでいるのだろう。

(たまに、こっちを見ているな)

 シュンがVSSの照準器で遠くの獲物を捉えるように、異邦人の誰かが覗き見ているらしい。

(殺しは問題にならないと神が言っていた)

 遥か遠い所から狙い撃たれる可能性を考えておいた方が良いのだろう。まあ、出来れば敵対せずに、それぞれ 不干渉で迷宮に挑みたいのだが・・。

 この辺りの獲物は、アナグマ、兎、ネズミ、小さな鳥くらい。虫は斬りつけても、ダメージポイントが表示されなかった。VSSを10発撃ち切ってから、弩に持ち替えて狩りを継続するが、すぐに止めた。銃と違って、短矢は補充されないからだ。

(となると、水馬か、鎖なんだが・・)

 どちらも非常に微妙である。

(まあ・・鎖を練習するか)

 早々に諦めた分銅鎖の練習を再開する。どう頑張っても、兎一匹獲れる気がしない。VSSからの落差に泣きたくなりながら、シュンは黙々と空振りと自傷を繰り返し、そろそろ精神的に苦しくなったところで宿屋へ向かった。
 近づくにつれ、異邦人の男女を見かけるようになった。注目はされていたが、幸い誰も声を掛けて来なかった。

「買取かい?」

 宿の裏にある素材屋には、ミト爺を思い出させるような見るからに頑固そうな老人が座っていた。
 シュンが並べたアナグマの毛皮や爪、小さな石を丁寧に調べてから、

「全部で84デンじゃな」

 じろりと挑むような眼差しを向けて来る。デンというのは、迷宮都市がある地域のお金の単位だ。100デンで、1デギン(聖印銀貨1枚)。例の大公の影武者を護衛していた獣人、クラウスが燻製の水鳥の代金に聖印銀貨5枚(5デギン)も払ってくれたから、懐具合は良好だ。

 売却を了承して代金を受け取りながら、シュンは宿屋の屋根を見上げた。

「裏の宿に何泊できる?」

「ここの宿は1泊10デンじゃ。朝夕の2食が5デン。合わせて15デンで1泊じゃな」

「この辺だと、一番数が多い獲物は何だろう?」

「そこの神殿爺が魔物の記録を作っとる。傷薬の1本も買ってやれば一晩中でも話してくれるぞ」

「あの爺さん、調合屋だったんだ?」

「お祈りが本職じゃな。副業で薬を作っとる」

「ありがとう。行ってみます」

 軽く手をあげて店を後にすると、宿屋の玄関から中を覗いた。受け付けらしい机はあるが、誰も見当たらない。どこかで休憩しているのだろう。

(もう少し探索して来よう)

 そう思って出直そうとした時、パタパタと軽快な足音が聞こえてきて、

「ちょっと待ったぁーー!」

 勇ましい声をあげながら、2、3歳上だろう少女が出てきた。小豆色の丈の長い女中服に白い前掛けをして、どうやら食事の仕込みでも手伝っていたのだろう、捲りあげた袖から覗く手は水で濡れている。

「泊まりよね? 旅人さん?」

「他の人と部屋を離したいんだけど、空きはあるかな?」

「ちっちゃい宿で無理言わないでよ。みんなして個室じゃないと嫌だって言うし、相部屋だって良いじゃんか」

「無理」

「・・満室よ」

「そうか。邪魔した」

 シュンは素早く宿を出た。野宿決定だ。
 陽がある内に安全そうな場所を確保しなければならない。夜行の魔物も出るだろうから、あまり集落から離れ過ぎない場所が良いが、そう都合良く見つかるかどうか。

 そのまま神殿を覗くと、留守のようだった。

(仕方ない。行くか)

 6軒しか家屋の無い集落を後にして、シュンは立木のほとんど無い野原を西へ向かって歩いた。神官の老人に連れられて入った場所とは集落を挟んで逆側に進んでみる。時折、視線を感じたが敵意は含まれていないようだった。夕暮れが近づき、異邦人達の銃声も聞こえなくなっている。

 少し歩くと、小川が流れていた。水深は膝丈くらいだろう。川面に突き出た大石の周りに魚影が見える。
 シュンは少し考えて、分銅鎖を取り出すと鎖を振り回して回転させつつ、魚影めがけて分銅錘を投げつけてみた。

(・・うん)

 分銅は大石にあたって乾いた音を立てて水中へ落ちた。使い物にならない。一瞬、捨ててしまおうかと、乱暴な気分が湧いたが・・。

(は・・?)

 不意に鎖を引っ張られて危うく握り直す。見ると、大ぶりな魚が鎖の先に付いた分銅を咥えていた。

(馬鹿なのか?)

 呆れながらも強引に引いて魚を引き摺りあげる。岩のような鱗をした見るからに獰猛そうな面構えの魚だった。短刀を鰓蓋の隙間へ突き入れて内側を掻き切る。


 CP!!! 500


 まさかの高ダメージポイントが表示されて消えた。

(どういう仕組みだ、いったい・・)

 首を捻ったシュンだったが、

(おや?)

 魚が消えないで残っていた。おかしな話だが、アナグマや兎は仕留めたら消えて、毛皮や爪を残したのに、魚はそのまま死骸がある。
 少し考えて、VSSを取り出すと水中の魚を撃ってみた。

(・・消えた)

 弩でも同じことをしてみる。やはり、魚は消えてしまった。
 今度は大石に飛び乗って気配を消し、短刀で水中の魚を仕留めてみたが駄目だった。鱗を残して死骸は消えてしまった。

(CPというのが出ないと駄目なのか?)

 だが、VSSでアナグマを狩っていた時にも、CPの表示が出たことがあったが、死体は勝手に消えて毛皮だけが残った。

(う~ん・・)

 なんだか、モヤモヤするがそろそろ時間切れだ。魚の死骸を手にぶら下げ、川岸から離れる。水辺は様々な生き物が集まる。中には危険なやつも混じるだろう。

 周囲に身を隠す物が無い平地を選んで寝床と決めると、弩と短矢を並べ、その横で魚の解体を始める。
 鰓を切っているので、かなり血が流れ出たようだ。鱗がやたらと分厚く硬いので内臓を出す前に鱗を取らないといけなかった。内臓を出して調べ、腹に薄く塩を擦り込んでから火を熾して焼いてみる。まずは固くなるくらいに、しっかりと焼いて囓る。

(身より皮が美味いな)

 用心して焼き過ぎたせいもあるだろうが、皮は程よく弾力があり、焦げた脂が香ばしい。これで腹を下さなければ、しばらく魚を狙っても良いかもしれない。

(ぇ・・・)

 唐突に全身に悪寒が来た。

(ま、まずい・・)

 シュンは刺青に触れて扉を出現させるなり、中へ転がり込んだ。そのまま便所行きである。なかなかの威力だ。

(身か、皮か)

 常識的には、皮に毒があったと考えるべきだろう。便器に腰掛けたまま考証を続け、どうやら小康状態になるまで40分近く籠ってから外へ戻る。
 奇妙奇天烈な事だが、天幕に転がり込んだ直後から時間は進んでいない筈だ。便所で過ごした40分は何処へいったのか。謎である。

(MPは40ポイント減か。説明通りだな)

 シュンは食べかけの魚を観察し、今度は身だけを口にしてみた。
 すぐに扉(便所)へ駆け込んだ。

(これは・・MPが無くなる)

 げっそりと青ざめた顔で戻って来ると、残った魚は地面に埋めた。腹がかなり過激な放出傾向にある。しばらくは安静にした方が良さそうだ。
 しかし、そういう時に限って望ましく無い邪魔が入るもの・・。

(今来なくても・・)

 シュンは弦を引いた弩と短矢を手に走り出した。自業自得とはいえ、最悪の腹具合なので勘弁して欲しい。

 左手の甲を見ると、HPは41、MPは97にまで減っている。もう、あの魚を食べるのは止めよう。
 弩に短矢を乗せつつ振り返る視線の先に、大きな人型の魔物が姿を現した。異様に膨れた頭部に、やけに細くて長い胴体、脚は短く、長い腕は細い棒のようだった。暗くて色は判り難いが、白っぽく見えている。毛の無いつるんと艶のある肌の内側を稲光りのような閃光が明滅するのが見えた。頭部には目玉らしき玉が一つ、鼻や口は見当たらない。

(追って来ない?)

 距離を取って振り返ると、魚を埋めた辺りで蹲っているようだ。

(効くとすれば、目玉?)

 他はつるりとして捉えどころが無い。

(喰っているのか?)

 地面に埋めた魚の上で蹲り、丸めた背中?らしき辺りの肌がざわざわと波立つように動いて、遠目ながら魔物の体の内にシュンの食べ残した魚が取り込まれ漂って見える。

(粘体の一種なのか?)

 シュンが狩場にしていた山では、土粘体が同じように山を徘徊して死骸を食べていた。似たような魔物だろうか。
 それなら、こちらから攻撃をして刺激する必要は無い。
 ただ、戦いになるのなら、先制しておきたい気持ちもある。

 シュンは左手の文字を見た。

<0> Shun
 Lv:1
 HP:93
 MP:121
 SP:1,004
 EX:1/1(30min)


(えっ!?)

 先ほどは見逃してしまっていた。ぎょっとなるくらい、スタミナが失われている。これは、速やかな撤退だ。万一、追いかけられて逃げ回る展開になった時、この体力では逃げ切れない。粘体は思いの外、素早く移動する。全力で動ける状態でなければ・・。

 そのままの姿勢でシュンは気配断ちを行なった。

 それにしても、

(毒にしては死を感じさせなかったけれど・・)

 魚の身や皮によって、どんな症状になったのだろうか。HPが減ったのは分かる。MPは便所に籠っていた時間分の減少だ。ならば、SPが減ったのはどうしてだろう?5000ポイントくらい減ってしまっているんだが・・。

 手の甲の上に浮かんだ各数値はゆっくりと回復している。もう、毒だか何だかは抜けたと考えて良いだろう。

(気をつけよう)

 山と同じ感覚で、多少の毒でも耐えられると高を括っていると命を落としそうだ。まだ迷宮の入り口だというのに。

(ぅ・・)

 思わず動きそうになって、シュンはギリギリで耐えた。
 大きな影がシュンの上に被さって来たのだ。
 背後から、巨大な影が覆って周囲を暗くする。石と化して動かないシュンの真横に、いきなり大きな鳥の脚が降ろされて、わずかに下草を乱しただけで持ち上がって遠くへ過ぎ去る。脚のヒダから鉤爪まで目に焼き付け、シュンは頭上を跨いで行った魔物を見上げた。

 それは、水辺で見かける鷺のような姿をした鳥だった。
 頭のある位置まで10メートル近くありそうな巨鳥だ。きょろきょろと地表を物色しながら抜き足差し足、音を立てずに歩いて行く。

 そのまま行くと、さっきの粘体が居る場所だなと思っていると、あ・・っと言う間も無く、地面に蹲っていた人型の粘体をついばむなり嘴を上にして呑み込んでしまった。

(宿に泊めて貰おう)

 シュンは巨鳥が見えなくなるまで見送って、宿に向かって走り出した。


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