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第1章

第117話 黒の王

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「"ネームド"戦闘態勢」

 シュンは、正面を見つめたまま指示を出し"霧隠れ"を使用した。

「アイアイ」

「ラジャー」

 双子が返答を返し、即座に防御魔法と継続回復魔法を重ねがけしていく。サヤリが幻影の術を使用した。

「シュン様、ここは?」

 ロシータの緊張した声が聞こえる。ロシータだけでなく、"ケットシー"の2人と"ロンギヌス"のマイルズも同じ白い空間に居るようだ。

『おいおい、てめぇ何のつもりだぁ? 神が祝福の間に招いてやったってのによぉ?』

 少年の声が頭上から聞こえ、黄金色の甲冑を身に纏った、15、6歳といった外見の少年が姿を現した。左手に方形盾、腰には長剣が吊されている。

『下賤の原住民なら、ひれ伏して泣いて喜んで見せろや?』

 少年が言い放った瞬間、シュンのVSSが連射された。
 至近距離からの銃撃だったが、黄金甲冑の少年が姿を消して回避し、やや離れた別の場所へと姿を現した。
 しかし、すぐに少年の黄金甲冑に無数の弾丸が命中し始めた。一瞬消えて場所を移ったくらいではまったく意味が無い。シュンも双子も、さして驚きもせずに淡々と撃ち続けている。
 飛び跳ねたダメージポイントは1100から1800。シュンのVSSと、ユアとユナのMP5SDの銃弾が黄金甲冑を貫通した結果だ。

『てっ、てめぇ!? 何をしやがった!?』

 驚嘆した形相の少年めがけて、なおも銃弾が浴びせられる。同時に、シュンは水楯を展張して水渦弾を乱れ撃っていたが、水渦弾の方はかなり威力を減衰されて数百ポイントになっていた。黄金甲胄の本来の防御力なのだろう。魔法を防御する力は高いらしい。

『おいっ! 返事をしやがれ原住民っ!』

 黄金甲冑の少年が腰の長剣を引き抜くなり、シュンめがけて斬りかかって来た。
 対して、シュンは"ディガンドの爪"を正面に浮かべる。
 "ディガンドの爪"にぶつかる寸前で、黄金甲冑の少年が姿を消した。
 先ほども見せた瞬間移動の技だ。
 ほぼ間を置かず、シュンの斜め後方へ姿を現した黄金甲冑の少年が、口元を笑みに歪めながら長剣で斬りつける。銃弾を回避するより、よほど有効な技の使い方だったが・・。


 ヒュッ・・カッ!


 銀光一閃、短い切断音が鳴って、長剣を握った黄金甲冑の腕が宙を舞った。視界の隅を切断された腕がくるくると回って落ちていく。

『ぐっ・・なんだと!? てめぇ、どっから出やがった!?』

 顔を歪めた少年が睨み付けた先で、美しい女剣士がゆっくりと刀を鞘に納めている。
 すぐ後ろで、シュンは切断されて落ちた黄金甲冑の腕を、黒い触手で拾って収納した。

『お、おいっ! 何やってんだ、てめぇっ!』

 少年が吼える。

 シュンは無言のまま、VSSを構えて引き金を引いた。ユアとユナも撃つ。

『くそっ、何だ、それは? その銃は、あいつが与えた物じゃねぇな? 甲冑を貫通しやがる!』

 舌打ちをしながら、黄金甲冑の少年が高速で移動し、瞬間移動を交え、銃弾を回避する。2000ポイントにも満たない些末なダメージポイントでしか無いのだが、回避のやり方が必死すぎる。痛みに慣れていない者の挙動だった。

 シュンの"黒獅子鳥の眼"は、少年を追尾しながらも、白い空間そのものを見透かすように眇められていた。空間そのものを観察しているのだ。

(よく似ている)

 神様の空間との相違が見当たらない。

『しつけぇんだよ!』

 苛立つ声をあげて、黄金甲冑の少年が方形盾を前に突き出した。
 直後、黄金の閃光が盾の表面から放たれ、シュンを貫いた。多重に展張した水楯も、浮かべてあった"ディガンドの爪"もまとめて貫かれていた。

『へっ、雑魚がいい気になるからだ!』

 少年が吐き捨てた直後、少年の手足に黒い触手が巻き付いた。さらに腰に、そして首にも巻き付いていく。

「おい」

 いきなり真後ろから声をかけられた。

『・・なにぃ!?』

 思わず振り返った少年の口にVSSの銃口が突き込まれた。黄金甲胄の少年が認識できない速度で、シュンは後背へ移動していたのだ。

『ぶぁ?・・ぶぁにを!?』

「テン・サウザンド・フィアー」

 VSSを手に、シュンが呟いた。
 少年が盾から放った閃光は、"霧隠れ"で生み出された幻像を貫いただけだ。シュンはもちろん、双子やサヤリ達も無傷だった。

『おごっ・・ぼなれろ!』

 眼を怒らせ、何かを言いかける少年に、黒い槍が無数に突き刺さった。

『ごぃぃ・・ぼがっ、ぼなれ!』

 串刺しになりながら、必死に身を捻ってテンタクル・ウィップの拘束から逃れようとするが、どうやら瞬間移動の技も封じられて使用できない。テンタクル・ウィップによって大量に吸われたMPがシュンの中に流れ込んでくる。

『ぼがぁっ!?』

 少年が恐怖に眼を見開いた。
 巨大な蚊がどこからともなく舞い降りてきて、黄金甲冑の上から少年の体に口器を差し込んだのだ。

『ぼごぁっ・・ぼがぁっ・・ぼなせ、ぼなれろ』

 恐怖に顔を歪め、何とか逃れようと必死にもがく少年の上に、次から次に巨大な蚊が舞い降りて埋め尽くしていく。

 シュンは、VSSの銃口を少年の口に突っ込んだまま引き金を引いた。

『びゃぁぁぁぁぁ・・・』

 全身を痙攣させながら少年が眼を剥いて叫び始めた。

 9999のダメージポイントが同時に10個、無数に跳ね続ける。

「金剛力・・」

 30秒間きっちりと連射を続けてから、シュンは金剛力を使用しつつ"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を取り出して大上段に振りかぶった。
 手足と首、胴体を幾重にも黒い触手に巻かれ、黄金甲冑の少年が泪と涎を流しながら力無く首を左右に振る。

 シュンは少年の頭部めがけて、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振り下ろした。ずしりと重たい抵抗が剣身から腕に返るが、シュンは委細構わずに斬り下ろした。


 キィィアァァァァーー・・


 少年が絶叫をあげた。
 甲胄ごと頭部から胸元まで真っ二つに切断され、体の内から眩い光を放ちながら、甲高い声をあげている。数万単位のダメージポイントが光と共に流れ出すように表示される。
 このまま放置していても、いつかHPが無くなりそうだったが、そのいつかを待つシュンでは無い。

「召喚、アルマドラ・ナイト」

 シュンの喚びかけに、漆黒の巨甲冑が音も無く浮かび上がった。

「我が甲冑と成れっ!」

 シュンの命令を受け、巨甲冑が漆黒の胸甲を開いた。黄金の光がシュンを包み吸い込むと、巨甲冑に両脚が生え伸び、水色をしたマントが背に拡がる。


 ヒュイィィィィィーーーー・・・・


 アルマドラ・ナイトが巨大な"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"を振りかぶり、高周波の異音を響かせ始めた。

「ロッシ、死にたくなかったら近くに寄る」

「マイマイも、後ろの2人を連れて来る」

 双子がロシータとマイルズを手招きする。
 驚愕に眼を見開き、本能的な恐怖で身を硬くしていた2人が、"ケットシー"の2人を連れて慌ててユアとユナの言葉に従った。

「"ケットシー"は全力で自回復」

「死ぬ気で回復続ける」

 双子の指示が飛ぶ。ロシータも、"ケットシー"の2人もただただ頷いて見せる。

「マイマイ、気休めで盾を構える」

「弁償はしない」

 ユアとユナに言われて、マイルズが大楯を取り出して構えた。

「聖なる楯」

 ユアがEXを使用した。

 その時、黄金の輝きを放つ"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"が振り下ろされた。
 光を放ち、絶叫をあげ続けていた黄金甲冑の少年が圧壊しながら引き裂け、追撃で噴き上がった白い閃光に灼かれて消滅する。
 同時に、周囲を包んでいた白い空間が消し飛び、熱と突風が辺り一面を灼き払って荒れ狂った。

「町が・・」

 ロシータが蒼白な顔で呻いた。始まりの町が一瞬で灰燼となってしまった。地面から高熱が噴出し、溶けた石が地面の上に流れ出して熱で大気を歪めている。

「良いから回復!」

「マイマイが死んだ!」

 ユアとユナが蘇生から回復、防御・・と目まぐるしく魔法を操りながら、懸命に耐え凌ぐ。ユアの"聖なる楯"は最初の衝撃波を防ぎ止めるのが精一杯で、その後の暴虐を浴びて消し飛んでしまっていた。ここからは、回復勝負だ。

 大忙しで次から次に魔法を繰り出す双子を、虹色輝く光の壁が包み込んだ。

「カーミュちゃん、ありがとう!」

「ナイスフォロ~!」

 ユアとユナが笑顔を向ける。
 白翼の美少年が嬉しそうに笑みを浮かべながら、光壁を幾重にも張り巡らせて護りを固めていった。
 その時、

『気をつけろ!』

 シュンの大音声が響き渡った。
 ほぼ同時に、重々しい衝突音が鳴り響き、アルマドラ・ナイトの騎士楯を青白い燐光が彩る。わずかだが、アルマドラ・ナイトが仰け反ったようだった。

『ご主人!?』

 カーミュが声をあげる。

 いつそこに現れたのか、アルマドラ・ナイトにも引けを取らない巨人が立っていた。巨大な黒剣を両手に、"魔神殺しの呪薔薇テロスローサ"と真っ向から斬り合っている。

 巨人は、2足歩行で立っているが、背には飛竜のような翼があり、首から上は鼻面に角のある龍の頭だった。黒曜石のような色合いの鱗に全身が覆われ、胸には重そうな黄金色の胸甲、腰には白布の直垂を巻いている。

『龍人の成体なのです。黒鱗は危険なのです』

 カーミュが不安そうに呟いている。

『ユア、ユナ、サヤリ、護りに徹しろ』

 シュンの操るアルマドラ・ナイトから声がかけられた。
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