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2章 ふたつのふたり
第1話 晴れてひとり立ち
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「お昼のことり亭」、本日も開店。
6月頭の火曜日から始めた「ことり亭」さんのお昼営業。無事1週間が経った。お昼営業を始めることを、大将さんたちが店内にちらしを作って店内に貼り出してくれたり、ご常連に宣伝したりとしてくれたので、限定10食は連日完売していた。
この1週間は、まだあさひが慣れないだろうからと、大将さんと奥さんが交代でお店に入ってくれた。
基本的にはふたりとも何もしない。だがあさひが手こずったときには、すっと手を添えてくれる。あさひにとってはまるで神さまの様な存在だった。
だが今日からは、ひとりで営業する。もう神さまはいない。しかし少しずつだが慣れてきている。あさひは大丈夫、できる、と自分に言い聞かせる。
1日限定10食は、先週の終盤にはお断りしなければならない事態にまでなった。だが今のあさひのキャパではこれ以上は怖くて増やせない。先々もっとこなせる様になれば、20食とかにできるかも知れない。そうできる様に励むだけだ。
「お昼のことり亭」の開店は12時。一応は14時までとしてあるが、品切れ次第終了である。一般的な会社員などだとお昼休憩は12時から13時までなので、その時間で終わってしまうことが多い。
西田辺のお昼ごはん事情としては、焼け石に水かも知れない。それでもあさひは粛々と自分ができることを真摯にやるまでだ。まだまだ未熟、修行中とも言える今は、欲をかいてはならない。身の程を知れ、そういうことである。
さて、今日もがんばろう。あさひはお店を開けるべく、A4サイズのコピー用紙を手に外に出る。すると。
「蒔田さん、真沙美さん、こんにちは、いらっしゃいませ!」
お店の外で、蒔田ご夫妻が開店を待ってくれていた。
「こんにちは」
「こんにちはー。お腹ぺっこぺこやわぁ」
ふたりは陽気に挨拶をしてくれる。
「どうぞお入りください! すぐにご用意しますね」
「ありがとう」
「ありがとー」
ふたりを店内に促したあと、あさひは手にしていたコピー用紙を開き戸にマスキングテープで貼り付ける。そこには今日のお昼のおしながきが書いてあった。「限定10食!」の文字も忘れない。
今日のメインはだし巻き卵。大将さん直伝の一品である。お惣菜は新ごぼうのきんぴら、ズッキーニの塩ナムル、ホワイトアスパラガスのマリネだ。
あさひは店内に戻ると、奥の席に掛けている蒔田ご夫妻に「お待たせしましたー」と声を掛けた。
「今日からは大将も奥さんもおらんのやな」
「はい。晴れてひとりデビューです」
「僕ら、その1組目のお客か。光栄やな」
「ほんまやねー」
蒔田ご夫妻はにこやかにそんなことを言ってくれる。あさひはつい心がほっこりする。
この蒔田ご夫妻は、先週も毎日お昼に来てくれている。晩ごはんもほとんどが「ことり亭」さんを含めた外食やテイクアウト、宅配だという。忙しいのだろう。
ふたりはご夫婦で弁護士さんで、共同で弁護士事務所をこの西田辺で開いているのだという。事務所では事務員さんをひとり雇っているのだとか。
弁護士さんて儲かるんやなぁ、なんて下世話なことを思いつつ。
まずは冷たいおしぼりとお冷やを出す。
お惣菜はすでに小鉢に盛り付けている。なのでまずはだし巻き卵を焼く。卵を早く解くために、専用の菜箸を買った。箸先が刃になっているものだ。
2個続けて焼いて、角皿に移す。お茶碗にごはんをよそい、お椀にお揚げさんとわかめのお味噌汁。
お味噌汁は短冊切りのお揚げさんだけを使って作っている。具は大きめな氷が10個作れる製氷機に用意していた。小口切りにした青ねぎと減塩乾燥わかめを入れておき、注文が入ったらお椀に1個分をスプーンで移し、お味噌汁を注ぐ。こうすることで具が均等になるのだ。
小鉢も合わせて木製のトレイに整えていく。このトレイは新たに用意したものだ。載せたものが滑りにくい、と謳われているものである。確かに少し傾けてしまったぐらいでは滑らないので、使い勝手がとても良い。
「はい、お昼の定食、お待たせしました」
まずは真沙美さんに渡し、続けて蒔田さんに。
「ありがとー。今日も美味しそ!」
「ありがとう」
ふたりは揃って「いただきます」と手を合わせ、添えていた割り箸を割った。職場でもお家でもずっと一緒にいるご夫婦だから、もしかしたら双子などの様に、行動パターンも似通ってきたりするのだろうか。
でも、お揃いはここまで。蒔田さんはひと口めにごはんを頬張り、真沙美さんはお味噌汁に口を付けた。
すると3人めのお客さまが訪れる。
「ひとり、いける?」
「はい、どうぞ、いらっしゃいませ!」
働き盛りといったスーツ姿の細身の男性だった。あさひは朗らかにお迎えし、蒔田さんご夫妻からひとつ空けた席を案内した。
6月頭の火曜日から始めた「ことり亭」さんのお昼営業。無事1週間が経った。お昼営業を始めることを、大将さんたちが店内にちらしを作って店内に貼り出してくれたり、ご常連に宣伝したりとしてくれたので、限定10食は連日完売していた。
この1週間は、まだあさひが慣れないだろうからと、大将さんと奥さんが交代でお店に入ってくれた。
基本的にはふたりとも何もしない。だがあさひが手こずったときには、すっと手を添えてくれる。あさひにとってはまるで神さまの様な存在だった。
だが今日からは、ひとりで営業する。もう神さまはいない。しかし少しずつだが慣れてきている。あさひは大丈夫、できる、と自分に言い聞かせる。
1日限定10食は、先週の終盤にはお断りしなければならない事態にまでなった。だが今のあさひのキャパではこれ以上は怖くて増やせない。先々もっとこなせる様になれば、20食とかにできるかも知れない。そうできる様に励むだけだ。
「お昼のことり亭」の開店は12時。一応は14時までとしてあるが、品切れ次第終了である。一般的な会社員などだとお昼休憩は12時から13時までなので、その時間で終わってしまうことが多い。
西田辺のお昼ごはん事情としては、焼け石に水かも知れない。それでもあさひは粛々と自分ができることを真摯にやるまでだ。まだまだ未熟、修行中とも言える今は、欲をかいてはならない。身の程を知れ、そういうことである。
さて、今日もがんばろう。あさひはお店を開けるべく、A4サイズのコピー用紙を手に外に出る。すると。
「蒔田さん、真沙美さん、こんにちは、いらっしゃいませ!」
お店の外で、蒔田ご夫妻が開店を待ってくれていた。
「こんにちは」
「こんにちはー。お腹ぺっこぺこやわぁ」
ふたりは陽気に挨拶をしてくれる。
「どうぞお入りください! すぐにご用意しますね」
「ありがとう」
「ありがとー」
ふたりを店内に促したあと、あさひは手にしていたコピー用紙を開き戸にマスキングテープで貼り付ける。そこには今日のお昼のおしながきが書いてあった。「限定10食!」の文字も忘れない。
今日のメインはだし巻き卵。大将さん直伝の一品である。お惣菜は新ごぼうのきんぴら、ズッキーニの塩ナムル、ホワイトアスパラガスのマリネだ。
あさひは店内に戻ると、奥の席に掛けている蒔田ご夫妻に「お待たせしましたー」と声を掛けた。
「今日からは大将も奥さんもおらんのやな」
「はい。晴れてひとりデビューです」
「僕ら、その1組目のお客か。光栄やな」
「ほんまやねー」
蒔田ご夫妻はにこやかにそんなことを言ってくれる。あさひはつい心がほっこりする。
この蒔田ご夫妻は、先週も毎日お昼に来てくれている。晩ごはんもほとんどが「ことり亭」さんを含めた外食やテイクアウト、宅配だという。忙しいのだろう。
ふたりはご夫婦で弁護士さんで、共同で弁護士事務所をこの西田辺で開いているのだという。事務所では事務員さんをひとり雇っているのだとか。
弁護士さんて儲かるんやなぁ、なんて下世話なことを思いつつ。
まずは冷たいおしぼりとお冷やを出す。
お惣菜はすでに小鉢に盛り付けている。なのでまずはだし巻き卵を焼く。卵を早く解くために、専用の菜箸を買った。箸先が刃になっているものだ。
2個続けて焼いて、角皿に移す。お茶碗にごはんをよそい、お椀にお揚げさんとわかめのお味噌汁。
お味噌汁は短冊切りのお揚げさんだけを使って作っている。具は大きめな氷が10個作れる製氷機に用意していた。小口切りにした青ねぎと減塩乾燥わかめを入れておき、注文が入ったらお椀に1個分をスプーンで移し、お味噌汁を注ぐ。こうすることで具が均等になるのだ。
小鉢も合わせて木製のトレイに整えていく。このトレイは新たに用意したものだ。載せたものが滑りにくい、と謳われているものである。確かに少し傾けてしまったぐらいでは滑らないので、使い勝手がとても良い。
「はい、お昼の定食、お待たせしました」
まずは真沙美さんに渡し、続けて蒔田さんに。
「ありがとー。今日も美味しそ!」
「ありがとう」
ふたりは揃って「いただきます」と手を合わせ、添えていた割り箸を割った。職場でもお家でもずっと一緒にいるご夫婦だから、もしかしたら双子などの様に、行動パターンも似通ってきたりするのだろうか。
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