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6.傀儡(くぐつ)
6-5. 戦さの大義
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百済寺から鯰江城への兵糧輸送が露見し、激怒した信長の命により百済寺の焼き討ちが行われたのは四月十一日。その数、千と言われた僧房、僧院を含め全山焦土と化した。
忠三郎が疲れた体を引きずるように日野へ戻ると、明らかに出陣前とは町の空気が違っていた。
沿道で迎えてくれる人の数が減り、人々の視線がどこか余所余所しい。
(百済寺から立ち上る煙が見えていたのか)
もしくは上京焼き討ちの話が伝わっているのかもしれない。いつでも、どこへ行っても戻りたい場所だった筈なのに、今は息苦しさを感じる。領民たちの視線はどこか冷たく、通り過ぎると、ひそひそと話をしている声がかすかに聞こえた。忠三郎は城に戻ると戦勝祝いの祝宴に顔を出すこともなく、具足を脱いで着替え、城を飛び出した。
「若殿、いずこへ?」
町野左近が慌てて追いかけてくる。
「付いてくるな」
「されど祝いの宴は…」
「爺が代わりに出てくれ」
「何を仰せで。それがしも御供仕ります」
忠三郎が馬を走らせたのは、日野から四里ほど先にある観音寺城の傍にある母の実家、後藤館。今は従弟の後藤喜三郎が住んでいる。
旧主・六角家の居城だった観音寺城。そこには主な家臣の館があった。後藤家の館はその中でも最大規模を誇る。母方の祖父・後藤但馬守は、この館と、付近に佐生城という二つの拠点を持っていた。どちらもかつて後藤氏が六角家の筆頭家老であったときの往年の勢いが偲ばれる堅固な石垣が組まれた造りだ。
忠三郎は門に近づき、門番に声をかけると、すんなりと中に入っていく。
「また、ここへ…」
町野左近がため息をつく。
「そう申すな。くれぐれも他言無用で」
「それは無論のこと」
当主の後藤喜三郎は、今回も共に出兵し、戦さが終わると勝家とともに長光寺城に向かったため留守だ。
忠三郎は城郭に入ると、本丸ではなく、その奥にある建物へ向かった。
(これでは、いつまで待っても織田家の姫との間に御嫡子が生まれることがない)
困った若殿だと頭を悩ませている。町野左近が黙ってついていくと、館の入り口で侍女に声をかけ、奥へ入ろうとして振り返った。
「爺。すまぬが、また、隣の部屋で待っていてくれぬか」
気まずそうな忠三郎の顔を見て、町野左近は心得て頷いた。
通された部屋にいたのは、喜三郎の姉、さちだ。忠三郎の五つ年上になる。お家騒動で母・お桐が離縁されて以来、後藤家とは疎遠になったが、忠三郎は度々、後藤館のさちの元を訪れていた。
「鶴殿。無事、お戻りでしたか」
さちが笑顔で迎えてくれたので、忠三郎は相好を崩して、さちの前に座る。引っ込み思案の喜三郎と比べ、姉のさちは幼い頃から気が強く、喧嘩も強かった。
父の後藤賢豊が観音寺城で討たれたと知らされた後藤館の人々は、取るものも取らずに屋敷を飛び出し、佐生城へ逃げようとした。男勝りのさちは、馬に乗って逃げようとした。
しかし屋敷にいた家人たちが雪崩を打って逃げだしたために馬が驚き、さちは馬から振り落とされた。腰をひどく打ったらしい。命には別状のない怪我だったが、それ以来、さちの足は動かなくなったままだ。
さちが怪我をして、嫁ぐこともできずに後藤館にとどまっていることを知ったのは、忠三郎が元服し、日野に戻ったときだった。幼い頃のことを思い出し、後藤館を訪ねると、さちは喜んで迎えてくれた。
そのときから、喜三郎の留守を狙って、度々、後藤館を訪れている。
「喜三郎も無事じゃ。柴田殿とともに長光寺城へ行った」
勝家は父を失った喜三郎を不憫に思い、可愛がってくれているらしい。無骨ながらも気遣ってくれる勝家の思いが伝わったのか、多くの与力がそうであるように、喜三郎も勝家を親父殿と呼び、慕っている。
そんな話を聞いているらしく、さちは頷き、
「日野のお城では戦勝祝いの宴だったのでは?」
と聞いてきたので、忠三郎はうーんと唸る。
「それを申すな」
困ったように言うと、さちが明るく笑った。
(何が起きても、さちは変わらぬ)
さちの笑顔は、定めなきこの世の憂いを忘れさせてくれる。
観音寺城で父と兄を討たれ、自身も不自由な体になったというのに、さちは不遇な境遇を嘆くこともなく、日々、この館で過ごしている。
(あれからちょうど十年)
お家騒動から十年がたつ。その間に自分たちを取り巻く環境は大きく変わった。喜三郎はいち早く織田家に臣従し、蒲生家もそれに続いた。それ以来、戦さ続きでゆっくりと日野に腰を据える暇もない。
「鶴殿はいつまでもかようなところで油を売っていてよいのか?」
侍女が酒肴を運び入れると、忠三郎は早々と一献傾ける。
「爺が何か言うたか?」
「嘆いておいでじゃ。元服したというに、義太夫殿とかいう滝川家の遊び人とつるんではフラフラと出歩きなさると」
それを聞くと、忠三郎は腹をかかえて笑った。
「遊び人と言われておるのか」
遊び人は御咄衆・御伽衆とも呼ばれる。面白おかしい話をして場を和ませ、主君や家臣たちを喜ばせる役割をもつ家臣のことだ。
「よう分からぬ、妙な事ばかり言うておるゆえ、爺が勘違いしたのであろう」
忠三郎は先日の布団の一件を話して聞かせる。
「わしの布団で寝たいとあれほど言うていたのに、朝起きたら板間で寝ておった」
「それは風変わりな御仁じゃな」
「今度、ここへ連れてくる。日に一度は奇怪なことをし始めるゆえ、退屈しのぎにはなろう」
「奇怪なこと。それは楽しみにじゃ」
ひとしきり笑った後、
「かように安らいだのは久方ぶり。やはりここはよい」
忠三郎が疲れた体を横たえると、さちは笑い止め、真顔になった。
「町野殿は、これではいつまでたっても御世継は生まれぬと案じておいでじゃ」
忠三郎は気にも留めずに一笑した。
「爺も小言が増えた。老いたのであろう。わしはまだ十七というに、爺は何を焦っておるのか」
「それは…鶴殿が常より長閑なお方ゆえ、周りは鶴殿の尻を叩かざるを得まいて」
いつものことだが、今日もさちは手厳しい。忠三郎は笑っているばかりで、まともに取り合おうとはしない。
「ちと疲れた。城には明日戻ると爺に伝えてくれ」
横になると急に眠気が襲ってきた。さちが傍にいると悪夢にうなされることもなく、安心して眠れる。
さちが手を叩き、侍女を呼ぶ声が聞こえてきた。
百済寺焼き討ち以来、また重丸の行方が分からなくなった。
(逃げる機会は十分にあった)
焼き討ちを行うことは、事前に寺に知らせていた。僧房は燃えても、命を落とす者はいなかった。重丸も逃げ惑う人々の群れの中にいたはずだ。逃げるとすれば浅井領しかない。この江南にはもはや居場所などない。
(もう姿を見せることもないのか)
江北のどこに逃げただろう。いずれにせよ、日野に姿を見せることはなくなった。血で血を洗う呪われた蒲生家の歴史に終止符を打つことができた。祖父ももう、諦めてくれるだろう。
(されど…)
一抹の寂しさを覚えるのは何故だろうか。重丸がいなくなったことで、日野の平和が守られたというのに、心にぽっかりと穴が開いたような寂しさだけが残った。
七月になり、再び足利義昭が挙兵した。信長は七万の軍勢で上洛して義昭を追い込み、都から追放。ここに室町幕府が滅亡した。ようやく都の動乱が収まると、戦場は江北へ移る。
七月末、元号が元亀から天正へと変わった。忠三郎は信長に従い、浅井長政の居城・小谷城近くにある月ヶ瀬城へと兵を進めた。
信長はわずか一晩で月ヶ瀬城を攻略すると、朝倉勢が浅井勢と合流するのを阻止するため、山田山に本陣を置いた。
「これから越前まで攻め入るので?」
町野左近に尋ねられ、振り返ると随分と疲れた顔をしている。先月は都で冷たい宇治川を渡って戦闘を繰り広げ、休む間もなく江北へ連れて来られたため、兵にも疲れが見えていた。
「越前は魚がうまいと聞いた。爺。楽しみではないか?」
忠三郎が笑ってそういうと、町野左近がため息をつく。
「年明けから甲冑を脱ぐ暇もなく、国に戻っても女房からは臭いから近寄るななどと言われる始末。もうそろそろ休ませていただかねば身が持ちませぬ」
戦さ慣れしていない家臣たちには、少なからず厭戦気分が広がっている。
心なしか、尾張・美濃勢よりも士気が低いようにも感じられた。
(困ったものだ)
町野左近だけではなく、他の家臣たちも同様で、国に戻って家屋の修繕をしたいと言うものがいたかと思えば、木麦の準備をしたいという者もいる。
比較的、人の多い五畿内とその周辺では、少なからずどこも二毛作、場所により三毛作が行われているが、蒲生領はどこも水はけが悪く、稲の発育には適していても、湿気に弱い麦を育てるには稲を刈ったあと、時間をかけて田の水抜きをしなければならない。
そうして木麦の種を撒き、冬初になると木麦を刈り、大小麦の種を撒く。年に三回の種まきと刈り入れがあり、どの時期にどのくらいの人出を要するのか、また時期が遅れることによりどんな影響があるのかなど、忠三郎はこの辺りの細かい事情にはとんと疎く、家臣たちに言われて初めて知ることのほうが多い。
そんな家臣たちの心情を、もっと汲んでやることができれば、家臣たちの戦さに対する姿勢も変わってくるのではないだろうか。
(重丸であれば…)
何年にも渡って百姓夫婦に世話になっていた重丸なら、指摘されなくても分かっているだろう。兵役により民にどの程度の負担がかかるのか、天候を見て、その年の蔵入りがどのくらいになるのかも予想がつくのではないか。
(だからこそ、命を懸けて民を守り、田畑を守ることができる)
重丸とともに領国を守っていくことができれば、今ある問題の大半は解決しそうな気がする。この両肩に圧し掛かる重すぎる荷を、わずかでも重丸が負ってくれるなら、どれほど心強いだろうか。
(わしは家人の思いの半分も、察してやることができぬ)
軍議のため、信長本陣へと向かいながら、そんなことを考える。
「鶴!」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、振り向くと一益と義太夫の姿が見えた。
「義兄上、義太夫。そうか、伊勢にも出陣命令が下されていたのか」
随分と久しぶりに顔を見たような気がするのは、最後に会ってからいろいろなことがあったからだ。
「如何した。百年も生きたかと思うような年寄りくさい顔をしておる」
義太夫が例の如く絡んでくる。
「先に行くぞ」
一益が声をかけると、義太夫は頷いて忠三郎に目配せした。
「こっち参れ」
「いや、わしも軍議に…」
「構わん、構わん。親父殿が幔幕に入っていくのが見えた。親父殿が行ったのであれば、多少、油を売っても大事なかろう」
と、無茶な論理を展開すると、馬から降りて、忠三郎の馬の轡をとり、強引に馬首を変えさせる。義太夫と付き合っているとだんだん、不真面目な人間に変えられていく気がする。
「妙な顔しておるのう」
腰を下ろして開口一番に可笑しなことを言い始めた。
「な、何を唐突に。おぬしに言われとうない」
「戯けたことを申すな。わしは滝川家一の美丈夫じゃ。そうではなく…目が死んだ魚のようじゃ。少し正気に返れ」
「いらぬ世話をやくな。わしは正気じゃ」
義太夫は一体、何を言いたいのか。それよりも、こんなところで戯言を言っている暇はない。早く軍議に行かなければ。
「戯言なら後にせい。わしは軍議に行く」
「待て待て。行かんでもよい。今頃、殿から上様に伝えておる筈じゃ」
「何を?」
「鶴はこれより義太夫とともに油を売るため、軍議には列席いたしませぬと」
「出鱈目を申すな。義兄上が上様を前に、そのような寝言を仰せになるはずもない」
一益がそんな戯言を信長に言うとは思えなかったが、義太夫は、まぁまぁ、と忠三郎を制する。
「油を売るのはわしの大事なお役目のひとつじゃ」
そんな役目があるはずもない。一益が義太夫に甘いから、こんな怠け者になってしまうのではないだろうか。
「江南衆全体に厭戦気分が広がっておる。このまま敵と戦っても命取りとなる、と殿はそう危惧しておられる。おぬしが正気付けば、士気もあがろう」
「義兄上が…」
それは忠三郎も感じていた。家臣たちは元より、雑兵においても戦闘経験の乏しい江南衆からは、度重なる戦さに疲れ、ここに来るまでに隊列を離れて国へ戻るものが出だしている。
「こうなってくると、いかに鼓舞しようともどうにもならぬ。人はのう、大風や地震によって恐ろしい目にあうよりも、同じ人間によって恐ろしい目にあわされるほうが何倍も苦痛を感じるものじゃ」
絶え間ない戦さが六十日以上続くと、逃亡する者が増えだす、と義太夫は言う。
「そうでなくとも戦さの大義がぼやけておると、士気は下がる。上京焼き討ち以来、目に見えて士気が下がったということはないか?」
「戦さの大義…」
振り返って考えれば、義太夫の言う通りだった。乱捕りによる老若男女問わない虐殺行為を目の当たりにし、誰よりも忠三郎自身が、疲労し、戦さの大義を見失っている。
「田畑が荒れれば荒れるほど、乱捕りが熾烈さを増すことは存じておろう。戦さが長引くほど、厭戦気分が蔓延し、軍規は乱れ、兵の離脱は避けられぬ。これは雑兵ばかりではない、将も同じじゃ。おぬしはそれを分かっておる筈。されど、戦さを厭う己を認めようともせぬ。己が臆病者ではないと言い張る。領主であれば領国の負担となる戦さを厭うのは至極当然。それを否定するのは不自然なこと。無理を重ねればおかしなことも起きる。そもそも自然に備わる人の本能を度外視して戦さをしておるのじゃ」
「人の本能とは?」
「例えば鉄砲隊。足軽を集め、修練し、戦場に出ると分かることじゃ。相手が人となると途端に命中率が下がる」
「それは如何なることか」
「大半の者は、気づくと気づかざるとに関わらず、人を殺めることに罪悪感を感じるもの。長期戦になり、士気が下がれば下がるほど、命中率が下がる。帰するところ、己でも気づかぬうちに、わざと的を外しておるのじゃ」
「そのようなことが…」
にわかに信じがたい。そんなことが起きないようにするための修練ではないのか。
「滝川勢の鉄砲隊は、他家の鉄砲隊と比べ命中率が高い。なにか秘訣があるとしか思えぬが…」
「それは容易いこと。二人、もしくは三人一組で、順番に撃たせておる。構える、狙う、撃つ、交代する。と何度も何度も繰り返し行えば、考えずに撃てるようになる。これで発砲率は上がる。されど、考えずに撃つように修練を積んでもなお、どうにもならぬのは、己でも気づかぬうちに反射的に的を外すこと。臆病でそうなっているわけではない。命中率が下がっても、兵站輸送は問題なくできるし、伝令もできる」
「皆がそうではあるまい。手柄をたてようとして率先して撃つ雑兵もおる」
「然様。中には人を殺めることを喜びとする者もおる。されど大半の者はどこかでうしろめたさを感じるもの。それゆえ士気が下がり、命中率が下がる。かといって、それがなければ…」
義太夫は少し考えて、
「戦さのない世などは訪れまい」
と笑って立ち上がった。
「もう行くのか?」
「油売りも長すぎては叱られてしまうわい。おぉ、それから…。助太郎から聞き及ぶところによれば、おぬしの、なんとかという従姉の女子」
「おさちのことか?」
「そんな名だったかのう。気づいておるか?その女子、身ごもっておる」
「な、何?!」
忠三郎が驚いて立ち上がると、義太夫が幔幕の方を見る。
軍議が終わり、ちらほらと諸将が帷幕の外へ出てきている。
「戻らねば。どう始末をつけるつもりかは知らぬが、殿が教えてやれと仰せになるゆえ、教えてやった。戦さが終わったら行ってやれ」
それだけ言うと、義太夫は足取りも軽く、一益のいる方へと走っていく。
(おさちが身ごもった?)
どう始末をつけるもなにもない。そんなことになるとは思ってもみなかった。
(喜三郎に気付かれる前に、おさちに会わねば…)
喜三郎が知れば激怒するだろう。この戦さが終わったら、喜三郎より先に後藤館に向かわなくては。
忠三郎が疲れた体を引きずるように日野へ戻ると、明らかに出陣前とは町の空気が違っていた。
沿道で迎えてくれる人の数が減り、人々の視線がどこか余所余所しい。
(百済寺から立ち上る煙が見えていたのか)
もしくは上京焼き討ちの話が伝わっているのかもしれない。いつでも、どこへ行っても戻りたい場所だった筈なのに、今は息苦しさを感じる。領民たちの視線はどこか冷たく、通り過ぎると、ひそひそと話をしている声がかすかに聞こえた。忠三郎は城に戻ると戦勝祝いの祝宴に顔を出すこともなく、具足を脱いで着替え、城を飛び出した。
「若殿、いずこへ?」
町野左近が慌てて追いかけてくる。
「付いてくるな」
「されど祝いの宴は…」
「爺が代わりに出てくれ」
「何を仰せで。それがしも御供仕ります」
忠三郎が馬を走らせたのは、日野から四里ほど先にある観音寺城の傍にある母の実家、後藤館。今は従弟の後藤喜三郎が住んでいる。
旧主・六角家の居城だった観音寺城。そこには主な家臣の館があった。後藤家の館はその中でも最大規模を誇る。母方の祖父・後藤但馬守は、この館と、付近に佐生城という二つの拠点を持っていた。どちらもかつて後藤氏が六角家の筆頭家老であったときの往年の勢いが偲ばれる堅固な石垣が組まれた造りだ。
忠三郎は門に近づき、門番に声をかけると、すんなりと中に入っていく。
「また、ここへ…」
町野左近がため息をつく。
「そう申すな。くれぐれも他言無用で」
「それは無論のこと」
当主の後藤喜三郎は、今回も共に出兵し、戦さが終わると勝家とともに長光寺城に向かったため留守だ。
忠三郎は城郭に入ると、本丸ではなく、その奥にある建物へ向かった。
(これでは、いつまで待っても織田家の姫との間に御嫡子が生まれることがない)
困った若殿だと頭を悩ませている。町野左近が黙ってついていくと、館の入り口で侍女に声をかけ、奥へ入ろうとして振り返った。
「爺。すまぬが、また、隣の部屋で待っていてくれぬか」
気まずそうな忠三郎の顔を見て、町野左近は心得て頷いた。
通された部屋にいたのは、喜三郎の姉、さちだ。忠三郎の五つ年上になる。お家騒動で母・お桐が離縁されて以来、後藤家とは疎遠になったが、忠三郎は度々、後藤館のさちの元を訪れていた。
「鶴殿。無事、お戻りでしたか」
さちが笑顔で迎えてくれたので、忠三郎は相好を崩して、さちの前に座る。引っ込み思案の喜三郎と比べ、姉のさちは幼い頃から気が強く、喧嘩も強かった。
父の後藤賢豊が観音寺城で討たれたと知らされた後藤館の人々は、取るものも取らずに屋敷を飛び出し、佐生城へ逃げようとした。男勝りのさちは、馬に乗って逃げようとした。
しかし屋敷にいた家人たちが雪崩を打って逃げだしたために馬が驚き、さちは馬から振り落とされた。腰をひどく打ったらしい。命には別状のない怪我だったが、それ以来、さちの足は動かなくなったままだ。
さちが怪我をして、嫁ぐこともできずに後藤館にとどまっていることを知ったのは、忠三郎が元服し、日野に戻ったときだった。幼い頃のことを思い出し、後藤館を訪ねると、さちは喜んで迎えてくれた。
そのときから、喜三郎の留守を狙って、度々、後藤館を訪れている。
「喜三郎も無事じゃ。柴田殿とともに長光寺城へ行った」
勝家は父を失った喜三郎を不憫に思い、可愛がってくれているらしい。無骨ながらも気遣ってくれる勝家の思いが伝わったのか、多くの与力がそうであるように、喜三郎も勝家を親父殿と呼び、慕っている。
そんな話を聞いているらしく、さちは頷き、
「日野のお城では戦勝祝いの宴だったのでは?」
と聞いてきたので、忠三郎はうーんと唸る。
「それを申すな」
困ったように言うと、さちが明るく笑った。
(何が起きても、さちは変わらぬ)
さちの笑顔は、定めなきこの世の憂いを忘れさせてくれる。
観音寺城で父と兄を討たれ、自身も不自由な体になったというのに、さちは不遇な境遇を嘆くこともなく、日々、この館で過ごしている。
(あれからちょうど十年)
お家騒動から十年がたつ。その間に自分たちを取り巻く環境は大きく変わった。喜三郎はいち早く織田家に臣従し、蒲生家もそれに続いた。それ以来、戦さ続きでゆっくりと日野に腰を据える暇もない。
「鶴殿はいつまでもかようなところで油を売っていてよいのか?」
侍女が酒肴を運び入れると、忠三郎は早々と一献傾ける。
「爺が何か言うたか?」
「嘆いておいでじゃ。元服したというに、義太夫殿とかいう滝川家の遊び人とつるんではフラフラと出歩きなさると」
それを聞くと、忠三郎は腹をかかえて笑った。
「遊び人と言われておるのか」
遊び人は御咄衆・御伽衆とも呼ばれる。面白おかしい話をして場を和ませ、主君や家臣たちを喜ばせる役割をもつ家臣のことだ。
「よう分からぬ、妙な事ばかり言うておるゆえ、爺が勘違いしたのであろう」
忠三郎は先日の布団の一件を話して聞かせる。
「わしの布団で寝たいとあれほど言うていたのに、朝起きたら板間で寝ておった」
「それは風変わりな御仁じゃな」
「今度、ここへ連れてくる。日に一度は奇怪なことをし始めるゆえ、退屈しのぎにはなろう」
「奇怪なこと。それは楽しみにじゃ」
ひとしきり笑った後、
「かように安らいだのは久方ぶり。やはりここはよい」
忠三郎が疲れた体を横たえると、さちは笑い止め、真顔になった。
「町野殿は、これではいつまでたっても御世継は生まれぬと案じておいでじゃ」
忠三郎は気にも留めずに一笑した。
「爺も小言が増えた。老いたのであろう。わしはまだ十七というに、爺は何を焦っておるのか」
「それは…鶴殿が常より長閑なお方ゆえ、周りは鶴殿の尻を叩かざるを得まいて」
いつものことだが、今日もさちは手厳しい。忠三郎は笑っているばかりで、まともに取り合おうとはしない。
「ちと疲れた。城には明日戻ると爺に伝えてくれ」
横になると急に眠気が襲ってきた。さちが傍にいると悪夢にうなされることもなく、安心して眠れる。
さちが手を叩き、侍女を呼ぶ声が聞こえてきた。
百済寺焼き討ち以来、また重丸の行方が分からなくなった。
(逃げる機会は十分にあった)
焼き討ちを行うことは、事前に寺に知らせていた。僧房は燃えても、命を落とす者はいなかった。重丸も逃げ惑う人々の群れの中にいたはずだ。逃げるとすれば浅井領しかない。この江南にはもはや居場所などない。
(もう姿を見せることもないのか)
江北のどこに逃げただろう。いずれにせよ、日野に姿を見せることはなくなった。血で血を洗う呪われた蒲生家の歴史に終止符を打つことができた。祖父ももう、諦めてくれるだろう。
(されど…)
一抹の寂しさを覚えるのは何故だろうか。重丸がいなくなったことで、日野の平和が守られたというのに、心にぽっかりと穴が開いたような寂しさだけが残った。
七月になり、再び足利義昭が挙兵した。信長は七万の軍勢で上洛して義昭を追い込み、都から追放。ここに室町幕府が滅亡した。ようやく都の動乱が収まると、戦場は江北へ移る。
七月末、元号が元亀から天正へと変わった。忠三郎は信長に従い、浅井長政の居城・小谷城近くにある月ヶ瀬城へと兵を進めた。
信長はわずか一晩で月ヶ瀬城を攻略すると、朝倉勢が浅井勢と合流するのを阻止するため、山田山に本陣を置いた。
「これから越前まで攻め入るので?」
町野左近に尋ねられ、振り返ると随分と疲れた顔をしている。先月は都で冷たい宇治川を渡って戦闘を繰り広げ、休む間もなく江北へ連れて来られたため、兵にも疲れが見えていた。
「越前は魚がうまいと聞いた。爺。楽しみではないか?」
忠三郎が笑ってそういうと、町野左近がため息をつく。
「年明けから甲冑を脱ぐ暇もなく、国に戻っても女房からは臭いから近寄るななどと言われる始末。もうそろそろ休ませていただかねば身が持ちませぬ」
戦さ慣れしていない家臣たちには、少なからず厭戦気分が広がっている。
心なしか、尾張・美濃勢よりも士気が低いようにも感じられた。
(困ったものだ)
町野左近だけではなく、他の家臣たちも同様で、国に戻って家屋の修繕をしたいと言うものがいたかと思えば、木麦の準備をしたいという者もいる。
比較的、人の多い五畿内とその周辺では、少なからずどこも二毛作、場所により三毛作が行われているが、蒲生領はどこも水はけが悪く、稲の発育には適していても、湿気に弱い麦を育てるには稲を刈ったあと、時間をかけて田の水抜きをしなければならない。
そうして木麦の種を撒き、冬初になると木麦を刈り、大小麦の種を撒く。年に三回の種まきと刈り入れがあり、どの時期にどのくらいの人出を要するのか、また時期が遅れることによりどんな影響があるのかなど、忠三郎はこの辺りの細かい事情にはとんと疎く、家臣たちに言われて初めて知ることのほうが多い。
そんな家臣たちの心情を、もっと汲んでやることができれば、家臣たちの戦さに対する姿勢も変わってくるのではないだろうか。
(重丸であれば…)
何年にも渡って百姓夫婦に世話になっていた重丸なら、指摘されなくても分かっているだろう。兵役により民にどの程度の負担がかかるのか、天候を見て、その年の蔵入りがどのくらいになるのかも予想がつくのではないか。
(だからこそ、命を懸けて民を守り、田畑を守ることができる)
重丸とともに領国を守っていくことができれば、今ある問題の大半は解決しそうな気がする。この両肩に圧し掛かる重すぎる荷を、わずかでも重丸が負ってくれるなら、どれほど心強いだろうか。
(わしは家人の思いの半分も、察してやることができぬ)
軍議のため、信長本陣へと向かいながら、そんなことを考える。
「鶴!」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、振り向くと一益と義太夫の姿が見えた。
「義兄上、義太夫。そうか、伊勢にも出陣命令が下されていたのか」
随分と久しぶりに顔を見たような気がするのは、最後に会ってからいろいろなことがあったからだ。
「如何した。百年も生きたかと思うような年寄りくさい顔をしておる」
義太夫が例の如く絡んでくる。
「先に行くぞ」
一益が声をかけると、義太夫は頷いて忠三郎に目配せした。
「こっち参れ」
「いや、わしも軍議に…」
「構わん、構わん。親父殿が幔幕に入っていくのが見えた。親父殿が行ったのであれば、多少、油を売っても大事なかろう」
と、無茶な論理を展開すると、馬から降りて、忠三郎の馬の轡をとり、強引に馬首を変えさせる。義太夫と付き合っているとだんだん、不真面目な人間に変えられていく気がする。
「妙な顔しておるのう」
腰を下ろして開口一番に可笑しなことを言い始めた。
「な、何を唐突に。おぬしに言われとうない」
「戯けたことを申すな。わしは滝川家一の美丈夫じゃ。そうではなく…目が死んだ魚のようじゃ。少し正気に返れ」
「いらぬ世話をやくな。わしは正気じゃ」
義太夫は一体、何を言いたいのか。それよりも、こんなところで戯言を言っている暇はない。早く軍議に行かなければ。
「戯言なら後にせい。わしは軍議に行く」
「待て待て。行かんでもよい。今頃、殿から上様に伝えておる筈じゃ」
「何を?」
「鶴はこれより義太夫とともに油を売るため、軍議には列席いたしませぬと」
「出鱈目を申すな。義兄上が上様を前に、そのような寝言を仰せになるはずもない」
一益がそんな戯言を信長に言うとは思えなかったが、義太夫は、まぁまぁ、と忠三郎を制する。
「油を売るのはわしの大事なお役目のひとつじゃ」
そんな役目があるはずもない。一益が義太夫に甘いから、こんな怠け者になってしまうのではないだろうか。
「江南衆全体に厭戦気分が広がっておる。このまま敵と戦っても命取りとなる、と殿はそう危惧しておられる。おぬしが正気付けば、士気もあがろう」
「義兄上が…」
それは忠三郎も感じていた。家臣たちは元より、雑兵においても戦闘経験の乏しい江南衆からは、度重なる戦さに疲れ、ここに来るまでに隊列を離れて国へ戻るものが出だしている。
「こうなってくると、いかに鼓舞しようともどうにもならぬ。人はのう、大風や地震によって恐ろしい目にあうよりも、同じ人間によって恐ろしい目にあわされるほうが何倍も苦痛を感じるものじゃ」
絶え間ない戦さが六十日以上続くと、逃亡する者が増えだす、と義太夫は言う。
「そうでなくとも戦さの大義がぼやけておると、士気は下がる。上京焼き討ち以来、目に見えて士気が下がったということはないか?」
「戦さの大義…」
振り返って考えれば、義太夫の言う通りだった。乱捕りによる老若男女問わない虐殺行為を目の当たりにし、誰よりも忠三郎自身が、疲労し、戦さの大義を見失っている。
「田畑が荒れれば荒れるほど、乱捕りが熾烈さを増すことは存じておろう。戦さが長引くほど、厭戦気分が蔓延し、軍規は乱れ、兵の離脱は避けられぬ。これは雑兵ばかりではない、将も同じじゃ。おぬしはそれを分かっておる筈。されど、戦さを厭う己を認めようともせぬ。己が臆病者ではないと言い張る。領主であれば領国の負担となる戦さを厭うのは至極当然。それを否定するのは不自然なこと。無理を重ねればおかしなことも起きる。そもそも自然に備わる人の本能を度外視して戦さをしておるのじゃ」
「人の本能とは?」
「例えば鉄砲隊。足軽を集め、修練し、戦場に出ると分かることじゃ。相手が人となると途端に命中率が下がる」
「それは如何なることか」
「大半の者は、気づくと気づかざるとに関わらず、人を殺めることに罪悪感を感じるもの。長期戦になり、士気が下がれば下がるほど、命中率が下がる。帰するところ、己でも気づかぬうちに、わざと的を外しておるのじゃ」
「そのようなことが…」
にわかに信じがたい。そんなことが起きないようにするための修練ではないのか。
「滝川勢の鉄砲隊は、他家の鉄砲隊と比べ命中率が高い。なにか秘訣があるとしか思えぬが…」
「それは容易いこと。二人、もしくは三人一組で、順番に撃たせておる。構える、狙う、撃つ、交代する。と何度も何度も繰り返し行えば、考えずに撃てるようになる。これで発砲率は上がる。されど、考えずに撃つように修練を積んでもなお、どうにもならぬのは、己でも気づかぬうちに反射的に的を外すこと。臆病でそうなっているわけではない。命中率が下がっても、兵站輸送は問題なくできるし、伝令もできる」
「皆がそうではあるまい。手柄をたてようとして率先して撃つ雑兵もおる」
「然様。中には人を殺めることを喜びとする者もおる。されど大半の者はどこかでうしろめたさを感じるもの。それゆえ士気が下がり、命中率が下がる。かといって、それがなければ…」
義太夫は少し考えて、
「戦さのない世などは訪れまい」
と笑って立ち上がった。
「もう行くのか?」
「油売りも長すぎては叱られてしまうわい。おぉ、それから…。助太郎から聞き及ぶところによれば、おぬしの、なんとかという従姉の女子」
「おさちのことか?」
「そんな名だったかのう。気づいておるか?その女子、身ごもっておる」
「な、何?!」
忠三郎が驚いて立ち上がると、義太夫が幔幕の方を見る。
軍議が終わり、ちらほらと諸将が帷幕の外へ出てきている。
「戻らねば。どう始末をつけるつもりかは知らぬが、殿が教えてやれと仰せになるゆえ、教えてやった。戦さが終わったら行ってやれ」
それだけ言うと、義太夫は足取りも軽く、一益のいる方へと走っていく。
(おさちが身ごもった?)
どう始末をつけるもなにもない。そんなことになるとは思ってもみなかった。
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