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第一章 隣の部屋に住む人は

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 少し前までいつ秋は来るのだと思っていたのに、たった数日で季節はあっという間に変わってしまった。
 少しずつ寒いと感じる時間も多くなってきて、ゆきは早くも暖かい日々が恋しくなっていた。

 寒いけどまだコートを着るには早いかな、と考える感じが、うっかりすると目雲が泥酔して倒れていた時の外気の体感に近くてゆきはその姿が脳裏によぎってしまう。
 けれど、それをわざと大きなため息とともに振り払って、いつかは思い出す回数も減っていくと信じて日々を過ごしている。

 そんな夜のことだった。

 ゆきは最近四六時中が当たり前になってしまっている翻訳の仕事をしていた。
 締め切りに追われているわけではないのに、家で少しでも時間があればパソコンと資料を見つめて、食事も作業しながら取ることも多くなった。バイトがあるので、辛うじて睡眠だけは意識して無理のないようにしていたが、それでもバイトが次の日ない時には深夜まで時間を忘れていることもあった。

 この時もそうなるような気がしていたゆきのだったが、鳴ったスマホにあっという間に感情を持って行かれてしまった。
 けれど、スマホに表示された名前にゆきは一瞬出るの躊躇ってしまう。

 それでも緊急事態かもと言い訳を考えて、すぐに画面をスライドさせた。

「もしもし」
『……ゆきさん』

 なぜか目雲の方が驚いたような声でゆきを呼んだ。

「どうしました? 何かありましたか?」

 体調が悪くなったのか、ケガでもしたのか、誰でもいいから助けが必要な状況なのだろうか。声だけではゆきは判断はできなかった。

「目雲さん?」
『ゆきさん』

 上の空のような声で呼ばれる。

「はい」

 あまり覇気のない声に心配が募るが、緊迫感はないのでゆきは目雲の言葉を待った。

『ゆき、さん』
「大丈夫ですか? 宮前さんに連絡して向かってもらいましょうか?」

 もうゆきが駆けつけるべきではない。行ってしまいたい気持ちを押し殺して、ゆきは宮前の名前を出した。
 すると、目雲が息をのむのが分かった。
 続く沈黙をゆきはまた待った。倒れる音がしないかだけに神経を研ぎ澄ませて。

 けれど無音が続きいよいよ、本当に意識を失ったのではないかと心配になった頃。

 予想外に力強い声がした。

『ゆきさん』

 耳をそばだてていたゆきは少し驚く。

「ッ、はい」
『会えませんか』
「え! あ。えっと」

 ゆきの返事の前に目雲は言葉を続ける。

『今から』
「今から、ですか?」

 隣に住んできた時でさえそんな急なことはなかったのでゆきはさらに驚いてしまった。

『今からです』

 力強い返事だったがゆきはすぐに結論が出せず、兎に角次の言葉を探す。

「体調は大丈夫ですか?」
『大丈夫です』
「えっと」
『忙しいですか?』

 いつになく余裕のない感じがゆきに言い訳を考え続けさせるのをやめさせた。

「いえ……遅くならなければ」
『迎えに行きます』

 きっと宮前が引っ越したことを伝えているのだろうと、まだ電車がある時間だったので、ゆきは最寄り駅を伝えた。

 どんな格好をしていくか少し迷いながらも、前も緊急時だったとは言え起き抜けの姿も晒してしまっているのだからと、着ていたままのお決まりのパーカーとジーンズを着替えず上着に袖を通した。スマホと鍵と最低限の現金だけ入った小さな財布をポケットに突っ込んで、スニーカーで駅まで歩く。

 どれぐらい待つことになっても家にいるよりは良いと、特に着く時間は聞かないまま。

 ゆきが駅前で行きかう人たちをただ眺めていると、スマホにもうすぐ着くと連絡がきた。思っているより少し早い気がしたが、電車で来ると思っていた目雲は予想外にタクシーに乗ってきて、さらにゆきにも一緒に乗るように誘った。

「急に呼び出してすみません」

 すでに伝えてあったのか、ゆきが乗り込むと目雲がお願いしますというだけで、タクシーはゆっくりと走り出した。

「勝手に電車だと思ってしまって、駅で待ち合わせでなくても良かったですね」

 わざわざタクシーで来るならば、もっと目雲の家に近くまで行けば良かったと反省するゆきに、目雲は前を向いたままフォローをする。

「少し行きたいところがあったので」

 目雲は特に以前と変わりなく、その表情では感情を示さない。ただ、今はしんどそうではないことだけがゆきを安心させた。

「行きたいところですか」

 わざわざ呼び出してどこにだろうかと、見当もつかないゆきは呟くように繰り返していた。

「そんなに遠くはないので、帰りも遅くならないと思います」

 変わらない目雲の落ち着いた耳心地の良い声に震える心が、ゆきに自分の気持ちを余計に自覚させる。

「はい」

 そう頷き返すのが精いっぱいで、ゆきの言葉はそれ以上続かなかった。

 どこに行くのか、急にどうしたのか、仕事は忙しくないか、元気で過ごしていたか、いくらでも話題は思い浮かぶのにそれを声にすることができない。

 車の窓から流れる街の光に目を向けて、隣にいる目雲を見ることもできないでいた。

 運転手が到着を告げたのが、車内での次の会話だった。
 ネット決済になっていたようで、目雲がお礼だけ言うとそのまま二人で降りた。

 大きな公園の入り口のようで、街灯が煌々と木々を照らしている。
 公園入口の地域境界の車止めを抜けて、舗装された道を進んでいく。

「明るくて綺麗な公園ですね」

 つかず離れずの距離で並んで歩きながらゆきは現在の視覚情報だけを頼りに話をする。

「以前この近くで仕事があって、その時に調べました」

 ゆきの歩く速度に目雲が合わせるのも、変わらない。足の長い目雲がもっと早く歩くところを見かけたことのあるゆきは知っている。

「近くに設計したお家があるんですか?」

 ゆきの方が見上げないので、目雲の表情は伺えないが、目雲の方もまっすぐ前を向いたまま先へと進んでいる。

「店舗兼住宅でした」
「何のお店だったんですか?」
「パン屋です」

 そんな二人に関係ない会話ならゆきはするりと話すことができた。

「近くにこんな素敵な公園があると、きっとパン屋さんも素敵だって想像できますね」
「雰囲気は似せました。作っていたパンにもちょうど合うと思ったので」
「どんなお店が気になっちゃいますね」
「今度行きましょう」
「……え」

 言葉に詰まったゆきに気が付かなかったように、足を止めることなく先に進む目雲。
 そんなつもりで言ったわけではなかったゆきは動揺で歩みが遅くなって、二人は離れていく。
 ふいに目雲は振り返って、ひと際明るくなっている場所を指さした。

「冷えますから、そこの自販機で飲み物買っていきましょう」

 ゆきは戸惑いながらも頷いた。夏場でも持ち歩くいつものストールを忘れていることに気が付いて、冷たい空気も分からない程、気が動転しているのだと自覚する。
 先に着いた目雲が追いついたゆきに、どれがいいか尋ねる。

「えっと、じゃあミルクティーに」

 ゆきが財布を出そうとすると、目雲がさっさとスマホで決済してしまう。

「どうぞ」

 ペットボトルの温かいミルクティーがゆきの手の上に乗せられた。

「あの、お金」
「お気になさらず」

 目雲も自分用に缶コーヒーを買っている。

「あっ……ありがとうございます」

 コーヒーを飲めるくらいなのだともうすっかり健康のバロメーターになってしまっているそれを横目にしていると、目雲が先を促す。

「もう少しで着きます」

 二人はまた微妙な距離を持って歩き出す。

 緩やかな上り坂は街灯で明るく、その脇にも明るく照らされたテニスやバスケットのコートがみえる。
 歩きながら通ってきたもっと入り口付近の下の方には子供用の遊具や芝生の広場が見渡せないほど広がっていた。
 そのあたりにはさすがに人影は見えなかったが、バスケのコートにはゴールそれぞれに楽しむ姿があった。

 そこからさらに少し坂を上ると、森に入っていくような階段があり、目雲はそこを上り始める。
 木々が両脇を覆っているせいか街灯があっても少しだけ薄暗くなりはしたが、階段が十分すぎるほど幅広く真ん中に手すりも取り付けられているので、足元を心配することもなかった。

 次第にバスケコートの音も聞こえなくなると、階段は終わり、目の前に夜空が広がる。

 吸い込まれるように進むと、手すりがあり、見下ろす住宅街の夜景だけが視界を占めた。まるで宙に浮いているかのような光景に、ゆきは状況を忘れて見とれてしまう。

「すごく、綺麗ですね」
「はい、ここはかなり高台なので高低差が大きいんです」

 いつの間にか横に並んで立っていた二人は、そのまましばらく、その景色を眺めた。

 ふいに息の冷たさで頭が動き出したゆきはようやく辺りを見渡すと、頂上だからか、景色のためか、そこには広いスペースが取られていて、ベンチや東屋が複数設置されている。そのいくつかに僅かに人の姿もあるが、間隔が広いこともあり話している内容が聞こえることはなかった。

 その様子を察したのか、目雲はそのベンチの一つへゆきを誘った。

 他の人たちの邪魔にならないように、その人たちの視界に入らない位置のベンチへ腰を下ろすと、缶コーヒーを開ける目雲を横目で見ながら、ゆきも自分のペットボトルを開ける。

 目雲は元気なんだと安心しながら、触れているとまだ熱いくらいのミルクティーを少し口に含む。手で感じるほどの熱はなく、外気は思っているより冷えていることを知る。
 ゆきはもうひと口だけミルクティーを飲んで蓋を閉めた。

「すごく綺麗な場所ですね」

 そっと息を吐いてゆきが改めて言う。
 目雲を見ることもできず夜空に視線を向けたまま、戸惑いが大きい自分を制御できずにいた。

「夏場はもっと人が多いそうです」
「そうなんですね」

 手のひらでペットボトルを転がすようにして手を温めながら次の言葉を探すが、なかなか思い浮かばない。

 ゆきはもうきっぱり拒絶されているので、それを蒸し返したくはない。
 だからどうして呼び出したのか、聞き出せない。あの時の言葉をゆきは勘違いしたのだろうかと、都合のいいように考えたくなってしまうからだ。

 ゆきにしてはめずらしく、沈黙がじりじりと肌を焼いているように妙な焦りの中にいた。

 しばらく夜空を見るふりをして言葉を探していると、目雲の方が先にしゃべり始めた。
 それもとても唐突な言葉で。

「車を買おうと思っています」

 ただでさえ焦っていたゆきは頭をフル回転させて脈略を探しても、全く掴めなかった。

「あ、そうなんですね」
「引っ越したので、車があっても便利だと思ったので」
「あ、そう、なんですね」

 唐突過ぎて語彙力を失ったゆきはなかなか言葉が出てこない。
 まさか目雲まであのマンションを出たこともなかなかの衝撃で、さらに今まで全く触れたことのない車の話題に戸惑い以上にパニックに近くなっている。

 そしてゆきは自分の緊張をそんなことでさらに気づく。
 つい横を見ても、目雲は前の夜景から目を背ける気配がない。

 けれど、こちらもめずらしく口が止まらない。

「ドライブに行きましょう」
「え!?」
「社用車で運転には慣れているので心配いりません」

 思わず漏れたゆきの驚きの声をどう受けとったのか、そんなことを言う。

「そう、なん、ですね」
「海でも見に行きましょう」

 何とかして話についていこうとゆきは頑張る。

「うみ……」
「はい、海です」

 ゆきは視線をさ迷わせながら何とか海に意識を飛ばす。

「これからの、季節は、風が、寒そうですね」

 風が寒いなんて妙な日本語かもしれないと、ゆきはこんな時だからこそ余計なことを考えてしまう。

「温かくしていきましょう」

 ゆきは自分の言葉も混乱しているのに、目雲の言うことなど最早意味さえ怪しくなってきている。

「は、い」
「どこか行きたいところは?」
「いえ」

 当然すぐに思い浮かぶはずもなく、首さえ振れない。

「いろいろ調べるのもいいですね」

 ゆきはもうなんとか頑張ってただ頷くだけで精いっぱい、けれども目雲は淡々と言葉を重ね続ける。

「どんな車がいいですか?」
「え! 車ですか?」
「はい、好きな車はありますか?」

 怒涛の質問ラッシュに、もうゆきの思考回路はショートして、いっそ考えず思いついたままを口にした。

「いえ、免許も持っていないので。車の種類はあまり知らなくて」
「じゃあ一緒に見に行きましょう」

 そんな未来が本当にあるのだろうか。この短時間で随分約束したような気がしているが、ゆきにはその真意が分からなかった。

 一緒にいるのは嫌になったのでしょう?
 もうずっとメッセージを送ってくれることも、電話をしてくることもしなかったのに。
 一緒にエレベーターに乗ることも、駅までの道を歩くこともなくなったのに。
 ごめんと、言った。

 そう、頭の中を巡る。

 本当は言ってしまいたいこと、本当に聞きたいこと。

 それがあるからゆきは他の言葉が思い浮かばないのだ。

 でも聞きたくなかった。
 あの時のことも、目雲が変わってしまった理由も、今説明されるのは辛すぎる。
 どんな訳だったしても、それをゆきが理解できるかはわからない。受け入れられるか、わからない。

 でも、それなのに、咄嗟に会いたいと思ってしまうほどにまだゆきは好きだった。

 声が聞こえて、嬉しくて、また、会えるとドキドキして。

「……いっしょに」

 やっぱり、飲み込む言葉だけ。
 本当に対照的に目雲ははっきりと言葉を紡ぐ。

「新しく好きな人はできましたか?」

 その言葉は、日本語であって、ゆきにはそうでなかった。
 言語を変換することを仕事にしているゆきが、頭の中に入ってきたその言葉がぐるぐると回るだけで、どんな意味にもならない。

 もう反射的にでも答えることができなかった。

 ゆきが固まったまま目雲を見つめていると、目雲が初めてゆきの方を向く。

 表情はいつも通り、何も読めない。

「好きな人、できましたか?」

 ゆきは繰り返された言葉と、目雲の瞳に囚われて、首をゆっくり僅かに横に振っていた。

「いえ……まだ」

 目雲がわずかに唇を噛んだ。
 けれど一瞬目を伏せた次の瞬間、強い瞳でゆきを見つめる。

「僕を候補に入れてください」
「こうほ」
「今更でもお願いします」
「私は――」
「あの時と今とで僕は何も変わっていません。今でもあなたを幸せにできる想像ができない。むしろ良くないことはいくらでも想像できる」

 ゆきの言葉を遮り、話しながら目雲は手の中にある缶コーヒーに視線を落とした。

 その缶を何度か両手で握りこむと、それを脇に置く。そしてゆきの方へ距離を詰めた。

 ちょうど、肩を抱き寄せられるほどの距離に。でも決して触れはしない。

「でも、あなたが他の誰かと笑い合ったり、それ以上の仲になるのは嫌だ。今になってと思うゆきさんの気持ちも分かっています。でも嫌なんです。だから泣かせると思っていても、僕はあなたの隣にいたい」

 胸が熱くなり潤んでくる視界に、その理由をゆき自身も分からない。

「だからどうかお願いします」

 目雲の真剣な顔。
 その声。
 残酷なような言葉。

 考えるよりも、理解するより、ゆきの心は素直だった。

「はい」

 ゆきの震える声は目雲の届く。

「いいんですか?」
「候補ではないです、私はまだ、目雲さんが好きです」

 目雲は呼吸を忘れたように固まると、じっとゆきの目を見る。

「本当、ですか?」

 ゆきは頬を濡らしながら微笑んだ。

「はい」

 目雲は俯き一つ大きく息を吐くと、安堵したような表情をしてゆきに視線を戻した。

「もう吹っ切れたようだと聞いていたので」

 宮前だなとはゆきにも分かったが、それもきっと宮前の優しさだとゆきは微笑んだ。

「簡単に吹っ切れたり、忘れたりはできませんでした。だた離れたところで好きでいることを自分に許したんです。今日も元気でいますようにって、それだけで私も元気になれる気がしたんです」
「ゆきさん……」

 ゆきは伝う涙を自分の袖口で拭う。それでもあふれる涙は止められない。

「好きです、目雲さん」

 拭いながらもゆきは伝えずにはいられなかった。もう届くことはないと思っていた気持ちが許されるのならと溢れてくる。

 目雲はハンカチを出して、ゆきの頬に添える。

「僕も好きです」
「はい」
「ゆきさん」
「はい」
「抱きしめてもいいですか?」
「……はい」

 ゆきが頷くと目雲はやさしく抱きしめた。
互いの体温を感じ合う。

「冷えてしまいましたね」
「あったかいです」

 ゆきは両手の中のペットボトルよりずっと温かい目雲に体を預けた。

 寒いのが苦手なゆきがそれを感じることができない程、目雲だけを意識していたのだと思い返し、目雲はゆきを寒さの中さ晒してしまうほど余裕も何もなかった自分を反省した。

「まだ帰りたくないですが、このままじゃ風邪をひかせそうなので、帰りましょう」
「はい」

 目雲は名残惜しそうに体を離す。
 袖で頬を拭こうとするゆきを止めて、目雲はハンカチを渡す。

「ありがとうございます」
「涙止まりますか?」
「はい」
「じゃあ手をつないで帰ってもいいですか?」

 妙な文脈がゆきは可笑しくて、笑顔で頷いていた。

 目雲はゆきの手を取り自分が立ち上がると、手を引いてゆきを立ち上がらせる。
 そしてゆっくりと歩き出した。

 ゆきはなかなか止まらない涙を抑えるのに必死で、目雲はそんなゆきが気になりながらも手を繋いでいられるこの状況にはっきりとした幸福を抱いていた。

 だから二人はまた黙ったままだったが、ゆきは以前と同じように沈黙が怖くなくなっていた。黙っていても話題を探さなくても緊張しない。
 それは温かい手が自分の手を掴んでいるからか、目雲が好きだと言ってくれたからか。でも前はそんなことがなくても平気だった。だから元に戻ったわけではない。ゆきは自分の気持ちも、そして目雲の気持ちも違うと思う。
 違うけど一緒なんだとゆきは不思議な気持ちになった。

 途中で目雲は缶を捨て、手を繋いだまま公園の入り口まで戻ると目雲がタクシーを呼び、一緒に乗ってゆきを家まで送った。

「また連絡します」

 降りる時にそう目雲が言った。

「はい、おやすみなさい」
「中に入るまで見送ります」

 ゆきは気遣いを受け取って、足早にマンションに戻る。
 ぽかぽかとした気持ちで玄関を開けて、パソコンの前に座り一息つく。

 すると、スマホが通知を知らせるために震えた。
 目雲からだった。

【冷えたと思いますので、あたたかくして下さい。次の休み会えますか? 車を見に行きましょう】

 あれは本気だったのかと、ゆきは笑う。

 一番近い休日を伝えると、承諾の返信がきて、ゆきも目雲に温かくして眠るように返して、おやすみと締めた。

 数時間でまったく変わってしまった状況に、どうにも追いつかない心が覚束なくて、だからこそいつも通り過ごそうと、やりかけた仕事に取り掛かるべくゆきは手を動かし始めた。

 二人の交際はこうしてスタートした。そして、ゆっくり、のんびり、関係を深めていくことになる。それは示し合わせたわけでも二人とも意図もしてはいないが、こんな風に始めることができただけでとても満たされるものが多かったからかもしれない。




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