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第三章
しおりを挟むクリスマスイブを3日後に控えた土曜日、
結衣はすずを連れて大阪北部にある千里中央の大阪北部百貨店の5階にいた。5階のフロアは、子供たちのおもちゃ売り場だ。
クリスマスを控えて、百貨店の店内は、ほとんどが、クリスマス用品を売り出していた。
この時期になると、やはり販売価格は少し高めになる。
消費者心理をクリスマス用品の購買意欲をそそるための陳列や、販売価格を大きな特殊な文字で書くあのPOPの張り紙である。
その張り紙を見ると、あたかも通常価格よりもかなり安いと言うような演出をしている。
百貨店の販売方法は、プロ顔負けの演出をしている。
多くの消費者たちは、そのPOP効果により、商品を購入するのである。
私は以前大阪のある百貨店でおもちゃ売り場に行き、店の担当者と雑談をしたことがあった。その担当者の話によるとこういうことであった。
「おもちゃ売り場は一番楽しい」と言う。
その理由を担当者に聞いたところ、売り場の売れ筋を予測して商品を陳列し子供たちがつい足を止めてしまうような陳列の演出をするのが楽しいということであった。
私は歯磨きメーカーの営業をしていた時に
よくスーパーに行って、自社の商品が、店頭に並んでいるかどうかを確認したのだ。競合するメーカーは、当時3社あった。
これは、歯磨きに限ったことであるが、当時、私はS社、競合メーカーはL社、K社の3社であった。私が担当してた営業地域は兵庫県の全域であった。南部は淡路島から北は但馬、八鹿、豊岡、城崎と南北の道路をいつも営業車で走行しながら、営業活動を行った。西部は姫路から、岡山の日生まで担当した。東部は伊丹から川西地区を担当した。また播磨灘一帯には、幹線道路や一般道は網の目のように走っていた。車が1台しか走行できないような道もあった。
そんな中で、姫路、大久保、高砂、加古川、三木、神戸などのスーパーマーケットや、化粧品店、日用雑貨店などの小売店を訪問して営業活動を行った。したがって、クリスマスシーズンの各店舗の状況はいつも把握していた。私の会社でも同様に、クリスマスシーズンを狙って販促品を販売促進課にお願いして制作してもらい、それを歯磨きに景品として添付して販促活動を行ったのだ。
もちろん、店の担当者にも販売促進をするために、あの手この手の営業活動を行った。
店の売り場には「定番」という陳列がある。
その場所は、スーパーマーケットの場合は、本部のバイヤーが各メーカーの担当者を呼んで一緒に売り場を確保するのだ。
例えばS社は歯磨を横向きにして、3列を確保する。L社は5列、K社は1列といった具合である。
この陳列棚に並べたスペースが先ほど申し上げた「定番」と言われる場所になる。そのスペースの中に、当社の歯磨きを陳列する。できるだけ陳列棚の奥の方に並べるのである。一般的には、30本ほど入ったら、もう入りきらない。しかしL社の定番であれは100本は陳列できるであろう。K社は10本程度である。
このように、各メーカーは熾烈な販促活動を行っているのである。
さて、おもちゃ売り場の話であるが、小売店の基本は玩具売り場にも当てはまる。百貨店売り場で玩具や文具売り場を担当していた40代の担当者は消費者の購買意欲を高めるために売り場には競合店にはない商品を多く陳列することにより子供たちが楽しいと感じる演出を随所にするとの事であった。
また、子供たちが遊べる場所をキッズコーナーとして設置し、陳列してるおもちゃを自由に持っていって中で遊ぶことができる。そのような演出も考えていると。
子供たちは、実際におもちゃを手にして遊ぶことが出来るので、どのようなおもちゃかを事前に体験することができる。その担当者の玩具売り場の一角に子供たちの賑やかに遊ぶ姿を私は見たことがあるのだ。
私は子供たちの笑顔を見ると、いつも心が癒されるのだ。
さて、結衣とすずが玩具コーナーの着せ替え人形売り場で立ち止まった。
「お母さん、このリカちゃん人形が欲しいよ」
「そう。リカちゃん、人形が好きなの?」
「うん。リカちゃん、人形が欲しいな」
「サンタさんが持ってきてくれないかな?」
「そう、リカちゃん人形欲しいのね」
「じゃあ、お母さんがサンタさんに頼んであげるよ」
「お母さん、頼むって言うけど、どのようにして頼むことができるの?」
「お空に向かって、サンタさん、リカちゃん、人形を私のところに持ってきてください!
と、空に向かってお願いしたらいいよ」
「うん。分かった。お母さん、教えてくれてありがとう」
そう言って結衣とすずの二人は最上階のレストランにエレベーターで向かったのであった。
to be continued
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