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第六十七章
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この章では、人間の幸福について、考えてみたい。
抑々、この人間の幸福とは、「心が満ち足りて不満がなく、望ましい状態」を意味する。
これは個人によって多様な形をとり、時代や文化によっても変化する主観的な感覚である。
この幸福には、多面性がある。
幸福は一つではなく、心理学では「快楽的幸福」「達成的幸福」「関係的幸福」「意味的幸福」の4つに分類される、という。
これらは其々異なる役割を持ち、いずれか一つだけでは満たされにくいとされている。
この幸福には構成する要素がある。
つまり幸福には様々な要素が関わっているということだ。
一つ目は、心理的要因である。
性格や心理的要因が幸福に影響を与えるというものだ。
二つ目は、複雑な人間関係である。
良い人間関係や繋がりが幸福に不可欠であると、ハーバード大学の75年にわたる追跡調査で示されているのだ。
三つ目は脳内物質である。
幸せを感じる脳内物質として、神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、オキシトシンの3つが挙げられる。
四つ目はバランスである。
健康、人間関係、自己成長、仕事、経済、空間・環境、自由な時間、貢献といった8つの要素のバランスが重要なのだ。
太古の昔から人間は幸福の探求を求めていた。だからこそ、神の恐ろしさを知り互いに愛し合い、尊重し、助け合っていたのだ。
古代になると哲学や宗教のテーマとなり、アリストテレスは幸福を「それ自体のために求められる最高善」とした。
近年では経済学や心理学の分野でも「幸福度」や「生き甲斐」が研究されている。
幸福の探求は、自己理解を深め、人生の意味や目的を見出すきっかけにもなるのだ。
さて、ここで問題になるのは、神の存在である。
今、全世界には、二種類の人間がいる。無神論者と有神論者だ。
この無神論者とは、神の存在を信じない人間だ。これは、世界観の説明に於いて神の存在や超自然的な概念を不要と考える立場である。あの天才的宇宙物理学者のホーキング博士は「私は無神論者である」と言っている。
無神論は、神が存在しないという見解でものごとを考える。神を信じない根拠は、証拠の欠如、悪の問題、矛盾した啓示など多岐にわたっている。
無神論の明確な対義語は有神論だ。有神論は神の存在を信じる立場である。
無神論は、たとえ神がいたとしてもその存在を知りえないとする不可知論とは区別される。不可知論的無神論者は、神を信じないが、その存在を否定する訳ではないと主張するスタンスをとる。
無神論はしばしば無宗教と混同されるが、異なる概念である。混同しないように。無宗教は特定の宗教に属さないことを意味し必ずしも神の存在を否定する訳ではない。私はこの無宗教に当たる。何故なら日月神示がすべての宗教を完全否定しているからだ。
国内外調査ネットワークの調査によると、2017年には世界の回答者の9%が「確信を持った無神論者」だった。日本は世界トップクラスの無神論国家とされ、2017年の調査では日本の無神論者の割合は87%で世界2位であった。ざっと1億人が無神論者だということだ。
有神論は、「神は存在する」という主張のことである。
対義語は上記の無神論である。
多くの宗教は、その教義の中に有神論を含んでおり、その宗教が信仰する神が唯一なのか複数なのかによって一神教、多神教などに分けられる。
我が国の大本教聖師・出口王仁三郎は「即一神、即多神、即半神」と言った。
無神論の対義語として有神論という語を最初に用いたのは、イギリスの哲学者ラルフ・カドワース(1617年 - 1688年)だとされている。
ー(ラルフ・カドワースについて)ー
ラルフ・カドワースは、ある書籍を執筆した。その書籍とは、「自由意志論」である。
ラルフ・カドワース(Ralph Cudworth, 1617-1688)が執筆したものである。
『自由意志論 A Treatise of Freewill』の翻訳と解説である。この草稿はもともと、
カドワースが構想していた大著『道徳的善悪についての論考 A Discourse on
Moral Good and Evil』の要約版であり、『永遠で不変の道徳性に関する論考 A
Treatise Concerning Eternal and Immutable Morality』の続編として書かれたものと推測されている。「自由意志」というテーマについて論じたカドワースの草稿はこれ以外に二つ現存しているが、本草稿を含めて完成されたバージョンは存在し
ない。カドワース自身はこの『自由意志論』の草稿を出版する意図をもっていた
が生前にそれは叶わず、死後150年後の1838年にジョン・アレン(John Allen)
の編集のもとで出版された。「解説」では、カドワースの生涯を概観した後に
『自由意志論』の議論を紹介している。
抑々、この人間の幸福とは、「心が満ち足りて不満がなく、望ましい状態」を意味する。
これは個人によって多様な形をとり、時代や文化によっても変化する主観的な感覚である。
この幸福には、多面性がある。
幸福は一つではなく、心理学では「快楽的幸福」「達成的幸福」「関係的幸福」「意味的幸福」の4つに分類される、という。
これらは其々異なる役割を持ち、いずれか一つだけでは満たされにくいとされている。
この幸福には構成する要素がある。
つまり幸福には様々な要素が関わっているということだ。
一つ目は、心理的要因である。
性格や心理的要因が幸福に影響を与えるというものだ。
二つ目は、複雑な人間関係である。
良い人間関係や繋がりが幸福に不可欠であると、ハーバード大学の75年にわたる追跡調査で示されているのだ。
三つ目は脳内物質である。
幸せを感じる脳内物質として、神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、オキシトシンの3つが挙げられる。
四つ目はバランスである。
健康、人間関係、自己成長、仕事、経済、空間・環境、自由な時間、貢献といった8つの要素のバランスが重要なのだ。
太古の昔から人間は幸福の探求を求めていた。だからこそ、神の恐ろしさを知り互いに愛し合い、尊重し、助け合っていたのだ。
古代になると哲学や宗教のテーマとなり、アリストテレスは幸福を「それ自体のために求められる最高善」とした。
近年では経済学や心理学の分野でも「幸福度」や「生き甲斐」が研究されている。
幸福の探求は、自己理解を深め、人生の意味や目的を見出すきっかけにもなるのだ。
さて、ここで問題になるのは、神の存在である。
今、全世界には、二種類の人間がいる。無神論者と有神論者だ。
この無神論者とは、神の存在を信じない人間だ。これは、世界観の説明に於いて神の存在や超自然的な概念を不要と考える立場である。あの天才的宇宙物理学者のホーキング博士は「私は無神論者である」と言っている。
無神論は、神が存在しないという見解でものごとを考える。神を信じない根拠は、証拠の欠如、悪の問題、矛盾した啓示など多岐にわたっている。
無神論の明確な対義語は有神論だ。有神論は神の存在を信じる立場である。
無神論は、たとえ神がいたとしてもその存在を知りえないとする不可知論とは区別される。不可知論的無神論者は、神を信じないが、その存在を否定する訳ではないと主張するスタンスをとる。
無神論はしばしば無宗教と混同されるが、異なる概念である。混同しないように。無宗教は特定の宗教に属さないことを意味し必ずしも神の存在を否定する訳ではない。私はこの無宗教に当たる。何故なら日月神示がすべての宗教を完全否定しているからだ。
国内外調査ネットワークの調査によると、2017年には世界の回答者の9%が「確信を持った無神論者」だった。日本は世界トップクラスの無神論国家とされ、2017年の調査では日本の無神論者の割合は87%で世界2位であった。ざっと1億人が無神論者だということだ。
有神論は、「神は存在する」という主張のことである。
対義語は上記の無神論である。
多くの宗教は、その教義の中に有神論を含んでおり、その宗教が信仰する神が唯一なのか複数なのかによって一神教、多神教などに分けられる。
我が国の大本教聖師・出口王仁三郎は「即一神、即多神、即半神」と言った。
無神論の対義語として有神論という語を最初に用いたのは、イギリスの哲学者ラルフ・カドワース(1617年 - 1688年)だとされている。
ー(ラルフ・カドワースについて)ー
ラルフ・カドワースは、ある書籍を執筆した。その書籍とは、「自由意志論」である。
ラルフ・カドワース(Ralph Cudworth, 1617-1688)が執筆したものである。
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ない。カドワース自身はこの『自由意志論』の草稿を出版する意図をもっていた
が生前にそれは叶わず、死後150年後の1838年にジョン・アレン(John Allen)
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