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18・脱落キャラの置き土産
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※本日2話更新してます。
念の為御確認下さい。
水晶の、男性の手よりひとまわり大きいくらいの平たいパネルの上で、メルクールがかざしていた手を引くと、それまでパネルから放たれていた淡い光が、フッと消えた。
これは魔力を使った通信道具で『風話板』と呼ばれる、前世でいうところの電話に相当するものだ。
構造はよく知らないが、掌から誰もが持つ僅かな潜在魔力を読み取り、その僅かな魔力で離れた場所の空気の振動に干渉する事によって、任意の相手に声を届ける事が可能となる……らしい。
と言ってもあらかじめ魔力を登録した相手にしか声をかけることはできないし、相手が同じく『風話板』のある場所に居るか、送信用のアクセサリー(受けた声に返事を返せるが、自分からかけることはできないもの)を身につけていなければ、声は届いても会話はできないのだが。
勿論、まだまだ高価で一般的に流通はしていないので、通信手段の主流にはなり得ず、一般の通信手段は相変わらず伝令や手紙がメインであるわけで。
こういうのを見ると、改めて実家は相当裕福なんだと思い知らされる。
私、ここのお嬢様なんだよね?
本来なら凄い優良物件じゃない?
その私が、なんで嫁き遅れてるんだろう。
……いや、止そう。考えたら負けだ。
補足として、この世界の魔法とか魔力の概念だけは、何故かゲームとは微妙に違っていた。
何が違うって、まず魔法というのは、超自然的な現象を引き起こすものではないという事。
呪文を唱えれば火の玉を出せたり雷を落とせるなんて事はあり得ない。
いや、だって火の玉とか危ないよね?
雷を勝手に落とす人がいたら、気象学や予報士さんの仕事とかもうめちゃくちゃになるよね?
ああそう、主に農業関係の需要があるから、こっちにも気象予報士さんはいるのだ。
しかも前世にいた眉毛濃い人よりずっと正確。
また魔力というのも前世のRPGのように、使ったら減るようなものではなく、目には見えないものではあるが普通に体内を循環して、生命を維持しているものとして認識されている。
つまりは、血液みたいなものだ。
だから、私も前世の記憶を思い出した時に思ったことだけど、あっちの感覚をこっちに持ってきたら、
『は?魔法の使い過ぎで魔力が空っぽ?
魔力が、身体の外に出ちゃうって事?
ソレ普通に死なない?いや死ぬよね!?』
ってなる。
ではこの世界の人間が魔法をどう使うかといえば、こういった道具を媒体として、生活を便利にする為の動力かつスイッチのような使い方をする。
魔力を使った道具が作れるのに何故冷蔵庫がないのかという理由が、つまりはこれだ。
人間の魔力が動力であるわけだから、冷蔵庫のように常に動き続けているものには、このシステムは不向きであるからだ。
ひょっとしたら未来には、もっと効率のいいシステムができて、冷蔵庫が発明されるかもしれないが、少なくとも今は無理ってわけ。
…話が逸れた。
で、メルクールが今の今まで、通話していた相手はロアン王子…アローンだった。
どうやらアローンには送信アクセサリーを預けているらしく、横で聞いていた内容からすると、連絡を取った時にはもう『迷子になって泣いてたから保護していた』らしい。
そう言った声のあと、どうやら『泣いてない!』と横からツッコミが入ったようだが、風話板は通話相手の声しか拾わないので、残念ながらその声が話した以上のファルコの状況はわからなかった。
「…やっぱり、思った通りだった。
彼、今からここに来るよ。
もう遅いから今日はうちに泊めて、朝になったら馬車を呼んで、神殿に送り届けるから。
バティスト。
神殿に使いを出してそのように伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
言われたバティストが一礼して部屋を出ていく。
「なら、明日は私も一緒に帰るわ。
手配する馬車は二人乗り用でお願い。」
そう聞いて、私は休暇を切りあげる決意をする。
身体は充分大きくてもファルコはやはり子供なのだ。
彼が神殿を出てきてしまったのは『母親』の不在が心細かったからなのだろう。だが、
「…それは駄目。倒れたこと、もう忘れたのか?
姉さんはここに、疲れを癒しに来てるんだ。
まだ休暇が残ってるんだから、その間だけでも仕事のことは忘れておかないと。」
「でも……!」
王宮の葬儀中に倒れたのは、失敗を誤魔化すための仮病だったのだが、さすがにそれは言えない。
それでも私が更に言おうとする言葉を制して、メルクールは私の唇に人差し指を当て、にっこりと微笑んでみせた。
「二度とこんな真似はしないよう、俺の方で、彼にちゃんと言い含めておく。
こういうのは、第三者の口から言ってやらないと響かないものだよ。
…ああ、ちょうどいい。
姉さんはこいつの相手でもしてて。」
言ってようやく指を離したメルクールは、いつの間にか足元に来ていた結構な大きさの灰色の猫を、ひょいと抱き上げて私に押し付けてきた。
反射的に受け取る…実家、猫なんて飼ってたのか。
…そういえば前世では離れて暮らしていた兄が、なんかプロレス技みたいな品種名の猫を飼っていたな。
確か…スープレックスホールド的な響きの、丸顔で耳の短いやつ。
前世の実家では私と母にアレルギーがあった為に動物を飼えなかったけど、実はずっと猫を飼ってみたかったんだそうで。
…うん、今世ではアレルギーの兆候はないようで安心した。
猫は知らない人間に抱かれて暴れるでもなく、すっぽり…ではなく相当はみ出しながらも何とか腕の中におさまって、ふてぶてしい顔で私の顔を見上げている。
正直言って、あまり可愛くはない。
しかしコイツ、どこかで見たような…?
「例の研究員が飼ってた…というか餌だけやって自由に出入りさせてた猫らしい。
押収したあいつの荷物に勝手に入ってたらしくて、ディーナに気に入られてそのままうちに居着いてる。
…ディーナに言わせると『ちょっとブサイクなところがカワイイ』らしいよ。
ディーナの部屋に専用のクッションが置かれていて、いつもは飯と風呂の時以外、殆どそこで寝てるんだけどな。」
トーヤの猫か!思い出した!!
トーヤのイベントに、確かに時々ブサイクな猫が登場していたのだ。
所詮文章や画面の上の触れない毛玉に興味など欠片もなかったから、全然印象に残ってなくて忘れてたが。うん確か、名前が……
「………マフ?」
「うなんな。」
あ、返事した。どうやら間違いないようだ。
「あ、ひょっとしてディーナから聞いてた?」
「そ、そうなのよ。」
たとえ猫の名前という些細なことでも、知らないはずの事を知っているのは多分おかしいに違いない。
勝手に誤解してくれたメルクールの言葉に乗る事にして誤魔化した。
……ふむ。猫を抱いたのは初めてだが、思っていたより柔らかくずっしりとしている。
こんな重たいものを抱いたままではそのうち腕が痺れてしまうので、とりあえず座った膝の上に下ろすと、『マフ』は膝の端から流れ落ちそうになる(猫は液体である、というのは強ち嘘ではなさそうだ)のを慌てて引き止めるように手足を丸め、いわゆる香箱の形で私の膝の上におさまった。
…触れない毛玉だったコイツに興味はなかったが、自分の手で触れるとなれば話は別だ。
そっと撫でてみると、やはり柔らかくふんわりしており、どうやら栄養状態も手入れも問題なさそうだ。
顔はブサイクだが毛並は素晴らしい。
しばらく夢中になって撫でていたら、いつの間にか1人(と一匹)にされており、気付けば静かなサロンを、マフが喉を鳴らすごーろごーろという音が支配していた。
……おかしい。何か、誤魔化された気がする。
こんなことをしている場合ではないと我に返って、膝の上のデカい猫を抱き上げ、隣に置く。
「うなんな。」
が、マフは一声不満そうな鳴き声を上げて、次の瞬間には私が立ち上がる隙も与えず、再び膝の上に座り直した。
ええぇ~………。
『そいつ、構ってくれると認識した相手にはしつこいですからね。
そうなると、しばらく離れませんよ。』
唐突に、ゲーム中での中村茂ヴォイスが脳内再生された。
…そうだ。確かマリエルがトーヤの研究室に招かれるイベントがあり、そこでのあまりに失礼なトーヤの物言いに怒ったマリエルが帰ろうとして、自分の膝に乗ったままのマフを隣に下ろしたところ、この状態になっていたのを、今この瞬間に思い出した。
…どうやら私は今、この部屋から動けないらしい。
つか退け。重い。
注:猫の品種名
スープレックスホールド✖️
スコティッシュフォールド◎
念の為御確認下さい。
水晶の、男性の手よりひとまわり大きいくらいの平たいパネルの上で、メルクールがかざしていた手を引くと、それまでパネルから放たれていた淡い光が、フッと消えた。
これは魔力を使った通信道具で『風話板』と呼ばれる、前世でいうところの電話に相当するものだ。
構造はよく知らないが、掌から誰もが持つ僅かな潜在魔力を読み取り、その僅かな魔力で離れた場所の空気の振動に干渉する事によって、任意の相手に声を届ける事が可能となる……らしい。
と言ってもあらかじめ魔力を登録した相手にしか声をかけることはできないし、相手が同じく『風話板』のある場所に居るか、送信用のアクセサリー(受けた声に返事を返せるが、自分からかけることはできないもの)を身につけていなければ、声は届いても会話はできないのだが。
勿論、まだまだ高価で一般的に流通はしていないので、通信手段の主流にはなり得ず、一般の通信手段は相変わらず伝令や手紙がメインであるわけで。
こういうのを見ると、改めて実家は相当裕福なんだと思い知らされる。
私、ここのお嬢様なんだよね?
本来なら凄い優良物件じゃない?
その私が、なんで嫁き遅れてるんだろう。
……いや、止そう。考えたら負けだ。
補足として、この世界の魔法とか魔力の概念だけは、何故かゲームとは微妙に違っていた。
何が違うって、まず魔法というのは、超自然的な現象を引き起こすものではないという事。
呪文を唱えれば火の玉を出せたり雷を落とせるなんて事はあり得ない。
いや、だって火の玉とか危ないよね?
雷を勝手に落とす人がいたら、気象学や予報士さんの仕事とかもうめちゃくちゃになるよね?
ああそう、主に農業関係の需要があるから、こっちにも気象予報士さんはいるのだ。
しかも前世にいた眉毛濃い人よりずっと正確。
また魔力というのも前世のRPGのように、使ったら減るようなものではなく、目には見えないものではあるが普通に体内を循環して、生命を維持しているものとして認識されている。
つまりは、血液みたいなものだ。
だから、私も前世の記憶を思い出した時に思ったことだけど、あっちの感覚をこっちに持ってきたら、
『は?魔法の使い過ぎで魔力が空っぽ?
魔力が、身体の外に出ちゃうって事?
ソレ普通に死なない?いや死ぬよね!?』
ってなる。
ではこの世界の人間が魔法をどう使うかといえば、こういった道具を媒体として、生活を便利にする為の動力かつスイッチのような使い方をする。
魔力を使った道具が作れるのに何故冷蔵庫がないのかという理由が、つまりはこれだ。
人間の魔力が動力であるわけだから、冷蔵庫のように常に動き続けているものには、このシステムは不向きであるからだ。
ひょっとしたら未来には、もっと効率のいいシステムができて、冷蔵庫が発明されるかもしれないが、少なくとも今は無理ってわけ。
…話が逸れた。
で、メルクールが今の今まで、通話していた相手はロアン王子…アローンだった。
どうやらアローンには送信アクセサリーを預けているらしく、横で聞いていた内容からすると、連絡を取った時にはもう『迷子になって泣いてたから保護していた』らしい。
そう言った声のあと、どうやら『泣いてない!』と横からツッコミが入ったようだが、風話板は通話相手の声しか拾わないので、残念ながらその声が話した以上のファルコの状況はわからなかった。
「…やっぱり、思った通りだった。
彼、今からここに来るよ。
もう遅いから今日はうちに泊めて、朝になったら馬車を呼んで、神殿に送り届けるから。
バティスト。
神殿に使いを出してそのように伝えてくれ。」
「かしこまりました。」
言われたバティストが一礼して部屋を出ていく。
「なら、明日は私も一緒に帰るわ。
手配する馬車は二人乗り用でお願い。」
そう聞いて、私は休暇を切りあげる決意をする。
身体は充分大きくてもファルコはやはり子供なのだ。
彼が神殿を出てきてしまったのは『母親』の不在が心細かったからなのだろう。だが、
「…それは駄目。倒れたこと、もう忘れたのか?
姉さんはここに、疲れを癒しに来てるんだ。
まだ休暇が残ってるんだから、その間だけでも仕事のことは忘れておかないと。」
「でも……!」
王宮の葬儀中に倒れたのは、失敗を誤魔化すための仮病だったのだが、さすがにそれは言えない。
それでも私が更に言おうとする言葉を制して、メルクールは私の唇に人差し指を当て、にっこりと微笑んでみせた。
「二度とこんな真似はしないよう、俺の方で、彼にちゃんと言い含めておく。
こういうのは、第三者の口から言ってやらないと響かないものだよ。
…ああ、ちょうどいい。
姉さんはこいつの相手でもしてて。」
言ってようやく指を離したメルクールは、いつの間にか足元に来ていた結構な大きさの灰色の猫を、ひょいと抱き上げて私に押し付けてきた。
反射的に受け取る…実家、猫なんて飼ってたのか。
…そういえば前世では離れて暮らしていた兄が、なんかプロレス技みたいな品種名の猫を飼っていたな。
確か…スープレックスホールド的な響きの、丸顔で耳の短いやつ。
前世の実家では私と母にアレルギーがあった為に動物を飼えなかったけど、実はずっと猫を飼ってみたかったんだそうで。
…うん、今世ではアレルギーの兆候はないようで安心した。
猫は知らない人間に抱かれて暴れるでもなく、すっぽり…ではなく相当はみ出しながらも何とか腕の中におさまって、ふてぶてしい顔で私の顔を見上げている。
正直言って、あまり可愛くはない。
しかしコイツ、どこかで見たような…?
「例の研究員が飼ってた…というか餌だけやって自由に出入りさせてた猫らしい。
押収したあいつの荷物に勝手に入ってたらしくて、ディーナに気に入られてそのままうちに居着いてる。
…ディーナに言わせると『ちょっとブサイクなところがカワイイ』らしいよ。
ディーナの部屋に専用のクッションが置かれていて、いつもは飯と風呂の時以外、殆どそこで寝てるんだけどな。」
トーヤの猫か!思い出した!!
トーヤのイベントに、確かに時々ブサイクな猫が登場していたのだ。
所詮文章や画面の上の触れない毛玉に興味など欠片もなかったから、全然印象に残ってなくて忘れてたが。うん確か、名前が……
「………マフ?」
「うなんな。」
あ、返事した。どうやら間違いないようだ。
「あ、ひょっとしてディーナから聞いてた?」
「そ、そうなのよ。」
たとえ猫の名前という些細なことでも、知らないはずの事を知っているのは多分おかしいに違いない。
勝手に誤解してくれたメルクールの言葉に乗る事にして誤魔化した。
……ふむ。猫を抱いたのは初めてだが、思っていたより柔らかくずっしりとしている。
こんな重たいものを抱いたままではそのうち腕が痺れてしまうので、とりあえず座った膝の上に下ろすと、『マフ』は膝の端から流れ落ちそうになる(猫は液体である、というのは強ち嘘ではなさそうだ)のを慌てて引き止めるように手足を丸め、いわゆる香箱の形で私の膝の上におさまった。
…触れない毛玉だったコイツに興味はなかったが、自分の手で触れるとなれば話は別だ。
そっと撫でてみると、やはり柔らかくふんわりしており、どうやら栄養状態も手入れも問題なさそうだ。
顔はブサイクだが毛並は素晴らしい。
しばらく夢中になって撫でていたら、いつの間にか1人(と一匹)にされており、気付けば静かなサロンを、マフが喉を鳴らすごーろごーろという音が支配していた。
……おかしい。何か、誤魔化された気がする。
こんなことをしている場合ではないと我に返って、膝の上のデカい猫を抱き上げ、隣に置く。
「うなんな。」
が、マフは一声不満そうな鳴き声を上げて、次の瞬間には私が立ち上がる隙も与えず、再び膝の上に座り直した。
ええぇ~………。
『そいつ、構ってくれると認識した相手にはしつこいですからね。
そうなると、しばらく離れませんよ。』
唐突に、ゲーム中での中村茂ヴォイスが脳内再生された。
…そうだ。確かマリエルがトーヤの研究室に招かれるイベントがあり、そこでのあまりに失礼なトーヤの物言いに怒ったマリエルが帰ろうとして、自分の膝に乗ったままのマフを隣に下ろしたところ、この状態になっていたのを、今この瞬間に思い出した。
…どうやら私は今、この部屋から動けないらしい。
つか退け。重い。
注:猫の品種名
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