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22・彼らにとって価値あるものは

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 ダリオとはほぼ面識のないディーナが、ファルコとメルクールのやり取りの意味が解らずキョトンとして私の方を見る。
 いや判らなくていいから!
 私が心の中でつっこんでいると、王子がじっと真正面から私を見据えて、口を開いた。

「…そうだ。さっきからずっと思っていたんだ。
 貴女の所作は、平民の娘のそれじゃないな。
 それこそ、貴女の方が貴族の娘に見える。」
「……は?」
 言われた言葉の意味が瞬時に分からず、思わず間抜けな声が出た。
 いや別に、特別な事はしていませんが?
 一応、豪商の娘として恥ずかしくない、最低限のマナーとかは身につけてきましたが、本当に最低限で…

「ああ、それね。姉さんはうちの親の、虚栄心と非常識と溺愛が作り上げた存在だから。」
 ……なんですと?
 うちの弟まで、一体何を言い出すのだろう。

「…最初の子って事でうちの両親が盛り上がりすぎて、下手すりゃ王族の教育に駆り出されるほどの王都で一番の家庭教師を、金に糸目もつけず姉さんに付けたからだよ。
 シュヴァリエ商会は一族から側室でも出そうとしてるんじゃないかって噂になって、そこらへんでようやく親も冷静になったらしくて、俺の時にはそこそこのランクに落ち着いたけど、いったん始めた以上、姉さんの教育は途中からランクを落とすわけにはいかなかったって。
 姉さんがその辺の令嬢より遥かに優秀で、与えられた課題を多少厳しくても必ず成し遂げてたのもあって、授業料は要らないから続けさせて欲しいって、家庭教師ほぼ全員から言われたそうだよ。」
「えええっ!?」
 確かに、子供の頃はマナーとかダンスのレッスンとか、語学や地理、歴史、政治の勉強も必要だからと、それぞれに家庭教師をつけられて忙しい日々を送っていたけど、母からは『商家の娘の嗜みだから』って言われてたよ!?
 …でも、よくよく考えてみたら、私はディーナの年齢の頃にはもうそんな生活を送っていたけど、今のディーナを見る限り、そこまで忙しく日々過ごしてるように見えないな?
 ……ただただひたすら可愛い。
 君はいつまでもそのままでいてね。

「…知らなかった?
 両親も、ここまでになると下手なところに嫁に出すわけにいかないって、申し込まれた縁談全部断って、絶対に貴族に嫁入させるつもりで、姉さんを神殿入りさせたんだけど?
 …もっとも、そのまま10年も神殿勤めする事になるとは思ってなかったみたいだけど。」
「嘘でしょ!?
 私がき遅れたの、まさかの親のせいだった!?」
 つまりアレか!高く売ろうと考え過ぎて売り時を見誤って、気がついたら二束三文でしか売れないくらいの鮮度になってた!?
 ってやかましいわ誰が見切り品だ失礼な。

き遅れって……いや失礼。」
 そして、私とメルクールのやり取りに、いつの間にかくつくつ笑っていた王子が、急に真顔になって立ち上がったかと思うと、つかつかと私の側まで歩み寄った。
 ……ううむ、ただ歩く姿まで絵になるのはいささか卑怯だ。
 好みは皆さんそれぞれあるだろうが、イエ国で一番の美形キャラと言われた顔面偏差値がマジで並じゃない。

「つまり、少なくとも上位貴族の令嬢にも負けない教育は受けてるって事だな。
 ………わかった。おれが引き受ける。」
 その顔面偏差値が、割と間近から私の顔を覗き込み、取った手に口付けて来た時も、それが何を意味するのか、瞬時にわからなかった。
 そして、続けられた言葉の意味も。

「………はぃ?」
 そんな間抜けな返事しかできないでいる間にも、王子の言葉は続いている。

「おれが王族に戻ったら、貴女をおれの妃にする。
 側妃など取らない、必ず正妃にする。
 ゆくゆくは王妃だ。そのつもりでいてくれ。」
 …だんだんと理解が及んできたその言葉に、私は反射的に答えていた。

「え、いやです。」
「即答か!何故だ!!」
「王妃なんて、大神官になるよりめんどくさそうじゃないですか!やですよ!!」
「その理由!?」
 王子は顔面偏差値は高いのにツッコミスキルは低いらしい。
 取られた手をぺっと振り払うと、ちょっと呆然とされた。
 ふと、周りに目を向けると、ファルコが蒼白な顔で、やはり呆然とこちらを見ている。
 その唇が、震えながら言葉を紡いだ。

「……それは、駄目。ヴァーナは、僕の」
「そう言える何かが、おまえにあるか?」
 間髪入れずに、王子の厳しい言葉が、震えて途切れるファルコの声を遮る。
 助けを求めて視線を泳がせると、やけにキラキラした目でこちらを見つめている妹と、肩を竦めた弟が目に入った。
 私と目が合うと、弟はひとつ頷いて、私のそばまで歩み寄る。
 そうして、ファルコからもアローンからも、私を遮る位置に立ちはだかると、ため息をひとつついてから、言った。

「…残念だけど、どちらにも渡せない。
 現時点で何もないのは君も同じだよ、アローン。
 姉さんが欲しいというのなら、相応の立場を得てからじゃないと、シュヴァリエ家としては、求婚すら認める事は出来ないね。
 それがたとえ、王であったとしても、だ。」
 メルクールがそう言ったのが合図のように、バティストが私とディーナをその場から連れ出した。
 そこからディーナの部屋に誘導され、若いメイドに改めてお茶を入れてもらって、なし崩しに妹の勉強を見させられたので、そのあとのことは判らない。

「お姉ちゃん、モテモテだね。」
 いつの間にか部屋に入ってきて、専用だというクッションの上でだらんと手足を投げ出して寝るマフの腹を撫でながら、妹が思い出したようにそう言ったのを聞いて、私は頭を抱えた。

 ………どうしてこうなった。
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