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第三章 異世界の馬車窓から
フジ屋へ行ってみた
しおりを挟む案内されたのは、城に程近い甘味処で、他の店より外のイートスペースの椅子が多いかな、くらいの違いしかない。
その店の名前は【フジ屋】……。
「こんにちは」
ネイが店内に向けて声をかけると、着物姿の女性が出てきた。
「あらネイ、お帰りなさい。
あなた、ネイが来たわよ」
呼ばれて顔を出したのはらヒョロっとした背の高い中年男性だ。
男は柱の影からひょこりと頭を下げる。
「ウチ様、私の叔母のアリと、その旦那さんのサワさんです。
叔母さん、こちら最近日本から召喚されたウチ様です」
昨日言ってたラトさんの妹かな。
アリさんは胸の前でパチンと手を合わせて、驚いた顔をした。
「まぁ、日本って初代様がいらしたって所なの?
本当に日本なんてあるのね」
そう思う気持ちは分かる。
別の世界があるなんて思わないよね、普通。
「初めまして、フジ・モト・アリよ。
遠い所をようこそ」
うん、遠い所だよね、確かに。
「こっちが亭主のフジ・ユグ・サワよ、宜しくね」
旦那さんが再び頭を下げる。
「トウ・ドウ・ウチです、宜しくお願いします。
……あの、フジってもしかして、王都の城下町で病院をやってるフジ家と関係があるのですか?」
何となくだけど、顔付きが日本人っぽい感じに見えるんだよな。
「あら、フジ家をご存知ですか?
うちの旦那は先々先代の弟の娘の三女の息子なんですよ」
遠いなぁ…遠すぎてどんな関係かってのが、右から左へ抜けてったよ。
遠い親戚だって事しかわからない。
「甘い物が好きでこのオワリの町に来て、私の務めていた甘味処に弟子入りしてたんですけど、最近独立してんですよ」
柱の影に潜んだまま頷くサクさん。
「すみません、うちの人ちょっぴり恥ずかしがり屋なんですよ」
さっきからアリさんしか話してないし、全然出てこないけど、もしかしてカンに触る事でもしたかなぁ。
「すみませんウチ様、いつもの事でして、実は私も一度も声を聞いた事が無いんです」
ネイに耳打ちされるけど、それでいいの?客商売で。
「まあ立ち話も何ですし、ささ、座って下さいよ」
赤い布……非毛氈(ひもうせん)って言うんだっけ?が掛けれた椅子…じゃないよな、低い座るテーブルみたいな…何か呼び名があるんだろうけど、知らないから椅子呼びでいいかな?
とりあえず腰掛ける。
「飲み物はどうされますか?
お抹茶って好き嫌いがあるから、緑茶、煎茶、番茶、麦茶の五種類用意してますよ」
確かに、僕の周りでも抹茶や緑茶がダメって人いたもんな。
選べるのは良いかもしれない。
実際僕以外は麦茶にしたみたいだ。
僕は折角だから抹茶で、この世界で見るとは思わなかったお団子と一緒に頂く。
うーん、これはまたなかなか。
目を閉じると、別世界って事を忘れそうだ。
美味しいお茶と団子を頂きながら、アリさんと話をする。
オダ家では、武の道に進む者と、甘味から離れられない者が多く出るらしい。
武と甘味……。
兄にあたるヤクさんの子供たち、甥や姪は母親の血が濃いのか、鍛治関係に進んだらしいけど、オダの家系的には作るより使う方が断然多いとか。
「イル達には合ったの?
え?兄さんってば弟子入りしたばかりでまだまだ未熟者だから、会う必要無いなんて言ってるの?
まあ呆れた、頭固すぎだわ。
よし、私に任せて。
ちょっとあなた、私出てくるから」
アリさんが仕切り、店の中のサワさんに声をかけるけど、サワさんはまたもや柱の影から顔だけ出して、ブンブンと音がするほど首を横に振る。
それでもアリさんは気にせず、
「じゃあお店宜しくね。
さ、行きましょ」
と歩き出してしまったので後を追う。
振り返ると、頭を抱えたサワさんがしゃがみこんでるんだけど……良いの、あれ。
その後、鍛冶屋を二軒と銀細工屋を回って、ヤクさんのお子さんのイルさんと、ユグさん、娘さんのチコさんと挨拶を交わした。
フジ屋に戻るまで、ずっとアリさんは話し通しだった。
お店に戻ると柱にもたれかかった涙目のヤクさんの姿が……。
その後店の奥から一歩も出てこなかったので、挨拶の声だけかけて僕達は城へ戻った。
【ちょっと恥ずかしがり屋】では無かったような……。
まあその分奥さんが喋るから釣り合いは取れているのか?
でも結局サワさんの声は一言も聞かなかったな。
へ……風変わ………ゴホン、世の中には色んな人が居るんだな。
と言うことにしておこう。
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