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1章

3.聖女召喚

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 ニールは父親と、王立魔法学校へ入学手続きに向かった。自領から王都へは半日ほどかかるため、朝早く出発して昼過ぎに到着した。
 王立魔法学校は、王城の裏手にある。広大な敷地の中央に、色とりどりの花が咲き誇る庭があった。庭を挟んだ左右に、白い石造りの美しい校舎と、木造の寄宿舎がそれぞれ建っている。
 王都は最近、深刻な瘴気被害によって曇りの日が多く、空気も乾いていた。にも関わらず、咲き誇る庭園を見て父は「素晴らしいだろう?あの花は魔力を糧に咲いているんだ。」と言った。
 その後手続きを終えると、父は「友人が教師をしているんだ。挨拶してくるから待っていてくれ。」と言ってニールを中庭で待たせた。
 ニールは、中庭の花がどうやって咲いているのか気になって、魔法陣かも知れないと、庭を見て回った。

 
 その時、曇った空を破るような、眩い光が空に浮かんだ。
 それは魔法陣だった。
 ニールは頭上に現れた巨大な魔法陣に、ただ呆然と立ち尽くした。魔法陣は空間を割くように光って、そこから人がふわりと落ちてきた。一瞬の出来事で、ニールは避けることができなかった。

「痛っ!」

 ニールは落ちてきた少女とぶつかって、悲鳴をあげた。驚きのあまり、しばし呆然となった。

 その後なんとか、自分の上に覆い被さっている少女の下から抜け出して、気を失っているらしい、少女に声をかけた。
 
「だ、大丈夫ですか?」

 ニールは少女の肩を慎重にゆすった。

「う・・」

 少女の、くぐもった声がして、生きている、とまずは安堵した。
 しかし、ニールは少女の肩から、感じたことのない魔力量と魔力を感じて、驚き目を瞠った。
 
(す、すごい魔力だ・・・シェーンも父も、魔力量は多いはずだけれど、この少女には遠く及ばないだろう。しかも、誰からも感じたことがない質感・・・属性はなんだ?)
 
 ニールはつい、少女に触れて、少しだけ魔力を吸った。
 ニールはシェーンとの練習の成果で、触れるだけで他人の魔力を吸い取って体内に留められるようになっていた。量もある程度コントロールできるはずだったのだが、少女のあまりの魔力に、吸い取って身体に入った途端目が眩んだ。

(す、すごい!なんだこれは!)

 ニールは慌てて、手を離した。

 すると、王城の方角から大勢の人が走って来るのが見えた。

 バタバタと走る大勢の足音と共に、叫ぶ声が聞こえた。
「座標がずれた!」
「こちらの方角に確かに光が!」
「聖女は無事か?!」

(聖女?ひょっとして・・・)

 ニールは少女を見つめた。少女は艶やかな黒髪に黒いまつ毛、少し黄色がかった珍しい肌をしている。瞳の色は目を瞑っていて見えないけど、それもやはり、珍しい、黒色なのかも知れないと思った。

 走ってきた人々の先頭には、目を引く金髪に深い青色の瞳の、豪華な刺繍を施された服に身を包んだ美しい青年がいた。

「聖女様!」
 と、青年は声を上げ、少女に近寄った。息があるのを確認すると、側にいた兵士に「お連れしろ!」と命じた。

 そして、ニールを見た。
 ニールは一瞬、その青年に虫でも見るような目で見られた。

「・・・君は?」

 表情のない顔で、その青年はニールに聞いた。

「あの、春から魔法学校へ通うことになったので、手続きに参りましたところ、突然空に魔法陣が・・。」
「わかった。巻き込まれたんだな、すまない。」

 青年は表情を緩めて、微笑んだ。優しい微笑みだった。ニールは警戒しながら、「いえ・・。」と言った。

「怪我はないか?」
「私は大丈夫です。」
「良かった、すまない。念の為、名前を教えてくれ、後で家の方に、謝罪する。」
「ニール・ノーランです。あの、何ともありませんから・・。」
「ニール・ノーラン・・。すまない。急ぐから、また後ほど。」
 
 青年はそう言って、王城の方へ走っていってしまった。

(謝罪はいらないと言いたかったのに。裏表の激しそうな・・怖い人だったな・・)

 ニールは巻き込まれない内に帰ろうと思い、父を探そうと校舎の方へ向かった。
 校舎に向かう途中、花壇の花の間につるとんした光沢のある袋が落ちているのが見えた。

(珍しい袋だ、何だろう?)


 中には見たこともない素材で作られた薄い本が入っていた。表紙はツルツルとして、色とりどりのインクで装飾されている。それに・・・。

 ニールはその本を直視出来なかった。
 一旦袋に戻して、辺りを見回す。そのまま、そこに置いて置けばいい・・でも、一度見てしまったら中身がとてつもなく気になってしまった。

 周囲をもう一度見回して、花々に囲まれた東屋を見つけた。
 ニールはそこまで走って移動した。
 東屋に設置されている椅子に腰掛けて、袋から本を取り出す。

 その本は本当に不思議だった。表紙には見たこともない素材が使われている上に、この国では禁止されている、男同士が濃厚に絡み合う春画が描かれていたのだ。

(印刷なのに、沢山の色が使われている。すごい技術だ。この国・・いや、他の国でも聞いたことがない。ひょっとして・・・聖女様の持ち物だろうか?)

 ニールは中身を開けるのをまた戸惑った。
 表紙の時点で春画なのだ、中身はどうなってしまっているのか・・想像に難く無い。

 ニールが表紙をみて固まっていると、不意に後方から声がした。

「さっさとめくらぬか!」
 
 驚いて振り向くと、少女はニールの背後から身を乗り出していて、至近距離で目が合った。少女はニールよりも歳下・・10歳くらいだろうか?濃い茶色の髪に、明るい茶色のくりくりとした瞳をしていた。
 その少女のあまりの剣幕に、ニールは慌てて表紙をめくった。

 中身は予想通り。
 見目麗しい男同士の性交が描かれていた。
 ニールは固まった。

(わ、私は夫を探すと、簡単に考えすぎていた・・・!)

 ニールは激しく動揺したが、少女は冷静だった。
 次々にページをめくった。

「これ、兄上に似ていると思わないか?」
「兄上?」
「さっき会ったであろう?」
「あ、あの・・金髪の・・?」
「そうだ。金髪の、じゃ無い。第一王子だぞ!」
「王子?!」
「それよりこれ、何やら文字も付いているが、読めないな。異国の言葉だろうか?私は色々学ばされているが、全く見たこともない文字だ・・・。」
「私もそれは不思議に思っていました。表紙もこの袋も、見たこともない素材で・・。ひょっとしてこれは、聖女様のもので、神の国のものではないでしょうか・・?」
「ふーん?お前、そんな物を盗んで・・どうするつもりだったのだ?」
「いえ、盗むつもりなどありませんでした!ただ、あまりにも破廉恥な表紙だったから・・誰のものなのか、中身を確かめるために・・。」
「確かにお前、悪そうな奴じゃないもんな?それはわかった。でももしお前の言う通りなら、この本を読んでみたい。出来ないのか?魔法か何かで。」

 その少女ー兄が王子ということは王女ーは言った。

「私は魔法が使えないから、お前が何とかしろ。魔法学校の生徒なんだろう?」
「魔法が使えない?なぜ?」
「王女だって使えないことはあるんだ!いいからさっさとやれ!」
 そういう意味じゃなくて、とニールは言いたかったのだが、王女の剣幕に逆らえず、言えなかった。

 ニールは無属性魔法のうち、言語理解の魔法の詠唱を始めた。
 もし、これが聖女のものなら、先ほど吸収した聖女の魔力で魔法をかければ、読めるようになるはずだ。

 詠唱が終わると、聖女の優しい魔力が、本を包んだ。
 ニールはごくりと、唾を飲み込んで、ページをめくった。

「すごい!読めるぞ!」
 なになに、と王女は言って、本に書かれている言葉を読み上げた。


「"殿下!愛しています。初めて会った時から!"」
「"私も、魔法学校の入学式でお前を一目見た時から、惹かれていた。愛してる"、"ちゅっ"」
「"殿下・・、あん!"」
「"ああ、かわいい、私のファビアン!""ちゅっ!ちゅう・・"」
「"殿下、そこはっ!ああん!"」
「"はあ、もうここは蕩けて私を受け入れ・・"」
 

「おっ、王女殿下!!もう、おやめくださいっ!!」
 あまりの内容に堪らず、ニールは王女の読み上げを静止した。
 内容とは裏腹に、王女は冷静だった。
「おいお前、これはすごいな。本当に神の国のものかもしれないぞ?だって兄上はこれから、魔法学校に入学するんだから。ー・・これは予言の書かもしれない。」
 そう言って、ニヤリと笑った。

「予言?」
 ニールはもう何も考えたくなかった。それなのに、また後方から騒がしい足音が迫ってきた。「レオノーラ!」と先ほどの青年ー王子の声がした。

「まずい、兄上だ!おいお前!これを隠せ!」 
「ええ?!」
「捕まりたくないだろう?!早くしろ!」
 
 ニールは半泣きだった。
「失礼します!」
 と言って王女の手に触れて、魔力を吸った。
 
(なんと、、この方は、聖女さまと真逆だ・・・!)

 ニールは王女から吸った魔力で素早く詠唱して、ごく自然な「影」を生み出しそこに本を隠した。

 青年ー王子はまた、兵士を連れ立ってやって来た。


「おいお前、さっきから何してる。レオノーラから離れろッ!しかも、これはなんだ!闇魔法だろう!!お前、魔物だったのか?!」

 王子は怒鳴った。そして、周りの兵士達に「捕まえろ!」と言って、ニールを拘束させた。


 ニールはほぼ無抵抗で、捕えられてしまった。


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