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3章

11.うそつき

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 ニールは猫の姿のまま、魔法学校に転移した。

(あれ?!レイヴィンとハルトがいない?!)

 ニールが辺りを見回すと、屋上に続く扉が少し開いていることに気が付いた。人の気配も感じる。隙間からそっと屋上へ出ると、ひんやりと冷たい朝の爽やかな風がニールの身体を撫でた。季節は冬の様だ。

(良かった夜じゃなくて・・。夜の学校は怖いから・・。)

  ニールは少しホッとして、バルコニーの方まで進んでみると、一人の青年が魔法の練習をしていた。
 回り込んで顔を確認して驚いた。

(シェーン?!・・いや違う。父様?)

 その青年は涼しげな紫色の目に明るい茶色の髪をしている。背はスラリと高く、人目を惹きそうな美青年だ。
   その青年はその後も何度か魔法を試して、苦しげに瞳を閉じた。

(随分若いけど、シェーンじゃない。この魔法・・父様だ。相変わらず、すごい力・・。)

 ニールがじっと見ていると、視線に気がついたケリーはニールに笑いかけた。

「かわいい。迷い猫・・?」

 ケリーはニールの頭と顎を指で撫でた。ニールが思わずニャーとすり寄ると、ケリーはニールをじっと見つめた。

「白銀の毛に、菫色の目・・。まるで、殿下とわたしが混ざったようだな・・。しかもこの青いリボン、殿下の色じゃないか・・。今日この日にお前に会えるなんて、縁起が良いな・・。」

 ケリーはそう言って愛おしい、というように笑った。
 ニールはケリーが”今日この日”といったので、今日、何かあるのだろうかと考えて身構えた。
 すると、少し離れた場所で、パーンと火薬が弾ける様な音が鳴り、その音を聞いたケリーは「いよいよだ。」と言ってニールを抱いたまま、屋上を降りていった。

 屋上を降りたケリーは更に、学校の奥へと歩いて行く。どうやら訓練場に向かっているらしい。すれ違う人達はケリーをみると、何やらヒソヒソと話をした。

「今日の闘技大会でついに、直接対決になるな。」
「でも、ケリーが勝ったところで男だし、ソフィア様がレイノルド殿下の婚約者に収まると言うのは既定路線だとか。」
「ソフィア様は公爵家だしな。勝敗を待たずに、もう婚約を発表するとも言われている・・。ケリーが不憫だ。」

 ケリーは話しを聞いても表情を変えなかったが、ケリーのニールを抱く手は震えていた。
 訓練場の手前の手洗い場に寄って、ケリーは顔を洗った。眠れなかったのだろうか、目の下には少し隈がある。

「この戦いに勝ったものが、レイノルドと結ばれる。・・絶対に勝つ。そう、約束したんだから・・。」

("闘技大会"とは、三年生が卒業総代を決めるために行う実践形式の大会のことだろうか?それに勝った方が、レイノルド陛下と結ばれる約束になっている・・・?)

 ケリーは訓練場の入り口につくと、ニールを離した。一度顎を撫でて、「元気でな」といって笑った。
 酷く、頼りなげな笑顔だった。

 闘技大会は勝ち抜き形式で行われた。魔道具などは使用せず純粋な魔法だけを使った試合が行われ、ケリーは一回戦から順調に勝ち進んだ。他者を寄せ付けない圧倒的な強さで危なげなく決勝まで駒を進めた。
 一方対抗馬のソフィアは、一二回戦を免除され、準々決勝からのスタートだった。その時点でケリーの方が二試合多い。ケリーの方が魔力、体力も消耗してしまうのだからと、ニールはケリーを心配した。

(男女のハンディなのだろうか・・?それとも、ソフィア様を勝たせるため・・?いや、そんなことは無いはずだが・・。)
 
 闘技大会は魔法学校主催の、公平な戦いのはずだが、ニールは訝しんだ。

 ニールはもう一度ケリーを探した。ケリーは決勝進出者の控室に移動するところで、控室に続く廊下を歩いていた。ニールがケリーの後ろを静かについて歩いていると、背後から「ケリー!」と呼ぶ声がした。ケリーはその声に振り返ると、溶ける様な笑顔で笑った。
 やってきたのは、レイノルドだった。レイノルドは腕に包帯を巻いている。

「レイノルド、腕の具合はどう?」
「ケリー・・腕はもういいんだ。・・見てくれ。」
 レイノルドは包帯を解いて見せたが、傷は何処にも見当たらない。ケリーは目を見張った。

「私は、お前やソフィアに敵わないから不戦敗を選んだ情けない男だ。お前たちが、私を巡って争う・・そんな価値はない。」
「何が言いたいんだ?」
「負けてくれ、ケリー。私はソフィアと婚約する。・・済まない。わたしはやはり、子を成さねばならん。」
 ケリーは黙って目を閉じた。

 ケリーはレイノルドに何も答えず、控室に入っていき呼びかけにも応じなかった。ニールは控え室の前でじっと待っていたが、今度はレイノルドに抱き上げられて、観覧席へ連れて行かれた。
 
 決勝に出てきたケリーは、見ているこちらが泣き出しそうになるほど顔色を失っていた。

 しかし、試合ではソフィアを全く寄せ付けず、圧勝した。
 
 傷ついて倒れたソフィアを、レイノルドが駆け寄って介抱した。その二人の姿を見てその場にいた全員が、レイノルドとソフィアが婚約するのだろうということを理解した。言わなくても分かる。それなのに非情にも、表彰式の席で正式に二人の婚約は発表されてしまった。
 ケリーは顔面蒼白のまま、その光景を見つめていた。

 ニールは居ても立っても居られず、ケリーを追いかけた。ケリーは寄宿舎に着くと、まっすぐ自室にこもり涙を流した。

「約束したくせに、陛下も殿下も、あの戦いに勝てば私を王配にすると・・!嘘つき・・!!」
 ケリーは寝台に倒れ込むと、布団に顔を埋めて、泣き声を押し殺した。
「殿下と私は、運命だと・・結ばれる運命だと言ったくせに・・!恋人岬で、誓いを立てると約束して・・!それなのにやはり子供を成さねばならない?!・・嘘つき、嘘つき・・!!」

 ニールはケリーに寄り添った。しかし一晩中、ケリーの涙が枯れることはなかった。

 
 翌朝、ケリーは手早く支度を済ませると、朝早くに部屋を出た。ケリーはこうなる事を分かっていたのかもしれない。部屋に荷物は少なく、持って出た荷物も小さな鞄一つだけだった。

 魔法学校の寄宿舎を出て、庭園を歩いて行くと、城の手前でレイノルドが待っていた。

「ケリー・・。出て行くつもりか?」
「・・。」
 ケリーが声を出さずに頷くと、それを見たレイノルドはケリーを抱きしめた。

「ケリー・・!私が愛しているのはお前だけだ!でも私はこの国の第一王子・・子を成さねばならん。分かってくれ・・!」
 レイノルドはそういうと、虚ろな目をしているケリーの頬を両手で包むと口づけた。長い口づけのあと、レイノルドはゆっくり唇を離すと、ケリーをもう一度強く抱きしめた。

「私のところに残ってくれ!お前に会えなくなるなんて考えられないんだ!愛妾か、側室か・・それが嫌なら爵位をやる・・!」
「私を、二番目にする、ということ・・?そんなこと、許されると思うのか・・?」
「それは、お前のためなら・・!なんでもする!側にいてほしいんだ!」
「なんでもする・・?違うよ、レイノルド・・。」
 ケリーはレイノルドの胸をドン、と押した。それはかなり力強く、レイノルドは後ろによろけた。

「ケリー・・?」
「そんなに私を軽んじて、許されると思ったのか?あんなに、愛している、運命だと言ったくせに。始まりのあの場所で、私たちも愛を誓おうといったくせに・・・。簡単に、私との約束を破って、許されるとでも・・?」

 ケリーは青ざめたレイノルドの頬にそっと触れると、レイノルドを見つめて、暗い笑顔で言った。

「今生で、お前に会うことは二度とないだろう。・・これはお仕置きだよ?レイノルド・・。」

「ケリー・・待ってくれ!そんなことを言わないでくれ!」
「さよなら。レイノルド・・お前が死んだら、また会おう。」
「それは、来世でまた会おう、ということ・・?」
「・・・そうだな・・。」

 ケリーはポケットから小さい南京錠を取り出した。そしてニールの首に巻いているリボンにそれを付けると鍵を閉めた。ケリーは小さい声でニールに「行け」と言って、ニールを花壇の中に隠した。
 そして、南京錠の鍵を空に向かって投げ捨てた。鍵は高く上がりキラリと光った。ニールは目で追ったが、どこに落ちたのかは確認できなかった。あまりにも遠くに落ちたからなのか、土の上だからなのか音もなく鍵は消えた。

「お前に”来世”があるのなら・・。」

 ケリーはそう言うと、振り返らずに魔法学校を出ていった。

 
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