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第3話 街の風とふわふわ日和
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ルーヴェンの街に春の風が吹いた。
丘の上から見下ろせば、湖面は淡く光を返し、柳の枝先で小鳥たちがはしゃいでいる。
冬の間閉ざされていた森の小道も雪解け水で潤い、街全体が静かに息を吹き返していた。
ユリス・アルヴィンはその朝、領主館の執務室で胸を弾ませていた。
机の上には一枚の申請書。そこには、彼がここ数日願っていたことが書かれている。
――「外回り時の専属護衛騎士の配置願い」
「ユリス、本当に出すのか?」
領主は椅子から顔を上げ、眼鏡の奥の瞳でじっと彼を見た。
「はい。外での仕事が増えましたし、先日の港の件もありますから。……それに、お願いしたい人がいるんです」
「……ルーヴァンの巡回護衛隊、ガルドだな?」
ユリスは顔を輝かせて頷いた。
領主は苦笑をこぼしながら、署名欄に羽ペンを走らせる。
「分かった。彼の上官には私から話しておこう。――あれは真面目すぎるくらい真面目だ。お前を守るには最適だろうが……」
「?」
「……お前、我慢できるのか?狼族は尻尾に触れられるのは好まないのは知ってるな?近くに常にあれがあるんだぞ。お前が耐えられるのか?」
「っ……!」
図星すぎて、ユリスは思わず書類を握りしめた。
しかし否定もできない。あの灰銀の毛並み、陽の下で光るふわふわの尻尾を思い出しただけで、頬が緩む。
(あんなに綺麗なモフモフ、そうそうお目にかかれない……!)
ユリスの緩んだ顔を見て、領主は長いため息をつき、現実に引き戻した。
「まぁ、お前が我慢すればいい話だ。とりあえず仕事に戻れ。午後には館に来るはずだ」
「は、はい!」
◇
昼下がり、春風が館の庭を通り抜け、白い花びらを舞い上げたころ、領主の執務室にノックが響く。
案内役の従者がそっと扉を開け、頭を下げる。
「閣下、巡回護衛隊、ガルド・ルヴァーン殿がお見えです」
――本当に来た。
ユリスは胸の鼓動を押さえながら、扉の方へ向かう。
そこに立つガルドは、いつもより少しだけ緊張して見えた。
深緑の外套の下に、連邦式の軽鎧。肩章にはルーヴェンの紋章。
灰銀の髪が光を受け、耳の先がぴくりと動く。
琥珀の瞳がユリスを見つけると、ほんの僅かに柔らいだ。
それがわかって、ユリスは頬が少し染まる。
それを横目にガルドは切り替え、深く頭を下げた。
「閣下、お呼びにより参上いたしました、巡回護衛隊、ガルド・ルヴァーンにございます」
低く落ち着いた声。
領主は机から立ち上がり、短く言った。
「あぁ、急な依頼で申し訳ないが、ガルド殿、正式にユリスの護衛を頼みたい。彼の外回りはこの街にとって重要でね。ぜひ、君の腕を借りたい。もう知っているかもしれないが、ユリスは少々危なっかしいところがあってね、私としても、君が常に一緒にいてくれると安心して、仕事を任せられるのだが、どうだろうか?」
ガルドは背筋を正し、静かに頭を下げた。
「承知しました」
短い言葉の中に、迷いはない。
ただ一瞬、視線がユリスの方に流れ、その琥珀色がほんの少しやわらいだように見えた。
「ありがとう。では、細かい話はユリスと詰めてくれ。ユリス、あとの案内は君がしなさい」
領主の言葉に、ユリスは「は、はい!」と返事をし、ガルドを執務室に案内した。
◇
「こちらです、どうぞ」
ユリスの執務室は、書類と本と観葉植物でいっぱいだった。
机の隅には、旅人からもらった小さな風鈴が吊られている。窓から吹き込む風に鳴り、ちりんと可愛い音を立てた。
ガルドは部屋を一瞥したあと、静かに扉を閉めた。
それだけで空気が一段落ち着くような気がする。
ユリスはガルドに向き合い、にこっと笑った。
「改めまして、僕はユリス・アルヴィンと申します。領主補佐として働いています。ガルドさん、引き受けてくださり、ありがとうございます!」
「あぁ。……その件、いくつか確認したい。行動範囲はどこまでだ」
「市場、港、教会、それと……風のカフェにも。たまに図書館の調査もあります」
「風のカフェ……? 飲食店の警備まで?」
「ええ。あそこは商談の場にも使われるんです」
「……なるほど。護衛はこの館にいる間もか?」
「いいえ、外回りの時だけです。僕がこの館内で仕事しているときは自由になさっていただいて構いません。ただ、急な外出がないとも言えませんので、出来れば、近くにいてほしいです」
「それは夜間もか?」
「さすがに夜間まで拘束はしません!僕はここに住んでますので、帰宅中に怪我することもありませんし」
「わかった」
会話中の視線や仕草までも、つい見てしまう。
綺麗な姿勢で立つその姿がまた格好よくて、ユリスは頬が熱くなる。
――いやいや、見惚れてる場合じゃないって!
今日の本題はもう一つある。
彼を正式な護衛に迎えるにあたって、制服の支給が必要なのだ。
しかし――。
「サイズが……ないですね」
ユリスは倉庫から持ってきた制服を、ガルドの前に並べてみて、苦笑した。
どれも丈が足りない。彼の身長では、どんなものも袖が短くなる。
「狼族は、体格が平均より上だからな」
「う~ん……採寸して、作ってもらいましょう」
ユリスは改めて彼の肩幅と腕の厚みを見て、(これが“戦士の体”なんだな)と内心感嘆した。
布越しでも分かる筋肉の線。外套の下でゆっくり揺れる灰銀のしっぽ。
――あぁ、やっぱり、きれい。
「どうした」
「い、いえっ……」
慌てて視線をそらすユリス。頬が真っ赤になる。
――我慢しろって、領主様に言われたのに。
でも、見てしまった。見ずにはいられなかった。
彼の耳の先が、陽を浴びてふわふわに光っていたのだ。
そして、気づけば口から出ていた。
「……ガルドさんの耳、すごくきれい」
「は?」
「あ……、えっと、その、毛並みというか……光に当たってキラキラして……きれいだなって」
ガルドは明らかに固まった。
琥珀の瞳が瞬きを忘れ、尻尾の先がピタリと止まる。
その姿が可愛らしくて、ユリスは思わず微笑む。
「あの、……触っちゃダメですか?」
「――!」
ガルドの耳が、ピンと立つ。
そして、即座に視線を逸らしながら低く答えた。
「……ダメだ」
「ちょっとだけでも?」
「ユリス殿」
「“殿”なんて呼ばないでください。僕の方が年下ですから。……あの、お願いです、今日だけ!」
ユリスの声は本気だった。
目を輝かせ、両手を胸の前でそっと合わせる。
その仕草が可愛すぎて、ガルドの喉がひくりと鳴った。
――ああ、ずるい。そんな顔をするな。
「……今日だけだぞ」
「!?ありがとうございます!」
嬉しそうに跳ねるユリスに、ガルドは苦笑ともため息ともつかない息を漏らした。
彼は少しだけ腰を屈め、耳をユリスの前に差し出す。
「……軽く、だ」
「はいっ!」
ユリスの指が、そっと銀灰の毛並みに触れた瞬間――。
信じられないほど柔らかかった。
まるで風そのものを撫でているように、指先に温かい微振動が伝わる。
毛並みの奥からは微かな熱と、森林の爽やかな匂いがした。
「わぁ……すごい……!」
ユリスは感嘆の息を漏らしながら、何度も撫でた。
ガルドは完全に固まっている。
耳がぴくぴくと動き、尻尾の先が――わずかに揺れた。
「ガルドさん、しっぽ、動いてますよ」
「っ……! 動かないようにしてるんだが……勝手に……」
「ふふ、かわいい」
「やめろ……」
その声が、少し掠れていた。
普段の低く穏やかな声ではなく、どこか照れたような響き。
ユリスはその変化が嬉しくて、つい笑ってしまう。
「……はい、もう満足です。ありがとうございました」
「……そうか」
ガルドは軽く息を吐き、耳を整えた。
その仕草も妙に慎重で、また尾がわずかに揺れた。
ユリスはそれを見て、頬に手を当てたまま小さく呟いた。
「ガルドさんって、思ってたよりずっと優しいですね。はじめはちょっと怖かったですけど」
「優しい? 俺が?」
「はい。ずっと僕を見守ってくれて、今日もこうして……僕の我儘にもつき合ってくれて。……嬉しいです」
ユリスの笑顔にガルドは一瞬だけ言葉を失い、目を伏せた。
頬に光が射し、その横顔が穏やかにほころぶ。
「……お前は、よく笑うな」
「だって、ガルドさんが傍にいると嬉しくて」
「……」
その言葉に、ガルドの尾がふわりと揺れた。
彼はごまかすように窓の外を見た。
そこには、ルーヴェンの街を渡る春風。花びらがふたりの間に舞い込み、机の上にそっと落ちる。
「……まったく、俺の任務は厄介だな」
「え?」
「お前を守る以前に――自分の理性を守らなければならない」
低く呟いた声に、ユリスはきょとんとする。
意味を理解したのは、その頬に再び赤みが差してからだった。
「え、えっ!? そ、そんな……!」
「からかっているわけではない」
「ガ、ガルドさん……!?」
顔を真っ赤にするユリスを見て、ガルドの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
それは彼がこの街に来て以来、初めて見せた穏やかな笑顔だった。
◇
夕方、ガルドが執務室を出ていく背を、ユリスは名残惜しそうに見送った。
灰銀の尾がゆらりと揺れ、夕陽の中でやわらかく光る。
(これから、毎日ガルドさんと過ごせるなんて……)
幸せすぎて、胸がくすぐったい。
ユリスは窓を開け、風を吸い込んだ。
ルーヴェンの街の風は、今日も穏やかで優しい。
「……ガルドさん、ほんとにかっこいい」
その声は風に乗り、遠くへ流れた。
外では、ちょうどガルドが振り返るように立ち止まっていた。
彼の耳が、わずかに動く。
風が、二人のあいだを結ぶように吹き抜けた。
丘の上から見下ろせば、湖面は淡く光を返し、柳の枝先で小鳥たちがはしゃいでいる。
冬の間閉ざされていた森の小道も雪解け水で潤い、街全体が静かに息を吹き返していた。
ユリス・アルヴィンはその朝、領主館の執務室で胸を弾ませていた。
机の上には一枚の申請書。そこには、彼がここ数日願っていたことが書かれている。
――「外回り時の専属護衛騎士の配置願い」
「ユリス、本当に出すのか?」
領主は椅子から顔を上げ、眼鏡の奥の瞳でじっと彼を見た。
「はい。外での仕事が増えましたし、先日の港の件もありますから。……それに、お願いしたい人がいるんです」
「……ルーヴァンの巡回護衛隊、ガルドだな?」
ユリスは顔を輝かせて頷いた。
領主は苦笑をこぼしながら、署名欄に羽ペンを走らせる。
「分かった。彼の上官には私から話しておこう。――あれは真面目すぎるくらい真面目だ。お前を守るには最適だろうが……」
「?」
「……お前、我慢できるのか?狼族は尻尾に触れられるのは好まないのは知ってるな?近くに常にあれがあるんだぞ。お前が耐えられるのか?」
「っ……!」
図星すぎて、ユリスは思わず書類を握りしめた。
しかし否定もできない。あの灰銀の毛並み、陽の下で光るふわふわの尻尾を思い出しただけで、頬が緩む。
(あんなに綺麗なモフモフ、そうそうお目にかかれない……!)
ユリスの緩んだ顔を見て、領主は長いため息をつき、現実に引き戻した。
「まぁ、お前が我慢すればいい話だ。とりあえず仕事に戻れ。午後には館に来るはずだ」
「は、はい!」
◇
昼下がり、春風が館の庭を通り抜け、白い花びらを舞い上げたころ、領主の執務室にノックが響く。
案内役の従者がそっと扉を開け、頭を下げる。
「閣下、巡回護衛隊、ガルド・ルヴァーン殿がお見えです」
――本当に来た。
ユリスは胸の鼓動を押さえながら、扉の方へ向かう。
そこに立つガルドは、いつもより少しだけ緊張して見えた。
深緑の外套の下に、連邦式の軽鎧。肩章にはルーヴェンの紋章。
灰銀の髪が光を受け、耳の先がぴくりと動く。
琥珀の瞳がユリスを見つけると、ほんの僅かに柔らいだ。
それがわかって、ユリスは頬が少し染まる。
それを横目にガルドは切り替え、深く頭を下げた。
「閣下、お呼びにより参上いたしました、巡回護衛隊、ガルド・ルヴァーンにございます」
低く落ち着いた声。
領主は机から立ち上がり、短く言った。
「あぁ、急な依頼で申し訳ないが、ガルド殿、正式にユリスの護衛を頼みたい。彼の外回りはこの街にとって重要でね。ぜひ、君の腕を借りたい。もう知っているかもしれないが、ユリスは少々危なっかしいところがあってね、私としても、君が常に一緒にいてくれると安心して、仕事を任せられるのだが、どうだろうか?」
ガルドは背筋を正し、静かに頭を下げた。
「承知しました」
短い言葉の中に、迷いはない。
ただ一瞬、視線がユリスの方に流れ、その琥珀色がほんの少しやわらいだように見えた。
「ありがとう。では、細かい話はユリスと詰めてくれ。ユリス、あとの案内は君がしなさい」
領主の言葉に、ユリスは「は、はい!」と返事をし、ガルドを執務室に案内した。
◇
「こちらです、どうぞ」
ユリスの執務室は、書類と本と観葉植物でいっぱいだった。
机の隅には、旅人からもらった小さな風鈴が吊られている。窓から吹き込む風に鳴り、ちりんと可愛い音を立てた。
ガルドは部屋を一瞥したあと、静かに扉を閉めた。
それだけで空気が一段落ち着くような気がする。
ユリスはガルドに向き合い、にこっと笑った。
「改めまして、僕はユリス・アルヴィンと申します。領主補佐として働いています。ガルドさん、引き受けてくださり、ありがとうございます!」
「あぁ。……その件、いくつか確認したい。行動範囲はどこまでだ」
「市場、港、教会、それと……風のカフェにも。たまに図書館の調査もあります」
「風のカフェ……? 飲食店の警備まで?」
「ええ。あそこは商談の場にも使われるんです」
「……なるほど。護衛はこの館にいる間もか?」
「いいえ、外回りの時だけです。僕がこの館内で仕事しているときは自由になさっていただいて構いません。ただ、急な外出がないとも言えませんので、出来れば、近くにいてほしいです」
「それは夜間もか?」
「さすがに夜間まで拘束はしません!僕はここに住んでますので、帰宅中に怪我することもありませんし」
「わかった」
会話中の視線や仕草までも、つい見てしまう。
綺麗な姿勢で立つその姿がまた格好よくて、ユリスは頬が熱くなる。
――いやいや、見惚れてる場合じゃないって!
今日の本題はもう一つある。
彼を正式な護衛に迎えるにあたって、制服の支給が必要なのだ。
しかし――。
「サイズが……ないですね」
ユリスは倉庫から持ってきた制服を、ガルドの前に並べてみて、苦笑した。
どれも丈が足りない。彼の身長では、どんなものも袖が短くなる。
「狼族は、体格が平均より上だからな」
「う~ん……採寸して、作ってもらいましょう」
ユリスは改めて彼の肩幅と腕の厚みを見て、(これが“戦士の体”なんだな)と内心感嘆した。
布越しでも分かる筋肉の線。外套の下でゆっくり揺れる灰銀のしっぽ。
――あぁ、やっぱり、きれい。
「どうした」
「い、いえっ……」
慌てて視線をそらすユリス。頬が真っ赤になる。
――我慢しろって、領主様に言われたのに。
でも、見てしまった。見ずにはいられなかった。
彼の耳の先が、陽を浴びてふわふわに光っていたのだ。
そして、気づけば口から出ていた。
「……ガルドさんの耳、すごくきれい」
「は?」
「あ……、えっと、その、毛並みというか……光に当たってキラキラして……きれいだなって」
ガルドは明らかに固まった。
琥珀の瞳が瞬きを忘れ、尻尾の先がピタリと止まる。
その姿が可愛らしくて、ユリスは思わず微笑む。
「あの、……触っちゃダメですか?」
「――!」
ガルドの耳が、ピンと立つ。
そして、即座に視線を逸らしながら低く答えた。
「……ダメだ」
「ちょっとだけでも?」
「ユリス殿」
「“殿”なんて呼ばないでください。僕の方が年下ですから。……あの、お願いです、今日だけ!」
ユリスの声は本気だった。
目を輝かせ、両手を胸の前でそっと合わせる。
その仕草が可愛すぎて、ガルドの喉がひくりと鳴った。
――ああ、ずるい。そんな顔をするな。
「……今日だけだぞ」
「!?ありがとうございます!」
嬉しそうに跳ねるユリスに、ガルドは苦笑ともため息ともつかない息を漏らした。
彼は少しだけ腰を屈め、耳をユリスの前に差し出す。
「……軽く、だ」
「はいっ!」
ユリスの指が、そっと銀灰の毛並みに触れた瞬間――。
信じられないほど柔らかかった。
まるで風そのものを撫でているように、指先に温かい微振動が伝わる。
毛並みの奥からは微かな熱と、森林の爽やかな匂いがした。
「わぁ……すごい……!」
ユリスは感嘆の息を漏らしながら、何度も撫でた。
ガルドは完全に固まっている。
耳がぴくぴくと動き、尻尾の先が――わずかに揺れた。
「ガルドさん、しっぽ、動いてますよ」
「っ……! 動かないようにしてるんだが……勝手に……」
「ふふ、かわいい」
「やめろ……」
その声が、少し掠れていた。
普段の低く穏やかな声ではなく、どこか照れたような響き。
ユリスはその変化が嬉しくて、つい笑ってしまう。
「……はい、もう満足です。ありがとうございました」
「……そうか」
ガルドは軽く息を吐き、耳を整えた。
その仕草も妙に慎重で、また尾がわずかに揺れた。
ユリスはそれを見て、頬に手を当てたまま小さく呟いた。
「ガルドさんって、思ってたよりずっと優しいですね。はじめはちょっと怖かったですけど」
「優しい? 俺が?」
「はい。ずっと僕を見守ってくれて、今日もこうして……僕の我儘にもつき合ってくれて。……嬉しいです」
ユリスの笑顔にガルドは一瞬だけ言葉を失い、目を伏せた。
頬に光が射し、その横顔が穏やかにほころぶ。
「……お前は、よく笑うな」
「だって、ガルドさんが傍にいると嬉しくて」
「……」
その言葉に、ガルドの尾がふわりと揺れた。
彼はごまかすように窓の外を見た。
そこには、ルーヴェンの街を渡る春風。花びらがふたりの間に舞い込み、机の上にそっと落ちる。
「……まったく、俺の任務は厄介だな」
「え?」
「お前を守る以前に――自分の理性を守らなければならない」
低く呟いた声に、ユリスはきょとんとする。
意味を理解したのは、その頬に再び赤みが差してからだった。
「え、えっ!? そ、そんな……!」
「からかっているわけではない」
「ガ、ガルドさん……!?」
顔を真っ赤にするユリスを見て、ガルドの口元にかすかな笑みが浮かんだ。
それは彼がこの街に来て以来、初めて見せた穏やかな笑顔だった。
◇
夕方、ガルドが執務室を出ていく背を、ユリスは名残惜しそうに見送った。
灰銀の尾がゆらりと揺れ、夕陽の中でやわらかく光る。
(これから、毎日ガルドさんと過ごせるなんて……)
幸せすぎて、胸がくすぐったい。
ユリスは窓を開け、風を吸い込んだ。
ルーヴェンの街の風は、今日も穏やかで優しい。
「……ガルドさん、ほんとにかっこいい」
その声は風に乗り、遠くへ流れた。
外では、ちょうどガルドが振り返るように立ち止まっていた。
彼の耳が、わずかに動く。
風が、二人のあいだを結ぶように吹き抜けた。
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