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第4話 教会の鐘と護衛騎士
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その朝、ルーヴェンの空はよく晴れていた。
湖から吹く風はまだ早春の冷たさをわずかに含み、教会の尖塔の上で渦を巻いて、やわらかく通りへ降りてくる。石畳は乾き、パン屋の甘い香りが市場へ流れ、鐘楼の下では子どもたちが「今日は何の鐘?」と指を折って数えていた。
「午前の3つ目は、共同炊き出しの合図だよ」
ユリス・アルヴィンは微笑んで、子どもたちに紙札を配った。
「列を乱さず、1人1杯だよ。転ばないようにね」
隣では、灰銀の尾が静かに揺れている。
今日もユリスの半歩後ろ、視界の縁すべてに目を配る護衛騎士ガルド。
教会前での安全確認は、午前の仕事の中でも少しだけ緊張を要する。人と獣人が多く集まり、荷車が行き交い、鐘の音で子どもが走り出す。些細な行き違いが、大きな事故の芽になることもある。
「列の間隔を広げる。入口に2人、出口に1人見張りを」
ガルドは短い言葉で修道士たちと息を合わせ、狼族の若者に目配せした。
その手際のよさに、修道女が感心して頷く。
「なんて頼もしい方……」
ユリスは胸が誇らしくなる反面、胸で小さな泡が弾ける音を聞いたような気がした。
(頼もしい、うん……確かにかっこいい上に頼もしいけど!でも……ガルドさんは僕の護衛なんだから)
鐘が鳴った。
最初の一打が空気を震わせ、二打、三打と音が連なって街を洗う。
合図に合わせて子どもたちが小さな木椀を手に走り出す――そのとき、角の向こうから荷車が一台、早すぎる速度で飛び出してきた。
「危ない!」
ユリスの声より早く、灰銀が風を裂く。
ガルドは一歩で子どもの前に入り、片腕で少年を抱え上げ、反対の腕で荷車の把手を掴んで軌道を逸らした。荷車は石壁にぶつかる寸前で止まり、荷を積んだ麻袋が揺れて、豆がぱらぱらと石畳を跳ねた。
少年はぽかんと口を開け、次いで泣き出す……かと思いきや、「すごい!」と目を輝かせた。
「おじさん、かっこいい!」
「……おじさんではない」
ガルドは少しだけ困った顔をした。
その横で、荷車の持ち主が汗だくで頭を下げる。
「す、すいません! 車軸の止めが甘くて……!」
「次からは坂では必ず車止めを使え。子どもの動線に荷車を入れないように。――大丈夫か」
抱えていた少年を地面に降ろし、袖の埃をはらう。
少年は嬉しそうに尻尾を見上げた。
「それ、触ってもいい?」
ガルドの尾がぴたりと止まった。
ユリスの心臓がぴくりと跳ねる。
(だ、だめ、そこは……! それは僕の……!いや、僕のっていうのも違うけど~!!)
「……今は任務中だ。列に戻れ」
ガルドは穏やかにかわし、少年の背を軽く押して列へ戻した。
少年は「はーい」と返事をして駆けていく。代わりに、別の子が2人、3人とやって来た。
「お兄ちゃん、強い!」
「お耳、ふわふわ!」
「ねぇ、剣見せて!」
「剣は見せられない」
「つよいひとの写真ほしい!」
「写真はない」
「じゃあ似顔絵!」
「……早く列に戻れ」
子どもたちは笑い転げ、修道女たちは目を細め、狼族の若者は「ガルド殿! こっちの荷もお願いします!」と頼ってくる。
視界のあちこちで「ガルドさん」「ガルド殿」「護衛さん」と呼ぶ声が跳ね、灰銀の尾がそのたびに小さく反応する。
ユリスの胸の中の泡が、ついに弾けた。
(人気……! 人気がすごい! いや、わかる。わかるけど~! 僕だけの護衛なのに!)
自分でも驚くほど、頬がむっと熱くなる。
嫉妬と呼ぶには可笑しく、しかし甘く苦い感情が、喉の奥に砂糖菓子みたいに詰まる。
さらに追い打ちが来た。
小さな女の子が両手いっぱいに白い花を抱え、ガルドに差し出したのだ。
「これ、あげる。ありがとうの花」
ガルドはきょとんとしたあと、耳をわずかに伏せて受け取った。
「……礼を言うのは俺の方だ」
花束が、灰銀に似合いすぎた。
ユリスは胸のをぎゅっと掴まれた気分になる。
そこで、修道長が近づいてきて、ユリスにほほ笑んだ。
「いい護衛さんじゃない、ユリス。あの方、子どもにも優しいし、危ないところの勘が利く。――あなたも、嬉しいだろう?」
「も、もちろん、です」
声が半音ほど裏返る。修道長は気づかないふりをして、鐘楼の下へ戻っていった。
午後の配膳が終わり、片づけもひと段落ついた頃。
ユリスは勇気を出して、ガルドの外套の裾を、ほんの指先で摘んだ。
「……少し、お時間、いいですか」
教会の裏手、陽の光が回り込む細い通路で、ユリスは深呼吸を二度した。
ガルドは黙って待っている。琥珀の瞳がいつもより柔らかく、風の音まで静かに聞こえる。
「えっと……その……」
言葉がまとまらない。自分でも可笑しくなる。
でも、言わなければ伝わらない。
ユリスは決心して、真正面から見上げた。
「ガルドさんは……僕だけの護衛、ですよね!?」
ガルドの耳がぴくりと動く。
「そうだ」
「なら……あの、あまり人気者にならないでください!!」
言ってから、耳まで熱くなる。
「あ、人気なのは良いことなんですけど……いや、やっぱり良くない。僕的には良くない……です……」
ガルドが瞬きをした後、ほんの少し口角を上げた。
「……ヤキモチか」
「ヤ、ヤキモチというか……その……」
ユリスは情けなく視線を泳がせ、両頬を手で押さえた。
「すみません、僕子どもっぽいですね。先ほど、ガルドさんのしっぽを触られそうになったとき、心臓がびっくりして……。たぶん、僕、ガルドさんの“特別”が、誰かに触れられるのが嫌で……」
風が、ひとひらの花びらを運ぶ。
それがユリスの肩に落ちてすぐ、指先より大きな温もりが届いた。
ガルドの手だ。そっと、肩に置かれる。
「触らせていない」
低い声が、胸の真ん中に落ちる。
「俺の耳も、尾も、剣も。――お前だけだ。他は許可するつもりはない」
ユリスの視界が、にわかに熱で滲む。
喉が詰まって声が出ない。
「……ユリス」
呼ばれて顔を上げると、琥珀の瞳が近い。
「これからもそうして言葉にしてくれ。お前が黙って我慢するより、ずっといい」
――嬉しくて、嬉しすぎて、思考が止まりそう。
ガルドを見つめたまま、固まったユリス。
その様子に苦笑したガルドは持っていた花束から一輪を抜き取った。
白い小花――子どもがくれた「ありがとうの花」。
それを、ユリスの胸元の紐に、器用に挟む。
「……似合うな」
「へ?」
「お前には花が似合うと言っている」
「あ、あの、ガルドさん……もう僕倒れそう」
「これくらいで、倒れるな」
ガルドはわずかに笑って、耳を小さく伏せる。
「――ユリス、手を」
「……手って?」
問い終える前に、ユリスの手が取られた。
指と指の間を絡めるようにつなぐ。
ガルドの手のひらは大きく、温かい。皮手袋を外した指先のざらりとした感触が、紙仕事で薄く硬くなったユリスの指と噛み合う。
「子どもの前ではできないが、ここなら、いいだろ」
言葉はそれだけ。
ユリスはぎゅっと目を閉じた。
――胸がいっぱいで上手く言葉が出ない。嬉しいって、ちゃんと伝えたいのに。
胸に挿さった小花が、風でかすかに震える。
灰銀の尾が、互いの足元でゆっくりと揺れた。
そこへ鐘が鳴った。
午後の合図。街が再び動き出す。
「戻るぞ」
ガルドは手を離そうとした。
ユリスは指をきゅっと握り返す。
「……もう少しだけ、ダメですか?」
上目遣いに囁くと、ガルドの耳が静かに傾いた。
「任務に支障が出る」
「じゃあ、3つ、数える間だけ」
「……わかった。数えるぞ……1、2、3」
ユリスは名残惜しく手を放し、その手を見つめた。
胸の花を指先で触れる。
白い花がほんのり色づいて見える気がして――
教会前に戻ると、子どもたちがまた集まってくる。
さっきの女の子が駆けてきて、ユリスの胸の花を見上げた。
「それ、きれい!」
ユリスはしゃがんで目線を合わせ、「さっき、君がくれたお花だよ。今度は僕から“ありがとう”」と笑った。
女の子は照れ笑いし、今度はちゃんと列へ戻っていった。
その横で、ガルドが小さくふっと笑う。
ユリスの心臓がまた一つやわらかく跳ねた。
配膳の最後の鍋が空になり、片づけが終わるころには、陽は少し傾き始めていた。
鐘楼の影が長く伸び、尖塔の先だけが金色に燃える。
風がやみ、鳥が低く飛び、街の音が夕方の高さに変わる。
「……今日も、ありがとうございました」
ユリスが言うと、ガルドは「任務だ」と短く返した。
「人気者のガルドさん」
「やめろ」
「じゃあ、僕だけの……ガルドさん」
「……それで、いい」
その返事が嬉しくて、ユリスは思わず笑みを漏らす。
帰り道、二人は教会の壁に沿って歩いていた。
ルーヴェンの風が、やさしく尾と髪を撫でて通り抜けていく。
その風の手触りは、ユリスにとって、きっとずっと忘れられない今日の記憶になる。
――僕だけのガルドさん
ユリスの足取りがいつもよりも軽い。
今日のことを思い起こし、つい微笑みがこぼれる。
鐘の余韻が街を包み、二人の足音が石畳に穏やかに刻まれていった。
湖から吹く風はまだ早春の冷たさをわずかに含み、教会の尖塔の上で渦を巻いて、やわらかく通りへ降りてくる。石畳は乾き、パン屋の甘い香りが市場へ流れ、鐘楼の下では子どもたちが「今日は何の鐘?」と指を折って数えていた。
「午前の3つ目は、共同炊き出しの合図だよ」
ユリス・アルヴィンは微笑んで、子どもたちに紙札を配った。
「列を乱さず、1人1杯だよ。転ばないようにね」
隣では、灰銀の尾が静かに揺れている。
今日もユリスの半歩後ろ、視界の縁すべてに目を配る護衛騎士ガルド。
教会前での安全確認は、午前の仕事の中でも少しだけ緊張を要する。人と獣人が多く集まり、荷車が行き交い、鐘の音で子どもが走り出す。些細な行き違いが、大きな事故の芽になることもある。
「列の間隔を広げる。入口に2人、出口に1人見張りを」
ガルドは短い言葉で修道士たちと息を合わせ、狼族の若者に目配せした。
その手際のよさに、修道女が感心して頷く。
「なんて頼もしい方……」
ユリスは胸が誇らしくなる反面、胸で小さな泡が弾ける音を聞いたような気がした。
(頼もしい、うん……確かにかっこいい上に頼もしいけど!でも……ガルドさんは僕の護衛なんだから)
鐘が鳴った。
最初の一打が空気を震わせ、二打、三打と音が連なって街を洗う。
合図に合わせて子どもたちが小さな木椀を手に走り出す――そのとき、角の向こうから荷車が一台、早すぎる速度で飛び出してきた。
「危ない!」
ユリスの声より早く、灰銀が風を裂く。
ガルドは一歩で子どもの前に入り、片腕で少年を抱え上げ、反対の腕で荷車の把手を掴んで軌道を逸らした。荷車は石壁にぶつかる寸前で止まり、荷を積んだ麻袋が揺れて、豆がぱらぱらと石畳を跳ねた。
少年はぽかんと口を開け、次いで泣き出す……かと思いきや、「すごい!」と目を輝かせた。
「おじさん、かっこいい!」
「……おじさんではない」
ガルドは少しだけ困った顔をした。
その横で、荷車の持ち主が汗だくで頭を下げる。
「す、すいません! 車軸の止めが甘くて……!」
「次からは坂では必ず車止めを使え。子どもの動線に荷車を入れないように。――大丈夫か」
抱えていた少年を地面に降ろし、袖の埃をはらう。
少年は嬉しそうに尻尾を見上げた。
「それ、触ってもいい?」
ガルドの尾がぴたりと止まった。
ユリスの心臓がぴくりと跳ねる。
(だ、だめ、そこは……! それは僕の……!いや、僕のっていうのも違うけど~!!)
「……今は任務中だ。列に戻れ」
ガルドは穏やかにかわし、少年の背を軽く押して列へ戻した。
少年は「はーい」と返事をして駆けていく。代わりに、別の子が2人、3人とやって来た。
「お兄ちゃん、強い!」
「お耳、ふわふわ!」
「ねぇ、剣見せて!」
「剣は見せられない」
「つよいひとの写真ほしい!」
「写真はない」
「じゃあ似顔絵!」
「……早く列に戻れ」
子どもたちは笑い転げ、修道女たちは目を細め、狼族の若者は「ガルド殿! こっちの荷もお願いします!」と頼ってくる。
視界のあちこちで「ガルドさん」「ガルド殿」「護衛さん」と呼ぶ声が跳ね、灰銀の尾がそのたびに小さく反応する。
ユリスの胸の中の泡が、ついに弾けた。
(人気……! 人気がすごい! いや、わかる。わかるけど~! 僕だけの護衛なのに!)
自分でも驚くほど、頬がむっと熱くなる。
嫉妬と呼ぶには可笑しく、しかし甘く苦い感情が、喉の奥に砂糖菓子みたいに詰まる。
さらに追い打ちが来た。
小さな女の子が両手いっぱいに白い花を抱え、ガルドに差し出したのだ。
「これ、あげる。ありがとうの花」
ガルドはきょとんとしたあと、耳をわずかに伏せて受け取った。
「……礼を言うのは俺の方だ」
花束が、灰銀に似合いすぎた。
ユリスは胸のをぎゅっと掴まれた気分になる。
そこで、修道長が近づいてきて、ユリスにほほ笑んだ。
「いい護衛さんじゃない、ユリス。あの方、子どもにも優しいし、危ないところの勘が利く。――あなたも、嬉しいだろう?」
「も、もちろん、です」
声が半音ほど裏返る。修道長は気づかないふりをして、鐘楼の下へ戻っていった。
午後の配膳が終わり、片づけもひと段落ついた頃。
ユリスは勇気を出して、ガルドの外套の裾を、ほんの指先で摘んだ。
「……少し、お時間、いいですか」
教会の裏手、陽の光が回り込む細い通路で、ユリスは深呼吸を二度した。
ガルドは黙って待っている。琥珀の瞳がいつもより柔らかく、風の音まで静かに聞こえる。
「えっと……その……」
言葉がまとまらない。自分でも可笑しくなる。
でも、言わなければ伝わらない。
ユリスは決心して、真正面から見上げた。
「ガルドさんは……僕だけの護衛、ですよね!?」
ガルドの耳がぴくりと動く。
「そうだ」
「なら……あの、あまり人気者にならないでください!!」
言ってから、耳まで熱くなる。
「あ、人気なのは良いことなんですけど……いや、やっぱり良くない。僕的には良くない……です……」
ガルドが瞬きをした後、ほんの少し口角を上げた。
「……ヤキモチか」
「ヤ、ヤキモチというか……その……」
ユリスは情けなく視線を泳がせ、両頬を手で押さえた。
「すみません、僕子どもっぽいですね。先ほど、ガルドさんのしっぽを触られそうになったとき、心臓がびっくりして……。たぶん、僕、ガルドさんの“特別”が、誰かに触れられるのが嫌で……」
風が、ひとひらの花びらを運ぶ。
それがユリスの肩に落ちてすぐ、指先より大きな温もりが届いた。
ガルドの手だ。そっと、肩に置かれる。
「触らせていない」
低い声が、胸の真ん中に落ちる。
「俺の耳も、尾も、剣も。――お前だけだ。他は許可するつもりはない」
ユリスの視界が、にわかに熱で滲む。
喉が詰まって声が出ない。
「……ユリス」
呼ばれて顔を上げると、琥珀の瞳が近い。
「これからもそうして言葉にしてくれ。お前が黙って我慢するより、ずっといい」
――嬉しくて、嬉しすぎて、思考が止まりそう。
ガルドを見つめたまま、固まったユリス。
その様子に苦笑したガルドは持っていた花束から一輪を抜き取った。
白い小花――子どもがくれた「ありがとうの花」。
それを、ユリスの胸元の紐に、器用に挟む。
「……似合うな」
「へ?」
「お前には花が似合うと言っている」
「あ、あの、ガルドさん……もう僕倒れそう」
「これくらいで、倒れるな」
ガルドはわずかに笑って、耳を小さく伏せる。
「――ユリス、手を」
「……手って?」
問い終える前に、ユリスの手が取られた。
指と指の間を絡めるようにつなぐ。
ガルドの手のひらは大きく、温かい。皮手袋を外した指先のざらりとした感触が、紙仕事で薄く硬くなったユリスの指と噛み合う。
「子どもの前ではできないが、ここなら、いいだろ」
言葉はそれだけ。
ユリスはぎゅっと目を閉じた。
――胸がいっぱいで上手く言葉が出ない。嬉しいって、ちゃんと伝えたいのに。
胸に挿さった小花が、風でかすかに震える。
灰銀の尾が、互いの足元でゆっくりと揺れた。
そこへ鐘が鳴った。
午後の合図。街が再び動き出す。
「戻るぞ」
ガルドは手を離そうとした。
ユリスは指をきゅっと握り返す。
「……もう少しだけ、ダメですか?」
上目遣いに囁くと、ガルドの耳が静かに傾いた。
「任務に支障が出る」
「じゃあ、3つ、数える間だけ」
「……わかった。数えるぞ……1、2、3」
ユリスは名残惜しく手を放し、その手を見つめた。
胸の花を指先で触れる。
白い花がほんのり色づいて見える気がして――
教会前に戻ると、子どもたちがまた集まってくる。
さっきの女の子が駆けてきて、ユリスの胸の花を見上げた。
「それ、きれい!」
ユリスはしゃがんで目線を合わせ、「さっき、君がくれたお花だよ。今度は僕から“ありがとう”」と笑った。
女の子は照れ笑いし、今度はちゃんと列へ戻っていった。
その横で、ガルドが小さくふっと笑う。
ユリスの心臓がまた一つやわらかく跳ねた。
配膳の最後の鍋が空になり、片づけが終わるころには、陽は少し傾き始めていた。
鐘楼の影が長く伸び、尖塔の先だけが金色に燃える。
風がやみ、鳥が低く飛び、街の音が夕方の高さに変わる。
「……今日も、ありがとうございました」
ユリスが言うと、ガルドは「任務だ」と短く返した。
「人気者のガルドさん」
「やめろ」
「じゃあ、僕だけの……ガルドさん」
「……それで、いい」
その返事が嬉しくて、ユリスは思わず笑みを漏らす。
帰り道、二人は教会の壁に沿って歩いていた。
ルーヴェンの風が、やさしく尾と髪を撫でて通り抜けていく。
その風の手触りは、ユリスにとって、きっとずっと忘れられない今日の記憶になる。
――僕だけのガルドさん
ユリスの足取りがいつもよりも軽い。
今日のことを思い起こし、つい微笑みがこぼれる。
鐘の余韻が街を包み、二人の足音が石畳に穏やかに刻まれていった。
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