無口な愛情

結衣可

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第4話 言えない言葉

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 数日後の夜、仕事を終えた帰り道、律と隼人は並んで歩いていた。
 街灯に照らされた歩道は静かで、二人の足音だけが響いている。

 ――言わなきゃ。

 胸の中で何度も繰り返す。
 あの朝、自分は確かに気づいてしまった。
 これは安心じゃなくて、恋だと。
 だったら隠しているのは卑怯じゃないか。

「……桐生」

 律は勇気を振り絞って声をかけた。

「はい」

 隼人の低い返事に、心臓が跳ねる。

「俺……お前のこと、……」

 そこまで言ったところで、声が詰まった。
 喉の奥が固まって、先の言葉が出てこない。
 隼人が静かにこちらを見る。
 夜風が頬を撫で、沈黙が重くのしかかる。

「……なんでもない」

 律は顔を逸らし、無理やり言葉を飲み込んだ。

「そう…ですか」

 隼人はそれ以上追及しなかった。
 ただ、いつもと同じ歩調で隣を歩き続ける。

 ――言えなかった……
 胸の中で自分を責めながらも、同時に安堵もしていた。
 もし拒まれたらと思うと、怖かった。
 握りしめた拳の中で、言えなかった言葉が何度も渦を巻いていた。

 (こんな自分が臆病だったなんて……知ってほしいのに。伝えるのも怖いなんて)

 心の奥に隠した声は、夜の闇に溶けていった。


 翌日の昼休み、オフィスの片隅、律は机に突っ伏すようにして目を閉じていた。
 疲れのせいだけじゃない。昨夜、言いかけてやめた言葉が頭の中をぐるぐる回って、眠れなかったのだ。

「葛城さん」

 低い声に顔を上げると、目の前には隼人が立っていた。

「……大丈夫ですか」

「ああ……ちょっと寝不足で」

 苦笑してごまかす律に、隼人はしばらく黙ったまま見つめてきた。
 その視線に居心地が悪くなり、律は俯いた。

「……俺、そんなにひどい顔してるか?」

「はい」

 隼人に即答される。

「おい……そこは否定するところだろ」

 律は呆れ混じりに笑った。
 隼人の大きな手がそっと額に触れる。

「……無理はしないでください」
 
 その仕草は不器用なほど優しくて。
 律は思わず目を閉じた。

 ――やっぱり、安心する。

 そう思った瞬間、隼人の低い声が落ちた。

「……俺に言いかけたこと、ありますよね」

「っ……!」

 胸が跳ねる。
 昨夜のことを覚えていたのか。

「無理に言わなくてもいいです。でも……」

 隼人は言葉を切り、律の頬に触れたまま視線を合わせてきた。

「俺は、葛城さんが思ってるより……ちゃんと見てますからね」

 その一言に、律の心臓が強く打った。

「……え」

 (自分の気持ちを気づかれてる?)

 声が震えそうで、音にならない。
 本当はここで全部言ってしまいたいのに。
 でも、怖くてまた言葉が喉で止まった。
 隼人はそれ以上追及せず、ただ静かに手を下ろした。
 律の胸には、もうはっきりとした確信が芽生えていた。

 ――もっと触れててほしいのに


 その夜、残業を終える頃、外は雨が降り始め、窓ガラスを叩く音だけが響いていた。
 律と隼人は、二人きりで資料を片づけていた。
 静けさに耐えきれず、律は決意を固める。

 ――ごまかさないで、ちゃんと伝えないと。

「……桐生」

 勇気を振り絞って名前を呼ぶ。

「はい」
 隼人が振り向いたその瞬間、律の胸が大きく跳ねた。
 広い肩、真剣な眼差し。
 そのすべてを見たら、余計に伝えたくなった。

「俺……お前のこと――」

 言葉を続けようとしたとき。
 隼人が、不意に律の腕を掴んだ。

「……好きです」

 低くて、囁くような声。
 律は思わず目を見開いた。

「……桐生?」

「葛城さんが寂しいって言ったときから……ずっと思ってました。
 俺が、その隣にいたい」

 まっすぐで揺るぎない言葉に胸の奥が熱くなる。
 必死に隠してきた想いが、すべて報われてしまった気がした。

「……お前、ほんとに……」

 声が震える。
 涙が込み上げそうになり、律は慌てて顔を逸らした。
 隼人はそれを逃がさなかった。
 大きな手で頬を包み、しっかりと視線を絡める。

「葛城さんが望んでくれるなら……俺は、ずっと貴方の隣にいます」

 静かな声が、雷鳴よりも強く胸を打った。
 震える唇で、小さく応える。

「……俺も、好き」

 隼人の腕に強く抱きしめられた。
 雨音の中で、律は初めて心から安堵の笑みを浮かべた。
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