凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉜

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 バジャドク畢生の大演説は〈隠し小部屋〉にて玉朧拳師の手になる〔晨絆器〕によって無事撮影を終え、直ちに黒蛹に籠る無元造房の特任技師達に転送された。

 当然の事ながら打ち合わせは予め行われており、聖団側は彼ら独自の強力な〈電波ジャック技術〉によって凱鱗領全域に教率者の肉声を届ける事を約束したのであった。

 そして有能なる反動監視網部の面々はそれに先駆け、利用可能な少数のチャネルを通して最も有効と考えられる“衝撃映像”をエンドレスで流していた。

 即ち、執務室における湾線統衛軍総司令官ケエギルとボルザ市劃領為治者の事件直前の会話と、暗殺それ自体をも包み隠さずに…。

 これは危険な賭けであったが、自身の権威性が根本から揺らいでいる現在、“毒を以て毒を制す”しかない、との教率者バジャドク英断●●により、“公開”に踏み切ったものであったのだ…。

「…いかに無残とはいえ、これも貴重な“歴史的映像”に変わりはありませんから、いずれはルドストンに留まらずラージャーラ中に拡散してゆく性質のものでしょう…。

 …ところでソートン主任、重ね重ねお願いして申し訳ありませんが、黒蛹の特装モニターにて崇景の様子を窺って頂けないでしょうか?

 と言いますのも、海底宮殿最上層の教宣室に措きまして暗殺者の銃撃を受けたきり彼との連絡が途絶えたままになっておりまして…。

 凱鱗領における銃砲類の権威オーソリティたる執務長の言によれば使用されたのは教界で最強火力を誇る戮弾電銃…尤も出力は最大レベルに非ずとの事でしたが、いかに堅牢極まる錬装磁甲とはいえかなりのダメージをこうむったものとみられます…」

 優秀なる部下達が早速“凱鱗領正常化に向けての渾身のプロパガンダ”の準備に入る傍らで銀髪の美青年は微笑みつつ要請を快諾した。

「了解しました。

 まさかとは思いますが、タカカゲの身に看過出来ぬ異変が起きているのであれば、ルドストン側の手を煩わせずして聖団こちらの方で身柄の回収●●●●●を図ると致しましょう…」

「宜しくお願い致します」

 深々と頭を下げる玉朧の背後で、老教率者はこの上なく真摯な表情を画面越しの相手に向けていた。

「…誠に忝ない。

 前回をも含め、“界難”に見舞われる度に聖団のお力にお縋りするばかりで心苦しい限りではありますが、もはや虚勢を張る気概すら尽き果てたる有様…。

 かくなる上は聖団あなたがたが誇る計り知れぬ超技術に我が乾坤一擲の魂の伝言を乗せ、愛する教民に届ける事さえ叶うならば教率者バジャドク、何をも思い残す事無く以て瞑すべしとすら覚念致しております…。

 …まさに幾言述べ重ねようとも至らぬと存じますが、どうかこの老骨の生涯で最大の御礼を捧げさせて頂きたい。

 …誠に、誠に忝なく存ずる…!」

 ここでバジャドクは玉朧を凌ぐほどに深く上体を前傾させ、両雄のいつ果てるともなき謝意に恐縮しきりのソートンは、

「いえ、何をおっしゃいますか、

 そもそも絆獣聖団の存在意義は神牙教軍に蹂躙されしラージャーラ各教界を手助け…否、共に天響神エグメドの使徒としての尊厳を保つべく、全存在を賭して立ち向かう事にあるのですから、聖団われらの行為はあくまで自然な営為であり、事更に礼を述べて頂くが如き事柄ではないのです…。

 ですが、そのお気持ちだけは聖団を代表し、感謝をもって受けさせて頂きます。

 …それでは、タカカゲが気になりますのでここらで…。

 結果は晨絆器を通じて追ってご報告致します…」

 カメラのフレームからは外れていたものの、傍らから腕組みして逐一を見聞きしていた竹澤夏月が軽く手を叩いて宣った。

「…サムライ●●●●同士の、お互いの体面を保つ事だけに汲々とした、見事なまでに中身の無い対話…見事だったよ。

 ついでに“負け犬坊や”の保護まで頼まれちまって…、

 あくまで黒衣●●に徹する技師さん達の苦労の一端を垣間見た思いだけど、やっぱり玉朧も人の子、出来が悪い弟子ほど可愛いと見えるね…」

 
 …凄まじい爆発音と衝撃波に隠し部屋全体がビリビリと震え、教率者と玉朧拳師が思わず片膝を付いたのは、主任技師との対話を終えて一息入れるべく鱗椅子に歩み寄ろうとしたまさにその瞬間であった!

 
 …大爆発が起きた瞬間、主都特守部隊員アイアスは海底宮殿第3層の統衞軍人専用カフェテリアにいた。

 諜報技術と並ぶ彼の得意分野である爆破技術は今回も寸分の狂いもなく、指定された時間に計算し尽くされた破壊を成就したようであった。

 当初の予定では不本意ながら共闘する羽目となった龍坊主・巍幽巴と教率者が潜む〈隠し小部屋〉を吹っ飛ばすため用意した爆弾であったが、タンクの出現を目の当たりにした彼が急遽予定を変更したのだ。

 心酔する隊長・トゥーガに倣って、少なくとも現在は海龍党側に与するアイアスとしては、機体を移動爆弾化●●●●●する事で、教軍の大物教軍超兵と武闘派執務長双方を葬り去らんと目論んだのであった。

 実は部隊内においては、“民用の旗印”が何よりも最大のカムフラージュといえる特殊車輌を爆弾化するノウハウが確立されており、独自に開発された指令コマンドコードを打ち込めば即座に隷属下に置く事が出来る。

 従ってタンクを緊急停止させ、細工するのは造作なかったのだが、それより敏腕工作員の胸中を曇らせていたのは入口に待機しているはずの上司の姿が影も無かった事であった。

 教宣室にて決行された教率者暗殺が失敗に終わった事実は隊長本人から聞き、次なる戦場は地下1層に移り、自身も直行する旨と入口での合流が指示されていたのだが…。

 結局のところ、タブレットに受信した監視カメラの映像で執務長ライネットVS暗殺者ユグマの決闘の推移を把握したアイアスは、血気に逸る巍幽巴が勝者●●との対決を主張した事もあり、内心薄笑いしつつタンク爆弾のタイミングを見計らっての投入を約束したのである。

 かくて亀が這うかの如き最低速度による再発車と同時に起動し、1セスタ(9分)後に炸裂する時限爆弾(あえて時限式にした理由は、自ら起爆スイッチを押して教率者の宮殿を破壊するという前代未聞の禁断の破壊行為に凱鱗領教民としての無意識の、それ故に強烈な心理的抑制が働いたからであろう)の装填が完了すると同時に傍らを朱色の鎧に身を固めた巨猿が咆哮しつつ駆け抜けて行ったのには背筋も凍る思いがしたものの幸い感付かれる事はなく、すぐに非常階段を第1層まで死物狂いで駆け上り、面隠しの黒覆面を毟り取ってエレベーターで第3層に到達するとそのままカフェに飛び込んで壁際の席を取り、素知らぬ顔で好物の強壮剤ノクシャスとオードブルを注文したのであった。

 五角形の中型グラスになみなみと注がれた琥珀色の冷えた液体を一息で飲み干し、ようやく人心地が着いた爆弾テロリストは、獲物●●が更に増えた事にほくそ笑みつつ消音ミュートされた画面に見入ったのだが、見えない電銃●●●●●●から発射された必殺の戮弾が巨漢龍坊主の下腹を貫く映像を確認すると同時に意気揚々とタブレットにコードを打ち込み、運命のタンク爆弾を発進させた。

『ふふん、名手ライネットともあろう者が臆面もなくあれほど批判的だったステルススーツを…。

 背に腹は代えられんってワケだろうが、つくづく言行不一致のムカつくカッコつけ野郎だぜ…!』

 大爆破が発生するまでの緊張を紛らわすべくためか、部隊専用の争波環を通じてトゥーガ隊長を呼び出し、かなり待ってみたものの何故か応答は無い…。 

『チッ、一体何をやってるんだ…、

 部下が出ない時にゃそれこそ烈火の如く怒り狂うくせに…』 

 やはり総司令ケエギル急逝のあおりを受け、今後の叛乱軍内のパワーゲームで優位に立つため関係各位の根回しに奔走しているのでもあろう、と無理やり不安な心を納得させ、婚約者のシャーメを呼び出してみる。

 …教率者の侍女頭を務めて3年目の長身美女もまた、今回の“大事変”においてはかなりの活躍ぶりといっていい。

 特守部隊全体がケエギルを通じて海龍党頭目ワーズフの指導下に入る事を命じられ、隊長の右腕であるアイアスがまず課されたのがバジャドクの執務室に保管される、教率者の心の拠り所である“呪念士
の聖典”【刻念宝鑑】を刳り抜きそこに幽巴兄弟が仕留めた前執務長と翰林長官の死面デスマスクを嵌め込み、更に超小型でありながら強力な発火装置をも仕込むという文字通りの神をも畏れぬ反逆行為であったのだが、書物の持ち出しが事実上不可能であったため困難な作業はアイアス自身がシャーメの手引によって直接侵入して全速力で実行せざるを得ず、その時味わった恐怖と不快感は現在に至るまで払拭し切れてはいない…。

 そして先程、婚約者は鏡の教聖の依巫を絆獣聖団の一瞬の隙を突いて捕えるという、失敗の許されぬ難事を見事にやってのけたばかりであったのだ。

『…そして叛乱軍われわれの今後にとって絶対的な障害である執務長ライネットを完全排除するための只今の大爆破工作…。

 どれ一つとっても素人アマチュアには到底実行不可能な離れ業ばかりであり、こなし切った我々には莫大な褒賞と地位が約束されるのは当然だぜ…!

 …おかしい、出ない…。

 シャーメがオレからの呼び出しに無反応などとは、これまでただの一度もなかった事だ…!』

 懊悩のあまり長く瞑目していたため、殲闘者の奇怪な姿での復活も爆破の瞬間すらをも見逃したものの、足元で確かに響いた爆音とテーブルの微振動が工作の成功を告知した。

 店内がざわつき始めた。

 10人ばかりいる客は全てプロの軍人、情報の伝達もじき●●だろう。

 だが、犯人の心はそれとは別の所にあった。

 恋する男を襲う、荒涼たる胸騒ぎ…。

 これは、悲劇の予兆ではないか?

『こうなったら、シャーメの部屋に直接乗り込むしかない…!』

 かくてゆらりと立ち上がった堕地獄の破壊工作員は、にわかに慌しさを増し、人の出入りも繁くなった店の片隅を小走りで潜り抜ける様に逃げ去った。

 

 






 

 

 





 




 




 


 

 
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