驟雨(しゅうう)

リリーブルー

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武士の矜持

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 やがて花火の音も静まった。花火の火薬のはじける音と人々の歓声にまぎれて、私と咲之助は顔をゆがませて呻き喘ぎ叫びあった。私たちのはじける熱も静まった。私は咲之助の身体の上でぐったりとしていた。頭の上で、細く明かり障子が開いた。透間から片目ずつ、二つの目が覗いた。私はあわてて脱いだ着物を手探った。
「どうした」
咲之助は裸のまま起きあがり、子らにそう声をかけ、私をあわてさせた。
「おい、子どもが見ている」
私が注意するのに咲之助は頓着せず、
「ああ、今行くから」
と、稚児に返事をしていた。
「あの子らはまだ子どもなのだよ。いや、お前の稚児はどうか知らないが」
私は念を押した。
「何を躍起になっている。そんなに心配なら、部屋の柱へでもつないでおいたらよかろう」
咲之助は私の顎をつかんで顔をのぞき見て笑った。
「それは咲之助の趣味だろう」
「ふふ」
咲之助は艶に笑った。
「では私の趣味で、君をここへ閉じ込めて帰ろうか。君を隠しておいて、私が毎晩会いにくるのだ」
着物を着ながら、咲之助は、そんな戯れごとを言った。咲之助は私の襟元を直してくれながら、一つため息をついた。
「ああ本当にそうできたらな」
咲之助はポツリと言った。本音のような咲之助のことばにほだされて、私も、つい、
「再び会えたばっかりに、かえって別れがつらくなる」
と別れのつらさを咲之助に訴えた。私は咲之助の腕をとり、背の高い咲之助は私の背を抱いた。
「私は磯松を抱くからいいが、夏はつらいだろう。誰か相手を見つけるがいいよ」
冗談になりきれない声の調子に、私は咲之助が強がりを言っていると思った。咲の唇が震えていた。何を言おうか迷っていただけかもしれないが、軽薄そうに見えて、案外傷つきやすいのかもしれない。別れに際しては、何を言っても嘘になるものだ。恋すれば余計、何を言っていいか、わからなかった。
「私はそのようなことはしない」
私は、咲之助のぞんざいな考えに、抵抗した。
「夏、そうか」
咲之助は私を抱きよせ、抱きしめた。
「私も本当は、お前が好きなのだ。夏だけが好きなのだ。誰もお前の代わりにはならない。夏がいなければ生きていても死んだも同然。いっそ、このまま二人で逃げよう。江戸さえ出れば、住むところもあろう」
あゝ、そんな風にできたなら。だが、そんなことをすれば、身の破滅だ。いったいどれだけの人の迷惑になることだろう。私の上司、一族郎党、私の家、咲の店、すべてお取りつぶしや、左遷や免職の憂き目にあう。勝手な真似はできない。
「無理だ。私は、そのようなことはできない」
 私はおとがめを受けた蟄居の身なのだ。
「武士の矜持か」
咲之助は、さげすむように言った。
「そうだ」
私は商人の咲之助のように自由な考え方はできない。
「そうか、そんなに大事か」
咲之助の表情は逆光で見えなかった。咲之助の姿は寂しげでもあり悲しげでもあり、口惜しさを通りこして、あきれているのかもしれなかった。
「まあ、いい」
咲之助が障子を開けると、外の風は涼しく、月が昇っていた。磯松と藤松は、相変わらず仲良く二人で遊んでいた。
 
 私は帰り道、藤松の手前、気恥ずかしかった。しかし、藤松は、飴を買ってもらいそびれたというのに、ご機嫌で、はやり歌など歌っていた。私と咲之助の間に何があったのか思いいたるまで知恵がまわらないのか、気にしている様子はなかった。
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