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湯気の中、答えが浮かぶ
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その日は朝から炎天下だった。
急なクレーム対応で、涼真とふたり、外回りを命じられた俺は、
うだるようなアスファルトの照り返しの中、汗だくで客先をまわっていた。
「先輩……死にます……」
「バカ言うな。生きろ」
「でも、俺、もうこのまま溶けて路上の一部になります……」
涼真はネクタイを緩め、シャツのボタンをひとつ外して肩で息をしていた。
その仕草がセクシーで……女にもてそうだな、と思った。
何をバカなことを考えてるんだ、俺。きっと、暑さのせいに違いない。
午後五時。仕事を終えた帰り道。
駅に向かう途中で、涼真が指差した。
「あそこ、スーパー銭湯って書いてあります。入っていきません?」
「風呂?」
「汗だくでこのまま電車とか地獄っすよ。ちょっとサッパリして帰りましょうよ」
「……まあ、たまにはいいかもな」
気づけば俺は頷いていた。
疲れていたのは事実だし、それに――
最近、なんだかモヤモヤしていた。
……あの乳首のこと。
壁越しの、名前も知らない、でも夢中になってしまった“あの人”。
毎晩のように、あの声と感触が頭をよぎっていた。
脱衣所。服を脱いでロッカーにしまう。
隣でシャツを脱いだ涼真の身体が、ふいに目に入った。
「あっつ……やっぱ汗でべったべたですね」
「……ああ」
涼真は、細い身体に意外と筋肉がついていた。
引き締まった腹筋。きれいな鎖骨。
俺は……無意識に目で追っていた。
彼は細身だが、スーツの下のボディラインは……
腹筋は軽く割れていて、鎖骨から胸元へ流れるラインも、妙に目を引く。
(こいつ……けっこう、いい身体してるじゃんか)
それが、俺の正直な感想だった。
――そして目が止まったのは、左の乳首の下。
(……え?)
息が止まった気がした。
それは――見覚えのある、“あの位置の”
(……あのほくろ)
間違いない。
プレイ中、乳首を唇で触れたとき、間近で見た。
この位置、このサイズ、この色――一致していた。
鼓動が速くなる。
(……ちょっと待て。いや、いやいや……まさか)
俺は心を落ち着けようとした。冷静になれ。ちょっと、いやだいぶ、あの壁乳の店に心が持って行かれてしまってるぞ。しっかりしろ。でも……。
(こんな偶然あるか?)
そんな俺の視線に気づいたのか、涼真が振り向く。
そして、にこっと笑って――
「……先輩、なんか俺のことジロジロ見てません?」
「――っ! 見てねぇよ!」
「ほんとですか? ……なんか、胸のあたりずっと見てた気が……」
涼真が自分の左の乳首のあたりを指でなぞる。その仕草がセクシーで、そそる……。いや、俺! しっかりしろ! 男に、そそる……とか思ってんじゃねえ!
「もしかして……乳首、見てました?」
小悪魔的な微笑を浮かべて涼真が聞く。
「ばっ……見てねぇって!!」
耳の奥まで、カーッと熱くなるのがわかった。
「ははっ、ウソですウソ。冗談ですって」
涼真は笑いながら言う。
だけど――俺の心臓は、まだドクドクと異常な早さで脈打っていた。
冗談のはずなのに。
でも、まさか。本当に――
こいつが、壁の向こうにいた、あの乳首の持ち主なのか。
涼真がロッカーを閉めてこっちを見る。
「先輩、行きますよ」
「あ、ああ……」
風呂場へ向かう彼の背を、俺はぼんやりと見送った。
はっとして正気に戻り、俺も急いで涼真の後を追い風呂場へ入る。
「先輩こっちです」
涼真が手を振る。
「ああ」
俺は隣で身体を洗う。
涼真の身体が気になるが、チラチラ盗み見るも、ボディーソープの泡でよく見えない。
「ほんと、暑かったですねぇ。いやあ、風呂最高です! 毎日来たいかも!」
俺の視線に気づいた涼真がニコッと笑みを作る。
素直に喜ぶところとか、可愛いんだよな、と思う。
下の方も見ようと思えば見えるが、ちょっと見る勇気が出ない。あんまりじろじろ見るのも変に思われるだろうし。
今、肝心なのは乳首だ。だが左隣は空いてなかったため、右隣に座っていたからほくろは確認できなかった。
シャワーで泡を洗い流し、涼真が立ち上がる。
「先輩、先に湯船入ってますよ」
「おう」
まぶしい裸体……。
とか思うあたり、完全におかしくなってるな、俺。
湯気の立ちこめる風呂場の中、俺は湯船につかりながら、何も言えずにいた。
横で涼真が気持ちよさそうに目を閉じている。
(……いや、あの反応……)
壁乳の店での、壁の向こうの青年の反応を自然と思い出してしまう。
思い出すな。こんなところで。思い出すと下半身が……やばい。
現実に戻れ。
しかし、現実に戻ると今度は、湯気の向こうに揺れる涼真の身体が気になって仕方なかった。
目を閉じて湯に浸かる彼の胸元。
うっとりと目を閉じて、まるで感じているときのように……などと想像してしまう。
鎮まれ! 俺の妄想力!
お湯で上気し、濡れた肌。
またもや涼真の右側にいて、左胸は見えない。
だが脱衣所で見た左の乳首の下に、ぽつんと浮かぶ、あの点。
(……絶対、間違いない)
俺は確信する。
(だけど……なんで、あいつが?)
あの店でバイトしてるのか? なぜ? 生活が苦しいとか? 副業? なんで? 生活成り立たないほど薄給ではないはず。借金でもあるのか? 何か事情でも? そんな乱れた生活してるとは思えないし。
それにバイトだとしたら、俺以外にも触られたり舐められてるってことか? それは絶対嫌だ! 阻止したい! 俺だけであってほしい!
まあ、店には一緒に入って一緒に出てるから、俺が行っている日は、俺だけを相手にしてるんだろう。
でも、俺が行ってない日も、俺が行くようになる前も、涼真は、あの店に通っていたのか? 客として行くだけでなく、バイトもしていたのか?
あの店にハマりすぎてバイトを始めたとか?
バイトで指名されるために俺を誘ったとか?
どういうことだよ、涼真!
問いただしたいが、そんなプライベートなことまで立ち入って聞いていいのかわからない。
もし違ったら、嫌われそう。
湯船につかっている涼真の肩。その下に見えそうで見えない胸……。
いやいやいや、男の胸をこんなに目を凝らして見ようとしてる俺おかしいだろ。
(あの声……)
思い出す。
壁越しに聞こえた、微かに掠れた吐息。
俺の舌に震えるように甘く揺れていた声――
「……せんぱ……い……」
――あの声、やっぱり、こいつ……だったよな?
急なクレーム対応で、涼真とふたり、外回りを命じられた俺は、
うだるようなアスファルトの照り返しの中、汗だくで客先をまわっていた。
「先輩……死にます……」
「バカ言うな。生きろ」
「でも、俺、もうこのまま溶けて路上の一部になります……」
涼真はネクタイを緩め、シャツのボタンをひとつ外して肩で息をしていた。
その仕草がセクシーで……女にもてそうだな、と思った。
何をバカなことを考えてるんだ、俺。きっと、暑さのせいに違いない。
午後五時。仕事を終えた帰り道。
駅に向かう途中で、涼真が指差した。
「あそこ、スーパー銭湯って書いてあります。入っていきません?」
「風呂?」
「汗だくでこのまま電車とか地獄っすよ。ちょっとサッパリして帰りましょうよ」
「……まあ、たまにはいいかもな」
気づけば俺は頷いていた。
疲れていたのは事実だし、それに――
最近、なんだかモヤモヤしていた。
……あの乳首のこと。
壁越しの、名前も知らない、でも夢中になってしまった“あの人”。
毎晩のように、あの声と感触が頭をよぎっていた。
脱衣所。服を脱いでロッカーにしまう。
隣でシャツを脱いだ涼真の身体が、ふいに目に入った。
「あっつ……やっぱ汗でべったべたですね」
「……ああ」
涼真は、細い身体に意外と筋肉がついていた。
引き締まった腹筋。きれいな鎖骨。
俺は……無意識に目で追っていた。
彼は細身だが、スーツの下のボディラインは……
腹筋は軽く割れていて、鎖骨から胸元へ流れるラインも、妙に目を引く。
(こいつ……けっこう、いい身体してるじゃんか)
それが、俺の正直な感想だった。
――そして目が止まったのは、左の乳首の下。
(……え?)
息が止まった気がした。
それは――見覚えのある、“あの位置の”
(……あのほくろ)
間違いない。
プレイ中、乳首を唇で触れたとき、間近で見た。
この位置、このサイズ、この色――一致していた。
鼓動が速くなる。
(……ちょっと待て。いや、いやいや……まさか)
俺は心を落ち着けようとした。冷静になれ。ちょっと、いやだいぶ、あの壁乳の店に心が持って行かれてしまってるぞ。しっかりしろ。でも……。
(こんな偶然あるか?)
そんな俺の視線に気づいたのか、涼真が振り向く。
そして、にこっと笑って――
「……先輩、なんか俺のことジロジロ見てません?」
「――っ! 見てねぇよ!」
「ほんとですか? ……なんか、胸のあたりずっと見てた気が……」
涼真が自分の左の乳首のあたりを指でなぞる。その仕草がセクシーで、そそる……。いや、俺! しっかりしろ! 男に、そそる……とか思ってんじゃねえ!
「もしかして……乳首、見てました?」
小悪魔的な微笑を浮かべて涼真が聞く。
「ばっ……見てねぇって!!」
耳の奥まで、カーッと熱くなるのがわかった。
「ははっ、ウソですウソ。冗談ですって」
涼真は笑いながら言う。
だけど――俺の心臓は、まだドクドクと異常な早さで脈打っていた。
冗談のはずなのに。
でも、まさか。本当に――
こいつが、壁の向こうにいた、あの乳首の持ち主なのか。
涼真がロッカーを閉めてこっちを見る。
「先輩、行きますよ」
「あ、ああ……」
風呂場へ向かう彼の背を、俺はぼんやりと見送った。
はっとして正気に戻り、俺も急いで涼真の後を追い風呂場へ入る。
「先輩こっちです」
涼真が手を振る。
「ああ」
俺は隣で身体を洗う。
涼真の身体が気になるが、チラチラ盗み見るも、ボディーソープの泡でよく見えない。
「ほんと、暑かったですねぇ。いやあ、風呂最高です! 毎日来たいかも!」
俺の視線に気づいた涼真がニコッと笑みを作る。
素直に喜ぶところとか、可愛いんだよな、と思う。
下の方も見ようと思えば見えるが、ちょっと見る勇気が出ない。あんまりじろじろ見るのも変に思われるだろうし。
今、肝心なのは乳首だ。だが左隣は空いてなかったため、右隣に座っていたからほくろは確認できなかった。
シャワーで泡を洗い流し、涼真が立ち上がる。
「先輩、先に湯船入ってますよ」
「おう」
まぶしい裸体……。
とか思うあたり、完全におかしくなってるな、俺。
湯気の立ちこめる風呂場の中、俺は湯船につかりながら、何も言えずにいた。
横で涼真が気持ちよさそうに目を閉じている。
(……いや、あの反応……)
壁乳の店での、壁の向こうの青年の反応を自然と思い出してしまう。
思い出すな。こんなところで。思い出すと下半身が……やばい。
現実に戻れ。
しかし、現実に戻ると今度は、湯気の向こうに揺れる涼真の身体が気になって仕方なかった。
目を閉じて湯に浸かる彼の胸元。
うっとりと目を閉じて、まるで感じているときのように……などと想像してしまう。
鎮まれ! 俺の妄想力!
お湯で上気し、濡れた肌。
またもや涼真の右側にいて、左胸は見えない。
だが脱衣所で見た左の乳首の下に、ぽつんと浮かぶ、あの点。
(……絶対、間違いない)
俺は確信する。
(だけど……なんで、あいつが?)
あの店でバイトしてるのか? なぜ? 生活が苦しいとか? 副業? なんで? 生活成り立たないほど薄給ではないはず。借金でもあるのか? 何か事情でも? そんな乱れた生活してるとは思えないし。
それにバイトだとしたら、俺以外にも触られたり舐められてるってことか? それは絶対嫌だ! 阻止したい! 俺だけであってほしい!
まあ、店には一緒に入って一緒に出てるから、俺が行っている日は、俺だけを相手にしてるんだろう。
でも、俺が行ってない日も、俺が行くようになる前も、涼真は、あの店に通っていたのか? 客として行くだけでなく、バイトもしていたのか?
あの店にハマりすぎてバイトを始めたとか?
バイトで指名されるために俺を誘ったとか?
どういうことだよ、涼真!
問いただしたいが、そんなプライベートなことまで立ち入って聞いていいのかわからない。
もし違ったら、嫌われそう。
湯船につかっている涼真の肩。その下に見えそうで見えない胸……。
いやいやいや、男の胸をこんなに目を凝らして見ようとしてる俺おかしいだろ。
(あの声……)
思い出す。
壁越しに聞こえた、微かに掠れた吐息。
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「……せんぱ……い……」
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