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序章

序2

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 早足で歩く男に引っ張られ、十羽はみんながいる場所からどんどん離れていった。芝生の丘を一つ越え、二つ越え、園児達の声が遠のいていく。

 男は鼻歌を歌いながら「君は人形みたいにかわいいなぁ」と嬉しそうに言った。
 十羽は黙ったまま不安な面持ちで芝生の上を歩いた。知らない人について行ってはいけない。わかってはいるけれど子犬を助けたい。おじさんはいい人だと信じたい。

 良く晴れた昼下がりの公園に、初夏の爽やかな風が吹く。公園の奥にそびえ立つイチョウの巨木は、萌葱色の若葉を全身に茂らせていた。天まで届きそうなほど背が高い。周囲に人気はなく、ザワザワと葉擦れの音だけが聞こえる。振り返ると、園児達の姿は豆粒のように小さかった。

「さあ、ここだよ」
 強引に手を引かれ、足がもつれて転びそうになった。子犬はどこにもいない。
「ワ、ワンちゃん、は?」
 十羽はようやっと小さな声で疑問を口にした。
 
男がニタリと笑む。マスク越しでもわかるほどの不気味な笑みだ。
「おかしいなぁ。さっきはいたんだけどねぇ。おじさん、かわいい君に、もうひとつお願いしちゃおうかなぁ」
「な、なぁに?」
「これからおじさんと一緒に遊ぼうよ。ね?」
「え?」
 子犬は? おじさんと遊ぶ?

 困惑していると、男が地面に膝をついて十羽の小さな体を抱きしめた。
「ああ、かわいいなぁ。かわいい、かわいい」
「い、いや……!」
「しー! 声を出しちゃいけない。ちょっと遊ぶだけだよ」

 得体の知れない恐怖を感じた十羽は、ふるふると首を横に振った。頭の中で嫌だ、このおじさん怖い! と本能が危険を知らせている。
 男はにやけた声で「ひひひ」と笑って十羽のズボンを引き下ろした。
「ひゃっ!」

(このおじさんはいい人なんかじゃない! 逃げなきゃ!)
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