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7章 ハタチの恋人

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 天樹町へ戻った二人は伊桜家へ帰る前に、図書館の隣の公園へ立ち寄った。巨大なイチョウの木を見上げ、二人揃って手を合わせる。

(ずっと過去の世界で暮らせますように。イチョウの神様、どうかお願いします)

 十羽は真剣にお願いをした。現状、未来へ帰るより過去の世界に留まっているほうが、二人にとっては幸せである。

 伊桜家に帰りついたのは夕暮れ時。夕日が差し込むリビングで、蓮也は十羽を背中から抱きしめ、耳元に頬を寄せた。

「ほんとは、わかってるんだ。十羽さんには未来の世界に家族がいて、仕事がある。それを捨ててこの世界にいてほしいと願うのは、俺のわがままだってことを。ごめん……」
「蓮也君……」

 彼は十羽をこの世界に引き留めることに、心苦しさを感じているのだ。
「謝らないでよ。僕もここにいたいんだから」

 このままずっと帰らなければ、十羽は未来の世界で行方不明者となる。母や祖母をひどく心配させ、椎名や同僚達を困惑させる。事務所は解雇されるだろう。アパートも強制退去になるはず。

 まるで駆け落ちだ。家族や仕事を思い出すと罪悪感に捕らわれて、これまでのように早く未来へ帰らなければと考えてしまう。だけど蓮也と一緒にいたい。

 二律背反の中で揺らぐ感情を押し込め、振り向いて彼を見上げた。夕日の中でゆっくりと強く抱き合う。
 蓮也が落ちついた口調で言った。

「十羽さんが未来へ強制送還されても、俺は十羽さんが22歳になるまで待つよ。待って必ず助けに行く。十羽さんを守ってみせる」
「22年だよ?」
「待つ。まあ……寂しくて堪らなくなるときはあると思うけど。死に別れるわけじゃないんだ。待つよ」

 彼の気持ちは嬉しい。だが22年も会えない恋人を好きでい続けるなんて、普通は難しいだろう。蓮也を信じていないわけではないが、会えない間に他の人と出会い、新しい恋が始まる可能性もあるわけで……。

 待たせるのは不憫ふびんだし、待っていてほしいと願うのは強欲なのかもしれない。
 もちろん、本音は待っていてほしいのだけれど。未来は不安だらけだ。


 強制送還に怯えつつ、十羽は伊桜家で主夫業をして日々を過ごした。
 生活費は蓮也の給料でまかなっている。まだ見習いの職人である彼の給料だけで暮らすのは厳しく、節約は必至だ。

 十羽も働きたかったが、この世界における自分には戸籍がない。正社員での就職が難しいのでアルバイトを探してみたところ、戸籍がなくても雇ってくれそうなのは水商売だけだった。水商売の世界に足を踏み入れたら変な男に狙われる確率が上昇するだろうし、蓮也に反対もされたのでバイトは諦めた。

 その代わり、時々蓮也が商店街の知り合いから、店頭のポップを作る仕事をもらってきてくれた。内職みたいなもので、小遣い稼ぎになる。

 贅沢はできなくても、彼と一緒にいられるだけで幸せだった。
 家事を終えると鉛筆や水彩でスケッチブックに絵を描く。絵を描くのは楽しい。全てを忘れて没頭し、草花や風景を柔らかなタッチで描いた。

 蓮也は十羽の絵をいつも褒めてくれた。木材で額縁を作り、リビングに絵を飾ってくれた。彼は木の質感を生かした、あたたかみと丸みのある額縁を作る。二人の合作は全体的にほっこりとした、心が和むような作品に仕上がった。

 次は何を描こうか、どんな額縁にしようか。いつもそんな話で盛り上がる。二人で作品を作る時間はとても充実している。

 夜は蓮也に寄り添って眠った。彼のシングルベッドは狭いため、大きめの布団を買った。
 毎晩のように体を重ねるうちに、十羽の体は感度が増し、より一層色香を放って彼の腕の中で乱れた。抱かれるたびに離れたくない、ずっとそばにいたいという気持ちが強くなる。キスは毎日欠かさない。

 蜜月、という言葉がぴたりと当てはまる幸せな日々。
 ただ──。

 彼が帰宅して十羽の顔を見た瞬間、ホッとした表情になるときは胸が痛んだ。まだ消えていない、良かった、という彼の安堵を感じ取り、未来人でごめん……と申し訳なくなった。

 過去の世界でずっと生きていけるという確証がない以上、突然離ればなれになる不安は消えないわけで……。

 ──ずっと一緒にいたい。

 二人の願いが神様に届いたのだろうか。夏が来て、秋になり、いつしか11月を迎えた。なんと半年近くも過去の世界に滞在できている。

 十羽は変わらず主夫業とポップの内職、そして絵を描く日々を送っていた。
 料理の腕はかなり上達したし、ブラウン管テレビや固定電話にも慣れた。もう過去の世界を異世界みたいだとは思わない。インターネットがない生活にも慣れた。最近は絵を描く時間を増やし、よく屋外へスケッチに出かける。
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