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森の小屋にて◇サイドA
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アドルフさんが暮らしている小屋に着く頃には、雨足はずいぶんと強くなっていました。
わたしは外套にしっかり包まれていたのでほとんど濡れませんでしたが、隙間から見えた旦那さまはびしょ濡れです。
小さな厩舎に馬のまま乗り入れると、旦那さまはヒラリと一人で飛び降りてしまいました。そうしてわたしを鞍の上に残したまま、手早く馬の身体の水気を拭っていきます。
その間、馬はピクリとも動かずジッとしてくれていましたが――独りで乗っているのは、怖いです。
自力で降りようにも降りられず、鞍と一体になった気分で旦那さまが馬の世話を終えるのを待ちました。
じきに馬の身体もあらかた拭い終えて、ようやく旦那さまがわたしに手を伸ばしてくださいます――と思ったら、わたしを外套で包み直すなり、そのまま抱えて走り出してしまいました。
確かにわたしが自分で走るよりも速いとは思うのですが、何だか、小麦の詰まった麻袋にでもなった気分です。
小屋の扉をノックすると、出てきたアドルフさんは旦那さまを見て「おや」という顔をし、次いで旦那さまに抱えられたわたしに気付いて少し目を丸くしました。
子どもの様に抱っこされたままでは何となく恰好が付きませんが、言い付かったことを全うしなければ。
「お届け物です」
わたしは抱えていたバスケットをアドルフさんに差し出しました。
「ああ……ありがとう。セドリック様、どうぞお入りください」
アドルフさんはバスケットを受け取ると身体を引いて隙間をあけ、旦那さまを促しました。
部屋に入った旦那さまは真っ直ぐに暖炉の前に行くと、ようやくわたしを降ろしてくださいました。自分の足で立ってはみましたが、何だかフラフラします。まだ、馬の上で揺られているような感じが消えません。
思わず両足に力を入れて踏ん張ったわたしの背中に、旦那さまが手を添えてくださいました。
「大丈夫かい?」
「そうですね。本当に床が揺れているのでなければ、だいじょうぶです」
もしかしたら、旦那さまからご覧になったら、わたしは揺れているのではないでしょうか?
あんまりユラユラしているのでそう思ったわたしに、旦那さまはにっこりとお笑いになりました。
「床はちゃんとしっかり止まっているよ。君もね。ほら、その濡れた外套を脱いで火に当たりなさい」
そう言うと、わたしを包んでいる旦那さまの外套と、元々わたしが来ていた赤い外套を、旦那さまはさりげない手つきでスルリと剥いでくださいました。
脱がせ方は、わたしよりもお上手かもしれません。
*
結局雨は激しくなる一方で、遠くでは雷も聞こえます。わたしたちはアドルフさんの小屋で一泊することになりました。
アドルフさんが馬を飛ばしてそのことをお屋敷に伝えに行くとおっしゃいましたので、わたしも乗せて行って欲しいとお願いしたのですが、旦那さまに一言で却下されました。
「こんなに雨が降っているのにまた移動したら、本当に病気になってしまうよ」
「でも、アドルフさんは行かれるのでしょう?」
「僕も彼も濡れるのには慣れているからいいけど、君は駄目だ」
こういうのを、何と言うのでしょう。
――ダンソンジョヒ?
「わたしは丈夫ですから。病気なんて、今までしたことがありません」
「駄目だ。肺炎にでもなったら、どうするんだ?」
何回かそんなふうに押し問答して、結局、わたしは小屋に足止めになりました。
代わりに、お夕飯を作ってアドルフさんをお待ちすることにして。
けれど、外が暗くなってもアドルフさんは戻られなくて、わたしは少し心配になりました。ウサギのシチューが仕上がってから、もうずいぶんと経っているのですが。
雨雲のせいで月明かりもありません。
こんなに暗くて、道に迷わないのでしょうか。
せめて犬のジャックを連れていかれたらよかったのに、番犬になるから、とここに残して、お独りで行ってしまわれたのです。
「こっちで座って待っていたらどうだい? 彼なら大丈夫だよ。この森の中なら目をつぶっていても迷いはしないさ」
ジャックと一緒になってそわそわと窓を覗き込んでいたわたしに、旦那さまが笑いながらそうおっしゃった時でした。ジャックが一声吠えたかと思ったら、わたしの耳にも微かな蹄の音が聞こえてきたのです。
「ほら、帰ってきただろう?」
「はい。良かったです」
全然心配されていなかった様子の旦那さまに、わたしは深々と頷きました。
旦那さまは、アドルフさんのことをとても信頼されているようです。基本的にわたしは旦那さまに子ども扱いされているような気がするので、何となくアドルフさんが羨ましくなりました。
確かに、アドルフさんの方がずっと大人ですし、ずっとすごい方なのですけれど。
まあ、とにかく、これで一安心です。ホッと息をついて、わたしはテーブルの上にお皿を並べ始めました。
じきに小屋の中に入ってきたアドルフさんはやっぱりびしょ濡れで、彼が着替えを済ませてきた後、少し遅めの夕食が始まりました。
旦那さまとアドルフさんは、キツネがどうとか、クロライチョウがどうとか、そんなお話をなさっています。
お二人のお話に耳を傾けながら、そう言えば、と首をかしげました。
アドルフさんは、ゲームキーパーです。
貴族の方は趣味で狩りをするらしく、ゲームキーパーはそのお世話をするものだそうですが、わたしは旦那さまが狩りをされるところを見たことがありません。たまに旦那さまのお友達のラザフォード様とか、ソーントン様とかがお見えになることがありますが、やっぱり、狩りに行かれることはなかったような気がします。
六年間ほとんどずっとお世話をしてきて、今さらですが。
お話が途切れた隙を見計らって、その疑問を口にしてみました。
「旦那さまは狩りをなされないのですか?」
そんなに変なことを訊いてはいないと思います。けれど、わたしのその質問に、ほんの一瞬だけ旦那さまの眼が揺らぎました。ほんの一瞬だけ、よぎった翳。
まるで、さんさんと照りつけていたお日さまの前を、分厚い雲がサッと走っていったような。
わたしは、何かいけない事でも訊いてしまったのでしょうか?
それは本当に短い間のことで、わたしが目をしばたたかせているうちに旦那さまはすぐにまたいつもの笑顔になって、答えてくださいました。
「狩りは結構疲れるんだよ。銃も重いしね」
……本当でしょうか?
何となく言葉の裏に何かが隠れているような気がします。
わたしをあんなに軽々抱えられるのだから、銃の重さなんて全然問題にならないのではないでしょうか。旦那さまは、こう見えて、結構力持ちなのですから。
「そう言えば、カルロがずいぶん落ち込んでいた」
旦那さまのお返事に首をかしげていたわたしに、不意にアドルフさんがそうおっしゃいました。
アドルフさんの声は低くてかすれていて、少し聞き取りにくいです。滅多にしゃべらないから、声を出しにくくなっているのかもしれません。
わたしは旦那さまからアドルフさんに目を向けました。
「何でカルロさんが落ち込むんですか?」
「もっと早く仕事を終わらせればよかった、と。そうすれば君を行かせずに済んだのに、と」
「カルロさんにもお仕事があったのだから、仕方がありません」
「屋敷に戻ったら、次からは最初からまじめにやれと言っておけ」
甘やかすなという口調で、アドルフさんが肩を竦めました。確かにわたしも時々――しばしばカルロさんに対してそう思うことがありますが、悔やんでいる人に対して、キビシイです。何となくわたしも叱られたような気分になりました。
シチューに集中しましょう。
スプーンをせっせと口に運ぶわたしの横で、お二人がお話を再開します。
「森の東の方に行かれましたか? 渓谷が見える辺りです」
「いや……そこまで奥には行っていないな。何かあったのか?」
「馬の蹄鉄の跡がいくつか」
「侵入者か?」
少し硬くなった旦那さまの声。それにアドルフさんが頷きます。
「恐らく、密猟者かと。その近くに血痕もありました」
「何名だ?」
「三人」
「そうか……」
スプーンを置いてそう呟いた旦那さまを、そっと横目で窺ってみます。グッと唇を引き結んだお顔は、あまり見たことがないものです。何となく、空気がチクチクします。
いつもの旦那さまは、もう少ししっかりなさった方がいいのでは、と思わせます。
今の旦那さまはキリッとしていて、いかにも『ご主人様』という感じです。
――そんな旦那さまは、何だか知らない人のようで。
わたしの手が止まったことに気付いて、旦那さまがこちらに振り向きました。そうしてわたしの顔を見て、少し困ったようなお顔になります。
「ああ、悪かった。怖がらせてしまったね」
そう言っていつもの笑みになった旦那さまに、何故かホッとしました。旦那さまは、しっかりしていらっしゃらない方がいいのかも、と思ってしまって、慌てて胸の中で首を振りました。やっぱり、もう少ししゃんとなさった方がいいに決まってます。
それからは「ロウドウシャノケンリ」がどうとか、「ホウカイセイ」がどうとか、そんなお話になりました。わたしにはよく解からない事ばかりでしたが、さっきとは雰囲気が違って、退屈だけれども、それだけです。
食べ終わったシチューのお皿を片付けて、お話をしているお二人にお茶を出して、また椅子に座ってお二人の声に耳を傾けていたのですが。
「エイミー?」
そっと名前を呼ばれて、ビクッと顔を上げました。
「眠かったら、アドルフのベッドを借りてお休み」
いつもならもう寝ている時間なので、油断しました。わたしは何度か瞬きをして眠気を追い払います。
旦那さまがそうおっしゃっても、この小屋にベッドは一つしかありません。後は長椅子が一つ。
ここはやはり、ベッドは旦那さま、長椅子はアドルフさんでしょう。
「だいじょうぶです」
旦那さまは何故か面白そうに眉を上げてわたしを見ました。
「そうかい?」
少し唇を歪ませてそう言うと、またアドルフさんとのお話に戻ります。
低くて穏やかなお二人の声は、何だかとっても落ち着きます。
――明日の朝ごはんは何時にしたらいいのでしょう。
わたしが覚えているのは、卵とミルクのことを思い浮かべながら、そう考えたところまででした。
わたしは外套にしっかり包まれていたのでほとんど濡れませんでしたが、隙間から見えた旦那さまはびしょ濡れです。
小さな厩舎に馬のまま乗り入れると、旦那さまはヒラリと一人で飛び降りてしまいました。そうしてわたしを鞍の上に残したまま、手早く馬の身体の水気を拭っていきます。
その間、馬はピクリとも動かずジッとしてくれていましたが――独りで乗っているのは、怖いです。
自力で降りようにも降りられず、鞍と一体になった気分で旦那さまが馬の世話を終えるのを待ちました。
じきに馬の身体もあらかた拭い終えて、ようやく旦那さまがわたしに手を伸ばしてくださいます――と思ったら、わたしを外套で包み直すなり、そのまま抱えて走り出してしまいました。
確かにわたしが自分で走るよりも速いとは思うのですが、何だか、小麦の詰まった麻袋にでもなった気分です。
小屋の扉をノックすると、出てきたアドルフさんは旦那さまを見て「おや」という顔をし、次いで旦那さまに抱えられたわたしに気付いて少し目を丸くしました。
子どもの様に抱っこされたままでは何となく恰好が付きませんが、言い付かったことを全うしなければ。
「お届け物です」
わたしは抱えていたバスケットをアドルフさんに差し出しました。
「ああ……ありがとう。セドリック様、どうぞお入りください」
アドルフさんはバスケットを受け取ると身体を引いて隙間をあけ、旦那さまを促しました。
部屋に入った旦那さまは真っ直ぐに暖炉の前に行くと、ようやくわたしを降ろしてくださいました。自分の足で立ってはみましたが、何だかフラフラします。まだ、馬の上で揺られているような感じが消えません。
思わず両足に力を入れて踏ん張ったわたしの背中に、旦那さまが手を添えてくださいました。
「大丈夫かい?」
「そうですね。本当に床が揺れているのでなければ、だいじょうぶです」
もしかしたら、旦那さまからご覧になったら、わたしは揺れているのではないでしょうか?
あんまりユラユラしているのでそう思ったわたしに、旦那さまはにっこりとお笑いになりました。
「床はちゃんとしっかり止まっているよ。君もね。ほら、その濡れた外套を脱いで火に当たりなさい」
そう言うと、わたしを包んでいる旦那さまの外套と、元々わたしが来ていた赤い外套を、旦那さまはさりげない手つきでスルリと剥いでくださいました。
脱がせ方は、わたしよりもお上手かもしれません。
*
結局雨は激しくなる一方で、遠くでは雷も聞こえます。わたしたちはアドルフさんの小屋で一泊することになりました。
アドルフさんが馬を飛ばしてそのことをお屋敷に伝えに行くとおっしゃいましたので、わたしも乗せて行って欲しいとお願いしたのですが、旦那さまに一言で却下されました。
「こんなに雨が降っているのにまた移動したら、本当に病気になってしまうよ」
「でも、アドルフさんは行かれるのでしょう?」
「僕も彼も濡れるのには慣れているからいいけど、君は駄目だ」
こういうのを、何と言うのでしょう。
――ダンソンジョヒ?
「わたしは丈夫ですから。病気なんて、今までしたことがありません」
「駄目だ。肺炎にでもなったら、どうするんだ?」
何回かそんなふうに押し問答して、結局、わたしは小屋に足止めになりました。
代わりに、お夕飯を作ってアドルフさんをお待ちすることにして。
けれど、外が暗くなってもアドルフさんは戻られなくて、わたしは少し心配になりました。ウサギのシチューが仕上がってから、もうずいぶんと経っているのですが。
雨雲のせいで月明かりもありません。
こんなに暗くて、道に迷わないのでしょうか。
せめて犬のジャックを連れていかれたらよかったのに、番犬になるから、とここに残して、お独りで行ってしまわれたのです。
「こっちで座って待っていたらどうだい? 彼なら大丈夫だよ。この森の中なら目をつぶっていても迷いはしないさ」
ジャックと一緒になってそわそわと窓を覗き込んでいたわたしに、旦那さまが笑いながらそうおっしゃった時でした。ジャックが一声吠えたかと思ったら、わたしの耳にも微かな蹄の音が聞こえてきたのです。
「ほら、帰ってきただろう?」
「はい。良かったです」
全然心配されていなかった様子の旦那さまに、わたしは深々と頷きました。
旦那さまは、アドルフさんのことをとても信頼されているようです。基本的にわたしは旦那さまに子ども扱いされているような気がするので、何となくアドルフさんが羨ましくなりました。
確かに、アドルフさんの方がずっと大人ですし、ずっとすごい方なのですけれど。
まあ、とにかく、これで一安心です。ホッと息をついて、わたしはテーブルの上にお皿を並べ始めました。
じきに小屋の中に入ってきたアドルフさんはやっぱりびしょ濡れで、彼が着替えを済ませてきた後、少し遅めの夕食が始まりました。
旦那さまとアドルフさんは、キツネがどうとか、クロライチョウがどうとか、そんなお話をなさっています。
お二人のお話に耳を傾けながら、そう言えば、と首をかしげました。
アドルフさんは、ゲームキーパーです。
貴族の方は趣味で狩りをするらしく、ゲームキーパーはそのお世話をするものだそうですが、わたしは旦那さまが狩りをされるところを見たことがありません。たまに旦那さまのお友達のラザフォード様とか、ソーントン様とかがお見えになることがありますが、やっぱり、狩りに行かれることはなかったような気がします。
六年間ほとんどずっとお世話をしてきて、今さらですが。
お話が途切れた隙を見計らって、その疑問を口にしてみました。
「旦那さまは狩りをなされないのですか?」
そんなに変なことを訊いてはいないと思います。けれど、わたしのその質問に、ほんの一瞬だけ旦那さまの眼が揺らぎました。ほんの一瞬だけ、よぎった翳。
まるで、さんさんと照りつけていたお日さまの前を、分厚い雲がサッと走っていったような。
わたしは、何かいけない事でも訊いてしまったのでしょうか?
それは本当に短い間のことで、わたしが目をしばたたかせているうちに旦那さまはすぐにまたいつもの笑顔になって、答えてくださいました。
「狩りは結構疲れるんだよ。銃も重いしね」
……本当でしょうか?
何となく言葉の裏に何かが隠れているような気がします。
わたしをあんなに軽々抱えられるのだから、銃の重さなんて全然問題にならないのではないでしょうか。旦那さまは、こう見えて、結構力持ちなのですから。
「そう言えば、カルロがずいぶん落ち込んでいた」
旦那さまのお返事に首をかしげていたわたしに、不意にアドルフさんがそうおっしゃいました。
アドルフさんの声は低くてかすれていて、少し聞き取りにくいです。滅多にしゃべらないから、声を出しにくくなっているのかもしれません。
わたしは旦那さまからアドルフさんに目を向けました。
「何でカルロさんが落ち込むんですか?」
「もっと早く仕事を終わらせればよかった、と。そうすれば君を行かせずに済んだのに、と」
「カルロさんにもお仕事があったのだから、仕方がありません」
「屋敷に戻ったら、次からは最初からまじめにやれと言っておけ」
甘やかすなという口調で、アドルフさんが肩を竦めました。確かにわたしも時々――しばしばカルロさんに対してそう思うことがありますが、悔やんでいる人に対して、キビシイです。何となくわたしも叱られたような気分になりました。
シチューに集中しましょう。
スプーンをせっせと口に運ぶわたしの横で、お二人がお話を再開します。
「森の東の方に行かれましたか? 渓谷が見える辺りです」
「いや……そこまで奥には行っていないな。何かあったのか?」
「馬の蹄鉄の跡がいくつか」
「侵入者か?」
少し硬くなった旦那さまの声。それにアドルフさんが頷きます。
「恐らく、密猟者かと。その近くに血痕もありました」
「何名だ?」
「三人」
「そうか……」
スプーンを置いてそう呟いた旦那さまを、そっと横目で窺ってみます。グッと唇を引き結んだお顔は、あまり見たことがないものです。何となく、空気がチクチクします。
いつもの旦那さまは、もう少ししっかりなさった方がいいのでは、と思わせます。
今の旦那さまはキリッとしていて、いかにも『ご主人様』という感じです。
――そんな旦那さまは、何だか知らない人のようで。
わたしの手が止まったことに気付いて、旦那さまがこちらに振り向きました。そうしてわたしの顔を見て、少し困ったようなお顔になります。
「ああ、悪かった。怖がらせてしまったね」
そう言っていつもの笑みになった旦那さまに、何故かホッとしました。旦那さまは、しっかりしていらっしゃらない方がいいのかも、と思ってしまって、慌てて胸の中で首を振りました。やっぱり、もう少ししゃんとなさった方がいいに決まってます。
それからは「ロウドウシャノケンリ」がどうとか、「ホウカイセイ」がどうとか、そんなお話になりました。わたしにはよく解からない事ばかりでしたが、さっきとは雰囲気が違って、退屈だけれども、それだけです。
食べ終わったシチューのお皿を片付けて、お話をしているお二人にお茶を出して、また椅子に座ってお二人の声に耳を傾けていたのですが。
「エイミー?」
そっと名前を呼ばれて、ビクッと顔を上げました。
「眠かったら、アドルフのベッドを借りてお休み」
いつもならもう寝ている時間なので、油断しました。わたしは何度か瞬きをして眠気を追い払います。
旦那さまがそうおっしゃっても、この小屋にベッドは一つしかありません。後は長椅子が一つ。
ここはやはり、ベッドは旦那さま、長椅子はアドルフさんでしょう。
「だいじょうぶです」
旦那さまは何故か面白そうに眉を上げてわたしを見ました。
「そうかい?」
少し唇を歪ませてそう言うと、またアドルフさんとのお話に戻ります。
低くて穏やかなお二人の声は、何だかとっても落ち着きます。
――明日の朝ごはんは何時にしたらいいのでしょう。
わたしが覚えているのは、卵とミルクのことを思い浮かべながら、そう考えたところまででした。
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