捨て猫を拾った日

トウリン

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捨て猫を拾った日

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 孝一こういちの下で、柔らかな身体が微かに身じろぎする。彼はまだ真白の中にとどまっていて、彼女が包み込んでくる感触を味わっていた。本当はすぐに離れなければならないのは判っているが、動けない。

 このやせっぽちの身体のどこに惹き付けられるのかは判らないが、真白は孝一の中にこれまで感じたことのないような欲望を掻き立てるのだ。一度抱いてしまえばあっさりとその女に興味を失ってしまう彼だった筈なのに、真白は、彼女に触れれば触れるほど、もっと近く、もっと深くと思ってしまう。
 本当は明かりを点けて、真白をじっくりと観察しながら抱きたいのだが、彼女が嫌がるので部屋の中は暗い。
 その闇の中、孝一は、間近でぼんやりと見える白く小さな顔をしげしげと見つめた。

 真白の意識はない。眠っているというよりも、気を失っていると言った方がいいかもしれない。三度目だったか、四度目だったか、身体を震わせて達したと思ったら、クタリと脱力してしまったのだ。
 体力が違い過ぎるのか、ある程度孝一が満足するまで真白が目を開けていられることは、滅多にない。

(流石に、もう離れよう)
 名残惜しいが孝一がそっと身体を引くと、真白が小さな甘い声を漏らす。
 が、目覚めはしない。
 孝一は手を伸ばし、彼女の唇の端に引っかかっている幾筋かのくせ毛を、そっとどかしてやった。そうして、その寝顔を見つめる。

 初めて真白を抱いてから、一週間近くが経つ。その間、孝一は毎晩彼女を彼のベッドの上で組み敷いていた。彼にとって特定の誰かと付き合うのに一週間というのは長い方だが、まだまだ真白に飢えている。
 孝一は、仰向けになって腕の中に真白を引き寄せた。その温もりに彼は再び強張ったが、意識のない彼女を奪うわけにもいかない。
 ――どんなにそうしたいと思ったとしても。

 一たび真白を抱くと止まらなくなって、彼女が意識を手放すまで抱き潰してしまう。
 真白は二度、三度と達するうちに、熱に浮かされるように「好き」という言葉を口にする。それは、最初に彼女を抱いた時からそうだった。
 真白の甘く震える声でそう言われると、孝一はそれだけでイキそうになる。もしかしたらそれを聞きたくて、執拗なまでに彼女を煽ってしまうのかもしれない。
 真白が感情らしきものを吐露するのは、快楽に我を失っている時くらいだったから。

 孝一は、真白の感じる場所を全て暴き出した。
 指と舌でそれを探り、真白が声を押し殺して身を震わせるのが感じられると、最高に興奮する。込み上げる快感に怯え、達しそうになるのを懸命にこらえている彼女を見ると、何が何でも声を上げさせたくなるのだ。
 真白の身体は小さくて、彼の屹立を受け入れる時には微かに眉根を寄せて、苦しそうに大きく喘ぐ。しかし、ゆっくりと馴染ませていくと次第にそれが和らいでいくのだ――その変化を見ながらじっくりと抽送するのが、孝一は好きだった。そして、真白の最奥を突き上げた時、為す術もなく駆り立てられることに、彼女が大きなその目を不安そうに更に見開き孝一を見上げてくることも。そんなふうに見られると、怖がることはないのだと、きつく抱き締めてやりたくなって仕方がなくなる。
 そんな時、彼の中にはセックスによる快楽ではない、何か温かいものが溢れてくるのだ。それはいったい何なのだろうと考えてみるのだが、答えは見つかっていない。

 孝一は、真白の剥き出しの肩にそっとキスをして、それが冷たくなっていることに気付く。布団を引き上げてしっかりと包み込み、抱き締める腕に力を増して自分の胸に更に引き寄せた。と、無意識のうちに彼女は身じろぎをして、彼から離れようとする。それを封じ込めるようにして抱き締めていると、やがて真白は彼の胸の中にすっぽりと納まった。

 彼は、彼女に触れずにはいられない。

(だが、真白はそうじゃない)
 毎晩身体をつなげても、真白にはやっぱりどこか壁のようなものが感じられた。

 真白は「好き」という言葉を口にする。しかしそれは、快楽に朦朧としている時だけだ。気を失うほどに感じさせて、何も解からなくなった時にだけ、彼女は彼にしがみつき、「好き」と言う。
 それなのに、ベッドから離れればいつもの「距離」が復活する。

 素面の時に、真白が孝一の事を好きだと言ったことはない。
 孝一の方から引き寄せない限り、彼の腕の中に入ることはない。
 こうやって、セックスで力尽きて眠り込んでしまっても、朝までそのままでいることはない。目を覚ませばこっそりと彼の腕から抜け出して、いつものソファに行ってしまう。夜中に目覚めた孝一が彼女を抱き締めようとしても、胸の中は空っぽなのだ。

 孝一に対して、真白は何一つ求めてはこない。物や行動だけではない――彼女に対する愛情すらも。
 今まで孝一の事を好きだ、愛していると言ってきた女たちは、必ず彼にも同じ台詞を口にすることを望んできた。
「私のことを愛してる?」「愛してると言ってよ」と。
 だが、真白は全くそんなことを求めてこない。

(本当に、真白は俺の事を好きなのか?)
 彼女の「好き」を聞くたびに、身体に痺れるような快感が走ると共に、暗い疑念が頭をよぎる。
 昔、何かで読んだことがある。
 オーガズムに達すると、オキシ何とかいうホルモンが分泌されて、それにより強い愛情を感じるのだとか。
 真白の「好き」は、単なる生理的現象に過ぎないのかもしれない。

「ん……」
 孝一の腕に無意識のうちに力がこもり、真白が微かに身じろぎする。ハッと力を抜いて、静かに深呼吸をした。
 今まで散々相手から何かを要求されることを拒んできたのに、今、真白が彼に何も求めてこないことに苛立ちを覚えている。
 我ながら理不尽だと思いつつ、それをコントロールできない自分にまた、孝一は胸の中がざわついた。

 不意に真白がもそもそと動き、長いまつ毛が震える。
 孝一は左手で胸を包み込み、親指の腹でその先端に円を描くようにしてくすぐるようにくすぐった。ぷくりと立ち上がったそれを爪の先でなぞると、真白の全身が震える。

「ん……コウ?」
 寝ぼけた声が、彼の名前を呼ぶ。
 孝一はついばむようなキスを真白の唇や首筋に落としながら、もう片方の手で彼女の脇腹に触れた。臍をくすぐり、平らな腹から更に下へと進めていく。

「んんッ」
 触れるか触れないかという強さで辿ると、真白はビクビクと身体を引きつらせた。
 茂みを掻き分け、つい数十分前まで彼を受け入れていたその場所を探る。そこはまだしとどに濡れていた。孝一は指を一本挿し入れ、恥骨の裏辺りをゆるゆるとなぞる。

「あ……や、だめ、そこ……」
 そう言いながらも、真白の中は孝一の指を締め付けてくる。彼は指を引き抜き、真白を仰向けにすると手早く新しい避妊具を着けて彼女の中にジリジリと侵入した。

「ッ、あ……」
 いつものように、啼き声を噛み殺す真白。
 彼女の奥の奥まで到達した孝一は一度腰を引いてギリギリまで身体を離し、再び貫いた――一息に。

「ああッ」
 背がのけぞるほどに激しく突き上げられ、真白の口からこらえきれなかった嬌声が零れ落ちる。その一突きで軽く達したのか、彼女の身体は小刻みに震えていた。孝一は彼女の膝を抱えて折り曲げ、胸に押し付けるようにする。
「や、あ……あ、ぁん」
 深まったつながりに真白は啼いて、孝一を締め付けてきた。
 この一週間ですっかり快楽を覚え込まされた真白の身体は、あっという間に昇り詰める。収縮と弛緩を繰り返すその内部の動きに彼女がイッたのが判ったが、孝一は構わず腰を振り立てた。

「や、や、ダメ、ぅあぁあん」
 快感に蠕動する胎内を絶え間なく責め立てられ、真白が再び震え始める。
「や、ぁん、また……また……」
「イきたいだけイけ」
 身体を倒して真白の耳元で囁き、耳朶を口に含んで舌で愛撫した。と、彼女の全身がガクガクと痙攣し始める。
「ふぁ、あ、コウ、コウ、好き、大好き」
 精一杯の力で抱きついてくる、細い腕。孝一は彼女の背を掻き抱き、大きな動きで深く腰を送り続けた。柔らかな真白の中が孝一の剛直をきつく締め付ける。

「クッ」
 呻くと同時に彼自身が膨れ上がり、脈打ったかと思った瞬間、一気に解放を迎えた。孝一の腰から背筋にかけて、頭がおかしくなりそうなほどの快感が駆け抜けていく。
「コウ、好き、好き……」
 腰が砕けそうになるほど甘い声で何度も囁かれる、その言葉。

(お前のその『好き』に、意味はあるのか……?)
 無意識に、そんな問いが口を突いて出そうになる。

 悦楽の余韻でぼうっとしている彼の頭に、繰り返されるその声が寒々しく沁み込んでいった。
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