25 / 42
24
しおりを挟む
俺達は選手をどんどん抜かし、最前列の菜箸を掴むことができた。
脇田がそれぞれの選手の箸の持ち方を、定規を手にしながらチェックしている。
現在の時刻は、九時十二分。
一ラウンド終了時刻は、十時。
長机の上には、菜箸と紙コップの束、そしてプラスチックの箱に入った小豆と、一カップに三十個の文字。
「練習の成果を出すときだな」
向井が口角を上げてくる。
俺は菜箸を掴んだ。
初めに、小豆ではなく空気を挟んでみる。
カチカチと箸の先が音を出した。
よしっ! いける!
次は小豆を同じように掴めば……。
箸を小豆に近づけ、手先の感覚を研ぎ澄ませて掴んだ。
あとは持ち上げて、紙コップに落とすのみ!
慎重に、慎重に。
「っと! 足が滑っちゃった」
は?
声がした方角を見た途端、俺は地べたに這いつくばるように倒れた。
いてえ、鼻血が出そう。
「林!」
向井がしゃがみ、こちらを起こす。
「大丈夫だ」
「はは。ごめんごめん。怪我はなかったかな?」
高村の声に、向井がビクリとし、俺に体を寄せる。
「そうだ。怪我といえば、僕のカメラは傷ついていないよね?」
俺は眼鏡を押し上げる男に歯軋りをした。
「なんだい、その態度は? 陸上部のお荷物君」
くそっ、むかつくが、ここは無視だ。
今は小豆を。
「って! 小豆!」
プラスチックが床に落ち、四方に散らばっている小豆達。
早く戻さないと。
掻き集めようとし、ピピーと笛が鳴る。
脇田が走ってきた。
「ゼッケン11番、小豆を手で触れた瞬間に失格だぞ!」
「嘘」
「本当だ! すべて菜箸でプラスチックの箱に戻せ。紙コップへは、それからだ」
高村が笑いを堪えている。
おいおい、二度手間かよ。
おいおい、大丈夫かよ、俺。
「優勝したら、向井君の写真を、たくさん撮らないとね」
高村の独り言になっていない独り言に、拳を握りしめる。
こんな奴が優勝してしまったら、向井はバイブを入れられるだけじゃ済まない。
写真は残るんだ。
向井は自分で何とかするかもしれない。
だけど俺は、お前が誰かの願いを無条件で叶えることが、苦痛なんだ。
上から何かが、バラバラと落ちてきた。
小豆とプラスチックの箱だ。
向井が俺を横目で見た。
「許さない」
何粒もの小豆が零れていく。
「諦めることだけは、許さない」
高村の笑みが止み、脇田がぽかんと、向井に阿呆面を向ける。
向井は無言でプラスチックの箱に、菜箸で小豆を戻しにかかった。
「キスがしたい」
「盛るのは、夜だけにしてくれ」
「はは」
「なぜ、笑う?」
「嬉しくて、つい」
「嬉しい? 林は相変わらず、理解しがたいな」
向井の声と言葉が、俺に落ち着きをくれる。
大丈夫。俺はできる。
俺は菜箸を持ち直し、小豆を摘んだ。
小豆は掴みにくく、何度も逃げていく。
深呼吸をし、必死に小豆のウィークポイントを見極める。
角度が大切なのだ。
縦よりも横!
一粒、プラスチックへの引越しに成功する。
よし……。
俺は手が腱鞘炎になるかと思うくらい、集中した。
昨日、向井と練習したときは小豆がなく、向井の指を掴むに終わった。
それだって、午前五時くらいになって、やっと許された行為だ。
昔の癖を取っ払うのは困難だ。
だから、無心で行え。
どう持つかなんて考えるな。
ピッピーと笛が鳴る。
「第一ラウンド終了! 結果発表!」
脇田がマイクを持ちながら、さらに声を張り上げる。
「数を数えなくても、良いのか?」
と、どこからともなく、疑問が漏れた。
「第一ラウンドですが、向井の成績がゼロであったため、みなさん、二ラウンドへ進めることになりました! 何やってんだよ、向井!」
脇田、やけくそになってるぞ、顔が。
脇田がそれぞれの選手の箸の持ち方を、定規を手にしながらチェックしている。
現在の時刻は、九時十二分。
一ラウンド終了時刻は、十時。
長机の上には、菜箸と紙コップの束、そしてプラスチックの箱に入った小豆と、一カップに三十個の文字。
「練習の成果を出すときだな」
向井が口角を上げてくる。
俺は菜箸を掴んだ。
初めに、小豆ではなく空気を挟んでみる。
カチカチと箸の先が音を出した。
よしっ! いける!
次は小豆を同じように掴めば……。
箸を小豆に近づけ、手先の感覚を研ぎ澄ませて掴んだ。
あとは持ち上げて、紙コップに落とすのみ!
慎重に、慎重に。
「っと! 足が滑っちゃった」
は?
声がした方角を見た途端、俺は地べたに這いつくばるように倒れた。
いてえ、鼻血が出そう。
「林!」
向井がしゃがみ、こちらを起こす。
「大丈夫だ」
「はは。ごめんごめん。怪我はなかったかな?」
高村の声に、向井がビクリとし、俺に体を寄せる。
「そうだ。怪我といえば、僕のカメラは傷ついていないよね?」
俺は眼鏡を押し上げる男に歯軋りをした。
「なんだい、その態度は? 陸上部のお荷物君」
くそっ、むかつくが、ここは無視だ。
今は小豆を。
「って! 小豆!」
プラスチックが床に落ち、四方に散らばっている小豆達。
早く戻さないと。
掻き集めようとし、ピピーと笛が鳴る。
脇田が走ってきた。
「ゼッケン11番、小豆を手で触れた瞬間に失格だぞ!」
「嘘」
「本当だ! すべて菜箸でプラスチックの箱に戻せ。紙コップへは、それからだ」
高村が笑いを堪えている。
おいおい、二度手間かよ。
おいおい、大丈夫かよ、俺。
「優勝したら、向井君の写真を、たくさん撮らないとね」
高村の独り言になっていない独り言に、拳を握りしめる。
こんな奴が優勝してしまったら、向井はバイブを入れられるだけじゃ済まない。
写真は残るんだ。
向井は自分で何とかするかもしれない。
だけど俺は、お前が誰かの願いを無条件で叶えることが、苦痛なんだ。
上から何かが、バラバラと落ちてきた。
小豆とプラスチックの箱だ。
向井が俺を横目で見た。
「許さない」
何粒もの小豆が零れていく。
「諦めることだけは、許さない」
高村の笑みが止み、脇田がぽかんと、向井に阿呆面を向ける。
向井は無言でプラスチックの箱に、菜箸で小豆を戻しにかかった。
「キスがしたい」
「盛るのは、夜だけにしてくれ」
「はは」
「なぜ、笑う?」
「嬉しくて、つい」
「嬉しい? 林は相変わらず、理解しがたいな」
向井の声と言葉が、俺に落ち着きをくれる。
大丈夫。俺はできる。
俺は菜箸を持ち直し、小豆を摘んだ。
小豆は掴みにくく、何度も逃げていく。
深呼吸をし、必死に小豆のウィークポイントを見極める。
角度が大切なのだ。
縦よりも横!
一粒、プラスチックへの引越しに成功する。
よし……。
俺は手が腱鞘炎になるかと思うくらい、集中した。
昨日、向井と練習したときは小豆がなく、向井の指を掴むに終わった。
それだって、午前五時くらいになって、やっと許された行為だ。
昔の癖を取っ払うのは困難だ。
だから、無心で行え。
どう持つかなんて考えるな。
ピッピーと笛が鳴る。
「第一ラウンド終了! 結果発表!」
脇田がマイクを持ちながら、さらに声を張り上げる。
「数を数えなくても、良いのか?」
と、どこからともなく、疑問が漏れた。
「第一ラウンドですが、向井の成績がゼロであったため、みなさん、二ラウンドへ進めることになりました! 何やってんだよ、向井!」
脇田、やけくそになってるぞ、顔が。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
27
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる