逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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004 あ、お茶してくか?

シルフィスカはその夫となる人の顔を見てからもしやと思っていた。

邪魔なメイド達に明日の朝一番で帰るように告げた後、部屋で一人で考える。

「あの顔……どっかで見たことがあるような……」

考えながら、当たり前のように夕食もメイド達に用意されず、適当に空間収納から食べる物を取り出し、それを腹に納める。

いつの間にかそのまま眠っていたらしい。

朝の光で目を覚まし、身支度を整える頃には、メイド達がブツブツ言いながら屋敷を出て行ったらしい。その上、クソメイド達は持って来た僅かばかりの持参金を懐に入れていた。許せるものではないが、手切れ金と考えれば良いかと、無理やり溜飲を下げる。

そんな早朝に、用意が出来たという誓約書を持って旦那の補佐が訪ねてきた。屋敷に招き入れ、向き合ってテーブルにつく。誓約書には、きっちりとこの屋敷をシルフィスカの所有物として認めるというものが入っていた。これがシルフィスカにとって一番重要だった。

「確認できましたら署名を。こちらも忙しいのです」
「承知しました」

ツンケンされるのは慣れている。なので、そんな言葉を受け流しながら確認を終えると署名した。

「ご存知ではあると思いますが、これを破棄される場合は多くの方の前で神に許しを請わなくてはなりません。そのような醜態を当家にさせることがないようにお願いします」
「承知しております。一切の援助は無用。もし、夜会など私が出なくてはならなくなった場合は前日までにご連絡ください」
「……いいでしょう。誓約書にもありましたが、こちらから呼び出さない限り、本館への立ち入りは禁止です」
「はい」
「……」

潔く返事をするとは思わなかったらしい。誓約書に書かれていた以上、署名した時点で納得済みだ。

「食材はひと月分の最低限のものを外にある保管庫に入れておきます。追加をご要望でしたら……」
「『自身で買い求める』ですね。これも承知しております」
「……そうですか……」

誓約書に全部書かれていたことだ。彼は、最終確認を行っている。親切だ。

「では、最後にこの指輪を」
「はい」

右手の小指。そこに大きめのリングを通す。それから、魔力を流しながら署名をその指先でなぞると、キュッと指輪が絞まった。

「誓約は完了です。指が落ちることがないようお気を付けください」
「もちろんです」

この誓約の指輪は、誓約書に反した場合キツく絞まり、最悪の場合は指が落ちるらしい。

「それでは、この誓約書は必ず目に付く所で保管をしてください。常に内容を確認するように」
「はい」

万が一にも誓約を破らぬように、見える所に置いておくのは当然のことだった。

補佐の男は、もう一つ最後にと確認する。

「こちらにもあるように、当家への賠償金を支払うということになっています。すぐにお支払いいただきたいのですが」
「承知しました。お待ちください」

誓約書にはこれも織り込まれていた。金貨五十枚。これでベリスベリー家の今回の暴挙とも呼べる婚約者の入れ替えを許し、納得するというものだ。

騙したのには変わりない。それで今後、ネチネチと言われることがなくなるならば安いものだ。

はっきり言って、金貨五十枚くらいはシルフィスカには大したものではない。因みにメイド達が持ち逃げした持参金は金貨二十枚だった。それがあったとしても本来は足りない。

きっちり五十枚入った袋を用意し、それを補佐に差し出した。

「っ!? か、確認させていただきます!」
「お願いいたします」

重さに驚いているようだったが、男はテーブルの上に十枚ずつ塔を作り、若干震える手で確認していた。彼はまさか用意できるとは思わなかったのだ。誓約して最初の嫌がらせのつもりだった。それを用意されてしまったのだから動揺するのは当たり前だ。

「……た、確かにお預かりいたします。では」
「ご足労いただき、ありがとうございました」
「っ……」

深く頭を下げ、補佐を見送ると、改めて自宅となった小さな屋敷を振り返った。

あの誓約書の感じでは、侯爵もバカではないようなので、もう伯爵家に隙は見せないだろう。ならば、ここにいる限り無茶は言ってこられまい。

「ある意味素晴らしい場所だな」

全く想像も予想もしていなかった未来だ。

「その上、子も作らなくても良いとはなっ。ははっ、これで存分に人生を謳歌できるというものだっ」

ふと気配を感じて振り返る。そこで楽しそうに腕を組んでこちらを見ていたのは、知り合いの冒険者だった。

「ん? え? な、なんでここに!?」

濃い金の髪、冷徹な美貌。昨日会った旦那とよく似ていた。

「なんでって、ここあたしの家よ? ってか、あなたなら昨日の内に来ると思って部屋で待ってたのに。何を一人ではしゃいでるのよっ」
「いやいや、え!? もしかして、旦那様の母親なんてこと……」
「なんて事ありよ~♪ いやあ、嬉しいわぁ。まさかシルフィがあの子のお嫁さんなんてね~♪ それも驚いたのがあの伯爵の娘? もらわれた子じゃないの?」

彼女は『氷炎の剣鬼』の二つ名を持つ冒険者だ。貴族に嫁に行ったという話も聞いていたが、まさかと思った。

「そうであればと何度思ったかっ。あのクズ共の血が流れているんだ……あああっ、クソっ、思い出させんな! 死にたくなるわ!」

思わず頭を抱えて悶える。

年齢は間違いなく親と子ほど離れている。けれど、熟練度が同じならば冒険者は対等だ。もう数年前から彼女とはこんな感じで言い合う関係だった。

「あははっ。元気そうで良かったわ。最近見かけないって聞いたから、心配してたのよ?」
「あ~……まあ、ちょっと遠い迷宮に潜ってたってのもあるけど、その後にこの結婚話だったからさあ……あ、お茶してくか? ってかここお宅のだけど」

変な感じだ。とはいえ、もうここは我が家になるのだ。

「するするっ。あの紅茶の焼き菓子ある?」
「あるぞ。でも良いのか? こっちに来て、後でなんか言われるんじゃないか?  自分で言うのもなんだが、完全にハブられてる嫁だけど?」
「何言ってんの? もしかしてあの子、シルフィを気に入らないとか言ってんの?」

そんな話をしながら完全に砕けた感じで家に入る。

「まあねえ。ウチのクズな姉が婚約者だったんだからさあ。そりゃあ、騙されたって思ってるだろうよ。クズとはいえ、聖女候補だし?」
「あははははっ。それ、ウチはラッキーじゃんっ。最強の剣士で天才な魔術師で、最高の聖女様が外れなんてあり得ないし」

彼女はシルフィスカの力を把握している。時には命を預け合う仲だ。お互いの生家のこと以外、ほとんど隠し事はなかった。

お茶の用意を手早く済ませ、向かいに座る。

「ジーナの息子か~。剣を教えたのはジーナ?」
「違うわ。まあ基礎の訓練とかは指導したけどね。あたしの剣は我流でしょう? 騎士の剣に混ぜたらダメなやつよ」
「あ、危険だね。騎士は基本、対人戦だっけか」
「そうそうっ。魔獣や魔物を日常的に相手にする私たち冒険者とは違うのよ」

一撃必殺な冒険者の剣を教えるわけには行かない。騎士は本来人を相手にし、無力化、捕縛が前提だ。盗賊と出会ったら皆殺しの冒険者とは違い過ぎる。

ポリポリと固めのクッキーを美味しそうに食べるジーナ……ジルナリスはそこで少し身を乗り出す。

「って言うかシルフィ。ここメイドいなくない?」
「ああ。実家から嫌々付いて来たクズメイドは全員、今朝方帰したよ。金を持ち逃げする正真正銘のクズメイドどもなど、百害あって一利なしだ」
「ちょっ、一人でどうすんのよ!」
「え? だって、自炊もできるし、掃除は魔導具使えば良い。着替えとかも、基本的に自分でやってきたし、あいつら居た所で口しか動かないんだから要らないだろ?」
「……本気でダメダメな家だったんだね」
「だからそう言ってる。持たされて来た持参金も結局、全部あいつらが持って行ったしな」
「それ、クソだね!」

何を今更。

その時、手元にあった誓約書にジルナリスが手を伸ばしてきた。

「これ、誓約書よね? もしかして、結婚の?」

そう言いながら引き寄せたジルナリスは、片手でポリポリとクッキーを摘んで食べていたのだが、目を通し出してそれがパタリと止まった。

シルフィスカは気にせずオリジナルブレンドの紅茶に癒されていた。我ながら今回の出来は最高だ。

そして、バンッとテーブルを叩く音で顔を上げる。そこではジルナリスが誓約書を握り潰しながら震えていた。

「おい。大丈夫か? というか、誓約書を離せ」

この誓約書。特別な魔術が織り込まれた紙なので、グチャグチャに握り潰されても元に戻る。破れも、燃やせもしない。濡れても大丈夫だ。なので、強引にジルナリスの手から引き抜いてテーブルに置く。キラリと光るとピンと張った新品の紙の状態に戻った。

「っ、なんで誓約書の心配してんのよ!! これあの子が!?」
「そりゃあ、あの旦那さんがジーナの息子ならそうだな。あの仕事の姿勢を見るに、頭も良いんだろう? 補佐達の信頼振りからすると判断力もある。当人で間違いないはずだ。いやあ、実に素晴らしい! この自身に非を作らない言い回し。二度と損はしないという気概が溢れ出ている」

よっぽど今回のことは悔しかったのだろう。徹底された内容は惚れ惚れするほどだった。

「だから! なんでそんな呑気なの!? こんなのっ……騙されたのだってシルフィは全く関係ないじゃない! あなた、この話がなければ絶対家出る気だったでしょ!」
「うん? まあな。寧ろ、国を出るつもりだった。あのクズな姉が聖女になるまで特にやる事ないしな。見事に逃げ遅れたよ。大失態だ」

熱くなって立ち上がって訴えるジルナリスとは反対に、シルフィスカは冷静だった。空になったカップに紅茶を新たに丁寧に注ぐほどだ。

「だったらっ。どうしてこんなことを許したのよっ! 何一つあなたに良い事ないじゃない!」

ジルナリスの怒りは正当なものではある。迎えられた嫁としての扱いは最低だ。しかし、シルフィスカは気にしてはいない。

「何を言っている? 充分良い事があるだろう。政略結婚だというのに、夫婦の営みは必要ない。ひと月分の食材は用意されるし、どこに出かけようと家の名前を出さない限り構わない。この家一軒丸ごと私のもの。強要されているのは、夜会への出席くらいだ。これのどこが不満だというんだ?」

誓約書にはこれはダメという内容が多いが、逆に捉えればかなり自由だ。

「……シルフィ……」
「なんでそんな顔するんだ? 私は恵まれているよ。少なくとも、あの家から出られた。家出ではなく、正式に出られただけで充分過ぎるんだ」

そう言ってもジルナリスは泣きそうな顔をしていた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、15日です。
よろしくお願いします◎
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