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ミッション8 王都進出と娯楽品

299 そこに直りな!!

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突然現れた黒い隠密ウサギに、執事やミラナと共に来た商業ギルドの者達はビクリと身を震わせた。しかし、ミラナだけは平然としている。

「何かあったかい?」
「「「っ!?」」」

ミラナが普通に話しかけたことで、驚いて彼女へと視線が集まった。ミラナはそれに反応せず、答えを待つ。隠密ウサギはヒクリと鼻を動かしてから声を発した。

《伝言を預かっております》
「聞こう」
《商業ギルド王都支部の関係者が関わるものの証拠書類については預け済み。こちらの屋敷にある証拠品については、こちらで隅々まで調べ、この後回収、精査させていただきます》
「さすがだ。仕事が早いね。任せよう」
《はい。それと同時に、そちらの執事と夫人は、こちらでお預かりしたいとのことです》
「え……」

執事が目を見開く。自分のことを言われるとは思わなかったのだろう。驚いていた。その表情を確認することなく、ミラナが問いかける。

「理由は」
《それぞれの関係者を保護しております。そちらからの要請です》
「関係者?」
《はい。これにつきまして、そちらの執事殿への伝言です》
「っ、わたしに……?」
《お伝えいたします。もう許すように、と》
「っ……」

執事はグッと奥歯を噛み締め、拳を握る。何かに耐えるように見えた。それをチラリと見たミラナは、隠密ウサギに再び問う。

「あのおバカとの関係は?」
《血縁上の同腹の兄弟です。老いたように変装しておりますが、こちらの方が十ほど年下です》

この執事は、タルブが切り捨てた母親がその時孕っていた弟だった。グラーツは母親の方も保護しようとしたのだが、タルブが嫌っていることを知っていた母親が断り、その時関係を持っていた男性と共に生きることを選んだ。

しかし、タルブは母親がいずれ、自分を頼ってくると思ったのだろう。邪魔に思ったタルブは、商業ギルド職員として力を付け出した頃、母親の居所を探り、この国に居られなくしようと計画した。

その時、守ろうとした夫を亡くし、錯乱しながらも母親は十二になる息子、この執事を連れて何とか隣国に逃がれた。そこで、同じような被害に合ったものから、タルブの仕業であったと知る機会があり、執事は密かに復讐を誓ったのだ。

「これは……驚いたねえ……」
「っ……なぜ、そこまで知って……っ、それに、私の関係者とは、まさかっ」
《あなたのご両親です。復讐は、ここまでにすべきでしょう。リーリル様も心配しておいでですよ》
「っ、リーリル様が来ておられるのですか!?」

彼に変装を教えたのはリーリルだったのだ。

《はい。みなさま、お帰りになるのを待っておられます》
「っ……そんな……っ、母さんも知って……」
《知っておられます》
「っ……」

隣国で暮らしているはずの母親まで来ていると知り、執事は肩を落とす。心配させたくはなかったのだろう。

そして、実は彼の父は生きており、教会に保護されていた。タルブに母親がまだ生きていると知られる事を恐れた彼は、大怪我を負いながらも、裏の組織に依頼し、自分自身を担保にして妻の情報を操作してもらっていた。そこで長い間、奴隷のように働かされていた彼は、ひと月程前に教会に保護されていたのだ。

《それと、これは我々の主からの伝言です。そちらの夫人とメイド長にもお伝えします》
「あっ……」
「え……」

タルブの妻が、メイド長とともにやって来た。夫人とお互い気遣いながらやって来たメイド長からは、タルブと愛人関係にあったという雰囲気は全く感じられない。

《では、くだらない奴のくだらない事に拘ってないで、自分たちの時間を大事にしろ、とのことです》
「っ……」
「っ、わ、私達の事も知って……?」
《はい。お二人も、ご家族の方が心配しておいでです》
「「っ!!」」

マズいという顔をした二人の女性達。彼女達についても、ミラナは確認する。

「あの子らは?」
《夫人の方は、タルブにより当時結婚の約束をしていた方を襲撃され、仕方なく結婚されました。メイドの方は、腹違いの兄の娘です。こちらも、家族で営んでいた店を襲撃され、復讐を決意されました》
「もしかして、二人とも単独でかい?」
《はい。ですので、怪我をされて教会に保護されておりました婚約者やご両親方が心配しておいでです》
「っ……あの人が……っ」
「っ、お母さんは、生きてるの?」
《全員無事です。そちらの母親は片足を無くしておりましたが、我々の主人により義足を用意されました。現在は特に身体的な問題はありません》
「よかっ……良かった……っ」

泣きながら崩れ折れ、座り込むメイド長。そんなメイド長と抱き合いながら、夫人も泣いていた。執事の様子も確認し、ミラナはため息を吐く。

「何と言うか……よくあのバカは普通に生活していたものだねえ。これだけの者達が傍で殺意を向けていたというのに……」
《知らないというのは幸せなことです》
「まったくだね」

夫人とメイドは、早くから協力関係を続けていたらしく、夫婦としての生活についても、睡眠薬を飲ませたりして偽装していたようだ。お陰で、子どもも居ない。タルブ自身があまり子どもが好きではないということもあり、それほど気にされてはいなかったのは幸いだった。

《そちらのメイドの方は妊娠されていますね。もう少し暖かくしてください》
「おや。アレとの子……ではないのか」
「「っ……」」
《そちらの執事との子のようです》
「ぷはっ。あははっ。まんまとやったねえっ……復讐のためではないだろうね?」
「「っ、違います!」」

執事とメイド長は、しっかりと否定した。

「ふむ。まあ、良いんじゃないかい? 子を大事にしな」
「「っ……はい」」
《ちなみに、この事実もタルブにお伝えする事になっております》
「ぷはっ。あははははっ。それは、奴の顔が見ものだねえっ」
《録画する予定です。お三方にも見る資格がありますので》
「確かにっ。あんた達、もう安心しな。何もしなくても、きっちりケリを付けてくれるよ。よく殺さなかったね。えらいよ」
「「「……っ」」」

殺意を抱きながらも、最後の一線を越えることなく耐え続けた。その忍耐は大したものだ。

「やらなくて良かったね。あんなのに、あんた達の人生を賭ける価値はないよ。あれを許す必要はないけれど、もう自分を楽にしてやりな。あんた達を心配して待っている人達のためにもね」
「っ、はい……っ」
「申し訳ありません……っ」
「っ……ありがとうございます」

そこに、ファリマスと大きな姿のフウマがやって来た。

「話は終わったようだね」
「ああ。大丈夫そうだ」

ミラナが返事をする。ファリマスが彼らを迎えに来た事を察したのだ。

「じゃあ、引き取るよ」
「朝早くからすまないねえ」
「お互い様さね。ほら、行くよ。朝食は取ったかい? そんな顔色じゃあいけないよ」
《ナァウ~》

ファリマスはそう声をかけ、三人をフウマも支えながら、外に連れ出していく。

この場に残ったのは、ミラナと商業ギルドの者達。それと、隠密ウサギだ。ミラナが最後の確認をする。

「他に使用人は?」
《居りません。そちらが落ち着くまで、この屋敷は我々がお預かりします》
「それは安心だ。お願いするよ。では、我々の仕事をしに行こうか」
「「「はい」」」

これからが本番だと、ミラナは監査官達を連れて、商業ギルド王都支部へと向かった。商業ギルドにミラナ達が姿を現すと、朝から騒がしいと気付き、何事かと集まっていた商人達が恐れ慄いたという。

商業ギルドの女傑ミラナは、この王都でも有名だった。グラーツがギルド長であった最盛期に、まだ年若いながらも、その下で多くの商人達を指導、導いたのが彼女だ。

その頃を知っている多くの商人達が、マズいと顔を青ざめさせた。

「おや。見たことのある顔だ。最近、弛んでいるんだってねえ。商人でありながら、人様に顔向け出来ないような姑息な手を使うらしいじゃないか」
「「「「「っ……」」」」」

ミラナはかなり怒っていた。タルブを断罪するだけでは収まりがつかなかったようで、彼らは良い生け贄だった。

「誠実さを忘れたバカ共が!! 商人を名乗るんじゃないよっ!! そこに直りな!!」
「「「「「はいぃぃぃぃっ!」」」」」

老いも若きも構わず、二時間ほど商業ギルドの前で正座をさせられ、頭を下げる仕方を教えられた商人達は、その後、大人しく帳簿を差し出し、不正などの審査を受けた。

この日の後、多くの者や店が厳しく指導を受け、粛清される事になる。裏の組織と繋がっていた者は商人関係者にも多く、その腐敗ぶりに監査官達は頭を抱えた。

グラーツの協力もあり、抵抗されることはほぼなく、速やかに取り調べが進んだのは良いが、件数が多すぎると泣きが入ったのは予想外だった。ミラナに喝を入れられながらもやり切った監査官達は、この一件で成長できたと己を慰めて報告書を携え、本部へと帰っていった。

幸運だったのは、本来ならば、商人達が摘発される事で、王都の経済に大きな打撃が入るのだが、セイスフィア商会王都支部が稼働したことで、混乱することもなかった。

これにより、王都の半分以上の商業基盤をもセイスフィア商会一つで支えきれてしまうという事実が浮き彫りになり、注意だけで済んだ商人達も衝撃を受けた。

誠実で堅実な商売というのを認められているセイスフィア商会を見て、後ろ暗い事をした自分たちがとても矮小で恥ずかしいものに感じたようだ。

「さすがは、フィル坊だね。存在するだけで打撃を与えるとは、恐れ入ったよ」

ミラナに指導されただけでは、大人しくなるだけだった者達も、本気で反省して前を向きだしたとフィルズの前でミラナが大笑いするのはほんの数ヶ月先の話だった。







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