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ミッション8 王都進出と娯楽品
298 今の気持ちは
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ミラナは、大きくため息を吐いて見せた。
「往生際が悪いとはこの事だねえ」
「っ、あんたはっ……っ」
タルブは、公爵領都支部長のミラナだということに気付いた。彼女が、この国で最も実力あるギルド長だというのは、商業ギルドの関係者のほとんどに認識されていた。
「グラーツが先に出て行って良かったよ。これ以上、コレに失望させずに済む」
「何を……言って……」
ミラナは呆れた表情で、拘束されているタルブに近付いていく。
「騎士さんら、すまないねえ。もう少しだけ待ってもらえるかい? 牢に入ればこやつだけの時間がたっぷりある。自問自答の時間にぴったりだからねえ」
「なるほど……承知しました。抵抗はするな」
「っ……」
騎士達は、タルブを床に座らせ、両端で待機する。その無言の威圧を感じ、タルブは身動き出来なかった。
ミラナがタルブの前で立ち止まる。
「さて、言いたい事が、ごまんとあるが、何から話そうか……そうだねえ……グラーツは、家族や身内というのに夢を持っていてねえ」
「……は?」
なぜ、祖父の話なのかと不思議に思いながら、タルブはゆっくりと顔を上げた。ミラナは、興味を引けたことに満足しながら続けた。
「両親は金にがめついクズで、親戚は祖父母の財産の取り合いで同士討ちしてほぼ消えた。大事にしていた妹は、いつの間にか両親によってどこかに売り払われ行方知れず……これでは、孤児達の方が幸せだろうねえ」
「……おじい……さまが……」
親が居るから幸せだろうと言われたら、ブチ切れそうだよとミラナは笑う。だが、騎士もタルブや執事、付いて来た他の商業ギルドの者達も、言葉を失くしていた。笑えるものではない。
「だからだろうねえ。グラーツは、家族に憧れがあった。身内は愛し合い、助け合い生きていくべきだとね……」
「……っ」
だからタルブは連れて来られたのだと気付く。
「ただねえ、仕事人間だから、妻を愛しても子どもの面倒までみれなかった。というか、どう接すれば良いのか分からなかったんだろうねえ。その結果、甘やかされた、とんだ勘違いヤロウに育った」
「っ……?」
この場にいるミラナ以外の者の表情からは『え?』と息を詰めたものになった。ミラナだけは、ケタケタと笑っている。
「あれは傑作だったねえ。どう育てたんだと聞いてやった時のグラーツの顔っ。いつもスカした顔してる奴が、泣きそうな顔をしていて驚いたもんだよっ」
「「「「「……」」」」」
これは、笑って良いものだろうかと騎士達も目だけで仲間達の心情を探る。
「まあ、分からないでもないさね。自分が両親にされた事がないんだ。甘やかし方、可愛がり方を知らない。本来なら、自分の経験からその限度を見極めるものだからねえ」
あの頃、与えて欲しかったという思いから、子ども達に何でも与えた。だが、与えるだけで関わり方が分からなかった。その限度が分からなかったのだ。
「アレの間違いは過信……自分の子ども達は、一から作った家族は、搾取する者にはならないと思っていた。自分がやらない事は、同じように嫌悪してやらないと思っていたんだ。客を選ぶなんてしないとね」
「っ……」
信じていたのだ。自分の家族となった者達は、自滅した親戚や両親のようなクズではないと。
「貴族に必要以上に阿ったりもしない。そう信じた」
「っ……だ、だが、お祖父様も、意地が悪いと評判の貴族や、商人と笑い合っていた……あの人たちが笑うような対応なんて……」
「はっ。そこが、お前とグラーツの大きな違いさね」
「っ……」
ミラナは冷たい目でタルブを見下ろした。
「グラーツは、いくら難しい相手でも、機嫌を取るために特別扱いはしない。それでも相手を納得させるだけの話術と誠実な態度で向き合うんだよ」
「……え……」
「お前も見たことがあるはずだ。グラーツは別に秘密主義じゃあない。後進の育成も忘れない奴だよ? その技術を見せていたはずさね」
「……あ……」
取り引きがある時、貴族を相手にする時も、きちんと補佐として、助手として誰かは同席させていた。そこにはもちろん、孫であり後継にしようとしていたタルブも含まれる。
「同じ事はできないと、お前は思ったんだろう。だから、安易な方法で、結果だけを合わせた」
「っ……」
取り引きの成功が目的であり、それが結果だ。そこに行く過程が違っても構わないだろうと、勝手に判断した。
「確かに、私らやグラーツも結果だけを見て判断することは多い。間違った方法は取らないと信じているからね……」
「……っ」
「だがお前は、間違った方法を真似てしまったようだ……そして、その方法がお前がギルド長になった事で正しいものとされてしまった」
「っ……」
若いギルド職員の大半が、その方法が正しいものだと、当然のものだと学んでしまったのだ。これにより、ギルドは一気に腐敗した。
「気付くべきだった。気付かねばならなかった……誰かが指摘できれば良かったんだけどねえ……」
「っ……お、おじい……様は、このこと……っ」
「今頃、ギルドでお前のやっていたことの証拠を確認しているだろうさ。最後まで、お前さんを信じていたから……どうなるかねえ……神官さん達が危ないと思って付いているが……」
「危ないって……」
「ん? 当然だろう? 信じていた孫のせいで、多くのギルド職員が間違った道に進み、それに加担していた商人達も含めて、商業神であるサウル様を失望させ、加護を取り上げられたんだよ?」
「……」
タルブは、加護や神のことは生意気な子どもの戯れ事だと思っていた。だから、本気にもしていなかったし、信じてもいなかった。
「おや。その顔は理解していないようだねえ。まあ、その内、嫌でも理解できるだろう。今はお前の事よりグラーツだね。あ奴は責任感が強いから、全ての責任を取って自害するということをしかねないんだよ」
「っ、お祖父様が!?」
タルブにとって、祖父であるグラーツは憧れの人であり、実の親よりも大切な存在だ。そんな人が自分のせいで死ぬかもしれないと知って、ようやくここで本当に危機感を覚えた。
「ああ。だから、神官様達が付いているのさ。サウル神様が心配なさったようだね」
「……神が……そういえば……っ」
神官達が、そんなことを言っていたかもしれないと思い出す。
「それで、どうだい? 今の気持ちは」
「……え?」
ミラナの目は、一層冷え切っていた。その目が怖いと思いながらも、タルブは目を離す事が出来なかった。
そして、ミラナは低い声で告げた。
「神さえ直接気にかける人を、失望させ、絶望させた気分はどうかと聞いているんだよ」
「っ!!」
タルブは目を見開いた。カタカタと自分が震えていることを自覚する。血の気はとっくに引いていた。
「多くの人々を踏み付けて、ふんぞり返って、さぞ気持ちよかっただろうねえ」
「……っ」
「どれだけの人が神の加護を失ったことで絶望し、どれだけの人がお前さんを恨むだろうか……私には想像もできないよ」
「っ、そんなっ、そんなことっ……っ、わ、わたしはっ……っ」
「自分は悪くないとでも言うつもりかい? そんなはずはないよ。ほらご覧。お前の手首に証が出ている」
「え……っ、はっ!」
助けを求めるように、ミラナへと縋ろうと伸ばした手。その手首が顕になると、それが見えた。
両腕に現れた赤黒く淡く光る太い棘の輪。神が赦さなくては決して消えない罪の証。それは、処刑が許されず、生きて罪を償えとの神の啓示だ。その罪が赦されない限り、死ぬ事は赦されないとも言われている。
「それだけ太いのは初めて見るねえ。それも両腕かい。これは赦されるまで長くなるよ。この先、一生消えないかもしれないねえ」
「ひっ……い、嫌だっ……嫌だぁぁぁぁっ」
消える頃には、寿命が尽きる可能性が高い。それをタルブも察したのだろう。震えて絶叫し、最後に気絶した。
「おやおや……まあ、仕方がないだろうねえ。騎士さん達、申し訳ないねえ、荷物になってしまった」
「いえ。抵抗されないだけ、連行しやすいですよ。もうよろしいので?」
「ああ。待たせて悪かったね。これで、少しは口が軽くなると良いんだが」
「ありがとうございます。必ず、真実を明らかにいたします」
「拷問は控えめで頼むよ」
「もちろんです。死なせられませんから……」
「そうだね……」
揃って目を向けるのは、タルブの手首。罪人の証だ。これは反省すること、償うことを促すものだから、処置なしとされる重罪人には決して付かない。
反省できることを信じて神が付けるものだ。まだ次の未来が約束されているだけ軽い。
「こちらで精査した情報も報告するよ。多分、隊長さん経由になるが、いいかい?」
「はい。話は聞いておりますので」
「では、そ奴を頼むよ」
「はい」
そうして、タルブは気絶したまま連行されて行った。それを静かに見送るミラナ達の前に、隠密ウサギが姿を現した。
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読んでくださりありがとうございます◎
「往生際が悪いとはこの事だねえ」
「っ、あんたはっ……っ」
タルブは、公爵領都支部長のミラナだということに気付いた。彼女が、この国で最も実力あるギルド長だというのは、商業ギルドの関係者のほとんどに認識されていた。
「グラーツが先に出て行って良かったよ。これ以上、コレに失望させずに済む」
「何を……言って……」
ミラナは呆れた表情で、拘束されているタルブに近付いていく。
「騎士さんら、すまないねえ。もう少しだけ待ってもらえるかい? 牢に入ればこやつだけの時間がたっぷりある。自問自答の時間にぴったりだからねえ」
「なるほど……承知しました。抵抗はするな」
「っ……」
騎士達は、タルブを床に座らせ、両端で待機する。その無言の威圧を感じ、タルブは身動き出来なかった。
ミラナがタルブの前で立ち止まる。
「さて、言いたい事が、ごまんとあるが、何から話そうか……そうだねえ……グラーツは、家族や身内というのに夢を持っていてねえ」
「……は?」
なぜ、祖父の話なのかと不思議に思いながら、タルブはゆっくりと顔を上げた。ミラナは、興味を引けたことに満足しながら続けた。
「両親は金にがめついクズで、親戚は祖父母の財産の取り合いで同士討ちしてほぼ消えた。大事にしていた妹は、いつの間にか両親によってどこかに売り払われ行方知れず……これでは、孤児達の方が幸せだろうねえ」
「……おじい……さまが……」
親が居るから幸せだろうと言われたら、ブチ切れそうだよとミラナは笑う。だが、騎士もタルブや執事、付いて来た他の商業ギルドの者達も、言葉を失くしていた。笑えるものではない。
「だからだろうねえ。グラーツは、家族に憧れがあった。身内は愛し合い、助け合い生きていくべきだとね……」
「……っ」
だからタルブは連れて来られたのだと気付く。
「ただねえ、仕事人間だから、妻を愛しても子どもの面倒までみれなかった。というか、どう接すれば良いのか分からなかったんだろうねえ。その結果、甘やかされた、とんだ勘違いヤロウに育った」
「っ……?」
この場にいるミラナ以外の者の表情からは『え?』と息を詰めたものになった。ミラナだけは、ケタケタと笑っている。
「あれは傑作だったねえ。どう育てたんだと聞いてやった時のグラーツの顔っ。いつもスカした顔してる奴が、泣きそうな顔をしていて驚いたもんだよっ」
「「「「「……」」」」」
これは、笑って良いものだろうかと騎士達も目だけで仲間達の心情を探る。
「まあ、分からないでもないさね。自分が両親にされた事がないんだ。甘やかし方、可愛がり方を知らない。本来なら、自分の経験からその限度を見極めるものだからねえ」
あの頃、与えて欲しかったという思いから、子ども達に何でも与えた。だが、与えるだけで関わり方が分からなかった。その限度が分からなかったのだ。
「アレの間違いは過信……自分の子ども達は、一から作った家族は、搾取する者にはならないと思っていた。自分がやらない事は、同じように嫌悪してやらないと思っていたんだ。客を選ぶなんてしないとね」
「っ……」
信じていたのだ。自分の家族となった者達は、自滅した親戚や両親のようなクズではないと。
「貴族に必要以上に阿ったりもしない。そう信じた」
「っ……だ、だが、お祖父様も、意地が悪いと評判の貴族や、商人と笑い合っていた……あの人たちが笑うような対応なんて……」
「はっ。そこが、お前とグラーツの大きな違いさね」
「っ……」
ミラナは冷たい目でタルブを見下ろした。
「グラーツは、いくら難しい相手でも、機嫌を取るために特別扱いはしない。それでも相手を納得させるだけの話術と誠実な態度で向き合うんだよ」
「……え……」
「お前も見たことがあるはずだ。グラーツは別に秘密主義じゃあない。後進の育成も忘れない奴だよ? その技術を見せていたはずさね」
「……あ……」
取り引きがある時、貴族を相手にする時も、きちんと補佐として、助手として誰かは同席させていた。そこにはもちろん、孫であり後継にしようとしていたタルブも含まれる。
「同じ事はできないと、お前は思ったんだろう。だから、安易な方法で、結果だけを合わせた」
「っ……」
取り引きの成功が目的であり、それが結果だ。そこに行く過程が違っても構わないだろうと、勝手に判断した。
「確かに、私らやグラーツも結果だけを見て判断することは多い。間違った方法は取らないと信じているからね……」
「……っ」
「だがお前は、間違った方法を真似てしまったようだ……そして、その方法がお前がギルド長になった事で正しいものとされてしまった」
「っ……」
若いギルド職員の大半が、その方法が正しいものだと、当然のものだと学んでしまったのだ。これにより、ギルドは一気に腐敗した。
「気付くべきだった。気付かねばならなかった……誰かが指摘できれば良かったんだけどねえ……」
「っ……お、おじい……様は、このこと……っ」
「今頃、ギルドでお前のやっていたことの証拠を確認しているだろうさ。最後まで、お前さんを信じていたから……どうなるかねえ……神官さん達が危ないと思って付いているが……」
「危ないって……」
「ん? 当然だろう? 信じていた孫のせいで、多くのギルド職員が間違った道に進み、それに加担していた商人達も含めて、商業神であるサウル様を失望させ、加護を取り上げられたんだよ?」
「……」
タルブは、加護や神のことは生意気な子どもの戯れ事だと思っていた。だから、本気にもしていなかったし、信じてもいなかった。
「おや。その顔は理解していないようだねえ。まあ、その内、嫌でも理解できるだろう。今はお前の事よりグラーツだね。あ奴は責任感が強いから、全ての責任を取って自害するということをしかねないんだよ」
「っ、お祖父様が!?」
タルブにとって、祖父であるグラーツは憧れの人であり、実の親よりも大切な存在だ。そんな人が自分のせいで死ぬかもしれないと知って、ようやくここで本当に危機感を覚えた。
「ああ。だから、神官様達が付いているのさ。サウル神様が心配なさったようだね」
「……神が……そういえば……っ」
神官達が、そんなことを言っていたかもしれないと思い出す。
「それで、どうだい? 今の気持ちは」
「……え?」
ミラナの目は、一層冷え切っていた。その目が怖いと思いながらも、タルブは目を離す事が出来なかった。
そして、ミラナは低い声で告げた。
「神さえ直接気にかける人を、失望させ、絶望させた気分はどうかと聞いているんだよ」
「っ!!」
タルブは目を見開いた。カタカタと自分が震えていることを自覚する。血の気はとっくに引いていた。
「多くの人々を踏み付けて、ふんぞり返って、さぞ気持ちよかっただろうねえ」
「……っ」
「どれだけの人が神の加護を失ったことで絶望し、どれだけの人がお前さんを恨むだろうか……私には想像もできないよ」
「っ、そんなっ、そんなことっ……っ、わ、わたしはっ……っ」
「自分は悪くないとでも言うつもりかい? そんなはずはないよ。ほらご覧。お前の手首に証が出ている」
「え……っ、はっ!」
助けを求めるように、ミラナへと縋ろうと伸ばした手。その手首が顕になると、それが見えた。
両腕に現れた赤黒く淡く光る太い棘の輪。神が赦さなくては決して消えない罪の証。それは、処刑が許されず、生きて罪を償えとの神の啓示だ。その罪が赦されない限り、死ぬ事は赦されないとも言われている。
「それだけ太いのは初めて見るねえ。それも両腕かい。これは赦されるまで長くなるよ。この先、一生消えないかもしれないねえ」
「ひっ……い、嫌だっ……嫌だぁぁぁぁっ」
消える頃には、寿命が尽きる可能性が高い。それをタルブも察したのだろう。震えて絶叫し、最後に気絶した。
「おやおや……まあ、仕方がないだろうねえ。騎士さん達、申し訳ないねえ、荷物になってしまった」
「いえ。抵抗されないだけ、連行しやすいですよ。もうよろしいので?」
「ああ。待たせて悪かったね。これで、少しは口が軽くなると良いんだが」
「ありがとうございます。必ず、真実を明らかにいたします」
「拷問は控えめで頼むよ」
「もちろんです。死なせられませんから……」
「そうだね……」
揃って目を向けるのは、タルブの手首。罪人の証だ。これは反省すること、償うことを促すものだから、処置なしとされる重罪人には決して付かない。
反省できることを信じて神が付けるものだ。まだ次の未来が約束されているだけ軽い。
「こちらで精査した情報も報告するよ。多分、隊長さん経由になるが、いいかい?」
「はい。話は聞いておりますので」
「では、そ奴を頼むよ」
「はい」
そうして、タルブは気絶したまま連行されて行った。それを静かに見送るミラナ達の前に、隠密ウサギが姿を現した。
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