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ミッション9 学園と文具用品

308 誠意?

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ファスター王は、リゼンフィアを見送った後、呆れた様子でフィルズへと目を向ける。

「フィル……ワザとじゃないのか?」
「ん? まあな。最近の距離感が危うくてさあ」
「距離感?」
「そう。今のままで満足してそうだったから」
「ダメなのか?」
「私も落ち着いていて良いと思ったけど?」

ラスタリュートも答えながら、ファスター王の前のソファに座る。ファスター王とラスタリュートから見れば、とても円満な家庭になったと見えたようだ。

「まとまってるように見えてるだけだろ。母さんが、親父に妻として何か頼る所見た事あるか?」
「……そういえば……」
「リゼンよりもフィル君の方を頼ってるものねえ……」
「ミリーにしてもそうなんだよ。ベタベタしたり媚びたりするのもおかしかったが、今は遠慮気味っての? まるで、父親に意見が言えない内気な令嬢みたいな」
「……彼女も変わったな……」
「そういえば、店を手伝ったりしてたわね。すごく自然に……」

傲慢で、常に上から目線だった元侯爵令嬢はもういない。年齢からすれば、第一夫人であるミリアリアの方が年上だが、彼女は今やクラルスを姉の様に慕って頼りにしている。

臨時の特別従業員として、今は本店のセイスフィア商会のセイルブロードの店で働いており、最近は惣菜店の手伝いをしながら、料理の勉強中らしい。

侯爵令嬢として、上位に立って生きてきた彼女には、心を許せる友人と呼べる存在はいなかった。だからこそ、クラルスとの今の関係が嬉しくて仕方がないようだ。リゼンフィアへの執着をきっぱり切り捨てて、新たな家族であり、友人のような存在になったクラルスへと、隠す事なく親愛の情を見せている。

「ミリーと母さんは和解したけど、親父とはあれから特に時間を作って話し合ったりもしてねえんだよ」
「夫婦としての話し合いということか?」
「そう。なんとな~く、ここまで来ちまったから、改めて頭下げたりもしてない」
「それは……」
「う~ん……」

ファスター王もラスタリュートも何とも言えない顔をしていた。それを苦笑してフィルズは立ち上がると、部屋の隅にあるティーセットでお茶を淹れる。湯沸かしポットも常時使えるように水が入れられているので、クマを呼ぶ必要もない。

「今回の件もそうだが、やられた方……傷を負った方はさあ、忘れないんだよ。母さん達からしたら、放っておかれたって気持ち?」

お茶と新作のお菓子をファスター王の前に置く。ラスタリュートの前にも置いて、その横にフィルズは腰を下ろした。もちろん、自分の分も用意してある。

お菓子は、フルーツ大福もどきだ。酸っぱいが、種のない葡萄があったので、その葡萄を生クリームと求肥で包んだ。一口サイズのお菓子。小さめだから手間もかかるが、苺大福を切実に食べたいと最近思っているフィルズとしては、この葡萄を知った時、作らずにはいられなかった。大福に使うフルーツは、やはり酸味もあるものの方が良い。

三つずつ小皿に載せられたコロコロと白い葡萄の大福。その一つをフィルズはフォークに刺して食べてみる。因みに、葡萄は『ブドー』と呼ばれていた。

「んっ。やっぱ大福にして正解っ」

思わず味の感想が出る。それを見て、ファスター王もラスタリュートもそれを一つ食べてみた。

「っ、ん、んむっ。なんとっ。ブドーか? 酸味が丁度良いなっ」
「おいしいっ。果汁が甘いクリームと合わさって、くどさがないわっ」
「これは、このクリームということはっ、ケーキ屋で買えるのか!?」

パン屋の次に現在大人気のケーキ屋。庶民でも手ごろな値段でデザートが買えると評判だ。冷蔵の箱が出来上がっていたので、生クリームを使ったケーキも可能になった。そこで、パン屋に置いていた焼き菓子なども集めてケーキ屋としてオープンしたのだ。

「残念ながら、これは手がかかり過ぎて売り物にできない」
「「ええっ!!」」
「こっちも商売でやってるんでね。採算が取れないのはな~」
「良いではないか! 充分他で元が取れているだろうっ」
「そうよっ。王都でも一番というか、この国で名実共に一番になった商会が、ケチケチしないでよ!」
「……気に入ったのか……」
「「すごく!」」
「……検討はする……」
「「頼んだ!」」

本当に気に入ったらしい二人は、ゆっくりと残りを味わっていた。よって、リゼンフィアのことはすっかり頭から消えていたのだが、食べ終わったことで思い出したようだ。

「ん? それで? フィルはきちんとリゼンにクーちゃんや第一夫人へ謝罪をさせたいのか?」
「いや。別に、俺から強制する気はねえよ。けど、けじめは必要だろ? そうしたらまた新たにやり直せるもんだし。言葉にするのって大事だとは思うんだよ」
「そうだなあ……」
「今回の商業ギルドや商家の奴らもそうだ。謝罪をして、それを相手が受け入れるかどうかは分からないが、それでもきちんと償うべきこと、反省することを理解して頭を下げるべきだろう」

これに、ラスタリュートが頷いた。

「ちょっとした友人との喧嘩でも、きちんと謝って終わらせた時と、何とな~く終わっちゃった時とは、その後の気まずさとか、気持ちの切り替えに使う時間とか違うものね」
「被害者と加害者がはっきりしてる時はさあ、加害者の方はあっさり忘れたりするんだ。被害者にとっては忘れたい記憶だけど、忘れられない。けど、加害者がきちんと償い、反省をすれば忘れられる時も来る」

けじめをつけてくれなくては、納得しなくては、心の傷は癒えない。

「じいちゃんが言ってたんだ。心の傷というのは、誠意によってしか癒せないものなんだって」
「誠意?」
「そう。加害者が謝罪や贖罪で誠意を見せることや、癒そうとする周りの人の誠意。自分自身で付けた後悔という傷なら、次は後悔しないと誠意を持って事に当たることで癒えていくものだって」
「……分かる気がするわ」
「俺も。そういうものかもって思った」

そんな会話を聞いて、ファスター王は何かを考えている様子だった。

「そのタイミングも難しいけどな。ファシーは、第一王妃に謝って欲しいって……反省して欲しいって思ってるんだろ?」
「っ、それは……そうだな。だが、その前にきちんと正直に全て話して欲しいと思っている……」

確かな証拠はまだ出ていない。第一王妃が第二王妃を害したことは、第三王妃の告白からも可能性が高い。とはいえ、終わったこととなった事件の証拠が、今更探して出てくるとも思えなかった。

「物的証拠など無いだろう。だから……出来れば自白して欲しいが……」
「いや、今まで黙ってたんだ。素直には無理だろう。悪かったと思っているなら、告白できるタイミングを作ってやれば良いんだろうけど」

果たして、それを認めることが出来るだろうか。自分本位な人というのは、他人に迷惑をかけていても気付かないし、例え傷付けていても無関心でいられるものだ。第一王妃はどちらかといえば、そちら側の性質を持っているのではないだろうか。

「こうなったら、当時の協力者を探すか?」
「協力者か……」
「そうね……独断でやったとは考え難いものね」

王妃になったとはいえ、貴族の令嬢が一人で計画し、実行したとは思えない。協力者が居るのではないかと、フィルズ達は予想していた。








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