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第七章 ギルドと集団暴走

280 これ夢カナ……

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テンキは九つの尾を持つ『九尾』だ。

パックンを生み出したゼストラークとダンゴを生み出したエリスリリアは、この世界の既存の種族から創り出した。しかし、テンキは違う。

コウルリーヤはテンキを『九尾』として受け入れていたが、地球の記憶を持つ身としては疑問に思う。

『九尾』という種族はこちらの世界には存在しない。馴染みがあるのは地球での、妖怪としての『九尾』だ。だから、テンキと再会してからリクトルスに尋ねてみた。すると、色々と一気に暴露されたのだ。



『九尾って、この世界に居たの?』
『ああ。テンキのことかい? 九尾はねえ、地球から転移してきたんだよ。伝説になってる九尾はテンキの元になった子でね。転移とはいっても、元の力が強いから逆にこの世界に順応できなくて、暴れ回って消滅したんだ』



異世界ものにありがちなチート能力。それは、人だから適応されるだけ。元から持っていた能力が表面化することで、固有の能力を手に入れ、その変化によって環境に適応することができる。

だが、元々の力の強い『九尾』は、能力が表面化することで暴走した。そして、適応することができずに自滅してしまったらしい。



『テンキは、その『九尾』を適応させた個体だよ。僕はあらゆる武器を扱えるのと同じように、様々な姿に変わるような、そんな子を望んだ。それに最も適した形が『九尾』だったんだよ』



成長に応じて扱える武器が増えるように、尾の数に応じて、様々な姿に変えられる。それが武神としてのリクトルスが理想とした眷属だったのだ。

テンキの本来の姿は九尾。九つの尾が全て揃って初めて真の姿を得ることができる。

現在、テンキには五本の尾がある。ドラゴンの形態は三つ目の姿だ。真っ白で神々しいまでの美しいドラゴン。形態名【 天竜バハムート 】。地球の知識を持つコウヤには、そのイメージの違いに戸惑う。

けれどコウヤは知っている。コウルリーヤが邪神として討たれようとしていた時。テンキは憎悪に染まって、この姿を真っ黒に変えた。それこそ【バハムート】の名が相応しい姿に。

コウヤは、そっとテンキの上で身を屈めてその背を撫でる。

《どうされましたか? 主》
「うん……やっぱり、テンキにはこの姿が似合うな~って。それに懐かしい」
《き、気に入っていただけていますか?》
「もちろんだよ。かっこよくて美人さんなんて、最高だよ」
《っ、ありがとうございます!》

この姿が二度と黒く染まらないようにしたい。その願いは強くなった。

「さっさと終わらせようか」
《はい!》

コウヤは手綱から手を離す。起立したまま乗るため、他から見れば手を離すのはあり得ないのだが、絆がきちんと結べているドラゴンの場合、ドラゴン特有の魔法で、乗っている者の足が固定される。

これにより、アクロバットな飛行をしても落ちることはない。コウヤとテンキならば、この絆は最高強度。手を離してもまったく問題なかった。

「先ずは……」

下を見れば、撤退中の冒険者達。前線の方から後退するのは距離がある。白夜部隊が散らばって片端から魔獣達を葬っているとはいえ危険だ。ただでさえ、疲労は溜まっているのだから。

「テンキ、冒険者達に護りを」
《承知……【守護の法衣】》

戦場の上で、ぐるりと大きく旋回する。大きな円を空に描くと、それが魔法陣となり、穏やかな光の小さな綿毛のような雨を降らせる。

それらが下に居る者達の体に吸い付き、薄い膜で覆った。

鑑定を使った白夜部隊の者や、外壁から見ていた魔法師達は目を丸くする。そして、今まさに魔獣に引き裂かれようとしていた冒険者達が、まるでただ払い退けられたように地に転がっただけで済んだ所を見てハッとする。

それは、自分達の身を守るものだと誰もが理解したのだ。

コウヤは拡声の魔法で彼らに告げる。

『攻撃は通りにくくなっていますが、無茶はいけません。光を纏っている内に、安全な所まで退避してください』

コウヤの声だと、テンキを見上げる者。まるで救いの神を見たように、涙を浮かべて惚ける者。様々な反応を感じながら、コウヤは向かってくるヒュドラへ再び目を向けた。

「さあ、アレを倒しに行こうか」
《はっ!》

迷宮は、最後の足掻きというように、岩亀とヒュドラのオンパレードを始めた。

地響きが大きくなる。

前線組がヒュドラとの交戦を始めるのが見えた。アルキスがまだまだ疲れた様子を見せることなく剣を振るっている。グラムや、合流したらしいタリスが横に並んでいた。

「マスターも着いたなら、ヒュドラは任せよう。俺たちは岩亀を殲滅する」
《承知》

剣が通らない岩亀よりも、ヒュドラの方が相手にしやすいはずだ。岩亀は迷宮内で出会っても、避けて通るのが当たり前なのだから。

コウヤは亜空間から真っ白な弓を取り出す。矢はない。魔弓術を扱えるコウヤには必要なかった。そして、何よりこれは魔弓術を使うために作った武器だ。それも珍しくコウヤが全力で作った、とんでも武器。

ぐっと引いて現れた弓は一本。斜め上方へ放てば、その一本は五本に分かれ、急激な放物線を描いて勢いよく岩亀五体を上から貫いた。


ズガン!


先に使った雷の魔法より音は小さいが、鋭く気持ちの良い音が響いた。

その音が響いてすぐ、テンキは急降下しながら、一列に並んだ岩亀へ向けて咆哮。口から白い光線を出して、岩亀を串刺しにした。

だったこれだけで出てきていた岩亀の三分一が消えた。

目にした冒険者達は一様にあんぐりと口を開ける。そして、誰もが思った。

『これ夢カナ……』

俺ら寝てるなとか、目覚さないととか大混乱中だ。その混乱を利用して、白夜部隊は一刻も早い後退を促す。

『ほらほら、早くベッドに戻らないといけませんね。こんな所で寝てはいけませんよ~。町に急いでくださ~い』

これに従う冒険者もどうかと思う。

そんなことが起きているとは知らないコウヤは、次に少し体を横に捻って通り過ぎようとするヒュドラの一体目掛けて矢を射る。

十に分かれた矢は、九つの頭を同時に爆散させ、中央の心臓部を残り一本が貫くと、砕けて消えた。

それを二体続けると、次はまた近付いてきた岩亀だ。

時々混ざっているカエルさんを見つけて、羽ペン型の武器で仕留める。

「テンキ、あのカエルさんは俺がやるからね」
《カエル……アレですね。もしや、魔法系がダメなのですか?》
「別に効くけど、『脱がせ屋さん』の仕事をしたカエルさんは、倒すと取られた装備品が残るから」
《ああ、あれがかの有名な『脱がせ屋』でしたか。なるほど。魔法だと中にある装備品をダメにしてしまうのですね》
「正解」

コウヤは弓と羽ペンで順調に討伐を続ける。テンキもとても楽しそうだ。コウヤの考えを察して位置取りをする。ピタリとタイミングが合うと、テンキは心から歓喜した。

その感覚をもう一度、もう一度とする間に、あっという間に長い集団暴走スタンピードは終わりを迎えたのだった。

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二日空きます。
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