夢の橋

夢人

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伯爵1

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 大きな屋敷の中をごろつきなどが騒ぎまくっている。この部屋ではサイコロを使った博打が行われている。
「昔見た顔だな?」
 隣から、
「伯爵・・・」
と言う声がかかり、本人は手を振って私の手を引っ張って長い廊下を通り隣の部屋に連れて行く。この頃は明治初期でまだちょんまげを結ったものも刀を差したものも見られた。詳しいことは分からない。
「どこへ行ってたのだ?」
 確かにもう2年ほど前に初めて伯爵とあった。あれは私が就職に失敗して浪人をした頃だ。100社以上面接に回っても決まらずに酒を飲んで5日も寝込んだ日のことだ。その時初めてこの部屋の廊下に立っていた。そして今のように伯爵に声をかけられたのだ。
 この部屋の記憶も残っている。大きな書棚、机があって、あの日もここには気に入ったものだけが呼ばれ酒を飲みながら議論をしていた。今も4人がいる。そのうち3人は見たことがある顔だ。だが名前など思えていない。
「此奴は鼠小僧だ。覚えているか?」
 どうやら伯爵に鼠小僧とあだ名をつけられていたのだ。
「そうだな。総司は初めてだったな。総司はここに来てもう1年になるかな?派手な立ち回りをして血だらけになって屋敷に逃げ込んだ。そうだったな」
 総司と呼ばれた少年はまだ20歳にも見えなかった。ざんばらの髪を無造作に束ねている。ちらりと私を見たがもう視線をそらした。
「お仕事に付かれたのですか?」
 前の時には政府の役人になると言う話を聞いていた。
「ああ、3日で辞めてしまったな。長い時間働くと言うことをしてこなかったからな」
 伯爵は江戸時代までずっと公家として何代も続いた名家だ。明治になってこの東京に出てきたのだ。とくに大きな働きがあったわけではなく、ただ討幕の公家の人数の中に入っていただけである。これは伯爵の説明で事実かどうかは分からない。
 なぜ私がここに来たかについては前回はほとんど考える余裕がなかった。ただそれからここに来ることがなくなったのだ。






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