夢の橋

夢人

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総司13

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 東からはあれから全くお呼びがない。
「若くなりましたね?」
 6時になり部屋を出る時に最年長の彼に声をかけた。今までアイロンのかかっていない白ワイシャツだった彼が薄ピンク色を着ている。
「生き返ったようだよ。感謝している。今日もホテルに泊まる」
「体を大事に」
と言うと別れて電車に乗る。傷が治っていからは毎日蒲田の暖簾を潜っている。暖簾に入るとどこか空気が違う。どうも常連も戸惑っているようだ。
「どうかしました?」
「おばちゃんが風邪で寝込んでいて娘が出ているのだが」
 ここは飲み物だけが注文で後は缶詰やウインナーを勝手に取り自己申告で払う。カップヌードルなども結構揃っていてポットで湯を入れる。電子レンジもあるからカレーやスパゲティーも食べれる。パッケージの寿司もあるからここで食事もできる。
 私はウインナーを取ってビールを頼む。何時もの威勢のいい声がなく大瓶が差し出される。髪の毛で目が隠れていて幽霊のような女だ。これがおばちゃんが言っていた生き残った娘なのだ。私はカウンターの端に肘をついて娘を見ながらビールを飲む。1時間経って稲荷寿司とワンカップを買う。これがいつもの終わりパターンだ。8時が過ぎると客はぱったり減る。
 時々視線が髪の間から娘とぶつかる。曇り空のような目だ。俯いて何か読んでいるようだ。遂に9時になると私一人になった。私はワンカップをもう1本買う。
「それ新選組の漫画ですね?」
 驚いたように顔を上げる。一瞬目が光ったように思った。総司かもしれない。
「総司好き?」
「はい」
 返事をした。
 9時になると急にどこから湧いてきたのか客が現れる。これは2度飲みの客が多い。10時には娘は黙々とシャッターの半分を降ろす。私はこんなに長くこの店にいたのは初めてだ。






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