夢の橋

幕末の終わり3

「総司、夜たかを見なかったか？」
　私はお結びを食べている総司に声をかける。
「気分が悪くなって甲板にでもいたのじゃ？」
とあっさり言われる。私が目を覚まして時２度もたかの姿はなかった。昨夜伯爵は９時には１等室に戻った。それを送っていったのはたかだ。
「蜘蛛どうした？」
　私は肘の手当てをしている蜘蛛に声をかけた。
「大した傷ではない。だがなかなかの腕だ。明け方１等船室の廊下で黒装束の男とぶつかった。居合抜きだ」
「戦ってみたい」
「おい総司」
「恐らくあの浪人だ。左利きだ注意しろ」
　総司がその浪人を睨んでいる。いつの間にかたかが横に座っている。
　この船はもうすぐ名古屋港に着く。慌ただしく荷物を持った客が甲板に上がる。浪人の姿がなくなっている。私は慌てて総司を見るが総司の姿もない。私はすでに駈けだしている。１等室への階段を登るとドアの前に伯爵が立っている。そこにあの浪人が構えている。側にあの５人の１人の船員が立っている。
　すり足で総司が近づいていく。浪人は伯爵から向きを変えて総司と対峙する。
「お前が総司と呼ばている小僧だな？」
　私は短銃を握る。だが迂闊に撃てない。伯爵も動けない。総司もまだ刀が抜けていない。明らかに間合いに入っている。どうも自分から総司が間合いに入っている。一瞬に浪人の刀がすりあげる。総司は僅かに遅れて滑らすように刀を抜いた。私には総司が切られたと思った。だが倒れたのは浪人だ。
「腕を上げたな？死体はこちらで処理しておく」
　いつの間にか後ろに斎藤一が立っている。やはり川路の命で船に乗ったのか。総司は固まったように動かない。