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「き、気を取り直してお掃除の続きをするわよ!」

「そうだな」

どうしたらいいのか分からなくなったリリアは自分に言い聞かせるように叫んだ。
するとエレスはくっくっと喉で笑う。

(か、からかわれたのかしら……)

村中からまず人間として扱われなかったリリアは当然、男女の仲の普通というものを知らない。
だからエレスから甘い雰囲気を感じるとどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
さっきだってからかわれたのか馬鹿にされているのかの違いもよく分かっていなかった。

そもそも相手は精霊の王なのだから知っていたからといって通用するのかも怪しい。
だが、例えば酒場の娘のキャロルなら、美貌の精霊に甘く見つめられても「きちんと対応できる」のではないかとリリアは思ってしまうのだ。


「それで、次はどうするんだ?」

呼びかけられ、リリアは赤い顔をごまかすように足早に歩いて小屋横に止めていた荷車から小さな箒と塵取りを取り出す。
エレスはそんなリリアの後ろをひよこのようについて歩き、面白そうに眺めていた。

「今度は入り込んだ土や埃を掃きだすの。壁に小さな穴が空いている場所もあるから埋められるなら埋めておきたいけれど、今日は用意がないからまた今度にしましょう」

「用意? 何が必要なんだ」

「そうね、ちゃんとやるならモルタルを作って壁に使われている石と合わせて壁にするの。
孤児院では家を建てている所に余ったモルタルを少しだけ貰いに行って修繕してたわ」

何かを分けてもらうのは院長や他の子どもたちの仕事だった。
リリアが出ていくとまず追い返されるからだ。
そうなるとリリアしかいない今、丁度良くモルタルがあったとしても村で分けてもらうのは難しいだろう。

(出来ればエレスに居心地の良い居場所を作ってあげたいけれど、難しいものね……)

リリアとエレスは小屋の中に入ってぐるりと全体を見渡す。

「モルタルがあればいいのか?」

「あればいいけどそうそうないわよ。森の中の良い感じの粘土を探しておくから今度それで代用するわ」

リリアが困ったように笑うとエレスは不思議そうに、その優美な首を傾げた。
そしてまた、空を撫ぜるように指を動かす。

「その程度であれば」

はっとしてリリアが小屋を見ると土埃は勝手に掃きだされ、壁も見る見る埋まっていく所だった。
元の壁と同じ材質の壁は、しかもすぐさま乾いてく。

あれよあれよという間に小屋の中は綺麗になっていった。

「これ……また精霊様に手伝ってもらったの?」

「ああ、土精霊のエザフォスがな。珍しく張り切っていたぞ」

「まあ。すごいのね。ありがとう」

リリアは壁に触れて感謝する。
見えないが、こうしていれば気持ちが伝わるような気がした。

改めて見ると小屋は小さな隙間までしっかり埋められ、上から下まで清められていた。
これを使う日は来るのかしら、とリリアは手に馴染んだ箒と塵取りを荷車に戻す。

それで次は?と美貌の精霊王はリリアに尋ねる。
人間の生活自体に興味があるのだろうが、それ以上にリリアの役に立てるのが嬉しいようだ。

おそらくエレスに頼めばあらゆる事が一瞬で片付くのだろうということは、リリアにも薄々分かってきた。
だが常に用事を言いつけられる側で、誰かに頼む事に不慣れなリリアは、エレスの態度に困惑するばかりだ。
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