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 鞄に一人分づつ着替えを準備していると、ギルマスの部下に付き添われて兄妹が帰ってきた。何処と無く落ち着かない様子の二人を手招きして呼び寄せた。

「二人とも大丈夫よ」

「でも、またダイが来たんでしょう?」

 妹が今にも泣きそうな顔で私に抱き付いた。心配掛けてごめんね。

「そうね。でも、大丈夫よ。今度は、団長さんが手伝ってくれるのよ」

「姉さん、それで団長さんの家に泊まるの?」

 弟の言葉を頷いて肯定すると、少し安心したのか妹の震えが止まった。

「テリーの訓練もしてくれるって言うし、ダイの事やテリーの先生の事が解決するまで護衛も付くの。だから安心して頂戴」

 今度こそ納得したのか、妹も私から離れると大きく頷いた。荷造りがすむとギルマスの部下が直ぐに団長さんの家まで送ってくれた。



「……ここって一人暮らしの家の大きさじゃ……ないわよね?」

 ここですと付き添いの人が言った家は、二階建ての屋敷と言っても良いくらい大きな家だった。小さな家とか言ったけど……何処が?外から見ただけで部屋が五つはある。いや、これは……貴族と一般市民との感覚の違い?

「姉さん、場所を間違ってない?」

 私は弟の言葉に同意するように頷いたけど、付き添いの人はドアをノックして中に声を掛けた。静かにドアが開くと、白髪混じりの年配の女性が顔を出して付き添いの人と何か話している。女性は笑顔で頷くと私達の前まで移動してきた。

「初めまして、私はナタリーよ。坊ちゃまの大事なお客様と聞いてます。どうぞ中にお入り下さい」

 『坊ちゃま』……って団長さんが?私より十以上年上の団長さんが坊ちゃま……ダメ、笑っちゃダメよ。

「初めまして、私は団長さんの主治医でルーシーと申します。こちらが弟のテリーと妹のマーシャです。よろしくお願い致します」

 私が頭を下げると兄妹も揃って頭を下げた。ナタリーさんは賢い兄妹だと褒めながら中へと案内してくれた。一階には食堂やリビング、それとは別でお客様を通す客間もあるらしい。そして、自分達は二階の部屋を、テリーが一部屋その隣の部屋が私とマーシャが二人で使う様に言われる。どちらの部屋も日当たりが良く、落ち着いた雰囲気の広い部屋だった。
 荷物を置くと兄妹はナタリーさんに許可を取り、庭を探検家すると言って外に飛び出した。

「落ち着いた雰囲気の部屋ですね」

 鞄を部屋の角に置いて窓から外を見ると、庭とはしゃいで走り回る兄妹が見える。その奥に屋敷と同じ大きさの建物があることに気付いた。

「ナタリーさん、あの建物は何ですか?」

「あちらは訓練場です」

 そう聞いて改めて視線を向けると、個人が持つにしてはかなり大きな家だと思う。これは誰かに……いえ、きっと陛下から借りたか貰った家ではないのかしら?いくら騎士団の団長さんとは言え、個人で所有するには規模が大きすぎるわ。

「……本当に私達はここに泊まっても良いのでしょうか?」

 ふと口から溢れたのは確認したかったから。いくらギルマスが結界を張っても私が狙われていることには変わり無い。ダイが襲撃してくれば建物の一つや二つ、簡単に破壊してしまうわ。
 そう思ってナタリーさんに視線を戻すと、彼女はただ静かに笑っていた。

「何か心配事ですか?」

「ええ、私個人の事に巻き込んで団長さんが襲撃される可能性がありますから、このままお世話になって良いものかと」

 ナタリーさんの疑問に素直に答えた。団長さんが弱い訳じゃない。きっと回復したら私以上に強いと分かる。でも……ダイの事は別。

「貴女は一人の個人として坊ちゃまを見て下さるのですね」

「え?」

「こんな事を言ったら坊ちゃまは怒るかもしれませんが、周囲の態度は酷いものです」

 そう言い出したナタリーさんは庭を走り回る兄妹を、眩しそうに見詰めながら団長さんの昔話を教えてくれた。

「坊ちゃまが団長に昇格した直後、ご実家には婚約の申込書が大量に届きました」

 そうでしょうね。陛下の覚えも良い騎士団団長って地位も名誉もお金もあるし、本人も顔も良いし背も高いし強いものね。

「でも、皆さん。坊ちゃまの中身を見て下さる人はいなかったのですよ……坊ちゃまが怖いけど団長の妻にはなりたいと言う方ばかりで……」

「団長さんって怖いですか?」

 私は何度聞いても団長さんが怖い言う言葉に首を傾げる。ナタリーさんも少し驚いた表情をしているから、本当に回りの方は怖いと思っているのね。

「私は怖いと思った事がないので」

「ルーシーさんから見た坊ちゃまはどんな方ですか?」

「どんな……強くて可愛い人ですかね」

「え?か、可愛いですか?」

 改めて確認されると変な事を言ってしまったのかもと心配にはなったけど、素直に頷いて肯定すると何故かナタリーさんが泣き出した。

「え?あ、あの私は何か気に障ることを言いましたか?」

「いえ……いいえ、違います……貴女の様な方に会えて良かった」

 私には何が良かったのか全く分からなかったけど、ハラハラと笑いなが涙を流すナタリーさんは本気で団長さんを心配している事だけは理解した。

「団長さんは、ナタリーさんの様な温かく優しい人が側に居てくれて幸せね」

 涙を流すナタリーさんの背中を摩りながら、私はそんな言葉を口にしていた。
 暫くして涙が止まったナタリーさんは、お恥ずかしいと言いながら夕食の準備は出来ているらしい。ナタリーさん夫婦は朝から夕方まで管理の為にいるから、夜は台所を自由に使ってくれと言われて場所を教えてくれた。お風呂場の使い方や洗濯物を洗う場所等、生活に必要な場所を教えてくれたけど私は一つだけ気になった。

「団長さんの部屋って……この部屋の隣ですか?」

「そうですよ。坊ちゃまの奥さんになる方ですもの当然です」

 得意気に胸を張っても言われた私は思わず噎せてしまった。その後、間違いだと訂正しても照れているだけだと勘違いしたまま管理人夫婦は帰って行った。

 団長さんの部下さんは何を言ったのかしら?……明日、来るはずよね……締め上げてやる。さて、明日の事はおいといて……

「テリー、マーシャ。ご飯にするわよ!」

「「はーい」」

 庭で遊ぶ兄妹を呼び戻して三人で夕食を囲んだ。弟は団長さんから訓練して貰える事に興奮しているし、妹も彼の話が楽しいからまた聞きたいらしい。二人は寂しがる事なく夜は更けていった。

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