28 / 59
28
しおりを挟む
まだ薄暗い早朝。私は動きやすいパンツスタイルに着替え、普段は一つに束ねるだけの長い髪は、邪魔にならないように丸めてお団子にしてから玄関へ向かった。腰にはポーチを着け中には数種類の飲み薬も入れてある。
あら、移動手段を確認していなかったわ。身体強化で走るのと魔道馬車のどちらが速いかしら?
そんな事を考えながら玄関のドアを開けると、外には団長さんだけが立っていた。騎士団の制服とは違う軽装で腕を組む彼は、眉間にシワを寄せている。団長さんは不機嫌なのかしら?それにギルマスが見当たらないわね。
「団長さん、おはよう」
「あぁ、おはよう。メイソンも、もう来るだろう」
「ギルマスが最後なんて珍しいわね」
「新しい魔道馬車を取って来るとメモ書きがあった」
“新しい魔道馬車”と聞いて嫌な予感がする。まさか試作品を持って来るつもりなの?
「前にも酷い目に遭ったが、今回は大丈夫だろうか……」
「また、試作品なのかしら?」
「恐らくな」
思わず二人揃ってため息を吐いてしまう。新しい物好きで好奇心旺盛なギルマスには、私も何度か振り回されている。持ってくる試作品は画期的な物からガラクタまで様々で、試運転に付き合わされて何度も怪我したギルマスの治療をしていた。あぁ……嫌だわ。まともな物なら良いけど。団長さんのこの態度ってもしかして……
「団長さんも巻き込まれた事があるのかしら?」
「……ある。爆発したり感電したり……髪が燃えた事もあったな」
「そ、それは……御愁傷様?」
「何で疑問形なんだよ」
ムッと不貞腐れた様な団長さんの歳上なのに子供みたいな態度が可愛く見えて、私は戦いの前なのに笑いが込み上げてきた。
「フフ、団長さんも大変ね。私も酷い目にあったけど髪は燃えなかったわ」
「その判断基準もどうかと思うぞ」
呆れた表情でそう答える団長さんに、更に笑みが浮かぶ。ダイとの決着を前に緊張するかと思っていたけど……大分、肩の力が抜けたわ。
「本当ね。でも、相手はギルマスよ。何をするか分からないんじゃない?」
「全くだ」
二人で顔を見合せ思わず肩を竦めて笑った。緊張感が無さすぎかしらなんて考えた時、土煙と共に真っ直ぐに走って来る馬車が見えた。
「あれ……普通より速くないかしら?」
「あぁ、異常なほど速いな」
街で見掛ける魔道馬車の二倍以上の速さの馬車に、団長さんと見合せたお互いの顔に不安の色が浮かぶ。大きな音と共に目の前で止まった馬車の御者台からギルマスが顔を覗かせた。やっぱりこれなのね。
「悪りぃ、待たせたな。こいつを使えば最速で森に行けるぞ」
「待てメイソン。その馬車の速度は?」
「あ?普通の魔道馬車の最大で四倍は出るぞ」
「そんな危険な物に乗るか!」
団長さんの最もな叫びに私も頭を縦に振って同意した。四倍って確かに身体強化より速いけど安全面はどうなのよ。
「魔力と体力を温存する為だ。文句言わずに乗れ」
魔道馬車を否定されて不機嫌なギルマスは、まともな理由があると言う。確かに温存出来るわねぇ……でも……
「その馬車、壊れないだろうな」
「大丈夫、大丈夫。耐久試験してある」
あまりにも軽い言い方に団長さんは怪訝な表情をしたけど、大きなため息を吐いた後、渋々馬車に乗った。団長さんが乗るなら仕方ないわね。私も後に続いて乗ると勝手にドアが閉まる。団長さんと顔を見合せたと同時に馬車は激しく揺れながら動き出した。
「ちょ、ちょっと!ギルマス!もっとゆっくり走って!!」
壁に手を突き体を支えようとして失敗した私は、前に座っていた団長さんに向かって倒れ込んだ。もう!何が大丈夫よ!!
「ルーシー、諦めろ。メイソンに聞こえていない」
団長さんが私の体を抱えると、横に座らせてくれた。進行方向を向いた状態で座ると先程よりはマシだった。
「やっぱりギルマスだったわね」
「全くだ。アイツのお陰で緊張感の欠片もないな」
そう言いながら団長さんは、私の体が倒れない様に肩に手を回して支えてくれた。
「勝手に触れてすまない。愚痴は全て終わってからメイソンにでも言ってくれ」
「そうね……ギルマスには慰謝料と治療費代わりに、新しい家でもおねだりしておくわ」
私が団長さんに向かってウインクしながらそう言うと、目を丸くした団長さんは苦笑いした。
「それは……随分と高い駄賃だな」
「そうかしら?今までの分も込みだもの足りないわよ」
「それもそうか。そろそろ森に着くぞ」
団長さんの言葉に窓から外を覗くと、何処までも広がる草原の先に盛り上がる木々が見える。魔物の森の特徴である毒を含む紫の葉が、朝日を浴びて輝いていた。
「さぁ、決着をつけましょう」
無意識に呟いた言葉に、団長さんも頭を縦に振って同意した。ゆっくりと速度を落として馬車が停まる。ドアのロックが外れる音が響くと、勝手に開いた。
「何の仕掛けだ?」
「さぁ?ギルマスのやる事を真面目に考えていたら疲れるわよ」
「ごもっともな意見だな」
ふらつく足に力を入れて立ち上がると、団長さんが手を差し出した。その手を借りて馬車の外に出ると、森の周囲に魔物の死体が放置されていた。あぁ……ダイね。心臓が無いわ。
「こりゃアイツの仕業か」
「久しぶりだねギルマス……と誰だソイツ。ルーシーから離れろよ」
私達三人の視線を一斉に浴びて立っていたのは、波打つ様にうねる銀髪と天に向かって伸びる角を持ち真っ赤な眼の生き物。
「……ダイ……」
私が名前を呼べば裂けた口元を歪ませ、刃物の様に伸びた爪を持つ手を叩く。一年前より爪が厚く鋭くなっているわね。
「流石です相棒。ルーシーだけが僕だと気付いてくれるよね」
「相棒じゃないわよ。犯罪者さん」
「ルーシー?」
私の突き放す言葉に驚いたのか動きを止めたダイが首を横に傾ける。そして、そんなダイの視線が私の隣に立つ団長さんの手に止まった。うん?あら、降りた時に手を繋いで、そのままだったわ。
「お前……誰だ?僕のルーシーの側に立って手を繋いで……彼女に触れるな!!」
最後の叫びに合わせて波打つ髪が針のような鋭さで団長さんに向かって飛んで行くけど、彼は表情を変えることなく土壁で防いだ。
「僕のだと?彼女の気持ちも考えずよく言う。あぁ……人間の様なまともな思考は無いのか」
「安い挑発には乗らないよ」
団長さんの舌打ちした音が響き一瞬の静寂の後、ダイは団長さんの手首に嵌まる腕輪に気付いて彼を睨みつけた。
「その腕輪は……」
「選ばれたらしいな」
「何故だ……だってそれは僕が……僕が……」
聞き取れない小さな声でダイがブツブツ言っている中、私と団長さんは武器を開放した。
「「開放」」
私達の声が重なりお互いの手に武器が現れる。その光景を見たダイの様子が可笑しくなった。何故かしら?前回と様子が違う……あぁ、私が一人じゃないから焦っているのかもしれないわね。
「それは……その場所は……僕の物だ!」
ダイのその叫びを皮切りに決着をつける戦いが始まった。
あら、移動手段を確認していなかったわ。身体強化で走るのと魔道馬車のどちらが速いかしら?
そんな事を考えながら玄関のドアを開けると、外には団長さんだけが立っていた。騎士団の制服とは違う軽装で腕を組む彼は、眉間にシワを寄せている。団長さんは不機嫌なのかしら?それにギルマスが見当たらないわね。
「団長さん、おはよう」
「あぁ、おはよう。メイソンも、もう来るだろう」
「ギルマスが最後なんて珍しいわね」
「新しい魔道馬車を取って来るとメモ書きがあった」
“新しい魔道馬車”と聞いて嫌な予感がする。まさか試作品を持って来るつもりなの?
「前にも酷い目に遭ったが、今回は大丈夫だろうか……」
「また、試作品なのかしら?」
「恐らくな」
思わず二人揃ってため息を吐いてしまう。新しい物好きで好奇心旺盛なギルマスには、私も何度か振り回されている。持ってくる試作品は画期的な物からガラクタまで様々で、試運転に付き合わされて何度も怪我したギルマスの治療をしていた。あぁ……嫌だわ。まともな物なら良いけど。団長さんのこの態度ってもしかして……
「団長さんも巻き込まれた事があるのかしら?」
「……ある。爆発したり感電したり……髪が燃えた事もあったな」
「そ、それは……御愁傷様?」
「何で疑問形なんだよ」
ムッと不貞腐れた様な団長さんの歳上なのに子供みたいな態度が可愛く見えて、私は戦いの前なのに笑いが込み上げてきた。
「フフ、団長さんも大変ね。私も酷い目にあったけど髪は燃えなかったわ」
「その判断基準もどうかと思うぞ」
呆れた表情でそう答える団長さんに、更に笑みが浮かぶ。ダイとの決着を前に緊張するかと思っていたけど……大分、肩の力が抜けたわ。
「本当ね。でも、相手はギルマスよ。何をするか分からないんじゃない?」
「全くだ」
二人で顔を見合せ思わず肩を竦めて笑った。緊張感が無さすぎかしらなんて考えた時、土煙と共に真っ直ぐに走って来る馬車が見えた。
「あれ……普通より速くないかしら?」
「あぁ、異常なほど速いな」
街で見掛ける魔道馬車の二倍以上の速さの馬車に、団長さんと見合せたお互いの顔に不安の色が浮かぶ。大きな音と共に目の前で止まった馬車の御者台からギルマスが顔を覗かせた。やっぱりこれなのね。
「悪りぃ、待たせたな。こいつを使えば最速で森に行けるぞ」
「待てメイソン。その馬車の速度は?」
「あ?普通の魔道馬車の最大で四倍は出るぞ」
「そんな危険な物に乗るか!」
団長さんの最もな叫びに私も頭を縦に振って同意した。四倍って確かに身体強化より速いけど安全面はどうなのよ。
「魔力と体力を温存する為だ。文句言わずに乗れ」
魔道馬車を否定されて不機嫌なギルマスは、まともな理由があると言う。確かに温存出来るわねぇ……でも……
「その馬車、壊れないだろうな」
「大丈夫、大丈夫。耐久試験してある」
あまりにも軽い言い方に団長さんは怪訝な表情をしたけど、大きなため息を吐いた後、渋々馬車に乗った。団長さんが乗るなら仕方ないわね。私も後に続いて乗ると勝手にドアが閉まる。団長さんと顔を見合せたと同時に馬車は激しく揺れながら動き出した。
「ちょ、ちょっと!ギルマス!もっとゆっくり走って!!」
壁に手を突き体を支えようとして失敗した私は、前に座っていた団長さんに向かって倒れ込んだ。もう!何が大丈夫よ!!
「ルーシー、諦めろ。メイソンに聞こえていない」
団長さんが私の体を抱えると、横に座らせてくれた。進行方向を向いた状態で座ると先程よりはマシだった。
「やっぱりギルマスだったわね」
「全くだ。アイツのお陰で緊張感の欠片もないな」
そう言いながら団長さんは、私の体が倒れない様に肩に手を回して支えてくれた。
「勝手に触れてすまない。愚痴は全て終わってからメイソンにでも言ってくれ」
「そうね……ギルマスには慰謝料と治療費代わりに、新しい家でもおねだりしておくわ」
私が団長さんに向かってウインクしながらそう言うと、目を丸くした団長さんは苦笑いした。
「それは……随分と高い駄賃だな」
「そうかしら?今までの分も込みだもの足りないわよ」
「それもそうか。そろそろ森に着くぞ」
団長さんの言葉に窓から外を覗くと、何処までも広がる草原の先に盛り上がる木々が見える。魔物の森の特徴である毒を含む紫の葉が、朝日を浴びて輝いていた。
「さぁ、決着をつけましょう」
無意識に呟いた言葉に、団長さんも頭を縦に振って同意した。ゆっくりと速度を落として馬車が停まる。ドアのロックが外れる音が響くと、勝手に開いた。
「何の仕掛けだ?」
「さぁ?ギルマスのやる事を真面目に考えていたら疲れるわよ」
「ごもっともな意見だな」
ふらつく足に力を入れて立ち上がると、団長さんが手を差し出した。その手を借りて馬車の外に出ると、森の周囲に魔物の死体が放置されていた。あぁ……ダイね。心臓が無いわ。
「こりゃアイツの仕業か」
「久しぶりだねギルマス……と誰だソイツ。ルーシーから離れろよ」
私達三人の視線を一斉に浴びて立っていたのは、波打つ様にうねる銀髪と天に向かって伸びる角を持ち真っ赤な眼の生き物。
「……ダイ……」
私が名前を呼べば裂けた口元を歪ませ、刃物の様に伸びた爪を持つ手を叩く。一年前より爪が厚く鋭くなっているわね。
「流石です相棒。ルーシーだけが僕だと気付いてくれるよね」
「相棒じゃないわよ。犯罪者さん」
「ルーシー?」
私の突き放す言葉に驚いたのか動きを止めたダイが首を横に傾ける。そして、そんなダイの視線が私の隣に立つ団長さんの手に止まった。うん?あら、降りた時に手を繋いで、そのままだったわ。
「お前……誰だ?僕のルーシーの側に立って手を繋いで……彼女に触れるな!!」
最後の叫びに合わせて波打つ髪が針のような鋭さで団長さんに向かって飛んで行くけど、彼は表情を変えることなく土壁で防いだ。
「僕のだと?彼女の気持ちも考えずよく言う。あぁ……人間の様なまともな思考は無いのか」
「安い挑発には乗らないよ」
団長さんの舌打ちした音が響き一瞬の静寂の後、ダイは団長さんの手首に嵌まる腕輪に気付いて彼を睨みつけた。
「その腕輪は……」
「選ばれたらしいな」
「何故だ……だってそれは僕が……僕が……」
聞き取れない小さな声でダイがブツブツ言っている中、私と団長さんは武器を開放した。
「「開放」」
私達の声が重なりお互いの手に武器が現れる。その光景を見たダイの様子が可笑しくなった。何故かしら?前回と様子が違う……あぁ、私が一人じゃないから焦っているのかもしれないわね。
「それは……その場所は……僕の物だ!」
ダイのその叫びを皮切りに決着をつける戦いが始まった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
125
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる