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31 side マーク
しおりを挟む「ルーシー!」
薬の小瓶を煽った後そのまま崩れ落ちる彼女を、地面につく前に受け止めた。薬を飲んだはずなのに、ルーシーの顔色は悪く小刻みに震えていた。どうなっているんだ!
「メイソン、治療院だ!」
「あぁ、爺さんには連絡した」
自分の服を彼女に被せて裂けた服と肌を隠す。薬の効果で表面の傷は徐々に塞がっていく。メイソンは銀色の生き物を檻ごと小さくして馬車の屋根に乗せて回収した。自分も馬車に乗り込み、少しでもルーシーの負担にならない様に横抱きにして膝の上に乗せた。これで幾分はマシか……
「頼む」
「よし。最速で行くぞ」
俺が頷いた事を確認したメイソンは、馬車のドアをそっと閉めると御者台に乗り込んだ。ガタンと大きな音と共に今朝が生易しいと思える程揺れながら走り出した馬車は、最速に相応しい速さで目的地へ向かった。
走り出して数分すると服の隙間から見える傷は綺麗に塞がり赤い筋だけになっている。後は見えない体の中。止めを刺す直前ルーシーの背中に爪を深々と刺す銀色の生き物の姿が頭から離れない。クソ……原因さえ分かれば……
「……む……い……」
小さな呟きかうわ言か分からない声に声に耳を澄ますと、『寒い』と訴えていた。寒い?服が破けたからか、それとも毒の影響か。試作品の馬車の車内に、クッションや膝掛けの様な暖がとれそうな物は一つもなく、震える彼女を抱き締め魔力で包む事しか出来なかった。
「油断した」
騎士団の討伐遠征では数日掛かる事を想定して防寒具も持って行くが、今日は近場の上にルーシーの強さに油断して薬以外は置いて来てしまった。一日でケリがつくと高を括った自分の落ち度だ。クソ!自分一人なら“神速”を使えるが、他人を抱えては使えない。何が団長だ……何が最速だ……何も出来ない自分に腹が立つ。
ドンと何か大きな音がして馬車が止まるとドアが勝手に開いた。ドアの外から治療院の入口が見えて無事に着いた事を知らせた。
「マーク、院長が待機しているから先に行け。馬車を片付けたら俺も行く」
「分かった」
ルーシーの体を抱え直すと入口に真っ直ぐ向かった。治療院に訪れている人達の視線を集めたが、全て無視して人をかき分け進んでいると奥から院長が走って来た。
「こっちに来てくれ」
院長の誘導で部屋に入ると中央にあったベッドに彼女を下ろした。診察の邪魔になると思い自分のシャツを取ると、彼女の破けた服の隙間から腹部の変色が見えた。
「傷は……薬が効いたようじゃが……内臓のダメージが酷いの」
「騎士団用の薬を二本飲ませた後、彼女が持っていた薬も一本飲んでいる」
「……ルーシーの薬か……」
院長が顎に手をあて何か考えていると、遅れていたメイソンがやってきた。
「二人とも、ルーシーが飲んだ薬が何色だったか見ておるか?」
メイソンも俺も見ていないと頭を横に振った。困った様に眉を下げた院長が、ルーシーの腰のポーチを外すと中身を確認し始めた。薬の瓶らしい物が数本出てきたが、今まで見たこともない鮮やかな発色をしている。何だこの色は……回復薬といえばどす黒い緑だし解毒薬は禍々しい紫が一般的だが……春の花の様なピンクに新緑を思わす緑。こっちは海の様に真っ青だ。
「これは……何だ?」
「ルーシー特製の薬じゃよ……恐らく回復強化系の薬を飲んだんじゃろう」
思わず漏れた自分の呟きに返ってきた院長の答えに驚いた。“特製の薬”と言う事は全て自分で作っているのか?彼女は治療師であって薬師ではないだろう?
「ルーシーの適正は一つじゃないのじゃよ。薬師はその中の一つじゃ」
「……全ての適正を極めたというのか?」
黙って頷いた院長は、ベッドの脇に置いてあった布団を掛けると、ルーシーの持っていた薬の中から海の色をした瓶を差し出した。
「これは魔力回復薬じゃ。二人とも飲まんと倒れるぞ」
「俺より先にルーシーを治してくれ」
「今は何も出来ん。強い薬じゃから魔法を使うとかえって危険なんじゃ」
院長が俺達の手に押し付ける様に薬を渡したが、俺は彼女を見詰める事しか出来なかった。ジッと見詰めていると、ゆっくりとだが確実に顔色が戻り始めた。
「確実に薬は効いておる。待つしかないの」
院長はそう言い残して部屋を後にした。残された俺達は無言のまま彼女を見ていたが、メイソンは薬を一気に飲むと瓶をテーブルに叩きつける様に置いた。
「マーク、何時まで腑抜けているつもりだ」
「あ?腑抜けとは俺の事か?」
「あぁ、そうだ」
「貴様、何を言っている」
腑抜けと言われて腹の底から怒りが湧く。ルーシーから視線を動かすと、苦し気に眉間に皺を寄せているメイソンがいた。
「そんな死にそうな顔をしてっとルーシーにぶん殴られるぞ」
“殴られる”と言われて納得してしまう自分も変だが、否定の言葉が浮かばず苦笑するしかなかった。確かにルーシーならやりそうだ。
「まぁ、お前が動揺する姿が拝めるとは長生きするもんだな」
「人を貶して楽しいか?」
「そんなにルーシーが心配なら、さっさと捕まえておくんだな」
メイソンの言葉に答えが出せずに黙り込んだ俺を残して、ヤツは彼女の兄妹を迎えに行くと部屋を出て行った。
「お前の言いたい事は分かってる……分かっているんだが……」
一人残された部屋で院長から渡された薬を飲むと、ジワリと魔力が回復してくる。急激に上がるわけでもなく、しかし、自然回復より確実に早く戻る魔力に驚き自分の手を見詰めた。こんなに体に負担のこない薬は初めてだ……ルーシー、君は大事な存在だ。これまでの常識を覆す事が出来る。ここで終わっていい生命じゃない……
「還ってこいルーシー」
ベッドの脇に置いてあった椅子に座り暫く待っていると、メイソンが彼女の兄妹と一緒に戻って来た。予め説明を受けていたのか、まだ幼い兄妹は取り乱す事なく静かにルーシーの手を握っていた。
「メイソン、後は頼む」
「お前はどうするんだ?」
「もう一つの方の片付けをしてくる」
メイソンの返事を待たずに部屋を出ると城へ向かった。今、側に居ても役にたたないなら、俺は自分にしか出来ない事をする。両親の事件の後始末と、ダイの身元調査。そして、ダイの様な人間が再び出ないように魔物を食べるとどうなるのか……彼女が目を覚ます前に全てを終わらせよう。
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