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 目の痛みに呻く魔術師さんには悪いけど、先に土壁で目隠しを作ってサラに私の服を着せた。羨ましいくらいスタイル良いわね……胸がキツそう。

「ちょっとサイズが小さいわね」

「大丈夫。動きやすいよ」

「髪を纏めるから後ろ向いて頂戴」

 サラサラ流れる金色の髪を緩い三つ編みにして一束に纏めると、最後にクルッと巻いてお団子にした。

「ルーシー凄い!これなら邪魔にならないよ。ありがとう」

 抱きついて喜ぶサラを宥めながら土壁を消すと、少し疲れた様な表情の魔術師さんが彼女を見て目を見開いた。あら?何かしら?驚いた様な顔をしているわ。

「魔術師さん、痛みは治まったのかしら?」

「あぁ……うん。もう大丈夫~」

 団長さんに上着を返してサラに詳しく聞くと、ドラゴンは番に合わせて姿が変えられるらしい。らしいって言うのも話を聞いただけで、ドラゴン以外の番と一緒にいる姿は見たことが無いとか。ドラゴンにとって番の存在は絶対って聞いた事を思い出し、見たこともない相手をどうやって探すのか疑問が浮かんだ。

「でも、どうして番って分かるのかしら?」

「産まれた時からね夢を見るんだよ。番の顔や特徴が夢に出てくるんだ」

「夢にねぇ……番が見つかったのなら私と契約するのは止めた方が良いんじゃないかしら?」

 ウッと言葉に詰まるサラを見ていると、何か悩んでいる様にみえた。番が絶対って事は主従契約より番を優先するって事よね?もし、その事でサラが傷付くなら、やっぱり契約はしない方が良いわね。

「魔術師さん、仮契約を解除して欲しいの」

「ルーシー待って!僕は嫌だよ」

「ねぇサラ。昔、ドラゴンは番が絶対だって聞いた事があるの。そうなんでしょう?」

 私の問いにサラは完全に俯いてしまう。握られた手が微かに震えていて、見ている自分まで苦しくなる。

「うん、そうだよ。番と出会うと全てにおいて番が一番優先」

 少しの沈黙のあとポツリと言ったサラの言葉は重い。やっぱり私の予想は間違っていないみたいね。契約で縛れば苦しむのはサラだわ。

「主従契約で縛れば貴女が苦しむわ。だから解除するの」

「分かってる……ルーシーが言いたい事は分かるよ。契約を破れば僕もルーシーも怪我するって。だからダメなんでしょう?」

 私が黙って頷くと、黙って見守っていた二人から息を飲み込む音が聞こえた。怪我をするって分かっていて私は無視は出来ないわ。

「私は契約なんてしなくてもサラと友達でしょう。だから解除しましょう」

 サラの両手を握って視線を合わせる。姿は人間の大人なのに中身は幼い子供の様で、酷くバランスの悪いその姿に不安を覚えた。

「私と一緒にいる事と契約は関係ないでしょう?」

「だって!ルーシーは逃げちゃうじゃないか!自分から回りから逃げて一人になろうとするから嫌だよ」

「サラ……」

 ずっと俯いていた顔を上げたサラの目には戸惑いと怒りの色が浮かんでいた。何かを堪えるその姿に掛ける言葉が見つからない。大きく息を吐き出す音に振り返ると、魔術師さんが腕を組んでいた。何……機嫌が悪い?

「君の名前は、サラっていうの?」

「うん、ルーシーがつけてくれた名前だよ」

「番って事は僕のお嫁さんって事だよね」

「うん、人間ではそうかな?」

 サラの言葉を聞いて何度も頷く魔術師さんは、団長さんも顔が引きつるくらい機嫌が悪い。機嫌の悪さに気付いていないサラは、目の前に立った魔術師さんを不思議そうに見上げた。

「何だろう。ムカつくんだよね~僕の事はどうでも良いの?」

「そうじゃないけど……」

「僕はハリー。さっさと仮契約を解除して僕の家に帰ろう」

 へ?ま、魔術師さん?……どうしたのその態度。団長さんもどうして気の毒そうな表情でサラを見ているの?
 状況についていけない私が唖然としている目の前で、魔術師さんが杖を取り出し何かを呟いた後で杖を高く上げる。フワリと前髪を揺らす程度の風が吹いたかと思うと、私の体の中から何かが抜ける感覚のあと急に足から力が抜ける。軽い貧血の様な症状に戸惑う私をサラが泣きそうな顔で見ている。えっと……何かしら……考えが纏まらないわ……

「ハリー」

 フラリと揺れる私の体を団長さんが支えながら魔術師さんに鋭い視線を向けていた。

「ルーシーさんの症状は仮で繋がっていた魔力を切ったせいね。解除は完了しているから二日か三日で治まる。安心して」

「えぇ、分かったわ」

 どこか苛立たしげに髪を掻き上げる魔術師さんは、サラの手を握ったまま団長さんに視線を向ける。彼はニタッと笑うと一瞬で足元に魔方陣を作り上げた。

「マーク!後で迎えに来るからちゃんと話し合いなよ~じゃあね」

「おい、待て!ハリー!!」

 焦るサラと目があったのは一瞬。魔術師さんが手を振ると二人の姿は視界から消えた。えっと……話し合い?

「はぁ……すまない」

「団長さん?」

「ハリーのヤツ、嫉妬したみたいだ」

 魔術師さんが消えた場所を見詰めていた私の横で、団長さんが疲れた様に肩を落とす。あー、さっき不機嫌な態度だったのはそれなのね。分かりにくいわねぇ……うん?出会ったばかりで嫉妬?

「アイツは好きな者を大切にするが嫉妬深くて……サラに一目惚れしたようだな」

「あら……サラにとっては良かったのかしら?」

「どうだか……アイツかなり面倒臭いぞ。それよりルーシー」

 改めて名前を呼ばれて顔を向けると、団長さんの濃い緑の瞳が真っ直ぐに私を捉えた。

「サラが言った言葉の意味を教えてくれないか」

「言葉の意味……って言われても何もないわよ」

 団長さんの目が怖くて下がろうとしたけど、手首を掴まれ阻まれる。クラリと軽い眩暈の覚えた私の視界から森が消え、濃紺の制服とハーブの様な緑の匂いに包まれた。

「どうして逃げるんだ」

 逃げる?誰が?サラも団長さんも何を言っているのかしら?私は……私は……

ドクン

「私は……」

ドクン

 自分の心臓の音がやけに耳につく。自分の事なのに言葉が見つからない。

私が逃げるって……何から?


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